令和7(2025)年4月1日 鳥居徹夫(元 文部科学大臣秘書官)
いま電力需要増加への対応は緊急を要します。AI(人工知能)の普及拡大による電力消費の爆発的増加、DX(デジタル・トランスフォーメーション)やGX(グリーン・トランスフォーメーション)の進展もあり、電力需要は激増すると予測されます。
政府は、さる2月18日、第7次「エネルギー基本計画」を閣議決定しました。
この「エネルギー基本計画」と同時に「GX2040ビジョン」と「地球温暖化対策計画」が閣議決定されました。政府は、これらを一体的に、エネルギー安定供給、経済成長、脱炭素の同時実現に取り組むとしています。
「エネルギー基本計画」は、原子力と再生可能エネルギーを「エネルギー安全保障に寄与し、脱炭素効果の高い電源」と位置付け、とりわけ原子力エネルギーについて、「最大限活用することが必要不可欠」と呼びかけています。
「地球温暖化対策計画」は、温室効果ガス排出量を2035年度までに60%、2040年度までに73%(いずれも2013年度比)削減するというもの。
また「GX2040ビジョン」は、地球温暖化対策計画も含めた2040年頃の日本の産業構造を標榜する国家戦略パッケージとして提起したものです。
◆エネルギー安全保障の強化へ
この第7次エネルギー基本計画は、2021 (令和3)年10月に策定した第6次計画以降の国内外の情勢変化も十分踏まえ、とりわけ中長期的・総合的なエネルギー政策の基本的な方針として「S+3E(安全性、安定供給、経済効率性、環境適合性)」の原則は維持した上で、「安全性を大前提に、エネルギー安定供給を第一とし、経済効率性の向上と環境への適合を図る」としました。
第6次基本計画以降の、徹底した省エネ、安全性の確保を大前提とした原子力発電所の再稼働に向けての取り組みを、さらに進めようというものです。
海外では、ロシアによるウクライナ侵略や中東情勢の緊迫化など、エネルギー安全保障に係る地政学的リスクも高まっています。
政府は、こうしたエネルギーをめぐる国内外の情勢変化を踏まえ、昨年(2024年)12月27日に原案が公表されました。
この3つの案は、いずれも1月26日までパブリックコメントを経て、当初は1月中に決定する予定でしたが、大幅にズレ込み2月18日の決定・公表となりました。
それは2月7日に日米首脳会談で、エネルギー安全保障の強化への認識を共有したことを権威づけ、閣議決定したように思えるからです。
トランプ大統領と石破茂首相の共同声明では、エネルギーの安全保障の強化と、新たに、次世代型原子力発電所「小型モジュール炉(SMR)」や次世代の原子炉(革新炉)の技術開発を巡って協力を確認しています。
武藤容治経済産業大臣は記者会見で、「今回の基本計画では特定の電源や燃料源に過度に依存しない電源構成を目指すとともに、脱炭素電源を最大限活用することも示した。計画に基づいて政策の具体化を進め、エネルギー安定供給、経済成長、脱炭素を同時に実現できるよう目指していきたい」と述べました。
◆原発では「可能な限り依存度を低減」の文言を削除
「第7次エネルギー基本計画」では、「福島第一原子力発電所事故の経験、反省と教訓を肝に銘じ取り組む」ことを、あらためて原点に据えた上で、「S+3E(安全性、安定供給、経済効率性、環境適合性)」を基本的視点として掲げました。とくに原子力エネルギーについては、3年前の第6次エネルギー基本計画にあった「可能な限り依存度を低減する」とした表現は削除され、政策の転換を明確に打ち出しています。
原子力発電については、原発事故の教訓を踏まえ、①エネルギー安全保障に寄与する「優れた安定供給性」があり、②国民生活や経済活動に寄与する「電力料金引き下げ効果」が期待でき、③産業競争力や経済成長に「脱炭素電源」が有利である、と示しました。
さらに原子力発電について「次世代革新炉の開発・設置に取り組む」と明記し、「データセンターや半導体工場等の新たな需要ニーズにも合致する」と原子力の安定供給性を評価しました。
第7次エネルギー基本計画のポイント 〇エネルギーの安定供給が第一。 〇安全性、安定供給、経済効率性、環境適合性(S+3E)の原則は 維持。 〇経済効率性の向上と環境への適合を図る。 〇特定の電源や材料源に過度に依存しないバランスを考慮。 〇「可能な限り原子力発電の依存度を低減する」の文言を削除し、脱炭素 効果の高い電源をともに最大限活用。 〇次世代革新炉(革新軽水炉・小型軽水炉・高速炉・高温ガス炉・フュー ジョンエネルギー)の研究開発等を進めるとともに、サプライチェー ン・人材の維持・強化に取り組む。 〇火力は、電力需要を満たす供給力、調整力、慣性力・同期力等として重 要な役割を担う電源。 |
しかし、新増設・リプレースについては「廃炉を決定した原子力を有する事業者の原子力発電所サイト内での、次世代革新炉への建て替え」を対象として、具体化を進めていくとされています。
この基本計画に対し、電事連の林欣吾会長は、「将来にわたり持続的に原子力を活用していく」観点から、対象に限定しない開発・設置の必要性を提起しました。
また将来の新増設を見据え、「国としての開発規模の目標を持つべき」と強調しています。
DXやGXの進展による電力需要増加が見込まれる中、生成AI(人工知能)やそれを支える半導体産業、データセンターの増加で周波数の乱れがない高品質の電力需要は、右肩上がりに必要とされます。
国内各地にAIデータセンターや半導体工場ができることで電力需要が増しており、エネルギーの確保の必要性も増大しています。
現在も、日本のエネルギー情勢は危機的な状況にあります。ウクライナ危機によるエネルギー資源の高騰に加え、円安の進行で、輸入に依存する燃料費が増大し電気料金が上昇しています。
それでなくとも日本は、夏冬ごとに電力需給が逼迫し安定供給が脅かされています。
電気料金の上昇、電力需給の逼迫(ひっぱく)、将来的な電力需要の増大、地球温暖化など日本が抱えるエネルギー問題の解決策として、原子力発電の重要性が一段と高まっています。
連合は、エネルギー基本計画に対し同日(2月18日)、清水秀行事務局長の談話を公表し「脱炭素電源を推進するための人財の確保・育成など、早急な意思決定が求められる課題への対応のあり方を決定するプロセスを明確に示すべきである。」「連合は、安全・安心で安定的な資源確保・エネルギー安定供給、脱炭素社会への確実な移行の実現、働くことを軸とする安心社会に資するエネルギー政策の実行を求め、引き続き、全力で取り組んでいく。」としています。
◆原子力エネルギーを、2040年度は2割に
「エネルギー基本計画」は、原子力と再生可能エネルギーを活用の柱とし、エネルギー安定供給と脱炭素を両立する観点から、「特定の電源や燃料源に過度に依存しない」「脱炭素効果の高い電源を最大活用」するとしています。
エネルギーの安定供給が第一とし、特定の電源や材料源に過度に依存しないバランスを考慮し、脱炭素効果の高い電源をともに最大限活用する方針ですが、電源構成で原子力エネルギーが占める割合を、2040年までに20%に(2023年は8.5%)にすべきとしています。これでも今の太陽光発電を下回ります。
今回のエネルギー基本計画の裏付けとして、2040年のエネルギー需給見通しが示されており、発電電力量は1.1~1.2兆kw/h程度。電源構成は、再生可能エネルギーが4~5割程度、原子力が2割程度、火力が3~4割程度などとなっています。
東日本大震災以降に策定された基本計画にあった「原発依存度の可能な限りの低減」との文言は削除。新増設・リプレースについては、「廃炉を決定した原子力を有する事業者の原子力発電所サイト内にのみ、次世代革新炉への建て替えに具体化していく」としました。
世界は、次世代革新炉の新増設に向かって動いています。それには割安なコストで大量の電力を安定的に供給でき、発電時に二酸化炭素(CO2)を排出しない原子力が有効です。
基本計画は、「(原子力は)優れた安定供給性、技術自給率を有し、他電源とそん色ないコスト水準で変動も少なく、一定の出力で安定的に発電可能」とメリットを強調しました。
日本では14年前の福島の原発事故の記憶が、国全体に悪影響を及ぼし続けています。
◆進まぬ原発再稼働、実際に起きた大規模停電
福島原発の事故前は54基を稼働させ、エネルギーの3割を原子力でまかなっていました。ところが令和5(2023)年度の電源構成に占める原子8.5%にとどまっています。
国内にある36基のうち震災後に27基が設置許可を申請し、17基が合格し14基が再稼働しましたが、なお半分は再稼働のメドがたっていません。
行政手続法は、審査の標準処理期間を2年と定めています。ところが審査中の9基のうち6基は許可申請からすでに10年以上が経過しています。
平成30(2018)年1月22日の関東甲信越大雪では、東京都心で21センチの積雪がありました。当然のこととして太陽光パネルによる発電はゼロに近く、他エリアの電力会社の応援を得て、事なきを得ましたが、余裕電力は一ケタという綱渡りでした。
また同年の9月6日未明には、北海道胆振(いぶり)東部地震で、北海道全域で大停電(ブラックアウト)に陥るという日本初のアクシデントに見舞われました。
もし北海道の泊原子力発電所が稼働していれば、苫東厚真(とまとうあつま)火力発電所に負荷が集中することなく、需給バランスが崩壊せず、ブラックアウトは起きなかったと思われます。
太陽光発電は、天候によって発電量が変動します。そのため、需要と供給のバランスを保つのが非常に難しいのが実態です。何らかのきっかけで電力の需給バランスが崩れて大規模停電に陥る危うさを抱えています。電気は需要と供給を一致させなければ、送配電網に負荷がかかり停電を引き起こします。
国内では、再稼働が進まないことから、火力発電に過度に依存する状況が続き、日本は燃料の90%を輸入しています。
資源高と円安で燃料費負担が増大し、電気料金の上昇が家計や企業の収益を圧迫しています。
◆発電コスト割高な再エネ、自然破壊など環境問題も
第7次エネルギー基本計画は、原子力エネルギーと再生可能エネルギーをメインとしていますが、再エネは安定性に欠ける上、太陽光パネルによる山林生態系の破壊は深刻です。
太陽光パネルは建築物とみなされないので、設置に建築確認が不要です。建築基準法が適用されないので、安易な設置が蔓延しているのが実情です。
また太陽光パネルの耐用年数は、20年程度と言われています。耐用年数を終えたパネルの処理は、設置した業者が行うことになりますが、その業者が倒産していたとか外国の企業であった場合の対処も問題です。
また竜巻や地震、豪雨など自然災害で壊れたパネルの処理費用は、膨大なものとなります。実際に、多くの太陽光パネルが壊れ、放置されるなど、各地でトラブルが起きています。
太陽光発電は、脱炭素の手本とする見方が、なぜか多くみられます。
太陽光パネルやメガ・ソーラーは、製造時に大量の二酸化炭素(CO2)を排出し、また廃棄されたパネルの処理にも大量の二酸化炭素(CO2)を排出します。
とりわけメガ・ソーラーなどは、山肌の斜面、森林や丘陵、堤防の緑地などの樹木を伐採して設置されるケースがほとんどです。
森や林、木々を伐採し、緑を削減することは、樹木の持つ光合成の役割の削減に通じ、二酸化炭素(CO2)の吸収を妨げ、地球温暖化を加速します。(温暖化とCO2の因果関係を疑問視する見方も強いですが…)
いま太陽光など再生可能エネルギー拡充を理由に、「再エネ賦課金(FIT)」が電力料金に上乗せされ、それが再エネ普及に回されています。
再エネ賦課金の上乗せ額は、一般的な家庭で年間2万円近く、総額は年3兆円超に達しています。
◆日本も「ウイグル強制労働防止法」の制定を
いま日本各地で、再生可能エネルギーに名を借りた太陽光パネルやメガ・ソーラーによる自然破壊が問題となっています。
日本国内の太陽光パネルは、ほとんどが中国製で、多くが新疆ウイグル自治区で作られ、ウイグル人が強制労働させられています。この強制労働は人道に反するばかりか、中国を儲けさせ、異民族へのジェノサイド(集団殺害)に加担することになっています。
アメリカは、令和4(2022)年6月に「ウイグル強制労働防止法」が施行され、同自治区からの輸入を原則禁止し、その輸入製品が「強制労働によるものではない」という証明を、企業に義務づける厳しい内容です。
日本も、令和4(2022)年9月に経済産業省が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定しましたが、取引停止の判断を企業に委ねるなど不十分といえます。
日本も「ウイグル強制労働防止法」を制定し、中国製の太陽光パネルを輸入禁止すべきことを、人権政策として、また環境政策としてアピールするべきです。
◆日本の国力を回復軌道に乗せる正念場
国際緊張の高まりと地球温暖化が重なる中でエネルギー安全保障の重要性が増している。基幹電源には長期連続運転が求められます。それに応えられるのは原子力をおいて他にありません。
エネルギー基本計画は提起されましたが、その推進にむけた具体策は不透明です。とりわけ原子力の関連産業の担い手となる人材確保と育成が欠如しています。
福島原発の事故以降、原子力はハレモノに触れる扱いがされてきました。メーカーに仕事がないと、人か来ないし育ちません。学校で原子力の学科を卒業したとしても廃炉作業にまわされ、新たな稼働に挑戦できない状況ならば、従業員のマインドは低下します。
たとえば若い社員に、給与を支給しながら大学で学ばせるなどの施策が必要とされるのではないでしょうか。若手官僚に国費留学させる制度の「エネルギー政策版」があってよいと思いますし、原子力の関連企業内に学校を作るなどの改善策も検討すべきです。
かつて反原発派のモデルであったドイツは、電力コストが大幅に上昇し、製造業がガタガタの状況に陥りました。
今回のエネルギー基本計画で「原発の最大限活用」が明記されたのは、「安全対策の強化」という大前提の上で、①エネルギー安全保障に寄与する「優れた安定供給性」、②国民生活や経済活動に寄与する「電力料金引き下げ効果」、③産業競争力や経済成長に有利な「脱炭素電源」、などが重要視されたことです。
脱炭素の電源が十分に確保できなければ、国内でデータセンターや半導体工場などへの、投資機会が失うことにもなりかねません。
我が国の経済成長や産業競争力強化と、原子力エネルギーの最大限活用は、避けて通れません。