「ネット社会を生きる」真偽を見極めるリテラシー養え


2025-3-2(令和7年)木村良一(ジャーナリスト・作家、元産経新聞論説委員)

■国税からのメール

 確定申告を終えてホッとしていたらこんなメールが届いた。

 「税務署からのお知らせ」とのタイトルが付き、「e-Taxをご利用いただきありがとうございます。国税還付金の電子発行を開始しました。このメール受信後24時間以内に下記の専用リンクからE-taxアカウントをご登録ください」と記載され、「https.//…/loginCtlKakutei」のURLが付き、末尾に「発行元:国税庁」とある。

 国税庁のインターネット・オンラインサービスのe-Tax(イータックス)で申告していたので書き出しの「e-Taxをご利用…」が一瞬、気にはなった。だが、「国税還付金の電子発行」は意味が分からないし、「e-Tax」と「E-tax」の2通りの表記や、(ここには書かないが)句読点の付け方もおかしい。申告時に私のメールアドレスは求められていない。だいたい国税当局がこんなメールを個人宛に出すはずがない。

 確定申告の期間(2月17日~3月17日)を狙ったフィッシングメールだ。こうした詐欺メールはURLをクリックすると、偽のウエブサイトに誘導され、住所、氏名、クレジットカード番号を求められた末、現金を取られたり、ネット販売で高額の買物をされたりする被害に遭う。ウイルスやマルウエア(有害プログラム)に感染することもある。

■ネット社会の弊害

 それにしても実在の企業、行政機関の名称を名乗って情報を盗むフィッシングメールや偽メール、スパムメール、架空請求メール、迷惑メールには、辟易させられる。私のところにも銀行、カード会社、宅配業者、駅ネットサービス、航空会社、NHKの名前で1日に何十通も届く。AI(人工知能)を使っているのだろう。最近はメールの書き方や内容が本物と偽物の区別がつかず、その団体に問い合わせて確認しなければならないケースもある。なかにはハッカーを名乗る脅しのメールまである。ネット社会の弊害だ。

 最近起きている事件の根底にも、必ずと言っていいほどネットやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の問題が介在している。

 たとえば、ミャンマーを拠点にした特殊詐欺事件だ。日本を含む25か国・地域の1万人の外国人がネットのSNSを使った偽の求人で騙されて現地に連れて行かれ、中国系マフィアによる犯罪に加担させられた。今年2月15日には、タイ警察が電話のかけ子にされていた16歳の日本人の高校生を保護したことを明らかにしている。

 2022年5月から翌年1月にかけ、フィリピンの入館施設をアジトにしたルフィを名乗る指示役による広域強盗事件が8件続いたが、この事件も末端の実行役たちはSNSの闇バイトサイトで集められていた。

 ネットでつながるスマートフォンさえあれば、投資詐欺、ロマンス詐欺、オレオレ詐欺…と世界中どこからどこへでも詐欺行為ができる時代なのである。

■ポスト・トゥルースを生む怪物

 嘘をX(旧ツイッター)などのSNSで拡散させ、自らの主張を押し通すあのアメリカのトランプ大統領がまた嘘をついている。ウクライナとロシアの停戦交渉をめぐり、2月18日と19日、ウクライナのゼレンスキー大統領を「ゼレンスキー氏がロシアとの戦争を始めた」「選挙なしで大統領になった独裁者」「国民からの支持率はわずか4%だ」とSNSに非難する投稿を行い、演説でも同様の非難を繰り返した。

 ウクライナでは戒厳令(2022年2月発動)が敷かれ、大統領選挙も議会選挙も実施できない。ウクライナの世論調査では、ゼレンスキー氏の支持率は57%と高い。

 前回のメッセージ@penでも触れたが、トランプ氏はポスト・トゥルース(嘘で作られる世論)を生み出す怪物だ。SNSで嘘の発言を繰り返し、今年1月20日、大領領に返り咲いた。ウクライナ侵略を始めたロシアを非難せず、ロシアとの協議を優先してウクライナを蚊帳の外に置き、ウクライナに矛先を向ける。ロシアとの協議を得意のディール(取引)に持ち込み、大統領選で公約した停戦を早期に実現して自らの功績にしたいのである。トランプ氏は軍事支援の見返りにウクライナの豊富な鉱物資源も手に入れようと画策している。

■危機にさらされる選挙

 国際政治、とりわけ戦闘に終止符を打つための重要な交渉に向けて嘘をつくことは許されない。ウクライナ侵略は2月24日で開始から3年となり、この間のウクライナ軍とロシア軍の死者は合わせて13万6000人といわれ、市民の被害も甚大だ。

 トランプ氏に忠告する。アメリカ大統領としての正念場だ。理不尽な侵略を進めるロシアのプーチン大統領にすり寄るのは止め、プーチン氏に民主主義の鉄槌を食らわせ、アメリカの真の強さを示すべきである。

 民主主義は選挙によって成り立つ。民主主義は選挙によって支えられている。その選挙が日本社会で大きな危機にさらされている。民主主義の危機である。

 たとえば、昨年7月7日投開票の都知事選では、選挙ポスターを貼る掲示板に半裸の女性の写真など候補者とまったく無関係なポスターが貼られ、都民から「許されない」「すぐにはがすべきだ」との苦情が都選管に相次いだ。掲示板にポスターを貼る権利が転売された結果だった。昨年11月の兵庫知事選では他候補の当選を目的として立候補する「2馬力」が問題となったほか、SNS上で目に余るデマや誹謗中傷が相次いだ。昨年4月の衆院補欠選(東京15区)では、拡声器で罵声を浴びせて演説を邪魔し、選挙カーを追い回す選挙妨害事件が発生し、警視庁が団体代表らを逮捕した。

■教育と経済支援

 いずれも常識では考えられない乱暴な行為だ。反社会的行動である。法の網をかいくぐり、民主主義の基盤となる選挙を愚弄している。日本の民主主義を守らなければならない。対策としてこの夏の都議選や参院選を前に公職選挙法(公選法)が改正される。しかし、2馬力やSNSによる嘘の拡散には、公選法の付則で「引き続き検討」とされるだけで対応が遅く、甘過ぎる。国会には問題の本質を見極め、実効性のある対策で厳しく対応してほしい。

 警察や検察も公選法違反の枠にとらわれず、様々な法律を駆使して刑事事件としての立件を目指すべきである。国税当局とともに非常識な選挙運動をする人物や団体に流れ込む資金の動きを解明し、所得税法・法人税法違反(脱税)を適応することも検討したい。。

 私たちはSNSなどのネットの弊害にさらされている。身近なところでは、冒頭で指摘したようにフィッシング詐欺などの特殊詐欺が横行している。そんなネット社会を生き抜くには、国民1人1人が、何が事実や真実でどれが嘘かを見極める能力(リテラシー)を養い、正しい知識やしっかりした考えを持つことが肝要である。ジャーナリズムはもちろんのこと、社会全体でネットの長所短所について議論を重ねることが大切だ。小中学校で行われているネットリテラシーを身に付ける教育をもっと充実させ、ファクトチェックを進める団体に行政が経済的支援を行い、ファクトチェック団体の数を増やしていくことも欠かせない。

―以上―

◎慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」の2025年3月号(下記URL)から転載しました。

ネット社会を生きる~真偽みきわめるリテラシーを~ | Message@pen

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