NASA宇宙探査機「ルーシー」、小惑星帯の「ドナルドヨハンソン」に接近、画像データ取得に成功



2025-4-25(令和7年) 松尾芳郎

NASAの宇宙探査機「ルーシー」は、2025年4月20日午後1時51分(米東部時間)に、小惑星帯の小惑星「ドナルドヨハンソン」に最接近、フライバイに成功した。NASAの担当チームは「ルーシー」が収集したデータを地球に送信するよう指示した。データ送信には1週間ほど要する見込み。(The Lucy team has confirmed NASA’s Lucy spacecraft phoned home after its encounter with the main belt asteroid Donaldjohanson. The Spacecraft closest approach to the asteroid at 1:51 pm EDT. The team has commanded the spacecraft to start sending data back to Earth, will take a week.)

「ルーシー」は、太陽系の火星―木星の間にある「小惑星帯 (main asteroid belt)」の中の3個の小惑星および木星軌道上にある小惑星の集団「トロヤ群(Trojan)」に属する小惑星8個の近くを通過し探査する宇宙機である。「ルーシー」は「トロヤ群」小惑星を探査する初めての探査機となる。木星軌道上には、木星に先行して太陽を周回する「トロヤ群(Trojan)」と木星の後ろを回る「ギリシャ群(Greeks)」の小惑星群がある。「小惑星帯」や「トロヤ群」などの小惑星は、太陽系初期の歴史を示す「惑星を形成する化石/惑星になれなかった小惑星群」と考えられている。

図1:(Wikipedia)小惑星帯(main asteroid belt)は、火星と木星の公転軌道の間にある小惑星が集まるドーナツ状の区域。地球など惑星、は小惑星が繰り返し合体して形成されたが、トロヤ群・ギリシャ群を含む「小惑星帯」の小惑星は木星の重力の影響でお互いの衝突が多く合体が阻まれ惑星に成長できなかった領域、と考えられている。広がりは、太陽―地球間(1億5000万km)の距離を1 AUとすると、太陽―火星間は1.5 AU、太陽―木星間は5 AUなので、1.5 AU~5 AUの範囲。全体の質量は月の4 %、その半分を4つの小惑星、セレス、ベスタ、パラス、ハイジア、が占めている。

「ルーシー」は12年以上かけて「トロヤ群」小惑星を主に探査する。ルーシーは地球の重力を利用して加速する「フライバイ」を3回繰り返したが、小惑星帯軌道まで行ってから再び地球軌道に戻るフライバイをした宇宙機はこれが初めてである。

「ルーシー」と名付けられたのは、エチオピアで1974年に発見された古代類人猿の化石(320万年前に生息)の名前に由来する。そしてその名前は当時流行したビートルズ(Beatles)の歌[Lucy in the Sky with Diamonds]から採ったものだ。そして4月20日に探査に成功した小惑星「ドナルドヨハンソン(Donald Johanson)」の名は、エチオピアで「ルーシー」化石を発見した古人類学者の名前から決められた。

「ルーシー」は2021年10月16日9:34 am (UTC)にフロリダ州ケープカナベラル空軍基地から打ち上げられた。

図2:(NASA Kennedy Space Center) 「ルーシー」を搭載したULA (United Launch Alliance)社のアトラスV401ロケットは、2021年10月16日ケープカナベラル空軍基地から打ち上げられた。発射1時間後ルーシーは第2段から分離され、その30分後に直径7.3 mの2つの巨大なソーラーパネルを展開した。

2022年10月16日、第1回目の地球スイングバイを行ってから最初の目標である小惑星デインケネッシュに向かった。2023年11月1日、小惑星帯の内側軌道を回る小惑星デインケネッシュ(Dinkinesh)に425 kmまで接近、デインケネッシュが二重小惑星であることを発見した。デインケネッシュは直径およそ790 m、その衛星セラムは直径220 mと判明した。

図3:(NASA)「ルーシー」搭載の望遠カメラ[L’LORR]で撮影した小惑星デインケネッシュとその至近距離を回る衛星セラム。

「ルーシー」は、2024年12月に2回目の地球フライバイを実施して木星方向に加速し軌道を修正して、2025年4月20日には2つ目の目標である小惑星帯の小惑星ドナルドヨハンソン(Donaldhohanson)に接近、近傍を通過し撮影とデータ収集に成功した。ドナルドヨハンソンは1億3000年前に小惑星同士が衝突、粉砕された破片の一つで、長細い形で長さは4kmと予想されていた。

こうしてルーシーは小惑星帯内側を回る2つの小惑星、デインケネッシュとドナルドヨハンソンの探査に成功したが、これは2027年に予定する木星軌道上の「トロヤ群 (Trojan)」小惑星探査のための準備/リハーサルで、搭載観測機器が正常に作動することをこれで実証した。

ルーシー宇宙機

ルーシーは直径約7 mの大きなソーラー・パネルを2枚備え、全体の幅は16 mに達する。このソーラー・パネルは太陽から5 AU離れた距離にある木星軌道上でも搭載システムに十分な電力を供給できる。中央にある小型の本体には、各種観測機器と地球との通信用の高さ2 mの高利得アンテナが装着されている。本体奥行は約2 m。重量は771 kg、燃料を搭載すると1500 kgになる。ソーラー・パネルの発電量は木星の軌道上で504 wattになる。

図4:(NASA/Lockheed Martin)ルーシー宇宙機の外観。中央の本体は幅約1.7 m。

ルーシー本体には、望遠カメラ「L’LORRI」、可視光カメラ「MVIC」、赤外線撮像分光器「LEISA」/「L’Ralph」、熱放射分光器「L’TES」などの観測装置が搭載されている。

  • 望遠カメラ「L’LORRI =Lucy Long Range Reconnaissance Imager」は、ルーシーの最も高感度・高解像度の白黒カメラである。基本原理はハブル宇宙望遠鏡のカメラと同じで主鏡・副鏡で構成するデジカメ式反射望遠鏡だ。L’LORRIの一つの目的は、漆黒の闇の中にあるトロヤ群小惑星を1000 km離れた場所から直径70 mのクレーターを撮影すること。例えて云うと、これはフットボール競技場の端から他の端を見てそこを飛ぶハエを見付けるのに相当する。L’LORRIの組立はJohns Hopkins Applied Physics Laboratoryが担当した。カイパーベルト天体にある冥王星の詳細な探査に成功した“ニューホライゾンズ (New Horizons)”宇宙機に搭載した「LORRI」を改良した装置である。
  • 赤外線撮像分光器「L’Ralph」は、トロヤ群小惑星の表面の化学素性、氷、水酸化物、それらの外観を調べ組織成分を知るための装置である。「L’Ralph」は、MVIC (Multispectral Visible Imaging Camera/可視光カメラ)とLEISA (Linear Etalon Imaging Spectral Array)の2つの装置を一体化した赤外線分光分析装置である。L’Ralphも宇宙探査機「ニューホライゾンズ」に搭載し実績のある「Ralph」と、小惑星探査機オシリス・レックス(OSIRIS Rex)の「OVIRS」を基本にして、NASA Goddard Space Flight Centerが製造した。「ニューホライゾンズ」は冥王星と衛星シャロン(Charon)(2015年)とアロコス(Arrokoth) (2019年)の探査の成功している。
  • 熱放射分光器「L’TES」:木星の太陽周回軌道を回る「トロヤ群」小惑星は太陽から7億8000万km /5 AUも離れているが、それでもまだ太陽の熱で温められ遠赤外線を放射している。ルーシーの熱放射分光器「L’TES=Lucy Thermal Emission Spectrometer」は、口径15.2 cmの望遠鏡で小惑星表面のあらゆる点に入射するエネルギーを捉え温度を計測、データを結合・画像に組み立てる。「L’Ralph」上の「LEISA」分光器で得た小惑星上のイメージと短時間で合成、画像の精度を高める。「L’TES」はArizona State Universityが、探査機オシリス・レックス (OSIRIS Rex)で使った「OTES=OSIRIS Rex Thermal Emission Spectrometer」を改良して製作した。
  • 目標追跡カメラ「T2CAM=Terminal Tracking Camera」は、探査機の航法のための装置で、目標の小惑星に接近するのに使う。それと共に前述の「L’LORRI」や赤外線撮像分光器「L’Ralph」の視野が目標小惑星に正対するようにルーシー本体の姿勢を制御するのに使う。T2CAMは広角度カメラなので、目標の小惑星像を捉えやすく、また質量測定用の電波装置と組み合わせて小惑星内部の密度を調べる事もできる。

図5:(NASA)ルーシーがトロヤ群小惑星を探査する際に使う観測機器。ルーシー本体の頂部に装備されている。

大型の小惑星同士の衝突で多数の小惑星が生まれ、その中の一つ「ドナルドヨハンソン」が誕生した1億3000年前は地球上では中生代の白亜紀 (1億4500万年前〜6,600万年前)になる。大型恐竜が全盛期を迎えていた時代であった。

図6:(NASA‘s Scientific Visualization Studio)小惑星同士の衝突で誕生したドナルドヨハンソンの時代、1億3000年前の地球は白亜紀で大型恐竜が闊歩していた。

2025年4月20日午後1時51分(米東部時間)/ 日本時間4月21日2時50分から2秒間隔で撮影された動画がNASAチームから発表された(4月22日)。次図は、ルーシーとドナルドヨハンソンは毎秒13.4 kmの相対速度ですれ違いながら撮影した動画の一部。この時の両者の距離は1600~1100 km(平均960 km)。NASAによると、ドナルドヨハンソンは長さ8 km、最大幅3.5 kmと判明した。

図7:(NASA/Goddard/SwRI/Johns Hopkins APL)ルーシー搭載の望遠カメラ[ L’LORRI]が撮影した小惑星「ドナルドヨハンソン」の姿。

小惑星帯の小惑星「ドナルドヨハンソン」に接近探査した後、木星前方のトロヤ群に向かい、ここで2027年4月に「ユーリベイツ(Eurybates)」とその衛星「ケータ(Queta)、2027年9月に「ポリメイリー(Polymele)」と無名の小惑星、2028年4月にルーカス(Leucus)、2028年11月に「オーラス(Orus)」、の探査を行う。そして地球に戻る軌道に乗り2031年に3回目の地球スイングバイを行って再び木星軌道に戻り、2033年3月にトロヤ群の「パトロクルース(Patroclus)」と衛星「メノエーシャス(Menoetius)」の探査を行う。これで全ての探査機構を終えるが、ルーシーはそのまま地球とトロヤ群を往復する軌道を数十万年にわたって飛び続ける。

図8:(NASA)緑の曲線はルーシーの飛行経路図。2021年10月出発し地球フライバイを2回行ってからトロヤ群に向かう。途中で小惑星帯のデインケネッシュ、2025年にはドナルドヨハンソンを探査に成功、計測機器が正常であることを確認。トロヤ群に入ると2027~2028年にユーリベイツ(白)、ポリメイリー(ピンク)、ルーカス(赤)、オーラス(赤)を探査する。ここで地球周回軌道に戻りフライバイして木星軌道に戻り2033年トロヤ群のパトロクルースとメノエーシャス(ピンク)の探査をする。

図9:(NASA)ルーシーがトロヤ群で探査する小惑星。2025年4月20日探査したドナルドヨハンソンは長さ8 kmだったので、これから探査する小惑星は著しく大きい。2033年3月に接近探査するパトロクルースは直径1000 kmもある。

終わりに

小惑星探査では、JAXAのはやぶさが2003年にイトカワにに着地、サンプルを採取、地球に帰還したのが有名。2014年には後継機はやぶさ2がリュウグウに着陸、サンプル・リターンに成功した。2023年9月24日にNASAのオシリス・レックスが小惑星ベンヌの岩石を地球に持ち帰った。この他にも10機ほどの探査機が小惑星探査を行っている。ルーシーはその中での最新の探査機で、2033年の任務完了までに多くの情報をもたらしてくれるだろう。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • NASA April 18, 2025 “NASA’s Lucy Days away from Asteroid Encounter” by Eric Morton
  • NASA April 20, 2025 “NASA’s Lucy Spacecraft Completes Asteroid Donaldjphanson Flyby” by Erin Morton
  • AP Science April 18 2025 “NASA’s Lucy spacecraft is speeding toward another close encounter with an asteroid” by Marcia Dunn
  • AstroArts 2025-4-23 “木星トロヤ群小惑星探査機ルーシー、打ち上げ成功”
  • TokyoExpress 2018-11-1 ”小惑星探査ミッション、JAXAはやぶさ2とNASAオシリス・レックス“