2025-4-4(令和7年)木村良一(ジャーナリスト・作家、元産経新聞論説委員)
■「当然だ」「自業自得だ」
立花さんが襲われた、というニュースを伝えるテレビ画面には、頭や首から血を流し、救急車の中で傷口をタオルで押さえる立花氏の痛々しい姿が映し出された。だが、この惨状を見て「当然だ」「自業自得だ」と考える視聴者は多かったのではないか。
3月14日午後5時10分ごろ、東京・霞が関の経済産業省前の路上で政治団体「NHKから国民を守る党」の党首、立花孝志氏(57)が男(30)に左の側頭部と耳や首をナタで切られ、救急車で運ばれた。立花氏は千葉県知事選(3月16日投開票)に立候補し、「財務省付近で演説をする」と自身のSNS(ネット交流サービス)に流し、襲われたときは支持者と写真撮影をしていた。列に並んだ男が、自分の撮影の番が来たときに突然両手を振り上げて立花氏に飛びかかって切りつけたが、近くにいた男性2人に取り押さえられ、駆け付けた警察官に殺人未遂容疑で現行犯逮捕された。
千葉県知事選では、兵庫県知事選(昨年11月17日、投開票)と同様に自らの当選を目的とせず、兵庫県内や大阪府で選挙運動を展開し、事件当日も霞が関での演説直前だった。
男は「ナタは殺傷能力が高い。急所の頭をめがけて振り下ろしたが、はずした」と供述した。ナタの刃渡りは16センチもあったが、幸い立花氏は全治1カ月のケガで済んだ。この日、財務省前では「財務省解体」を求めるデモが行われ、SNSを通じて集まった市民がガソリン代や電気代の引き下げを求めていた。
■動画配信中に刺され死亡
逮捕された男は「兵庫県の議員を自殺に追い込むようなヤツだから襲った」とも話しているが、立花氏は兵庫県知事選に出馬し、「斎藤前知事を当選させる」と公言して斎藤元彦氏(47)を擁護する選挙運動を、SNSを使って展開した。街頭演説でも前県議(50)=今年1月18日に死亡。自殺とみられる=の動静を情報提供するよう求め、「自宅に押しかける」などと繰り返していた。前県議の死後には「逮捕される予定だった」と話し、取り調べや逮捕を苦に自殺したかのようにSNSに投稿した。亡くなった前県議は斎藤氏のパワハラ疑惑を追及する兵庫県議会百条委員会の委員を務めていた。
立花氏は重傷のケガで済んだが、SNSをめぐっては前後して殺人事件も起きている。11日午前9時50分ごろ、東京都新宿区高田馬場の路上で、SNSによるライブ動画を配信中の女性(22)が男に首や胸など数十カ所をサバイバルナイフ(刃渡り13センチ)で刺され、病院で死亡した。警視庁は現場にいた栃木県小山市の職業不詳の男(42)を逮捕し、起訴できるかどうか刑事責任能力を調べる精神鑑定を始めた。男は「動画の配信で女性と知り合ったが、女性と金銭トラブルになった。女性の居場所を動画配信を見て特定した」という趣旨を供述している。
■社説が立花氏の言動を批判
立花氏の襲撃事件は新聞各紙が一斉に社説で取り上げた。どの社説も「許されぬ」と暴力を否定する一方で、これまでの立花氏の言動も厳しく批判している。オールド・メディアと揶揄されることもある新聞だが、言うべきところはきちんと主張している。
私自身が産経新聞で長く社説を書いてきたからこそ、ここで敢えて言わせていただく。新聞は公器である。しかも社説はその新聞社の姿勢を示す大黒柱だ。これからもそれを忘れることなく、ニュースの背景や根底まで把握する努力を重ね、問題点を品格を持って論じ、どう対処すべきかを説いてほしい。それでは社説を見てみよう。
3月18日付の朝日社説はその中盤で「朝日新聞の社説は、こうした立花氏の一連の言動を批判してきた。だからと言って、立花氏に危害を加えた男の蛮行をけっして容認しない」と説く。立花批判も暴力否定も建前ではなく、どちらも本音なのである。
朝日社説は最後に「主義主張が違っても、言論によって一致点を見いだすのが民主政治だ。そのためには心すべきことがある」と指摘し、「まず、事実をしっかり確認した上で、自らの考えを述べること。そして、相手の人権や反論する権利を尊重すること」と主張する。
■負の側面の自覚を
3月16日付の読売社説は「N党は、東京都知事選でも選挙ポスターを掲示する権利を事実上販売し、風俗店の広告などが貼られる問題を引き起こした。他候補の当選を目指す『2馬力選挙』を含め、法の隙を突いて、選挙を愚弄(ぐろう)しているように見える」と指摘し、「立花氏の挑発的な言動が無用な対立を招き、暴力を呼び込んだ面があるのは否定できないだろう」と批判する。そのうえで「そうだとしても、暴力による解決は絶対にあってはならない」と訴える。
ポスターの権利販売、2馬力選挙、法の網を掻い潜る不正行為、挑発的言動…などなどまさしく立花氏が批判されるべき所以である。
3月18日付の産経社説もこう立花氏を批判する。
「ただし、無責任な情報発信が社会の分断を引き起こすことも否定はできない。特定の団体や個人を標的とする誹謗中傷は、言葉の暴力となり得る」
「選挙期間中の候補者に幅広い言論の自由が与えられているのは、選良を目指す各位各人の自覚や品格に期待をこめているからでもある」
各新聞社説の指摘や主張の通りである。立花氏には深く反省してもらいたい。そして私たちも、SNSが殺傷事件まで引き起こすという負の側面を持っていることをよく自覚したうえで、SNSを使う必要がある。

撮影:木村良一:尾瀬の山から下山すると、満開の「天王桜」が出迎えてくれる。あすから下界の日常生活に戻ると思うと少しばかり憂鬱になった。天王桜は推定樹齢300年を超える群馬県の天然記念物である。4月下旬から5月上旬が見ごろだ=2017年5月5日、群馬県利根川郡片品村針山。
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◎慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」の2025年4月号(下記URL)から転載しました。