2024-10-17(令和6年)松尾芳郎
シリコンバレーのスタートアップ国防企業「アンドリル・インダストリー」は、去る9月11日、関係記者に自律巡航ミサイル「バラクーダ」シリーズを公表した。同社によると、このミサイルは容易に改良ができ、低価格で大量生産が可能なので同盟国軍の継戦能力を著しく強化できる。
(The Silicon Valley start-up a defense tech firm “Anduril Industries” unveiled a new line of autonomous cruise missiles “Barracuda”, on September 11. Anduril says they will be able to be easily upgraded and produced in large numbers to increase the Allied military’s stockpile.)
図1:(Anduril)ジェットエンジンで自律飛行する巡航ミサイル「バラクーダ」。写真は大型の「バラクーダ-500」で射程500 n.m.(約900 km)、炸薬100 lbs(45 kg)を搭載する。C-17 Globemaster IIやC-130 Hercules輸送機にパレットに乗せて搭載、空中発射をする。ステルス性はなく亜音速飛行だが、低コスト、超大量生産で、有事の際の需要急増に即応できる。
「バラクーダ(Barracuda/熱帯亜熱帯に住む凶暴な魚、鬼かますの意)」はターボジェット推進で自律飛行する飛翔体 (AAV=Autonomous Air Vehicles)で、簡単な構造と先進ソフトを組み込み、大量生産と低価格を目標に開発された。
「バラクーダ」は、国防総省・革新兵器部門(DIU=Defense Innovation Unit)が進める「ETV (Enterprise Test Vehicle)」計画で選ばれた4項目の一つである。「安価で容易に量産可能な巡航ミサイル」実現を目指すプロジェクトだ。この「ETV」計画には空軍が参画して「射程900 km、低価格(15万ドル)の巡航ミサイル」取得を目指している。参考までに現在調達中の空対地ミサイルと比べてみよう。
- AGM-114 Hellfire は15万ドル:攻撃ヘリコプターAH-1W・AH-64、や固定翼機あるいは車両、艦艇に搭載、対戦車・対地攻撃に使う固体燃料ロケット。ウクライナ戦線で大量に使われ、ロシアの侵攻を防いでいる。最大射程11 km、速度マッハ1.3。ロッキード・マーチン製。
- AGM-179 JAGMは32万ドル:AGM-114 hellfireなどの後継となる「JAGM= Joint Air-to-Ground Missile(統合空対地ミサイル)」で、固体燃料ロケット。2022年3月以降海兵隊、陸軍、海軍で配備が始まっている。最大射程16 km、これまでに1,000発が製造された。ロッキード・マーチン製。
- AGM-158 JASSMは100万ドル:B-1、B-2、B-52爆撃機、F-15、F-16、F/A-18戦闘機、C-130、C-17輸送機などから発射する「JASSM=Joint Air-to-Surface Standoff Missile(統合地対空スタンドオフ・ミサイル)」で、ステルス性。エンジンはテレダイン製ターボジェット、弾頭に炸薬450 kgを搭載する。新型の「AGM-158B JASSM-ER」は、重さ1.2 ton、最大射程930 km、単価は170万ドル。ロッキード・マーチン製で年産能力は1,000発。日本政府は、2023年8月に総額1億400万ドルでJASSM-ERを約60発購入することで米政府と契約を交わしている。
その後、陸軍、海軍、海兵隊はインド太平洋地域での軍事緊張の異常な高まりに対処するため、同様な「低コストのスタンドオフ兵器」の大量整備が緊急に必要、と相次いで表明している。
「バラクーダ」は亜音速巡航ミサイルで[-100]、[-250]、[-500]の3種類がある。いずれも共通のサブ・システムを使い、モジュール化され、脅威度に対応して如何様にも容易に改修できる。例えて言うと“レゴ・ブロック”のような構成なので、米軍以外の同盟諸国の多様な要件にも簡単に対応できる。
3種のバラクーダはほぼ同じ構造で、主翼・尾翼は発射後に飛び出すポップアウト方式、胴体形状に沿ったコンフォーマル・エアインテイクから空気を吸い込み小型ターボジェットを駆動する。これで個々の仕様で異なるが最大速度500 kts (約920 km/hr)のスピードで飛翔する。
バラクーダは、先進自律性と先進ソフトウエアのお蔭で、射程500 n.m. (900 km)、炸薬100ポンド以上 (45 kg)、旋回能力 5 G、滞空時間120分、の性能(-500の場合)を出せる。
アンドリル社の「航空優勢・攻撃(air dominance and strike) 部門」担当副社長デイエム・サルモン氏は「バラクーダ」はオープン・アーキテクチャー・システムなので、類似のミサイルより30 %も低コストで製造が可能になった」と話している。
図2:(Anduril)「バラクーダM」シリーズの巡航ミサイルの概念図。小型で攻撃ヘリコプター搭載用の[-100]、中型で現用戦闘機に搭載する[-250]、そして大型でパレットに搭載しC-17やC-130輸送機の尾部ランプから投下・発射する[-500]の3種類がある。
各モデルは、大きさ、飛行距離、搭載炸薬、に違いはあるが、ミッションに応じて使い分けができる。
米国および同盟諸国のミサイルは保有量は不十分で、対峙する中国などによる本格的攻撃に適切に対処できない。現在の精密誘導兵器の備蓄量は、全面戦争が始まった場合僅か1〜2週間で底をついてしまう。
問題は備蓄量が少ないだけでなく、現在の巡航ミサイルは生産能力に制約があり、さらに技術の向上や戦訓を基にした僅かな改修にも対応に時間がかかる。これは現用ミサイル設計が非常に複雑で、製造に多くの特殊工具・材料と熟練した作業者や協力企業を必要とするためである。
米国と同盟諸国は、生産効率の高い、インテリジェンス機能を備え、改良が容易で、柔軟性に富み、安価な、大量のミサイルを必要としている。
バラクーダには、バラクーダ-100M、バラクーダ-250M、バラクーダ-500Mの3種がある。いずれも現在の巡航ミサイル対比で、生産に要する時間は50 %少なく、必要な特殊工具は95 %少なく、構成部品は50 %少なくて済む。この結果バラクーダ・ファミリーは、現在の平均的巡航ミサイルに比べて30 %ほど安く生産できる。そして、いずれも脅威度の高まりに応じて短期間で生産量を倍増できる。
図3:(Anduril)バラクーダ-100は、小型で短射程。ペイロード/炸薬は35ポンド(16 kg)、射程は地上発射の場合は60 n.m.(110 km)、空中発射では85 n.m.(160 km)。二人で持ち運びでき、空中発射、地上発射に使える。空中発射では、AH-64 ApacheやAH-1Z Viper攻撃ヘリコプター、さらにMQ-9 Reaper無人機等のハードポイントに牽架し発射できる。
図4:(Anduril)バラクーダ-250は、[-100]と同じペイロードながら射程は150 n.m.(280 km) /地上発射、または200 n.m.(370 km)/空中発射、に伸びる。空中発射、地上発射、水上艦発射、いずれのプラットフォームからでも発射できる。F-35 Lightning II戦闘機のウエポンベイにも収納できるサイズ。写真の背景はF-15E Strike Eagle 戦闘機。地上発射型は、ウクライナ軍が使っているMLRS (Multiple Launch Rocket System)やHIMAES (High Mobility Artillery Rocket System)からの発射もできる。
アンドリル社の概要
アンドリル社は2017年創業、カリフォルニア州に本社を構える企業、国防産業の業界ではまだ新参者に過ぎない。しかし、次々と米国防総省や同盟諸国からの主要案件の契約に成功している。
日本では余り知られていない企業だが、住友商事グループの防衛・航空・宇宙分野の専門商社「住商エアロシステム」がアンドリルとの協業契約を締結し、我国の国防能力向上に貢献すると発表している(2023-8-23)。
アンドリルの主な事業内容は;―
- AIを活用した監視・防衛システム[Lattice]の提供
[Lattice]は同社の核心的技術で、バラクーダを含む各種UAVおよびAUVの開発だけでなく、メキシコとの国境に配備する不法移民監視システム、さらには日本国内の米軍基地周辺の車両・船舶の監視システム等にも使われている。
- 各種ドローンの開発
・空軍が進めている有人戦闘機に随伴する無人戦闘機[CCA=Collaborative Combat Aircraft]計画に、ジェネラル・アトミクス (GA-ASI) 社と共に選定された(2024-4-24)。2029年末までに両社合わせて100機を製造・納入する。
・国防総省から大型無人機迎撃用の無人機「ロードランナー(Roadrunner-M)」を500機、および既に国防総省に納入されている対ドローン用電子システム「パルサー電子戦装置(Pulser electronic warfare capabilities)」の追加分を、総額2億5000万ドルで受注した(2024-10-8)。
・海兵隊用の新型ドローン「ボルト(Bolt)」を発表した(2024-10-10)。基本形は偵察型で任務は「ISR=intelligence, surveillance, reconnaissance」、もう一つは「ボルトM」で弾薬を携行する攻撃型。競合相手は「エアロバイロンメント(Aerovironment)」と「テレダイン(Teledyne) FLIR」、総額2億5000万ドルの規模になる。
- 自律型水中探査機の開発
オーストラリア政府はアンドリルと共同で、それぞれ1,330万ドルを拠出して長距離潜航可能なAUV(無人潜水艇)「ゴーストシャーク(Ghost Shark)」を開発中、と発表した(2024-8-9)。試作機は完成し、2025年には量産型初号機を建造する。
アンドリルが最近受注した主な3件の写真を以下に示す。
ロードランナー
図5:(Anduril)今年10月国防総省から500機受注したジェエットエンジン推進のロードランナーは、ネストと呼ばれる収納箱から垂直に発射、時速1,100 kmの高速で自爆攻撃をする。誤報だった場合は基地に戻り着陸する。大きさは人の身長くらい。同クラスの無人機と比べ弾頭炸薬が3倍、有効射程が10倍と言われている。1人のオペレーターで複数機を監督し、指令を受けた機体は自律航行で迎撃する。これがあれば有人戦闘機の緊急発進は不要になる。写真の下部にあるのは再着陸の脚。
ボルト
図6:(Anduril) 「ボルト(Bolt)」は超小型ドローンで海兵隊など地上軍のISRつまり偵察用と攻撃用「ボルトM」の2種ある。兵士の背嚢(rucksack)に入れて運搬する。自律飛行をするが性能は未発表、一部の報道では滞空時間は40分、航続距離は20 km程度とされる。
ゴーストシャーク
図7:(Anduril Australia)今年4月にシドニー近くのガーデン島(Garden Island)で公開された無人潜水艇「ゴーストシャーク(Ghost Shark)」の試作1号機。同社が2022年に試作した自律航行式潜水艇(autonomous underwater vehicle)「XL-AUV (重量2.72 ton、長さ5.8m)」を基本にして大型化している。基本形の「XL-UAV」は10日間潜水可能で深さ6,000 mまで潜ることができる。
終わりに
米国には革新的製品を世に問うベンチャー企業が沢山あるが、アンドリルは創業わずか18年でありながら、ロッキード・マーチン、ノースロップ・グラマン、ボーイングなどの既存大手と互角に競合する実力を発揮している。2027年と言われる中国軍の台湾侵攻を目前にして、日本、米国その他同盟諸国は戦備強化を急いでいる。アンドリルが提供するバラクーダ、ロードランナー、ボルトなどの無人機群は、いずれもAI活用の監視・防衛システム[Lattice]ソフトを中心に構成されており、同盟諸国の国防需要に応えている。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
- Anduril Industries Sept 12, 2024 “Purpose-Built to Bring Mass to the Fight”
- Anduril Sept 12, 2024 “Anduril Unveils Barracuda-M Family of Cruise missiles”
- Aviation Week Sept 16-29, 2024 “Anduril Barracuda seeks a bite of the Low-cost Cruise Missile Market” by Steeve Trimble
- Defense News Sept 16, 2024 “Anduril unveils modular, high-production Barracuda cruise missiles” by Stephen Losey
- Air & Space Forces Magazine Sept 12, 2024 “Anduril unveils new Low-cost Cruise Missiles meant for Large-scale production” by John Tirpak
- Forbes Japan.com “シリコンバレーの異端児が開発した迎撃ドローンの画期的性能” by Jeremy Bogaisky
- Defense News Oct 10, 2024 “Anduril debuts Bolt, loitering munition on contract with Marine Corps” by Noah Robertson
- 航空万能論 2024-9-12 ”Anduril、超大量生産と大量使用を前提にした巡航ミサイルを発表”
- The Warzone Sept 12, 2024 “Anduril Introduces Barracuda-Missiles aims to disrupt the Cruise Missile Market” By Joseph Trevithick
- TokyoExpress 2024-6-23 “米空軍、有人戦闘機に随伴する無人機開発に2社を選定”