ブーム超音速試験機 XB-1 、4回目の試験飛行に成功―超音速を目指し次第に速度を上げるー


2024-9-27(令和6年) 松尾芳郎

ブームの超音速実証試験機[XB-1]は今年3月22日に初飛行してから、性能と操縦性を確認しながら10回ほど試験飛行をし,それからマッハ1超音速飛行をする予定である。

(XB-1, Boom’s demonstrator aircraft, continues to progress toward Mach 1 supersonic, since made first flight on March 22, 2024. XB-1 is advancing the flight test program to confirm its performance and handling qualities, with approximately 10 subsonic flight before reaching supersonic speeds.)

図1:(Boom Supersonic) XB-1の第4回試験飛行は、第3回飛行の8日後になる2024年9月21日に行われた。これまでの最高速度マッハ0.617 (313 kts)で飛行した。フラッター励振システム(FES =flutter excitation system)を取付けて作動試験を行った。翼端に見える小さな赤色の装置がそれ。

図2:(Boom)フラッター励振システム [FES]は、センサーと電動式高速上下振動アクチュエーターで構成され、翼端に取付ける。新造機や改良型機の主翼やフラップに起きる振動/フラッター特性を調べるための装置。コクピットでスイッチをオンにすると、上下に高速の振動が起きフラッター特性が解る。

図3:(NASA Aircraft Flutter Testing)ダイナミック・エンジニアリング(DEI)が開発した「フラッター励振システム」。主翼・尾翼先端に取付けフラッター特性を調べる装置。

XB-1は、ブームの超音速旅客機 “オーバーチェア”の設計・開発の基礎資料を得るために作った試験機で、大きさは“オーバーチェア”の3分の1程度。超音速飛行に欠かせない次のような先端技術を組み込んである。すなわち、デジタル技術で最適解を求める空気力学(digitally-optimized aerodynamics)、離着陸時に使う前方視認増強システム(augmented reality vision system)、最新の炭素繊維複合材(carbon fiber composites)、超音速エンジン・エア・インレット(supersonic engine inlets)、などである。

XB-1は、長さ21 m、翼幅5.2 m、最大離陸重量6,100 kg、エンジンはGE製[J85-15] ターボジェット(アフタバーナー無し)推力4,300 lbs(19 kN)を3基装備、インレット(空気取り入れ口)とエギゾースト(排気口)は可変システム付き。マッハ2.2で1,900 kmの距離を飛べる。2人乗りとして設計されたが1名分の座席しか装備していない。操縦室の空調システムは、冷房のため燃料を熱吸収剤(heat sink)として使っている。

[J85-15]エンジンは長さ1.3 m、直径45 cm、重さ190 kg。構成は、軸流コンプレッサー8段、アニュラー型燃焼器、タービン2段。

図3:(General Electric) XB-1のエンジンはGE製[J85-15]。

XB-1に組込んだ主な先端技術;―

  • デジタル技術で最適解を求める空気力学(digitally-optimized aerodynamics):

図4:(Boom)コンピューター流体力学を使い数千のモデルを作成、その中から、超音速飛行時の効率がよく、同時に離陸・着陸の操縦性が安定している型式を選んだ。

  • 離着陸時に使う前方視認増強システム(augmented reality vision system)

図5:(Boom) 機首に取付けた2台のカメラのデジタル画像に機体の姿勢(attitude)と飛行経路(flight path)情報を組合わせて、コクピットの高解像度デイスプレーにランウエイ情報を鮮明に表示する。これで超音速旅客機コンコードが使っていた折曲り式の機首は不要になり、重量節減とシステムの簡素化を図る。

  • 最新の炭素繊維複合材(carbon fiber composites):

図6:(Boom) XB-1は、ほぼ全部の構造が最新の炭素繊維複合材で作られ、精緻な空気力学の要件に沿った形状に仕上げ、同時に高強度・軽量構造の要件を満たしている。翼前縁や機首は高温(153℃)になるのでチタン合金を使い、他はオランダ「テンケイト(TenCate)」製の先進複合材を使っている。

  • 超音速エンジン・エア・インレット(supersonic engine inlets):

図7:(Boom) XB-1のエンジン・エア・インレットは超音速空気流を亜音速に下げ、高効率で運動エネルギーを圧力エネルギーに変える装置。これでXB-1のエンジンは離陸から超音速飛行まで全ての範囲を普通のジェットエンジンとして使える。

これまでのXB-1の試験飛行;―

XB-1の主席フライト・テスト・エンジニア「ニック・シェリカ (Nick Sheryka)」氏はフライト・テストの進め方について「安全性を確認しながら段階的に進めることが基本」と言っている。

  • 2024年3月22日:第1回飛行

最高高度:7,120 feet

速度:238 kts

飛行時間:12分

パイロット:ビル・ドック・シューメーカー(Bill “Doc” Shoemaker)

主要試験項目:

・機体の操縦特性の最初の試験

・飛行速度チェックのためT-38が随伴飛行

・着陸時の姿勢(大きい迎角)での安定性を確認するため高空で模擬飛行実施

第1回試験飛行では、機体を傾ける横揺れ操作(lateral control)で予想以上に大きく反応することが分かった。翼端が20度も下がったので、翼端失速が起きた可能性ありと判断した。

通常の飛行には支障はないものの、当日は突風が吹く悪条件下での試験だったので、これが影響したとも考えられる。試験飛行終了後、直ちにCFD計算を再検証し問題ないことを確認し、安全性向上のため、ロール・ダンパーを取り付けることにし、デジタル安定性増強システム(digital stability augmentation system)の開発をスタートした。これで第2回目試験飛行が8月末に伸びることになった。

図8:(Boom) 3月22日、モハべ航空宇宙基地(Mojave Air & Space Port)で初飛行をする XB-1。ここは広大な砂漠の中にあり多くの試作機の試験飛行が行われてきた。1947年にベル社の超音速試作機 [X-1]が「チャック・イエーガー」氏操縦で初の超音速飛行をしたのもここだ。

図9:(Boom)3月22日、12分間の初飛行を終えて着陸するXB-1。着陸時は大きな迎角。後ろの白煙は翼端渦、翼下面の高い空気圧が上に回り込む様子を示している。

  • 2024年8月26日:XB-1 第2回飛行

最高高度:10,400 feet

速度:232 kts

飛行時間:15分

パイロット:初めて主任テスト・パイロット、ジェペット・ブランデンバーグGeppetto Brandenburg)氏が乗務

主要試験項目:

・飛行中にランデイングギアの出し入れを始めて実施

・デジタル安定性増強システム(digital stability augmentation system)使用の初の飛行試験、これは機体が過度に横揺れするのを防ぐロール・ダンパーの役をする装置

・空力特性を確認するため右翼にタフト(tuft=空気流を調べるひも)を装着して試験

  • 2024年9月13日:XB-1 第3回飛行

最高高度:15,000 feet

速度:232kts

飛行時間:32分

パイロット:主任テスト・パイロット、ジェペット・ブランデンバーグGeppetto Brandenburg)

主要試験項目:

・飛行中に予想される最大のピッチ/pitch(迎え角)とヨー/yaw(偏揺れ角)での飛行試験

・速度215 ktsでのランデイングギアの出し入れ操作

・安定性増強システム(stability augmentation system)の継続的試験

この試験飛行でコクピットの温度・気圧を正常に維持する環境コントロール・システム (ECS=environmental control system)のチェックを行った。

  • 2024年9月21日:XB-1第4回飛行

最高高度:16,150 feet

速度:マッハ0.617 (313 kts)

飛行時間:48分

パイロット:主任テスト・パイロット、ジェペット・ブランデンバーグGeppetto Brandenburg)

主要試験項目:

・最高速度マッハ0.617で飛行

・飛行中に初めてフラッター励振システム(FES=flutter excitation system)を作動させフラッター特性を検証

・速度225 ktsおよび300 ktsでの操縦性のチェック

・超音速飛行準備のため2.78 Gの荷重を加えた飛行実施

・ランデイングギアの出し入れを最大安全速度225 ktsで実施

超音速旅客機「オーバーチェア (Overture)」

「オーバーチェア」は乗客64-80名を乗せ、現在のジェット旅客機のほぼ倍のスピード「マッハ1.7」で飛行する。速度・安全性を最適化し、100 %持続可能な航空燃料[ SAF= sustainable aviation fuel]を使う。2029年就航予定を目標にしている。

「オーバーチェア」はエンジン4基、アフタバーナー無しで超音速飛行をする。

巡航速度は洋上では超音速のマッハ1.7、陸上では亜音速のマッハ0.84、すなわち洋上では現用ジェット旅客機の2倍、陸上では20 %増しの速度で巡航する。巡航高度は6万フィート(2万メートル)、航続距離は4,250 n.m. (7,870 km)。外形は、長さ61 m、翼幅32 m、高さ11 m。室内寸法は、長さ24 m、高さ2 m。操縦装置は4系統の冗長性を備えるデジタル・フライ・バイ・ワイヤ方式。地上騒音レベルは、ICAO Chapter 14、およびFAA Stage 5の制限を満足する予定。

世界の有力航空会社3社から合計130機の確定およびオプション発注を受けている。

・アメリカン・エアライン( American Airline)

2022年8月16日、確定発注20機とオプション40機の協定を締結。

・ユナイテッド・エアライン( United Airline)

2021年6月3日、確定発注15機とオプシオン35機の協定を締結。

・日本航空( Japan Airlines)

2017年12月5日、超音速旅客機開発のため1千万ドル資金を拠出、オプション20機の優先購入権協定を締結。

図10:(Boom)“オーバーチェア”は、乗客64~80名を乗せ2万メートルの高空を洋上であればマッハ1.7の超音速で飛行する。

図12:(Boom) “オーバーチェア”フライト・デッキのシミュレーター・モックアップ。写真は英国航空のコンコードの元チーフ・パイロット「マイク・バニスター(Mike Bannister)」氏、シミュレーターで大西洋横断ロンドン・ヒースローに着陸するまで飛行した。

“オーバーチェア”のフライト・デッキは、ハニウエル(Honeywell)の「アンセム・アビオニクス(Anthem avionics suite)」を基本にした最新の装備で、パイロットに状況判断の情報を遅滞なく伝える極めて安全性に優れたシステムになっている。すなわち、先進自動化システムのお陰で、機体の速度や高度が規定の範囲から逸脱を防ぐ “飛行包絡線保持(flight envelop protection)”システムとなっている。17インチ型表示スクリーンは高解像度のタッチ・スクリーンを採用、これで従来あった沢山のスイッチやボタンを無くしている。フライトデッキの設計には、多くのエアライン、ビジネス機、軍のパイロットの参加を得て、検討を重ねてきた。

シンフォニー(Symphony)エンジン

「オーバーチェア」の「シンポニー」エンジンは、2022年12月に概要が決定し、開発がスタートした。2軸式のターボファンで推力は35,000 lbs、ファン直径は72 inch

タービンは高圧が空冷式1段、低圧タービンは3段、コンプレッサーは高圧が6段、低圧が3段の構成。これまでにファンから排気ノズルまでの主要構成部品のリグ・テストを30回以上実施すみ。現在、コアと呼ばれるエンジンの心臓部となる高圧系、すなわち、高圧コンプレッサー・燃焼室・高圧タービン、を製作中で、性能確認のための試運転を2025年末に行う予定である。

「シンフォニー」はテキサス州サンアントニオ(San Antonio, Texas)にある「スタンダード・エアロ(Standard Aero)」社が新設した面積10万平方フィートの工場で生産される。年産330台ペースで作られる予定。

図12:(Boom) シンフォニー・エンジンの概念図。二軸式で、低圧系はファン+低圧コンプレッサー3段+低圧タービン3段、高圧系(コア)は高圧コンプレッサー6段+燃焼室+高圧タービン1段、の構成。左/排気口と右/インレットにそれぞれ断面積を変えるコーンが付き、超音速vs亜音速に対応する。

図13:(Boom)2025年にリグ試験を予定するエンジンの心臓部「コア」部分。左が高圧コンプレッサー6段、真ん中が環状燃焼室、右が高圧タービン1段。

終わりに

オーバーチェア最終組立をする製造工場は年産33機が可能な広さですでに完成、シンフォニー・エンジンの開発も来年には高圧部分「コア」の試運転をするまで進んでいる。技術実証機XB-1の試験飛行は第1回飛行で見付けたフライト・コントロール・システムの問題が解決し、超音速飛行試験への道が開けたようだ。ブームでは、オーバーチェアの就航予定を2029年としているが、これは設計開始から完成まで前例のない短期間で作り上げようと言うもの。ボーイングでは新造機の開発に20年以上か掛けているし、F-35戦闘機も実戦配備まで20年を費やしている。設計手法のデジタル化と製造方法の進歩で、以前と比べてはるかに短期間で成果が上がるようになっている。目標達成に期待したい。

―以上―

本稿作成の参考にした記事は次の通り。

  • Boom” XB-1 to Mach 1”
  • Boom “Symphony _advances into Rig Testing”
  • Aviation Week Sept 16-29 “Boom Supersonic Demonstrates XB-1 Flight Control Fixes” by Gay Norris 
  •  “TokyoExpress 2020-07-28 “ブーム超音速機 XB-1の組立てが進む”
  • TokyoExpress 2023-01-22“ブーム超音速旅客機「オーバーチェア」用エンジン「シンフォニー」の開発が決定”
  • TokyoExpress 2023-07-01 “ブーム、パリ航空ショーで超音速機“オーバーチェア”開発は順調、と発表“(エンジンを含む主要厚生部の担当と開発状況の解説)