ボーイング、スト終結で生産再開しかし品質問題が発生


2024-11-15(令和6年) 松尾芳郎

ボーイング民間航空機部門の西海岸工場でストに入っていた3万人の労働組合員は10月4日会社側提案受け入れ、7週間に及ぶストライキを終了した。会社提案を2度否決した後、10月31日にケリー・オルトバーグ(Kelly Ortberg) CEOが提示した最終提案、賃上げ幅を4年間で38 %にする、1時金12,000ドルを支給する、について、投票を行った結果59 %が賛成し、妥結するに至った。(Boeing’s U.S. West Coast factory workers accepted a new contract offer on Oct. 31, ending a seven-week strike that halted most jetliner production. The union said members voted 59 % in favor of the new contract, which includes a 38% pay rase in four years with $12,000 one-time-allowance.)

図1:(Boeing)現在のレントン工場での737MAX組立工程。最終組立ラインは3本あり、4本目を増設して月産40機体制を目指している。レントン工場では、2018年10月(ライオン・エア610便)、2019年3月(エチオピア航空302便)で起きた墜落事故(合計346人の犠牲者)で受けたFAAの耐空性改善命令をようやく実施完了し、2年ぶりに生産を再開した(2020年11月)ところ。そこに2024年1月にアラスカ航空で非常口ドア・プラグの飛散事故が発生、製造ペースは月産数機で低迷を続けている。

図2:(Boeing) 将来の737MAX組立工場。先日発表された品質改善策4項目を実施した後での生産ラインは整然となる。左がスピリット社から納入された胴体部分、右が最終組立工程。図の手前で90度向きを変え小型部品を取付け、さらに90度向きを変え最終組立に入る。

ボーイングにとり16年ぶりとなるストライキは今年9月13日に始まった。同社のレントン工場、エベレット工場で働く約30,000人が作る労働組合[IAM=International Association of Machinists and Aerospace Workers]は、オルトバーグCEOが最終案としてこれ以上の譲歩はないと伝えた提案を受入れた。[IAM]代表ジョン・ホールデン(Jon Holden)氏は、この案を受け入れなければ、シアトル近郊での次世代航空機の製造中止や賃上げ条件が悪化する恐れがるとして、組合員に対し受諾を促した。

[IAM]の提案受諾で、オルトバーグCEOは次のように語った。「合意でき嬉しく思う。この数ヶ月は困難な時期だったが、我々は同じチームの一員だ。互いに耳を傾け、一緒に働くことで前に進める。かっての輝きを取り戻すにはまだ多くの課題がある。一丸となって苦難を乗り越えてより強固なチームとなる」。

米政府は、ボーイングは米国を代表する重要企業の一つと位置付けており、紛争を解決するため今年10月には労働長官ジュリー・スー(Jullie Su)氏をシャトルに派遣、双方に交渉を促していた。

アンダーソン・エコノミック・グループ(Anderson Economic Group)の試算では、今回の争議によるボーイングの損失は100億ドルに達すると見ている。

ボーイングは、これから数週間かけて航空機生産を拡大する予定だ。しかし主力機[737MAX]は、ストライキ前の月産38機には及ばず暫くは月一桁台に止まる。理由は、2024年1月に[737MAX]で起きた中間非常口(MED=mid-exit door)プラグの吹き飛び事故である。

事故発生から5週間、ボーイング、NTSB、 FAAは共同して原因調査を行った。合意した初期結論によると、「レントン工場で小修理のため中間非常口プラグを脱着した際に4本の取付けボルトを付け忘れた事が原因」と判明した。ボーイング幹部は、これを真摯に受け止め、ありうべからざる事で再び起こさない事を誓う、と述べた。

ボーイングでは、安全と品質の向上計画として、次の4項目を実施すると発表した。すなわち、作業者の教育訓練の強化、生産工程の単純化、作業ミスの根絶、組織全体の安全と品質に関する意識向上策、の4項を実行する。それに、生産システムの健全性が維持されているかを常時モニターする。この計画をFAAにコミットし、その監督の下で安全な航空機の生産を進めて行く、としている。

中間非常口フレーム事故の概要;―

2024年1月5日アラスカ航空1282便、オレゴン州ポートランド(Portland, Oregon)からカリフォルニア州オンタリオ(Ontario, California)に向け離陸した[737MAX9]は高度16,000フィート(約5,000 m)で、胴体後部の左側にある閉鎖非常口部分が吹き飛んだ。パイロットは直ぐにポートランド空港に引き返し、乗客171名と乗員6名は無事だった。当該機はボーイングから引渡され8週間後にこの事故を起こした。

737胴体はカンサス州ウイチタ(Wichita, Kansas)のスピリット・エアロシステムズ(Spirit AeroSystems)で製造され、ボーイングのレントン工場で最終組立てされる。

当該「ドア・プラグ(Door Plug)」は、マレーシアにあるスピリット工場で製造され、スピリット本社工場で胴体に取付け(2023年5月)、8月末にレントン工場に搬入された。レントン工場では(リベットに傷があるとの理由で)一旦「ドア・プラグ」を取外し再取付け作業をした。この時に「ドア・プラグ」を機体側フレームに固定する4本のボルトを取付け忘れたことが判った。「ドア・プラグ」は上部2箇所と下側のロア・ヒンジ・ボルト」2箇所で合計4本のボルトで機体側フレームに固定している。この「ドア・プラグ脱着作業」を記録した書類はなく全て口頭で処理されていた。

[737MAX]には胴体の短い[-7]/35.6 m、4 m長くした[-8]/39.5 m、さらに3 m延長した[-9]などがある。最大客席数は[-7]は170席、[-8]は200席、[-9]は220席で、一部のLCC航空会社では最大客席仕様の[-8]、[-9]を使っている。

規程上、189席以上では非常口の数が不足するので、[-7]にある主翼上非常口の他に主翼後縁近くに「-8」、「-9」では新たに「中間非常口」を設置してLCC航空に対応している。しかし、アラスカ航空は178席仕様なので「中間非常口」は不要、従って閉鎖してこの部分を客席にしている。

「ドア・プラグ」は、胴体の切り欠き(cutout)部分に嵌め込む構造になっている。

図3:(Reuters)737MAX9とアラスカ航空1282便で起きた非常口部分(door plug)吹き飛び事故の箇所。

図4:(Alaska Airlines/Reuters)アラスカ航空[737MAX9]の客室座席配置図。220席配置用に胴体後部に非常口があるが、アラスカ航空では閉鎖・座席にしている。

図5:(NTSB/Reuters)アラスカ航空1282便[787MAX9]が飛行中、高度16,000 feetで胴体左側の閉鎖してある非常口(ドア・プラグ)が吹き飛んだ。

図6:(NTSB/Boeing/Reuters)「ドア・プラグ(door plug)」(灰色)の構造。「ドア・プラグ」は、胴体側のドア・フレーム(door frame)に4箇所でボルトで固定してある。非常の場合ドア(白色)を押し倒し、スライドを展張、脱出する。ドアはプラグに対し両側12箇所のストップ・フィッテイングで固定してあるが、ドア上部の脱出ハンドルを引くとフィッテイングが外れる。アラスカ航空1282便では固定ボルト4本が無かったため「ドア・プラグ」が吹き飛んだ。

図7:(The Being 737 Technical site)中間非常口を閉鎖して客席として使う場合は普通サイズの窓になる。

図8:(The Being 737 Technical site)[-8]、[-9]などで中間非常口を「非常口」として使う場合は窓が丸窓になり客室内は脱出通路になっている。

図9:(The Being 737 Technical site)「ドア・プラグ」の内張を剥がしたところ。「アッパー・ガイド・フィッテイング」と「ロアー・ヒンジ・ボルト」計4本のボルトで機体側フレームに固定してある。

図10:(The Being 737 Technical site)写真の中間非常口は丸窓なのでLCC航空向けの機体。アラスカ航空など中間非常口を閉鎖し座席にしている場合は、非常口のベント・ドアやスライドは無い。

ボーイング

本社は首都ワシントン近郊のバージニア州アーリントン(Arlington, Virginia)にあり、従業員は米国内と世界65ヵ国に17万人。防衛部門では世界で4番目の売上、米国にとって最大の輸出企業である。2023年度の売上は780億ドル、最終利益は赤字の22億ドル。主要事業部門は、民間航空機(BCA)、防衛・宇宙・セキュリテイ(BDS)、ボーイング・グローバル・サービス(BGS)、の三部門である。

  • 民間航空機部門(BCA=Boeing Commercial Airplanes);―

本社はワシントン州・レントン(Renton, Washington)にあり、従業員は35,000人。工場はシアトル郊外のエベレット(Everett)/767および777担当、レントン(Renton) /737担当、およびサウス・カロライナ州ノース・チャールストン(North Charleston, South Carolina)/787担当、の3箇所にある。

737/747/767/777/787型機とビジネスジェットを生産、新型機の787-10、737MAX、777Xを開発生産を始めている。現在世界の民間航空機の半数、1万機がボーイング製。航空貨物の90%はボーイング製貨物機で運ばれている。2023年の部門売上は340億ドル、全体の44 %になる。

図11:(Boeing) 737MAXと海軍用P-8 Poseidon哨戒機を生産するレントン工場は床面積10万平方メートル、ワシントン湾に面しレントン空港に隣接している。第2次大戦中はB-29爆撃機を生産(1,119機)した工場として知られる。

図12:(Boeing) エベレット工場の全景。エベレットのペイン・フィールド(Pain Field)に隣接する世界最大の工場、床面積は98.3エーカー(39.8ヘクタール)。1967年に747型機を作るために開設された。以来767, 777, 787を含み5,000機以上の広胴型機を生産した。現在は767、KC-46 Pegasus給油機、777、および777Xを生産している。2024年末に737MAXの第4生産ラインを開設予定だったが、ドア・プラグ脱落事故のため、遅れる見込み。

図12:(Boeing) 787を生産するノース・チャールストン工場。チャールストン空軍基地とチャールストン国際空港に隣接する地域にあり、床面積11万平方メートル、2011年9月に開設した。従業員は、協力企業からの派遣を含め6,000人以上。

  • 防衛・宇宙・セキュリテイ部門 (BDS=Boeing Defense, Space & Security);―

軍用の固定翼機、回転翼機、衛星システム、有人宇宙船、の開発、製造、改修、等を行っている。固定翼機では、F-15E Strike Eagle、F/A-18E/F Super Hornet、EA-18G Growler、C-17 Globemaster III、KC-46 Pegasus、T-7 Red Hawk Trainer、X-45A UAVなど。回転翼機では、AH-64 Apache、CH-47 Chinook、V-22 Ospreyなど。宇宙関連では、702型衛星。2023年の部門売上は25億ドルで全体の32%になる。

  • ボーイング・グローバル・サービス部門(BGS=Boeing Global Services);-

BGS本社はテキサス州プラノ(Plano, Texas)にあり、民間航空機部門(BCA)や防衛・宇宙部門(BDS)の顧客に対するアフタ・マーケット支援を行う部門。2023年の部門売上19億ドル、全体の25%。

  • 主要子会社;―

オーロラ・フライト・サイエンス(Aurora Flight Sciences)、インシツ(Insitu)、ジェプソン(Jeppesen)、など。

終わりに

アラスカ航空737MAX9の中間非常口ドア・プラグ事故原因/品質管理体制の不備について紹介した。ボーイングは品質管理体制の欠陥を認め、抜本的な改革をスタートさせた。これで数年後には再び過去の栄光を取り戻し、エアバスとの競争に挑むことになろう。

思い出すのは、1985年8月12日に起きたJAL 123便御巣鷹山事故である。原因は、ボーイングAOGチームが実施した「後部圧力隔壁の修理ミス」と判明した。ボーイングは修理ミスを認めたものの、その後、本気で品質管理上の改善に取組んだ形跡はない。時代の流れと言えばそれまでだが、若しボーイングが123便事故後に、安全・品質管理の企業風土改善に真剣に取組んでいれば、737-8の2件の墜落事故や今回の非常口ドア・プラグ脱落は防げたのでは、と思う。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • Reuters November 6 2024 “Boeing strike ends as workers accept new contract” by Daniel Catchpole and Allison Lampert
  • JETROビジネス短信 2024-11-8 “米ボーイングのストライキ終結、4年間で38%の賃上げで妥結“ by 芦崎 暢
  • Reuters Jan. 11. 2024 “How a panel blew off a Boeing plane in mid-air” by Simon Scarr, Vijdan Mohammed Kawoosa, Adolfo Arranz and Chowdhury
  • Seattle Times Jan. 24, 2024 “Boeing, not Spirit, mis-installed piece that blew off Alaska MAX9 jet, industry source says” by Dominic Gates
  • The Boeing 737 Technical site  6 Jan 2024 “737 Mis-Cabin Emergeny Exit Doors” By Chris Brady
  • Boeing “Strengthening Safety & Quality”