ブーム、実証機XB-1の飛行試験を完了、オーバーチャー実現へ


2025-3-1(令和7年) 松尾芳郎

ブーム・スーパーソニック社の超音速実証機XB-1は2月10日、カリフォルニア州南部モハベ航空宇宙基地から離陸、最後となる13回目の飛行試験を行い、超音速飛行を3回実施した。この成功を受けて同社は、今後超音速旅客機オーバーチェアの開発に注力することになる。

(Boom Supersonic’s XB-1 jet broke the sound barrier three times during its 13th and final test flight, lifted off February 10 from the Mojave Air & Space Port in southern California. Boom will now shift to the development of Overture supersonic passenger transport.)

図1:(Boom Supersonic)超音速実証機XB-1の最後となる第13回飛行試験は2月10日午前10時50分(現地時間)に離陸。高度約36,000 feet(約12,000 m)上空で速度マッハ1.18 (671 kts)で飛行。飛行時間は41分間、操縦はチーフ・テストパイロットのTristan “Geppetto” Brandenburg氏が担当した。

コロラドにあるスタートアップ企業「ブーム」は、2003年に飛行を終えた超音速旅客機コンコード/Concordeの後継となる新型機「オーバーチェア/Overture」の開発を目指している。実証機XB-1の試験飛行で、1月28日の第12回に続き2月10日の第13回でも超音速飛行に成功し、これで、「オーバーチェア」実現へ大きなステップを踏み出した。

「ブーム」創立者兼CEOのブレイク・スコール(Blake Scholl)氏は次のように語っている;―

「見事に超音速飛行を達成した実証機XB-1とこれでお別れするのは寂しい。しかしこの成功で明日から「オーバーチェア」の製作に本格的に取組むことになる」、「2月中には「オーバーチェア」の全体設計を確定し、そのエンジン「シンフォニー/Symphony」の詳細設計は3月末までに決定する」、「エンジンの全出力運転は今年末辺りを目標にしている」、「オーバーチェア初号機の組立開始は1年半後で、完成は3年後になる見通しだ。初飛行は4年後になろう」。「“2029年末のオーバーチェア就航開始”が目標であることに変わりはない」。

試験はカリフォルニア州モハベ砂漠(Mojave Desert)のブラック・マウンテン超音速飛行ルート(Black Mountain supersonic corridor)にあるR-2508試験空域で行われた。

XB-1飛行には、ノースロップT-38練習機とダッソー・ミラージュF-1戦闘機が随伴した。

XB-1 第13回飛行試験(2月10日)のポイント:

  • 前回に続き、超音速移行時のフラッター発生の有無、超音速での飛行特性および取扱特性の検証
  • 衝撃波/ソニックブームのデータ収集
  • 飛行マッハ数を1.14以上にアップ

試験では、機体の「視認増強システム」、「空力特性選定に使ったデジタル電算システムの効用検証」、「エンジンの超音速インレットの設計検証」、「複合材構造の検証」が併せて行われた。

図2:(Boom Supersonic) XB-1の超音速飛行試験の経路。高度約34,000 feetに上昇、水平飛行加速で超音速飛行コース(黄色表示)をマッハ1.1以上で通過、そして減速旋回して地上に戻る。超音速飛行コース直下の地上に集音マイクを設置、衝撃波/ソニックブームを集音する。

図3:(Boom Supersonic)第13回試験飛行を終えて着陸するXB-1。左端から飛行時間41分11秒、ランウエイ高度2,681 feet、着陸速度マッハ0.28 / 183 kts、などが示されている。一般ジェット機の着陸速度が140 ktsなのに比べかなり速い。着陸では迎角が大きくなるのでセンター・エンジンの流入空気が乱れる。これが予想されたので、オーバーチェアでは3エンジンを諦め、4エンジンとした。

XB-1の超音速試験結果から、地上での聴取可能な衝撃波/ソニックブームは避けられることがわかった。これでオーバーチェアの陸上飛行の半分は超音速飛行が可能となり、飛行時間が大きく短縮される。

「ソニックブームなしの巡航飛行/Boomless Cruise」は、物理学で[マッハ・カットオフ(Mach cutoff)]として知られており、高高度で生じたソニックブームが密度が高くなる大気層で反射され地上に届かなくなる現象を言う。

XB-1の超音速飛行試験で「ソニックブームなしの巡航」の実在が証明され、これでオーバーチェアの超音速陸上飛行への道が開けた。

XB-1の超音速飛行試験では図に示す黄色の試験コースの直下に集音マイクを列上に配置、ソニックブームの集音に努めたが、最大速度マッハ1.12でも地上に到達しないことが判明した。2回の試験飛行、都合6回の超音速飛行で「ソニックブームなしの巡航」の存在が確認できた。

オーバーチェアは陸上でマッハ1.3までの超音速飛行を予定しており、この範囲まで巡航できれば、北米大陸横断飛行は90分短縮される、また国際線でも陸上飛行時間が大幅に節減できる。

図4:(Boom Supersonic/Pennsylvania State University)陸上での「ソニックブーム無しの巡航」が可能である理由を示す図。ソニックブームを反射する「カットオフ高度」は気象条件で上下する。

XB-1は、ブーム社が計画している64~80人乗りの超音速旅客機オーバーチェアのほぼ3分の1サイズの実証試験機である。

XB-1の初飛行は2024年3月22日、初飛行から11回目までは亜音速で試験を続け、オーバーチェアに搭載する予定のアビオニクス、姿勢制御ソフトなどを含むシステム検証を行ってきた。12回目(2025年1月28日)と最後の13回目で各3回の超音速飛行を行い、地上に与える衝撃音/ソニックブームの測定をした。

(音速は海面上でおよそ1,234 km/hr、この速度を超える際に衝撃波/ソニックブームが生じる)

現在の陸地上空での超音速飛行に関する規則では最高速度マッハ0.94以内とされ、今のところオーバーチェアはこの速度で陸上飛行をする予定だが、これでも現在の亜音速ジェット旅客機より20 %ほど速い速度になる。洋上ではマッハ1.7で飛行する。XB-1で得たデータを基にすれば、陸上では現ジェット機より50 %早い速度で飛行可能になる。

オーバーチェアの「ソニックブーム無しの巡航」の可否の一つは「シンフォニー」エンジンに左右される。一般のエンジンと違って「シンフォニー」は、「カットオフ高度」の遥か上空・高度30,000 feet以上の高空で超音速加速の推力を発生しなくてはならない。もう一つは先進オートパイロット、これはリアルタイムで自動的に「ソニックブーム無しの巡航」可能な最高速度を選定できることだ。

ブームは、「シンフォニー」エンジンのコア(高圧コンプレッサー、燃焼室、高圧タービン)部の運転試験を2025年末に開始。これでエンジン全体の最終設計を決定、エンジン型式証明取得をして量産化を進める。

「オーバーチェア」は、アメリカン航空、ユナイテッド航空、日本航空などから合計130機の確定発注および発注覚書を獲得済み。これは最初の5年間の生産予定数に相当する。

ブームは2024年6月にオーバーチェアの最終組立工場をノースカロライナ州グリーンスボロ(Greensboro, North Carolina)に完成、年産33機の体制でスタート。その後2期工事で年産66機体制を目指す。

図5:(Boom Supersonic) ブームXB-1の試験飛行プログラム。Flight 1からFlight 11まで徐々に「飛行可能範囲・飛行包絡線 (Flight Envelope)」を拡大、Flight 12及び13で超音速飛行を完了した。

「シンフォニー」エンジン

  • 2軸式、中バイパス比ターボファンでアフターバーナーなし。
  • 推力35,000 lbs (15.7 ton)級
  • 低公害航空燃料(SAF=sustainable aviation fuel) 100 %使用可能。
  • ファンは1段で直径72 inch (183 cm)。
  • アデテイブ・マニュファクチャリング(additive manufacturing /3Dプリント製法)を適用、軽量化・部品数削減・組立コストを低減。
  • FAA part 33およびEASA CS 33の規則に適合、またICAO chapter 14騒音規則に適合。

エンジンは、クラトス(Kratos)社の一部門でフロリダ州ジュピター(Jupiter, Florida)の「フロリダ・タービン・テクノロジー(FTT=Florida Turbine Technology)」が開発設計を担当している。「シンフォニー」は超音速飛行に的を絞った設計でデジタル・コンピューター設計手法を適用。

2022年12月に構想が発表されたが、2023年10月には概念設計(Conceptual Design Review)を完了、リグ試験用の部品製作を開始した。部品構造のリグ運転試験は30回を超え、ファンから排気ノズルの消音効果、それから最も重要な燃焼器の燃費特性の試験をしている段階。

生産は、整備・修理・オーバーホール(MRO)契約を締結済みの「スタンダード・エアロ(StandardAero)」社がテキサス州サンアントニオ(San Antonio, Texas)に敷地面積10万平方フィートの工場を新設、年産330台の規模で生産する。

シンフォニーのコア部分[高圧コンプレッサーと高圧タービン]ローターは、ニッケル基合金のデスク・ブレード一体構造。これは高温材専門の「ATI」が担当。

今後の「シンフォニー」開発予定は;―

  • 燃焼室を含む「コア」部分の運転試験は2025年12月に開始
  • 「シンフォニー」全体の運転試験は2026年末に開始
  • オーバーチェア搭載用の「シンフォニー」運転は2027年に開始

図6:(Boom)シンフォニーの外観。インレットとローブ付き排気ミクサーを含むのでかなり長い。

図7:(Boom and FTT) 「シンフォニー」エンジンの断面。2軸式ターボファン、推力3,5000 lbs、アフタバーナーはない。

図8:(Boom and FTT)シンフォニーを斜め後ろから見たところ。騒音低減のためローブ付き排気ミクサーが後方に伸びている。

図9:(Boom and FTT)シンフォニーのインレット、ファン、低圧コンプレッサー部分。インレット・コーンは超音速流を亜音速に減速してファンに送るため長くなる。

図10:(Boom and FTT)シンフォニーのコア部分。左から、高圧コンプレッサーの後段、燃料ノズル、環状燃焼室、高圧タービン。

図11:(Boom and FTT)シンフォニーの排気ノズルの空気流を示した図。

オーバーチェアの生産

オーバーチェア組立工場は2024年6月17日にノースカロライナ州グリーンスボロ(Greensboro, North Carolina)に完成済み。年産33機の規模で、ペイント・ハンガー、引渡しセンターが付属している。

コンポーネントは、欧州、米国で製造され、グリーンスボロ工場に搬入、最終組立が行われる。主なサプライヤーと担当部位は次の通り;―

  • アーンノバ(Aernnova):主翼/スペイン企業
  • アシチュリ(Aciturri):尾翼/スペイン企業
  • レオナルド(Leonald):胴体およびウイング・ボックス/イタリア企業
  • ハニウエル(Honeywell):統合フライトデッキ・システムとアビオニクス基幹システム
  • ユニバーサル(Universal Avio):離着陸時用機外監視カメラ
  • ラテコーレ(Latecoere):電気ワイヤリング・コネクター・システム(EWIS)
  • サフラン(Safran):ランデイングギア及びブレーキ操作系統/フランス企業
  • イートン(Eaton):油圧系統および燃料系統(防火を含む)
  • コリンズ・エアロスペース(Collins Aerospace):防氷系統およびエアデータ・システム
  • フライトセーフティー(Flight Safety International):飛行訓練、教育
  • 米国空軍(US Air Force)/ノースロップ・グラマン:VIP仕様機の開発
  • フロリダ・タービン・テクノロジー(FTT/Florida Turbine Tech):シンフォニー・エンジン
  • ATI:高圧コンプレッサーのブレード・デイスク一体構造
  • GEアデテイブ(GE Additive):燃料ノズルなどのシンフォニー部品
  • スタンダード・エアロ(Standard Aero):シンフォニー組立

図12:(Boom Supersonic)グリーンスボロに完成した組立工場。左端に少し見えるのはペイント・ハンガー。

図13:(Boom Supersonic, Honeywell)オーバーチェア・コクピットに搭載する「ハニウエル・アンセム (Honeywell Anthem)」統合フライトデッキ・システム。状況監視に優れ安全性が著しく向上している。17 inchタッチスクリーン3枚で構成。2023年5月にPC-12試験機に装備し飛行試験に成功、FAA証明取得を目指している。

図14:(Boom Supersonic) オーバーチェア超音速旅客機。米空軍VIP仕様機の完成予想図。ノースロップ・グラマンが協力している。

終わりに

2014年9月にブレーク・スコール(Blake School)氏が設立したベンチャー企業が超音速旅客機の開発を宣言したときは、航空関係の人々から疑の目で見られていた。それから10年、今では協力者・企業が続出、大半の人々から期待の眼差しが向けられるようになった。実証機XB-1の試験フライトが完了した機会に経緯をまとめてみた。

―以上-

本稿作成の参考にした記事は次の通り。

  • Space.com Feb. 11, 2025 “XB-1 jet breaks sound-barrier 3 times on final test flight” by Mike Wall
  • Military Aerospace Feb. 11, 2025 “Boom’s XB-1 test plane shows supersonic flight with no audible sonic boom” 
  • Boom Jan. 26, 2025 “XB-1 Supersonic Test Flight Mission”
  • Boom Feb. 10, 2025 “Boom Supersonic Announces Boomless cruise”
  • Boom Dec. 14, 2023 “Boom Supersonic Selects Honeywell Anthem integrated flight deck for Overture aircraft”
  • Aviation Week February 10-23, 2035 “On to Overture” by Guy Norris
  • TokyoExpress 2020-07”ブーム超音速機XB-1の組み立てが進む“
  • TokyoExpress 2022-08-10 “ブーム超音速旅客機オーバーチェア、実現へ大きく前進”
  • TokyoExpress 2023-01-22 “ブーム超音速旅客機オーバーチェア用エンジン・シンフォニーの開発が決定
  • TokyoExpress 2023-07-01 “ブーム、パリ航空ショーで超音速機オーバーチェア開発は順調と発表”
  • TokyoExpress 2024-9-27 ”ブーム超音速試験機XB-1、4回目の試験飛行に成功“