2025-6-29(令和7年) 松尾芳郎

図1:2025年6月17日パリ航空ショーで、90席級オープン・ローター旅客機「MAEVE Jet」の開発についてJALとMAEVEは基本合意した。写真はJALの小山雄司経営企画本部長(左)とMAEVE Aerospace社のマーチン・ネッセラーCEO(右)。
日本航空とオランダに本社のあるマエブ・エアロスペース(MAEVE Aerospace)社は、ハイブリッド電動オープン・ローター/ステーター・エンジンを2基尾部に装備する[MAEVE Jet] 、[MJ500]の開発で協力することを合意した。[MJ500]は76~100席級のリージョナル機で既存機に比べ燃料消費量を40 %削減する。
(JAL is to collaborate with Dutch based Maeve Aerospace on proposed Maeve Jet, MJ500 rear mounted engine aircraft. The propulsion system is hybrid-electric open rotor/stator engine, the airliner accommodate 76 to 100 passengers with 40 % reduction of fuel consumption.)
日本航空(JAL)と100 %出資の整備部門JALエンジニアリング(JALEC)は、日本列島を構成する島々を結ぶリージョナル路線に適合するよう機体設計、運航支援などの面でMAEVEをサポートする。MAEVE Jetが就航すれば、環境への影響を抑えながら経済面で大きな発展に資することが期待される。
MAEVE Jet [MJ500]は、エコノミー仕様で5列座席、アルミ合金製の胴体、主翼素材は未定、初飛行は2030年、エアライン就航は2033年スタートを予定している。
[MJ500]の基本仕様は図4に示すように、全長32.1 m、翼幅31.9 m、尾翼は”T”字型でPW120系列ターボプロップ改良型エンジン2基を尾部に装着する。現用ジェット旅客機と同じく巡航高度35,000 ft、巡航速度M 0.75、での運航を目指している。
エンジンはP&W Canada社が開発中で2026年に飛行試験を予定している。
MAEVE Jet社;―
ヨーロッパのスタートアップ企業で、低公害で経済的な航空機の開発を目指す企業。オフィスはオランダのDelftおよびドイツのミュンヘン(Munich)にあり、創業は2021年、航空機開発の専門家を集め、2040年までに、民間航空機が出すCO2排気ガスを半減させることを目標にしている。
MAEVE Jet社は、2024年3月に、三菱重工の子会社MHIRJと共同で[M80]型ターボプロップ機を発表したが、[MJ500]はこれを大幅に改良したリージョナル機となる。
[MHIRJ]社;―
モントリオール(Montreal, Canada)に本社・工場を置く三菱重工系列の企業で、2019年にカナダのボンバルデイア(Bombardier) 社からCRJシリーズ・リージョナル機全体の事業(保守、カスタマー・サポート、改修、販売、型式証明など)を取得した。このCRJシリーズには、CRJ700(74席)、CRJ550 (50席)、、CRJ900 (90席)、CRJ1000 (104席)の4機種を含んでいる。[MHIRJ]社は、[M80]の開発で[MAEVE Jet]に協力したが引き続き[MJ500]で更なる協力をしている。
[M80];―
[M80]は80席級で高翼、座席配置は4列、ハイブリッド電動ターボプロップを2基を翼下面に装備。既存のCRJ系列機およびエンブラエルE-Jet系列機対比で燃費、排ガス、騒音を改善する。[M80]はCRJ 900と同じ長さ(約89 ft)、高さ(約28 ft)、しかし翼幅は85 ft、最大離陸重量は64r,000 lbsで僅かに大きい。巡航速度はリージョナル・ジェットより遅く400 kts、航続距離は800 n.m.。しかし受注がないため改良が必要と判断、[MJ500]開発に繋げた。
[MJ500];―
MAEVE Aerospaceのマーチン・ネッセラー(Martin Nuesseler)CEOは、パリ航空ショーで、エアライン各社に[MJ500]について説明したが、いずれも高い関心を示してくれた、と語っている。これは現在のCRJやE-Jet系列のリージョナル機が2030年代後半から順次退役することになるためである。
[M80]から[MJ500]へ改良した理由として、第1は客室騒音。エンジンを高翼下面から尾部に移すことで客室騒音を解消できる。これでエンジン支持機構の重量が増えるがクリーンな後退角付き低翼にするので相殺できる。第2は、低翼・後退角付き主翼とすることで巡航速度・高度を現在のリージョナル機並みに向上。運航を容易にしている。さらに胴体を太くし客席配置を5列にしたことで窮屈感をなくす、等を利点として挙げている。

図2:(MAEVE)MAEVE Jet [MJ500]は、最大離陸重量34 ton、最大有償荷重9.7 ton、3クラス76席仕様で航続距離2,600 km、最高運航高度37,000 ft、通常巡航速度マッハ0.75 (最大マッハ0.78)。客席仕様は、オール・エコノミーで100席、2クラスで90席、3クラスで76席。エンジンは、P&WC製PW120ターボプロップ系列のハイブリッド電動型でローター・スイール・リカバリー・ベーン付き、2基を装備する。

図3:(MAEVE) MAEVEとMHIRJが昨年共同開発を目指した[M80]リージョナル機。80席仕様、座席4列配置、エンジンはPW120ハイブリッド電動ターポプロップ。現用機対比燃費40 %以上削減と巡航速度400 kts、航続距離1,500 kmを目標。

図4:(MAEVE) [MJ500]の全長32.1 mと翼幅31.9 mを示す図。

図5:(MAEVE) [MJ500]の客室。全席エコノミー100席仕様と3クラス76席仕様を示す。客室断面はエアバスA220などと同じ。
ハイブリッド電動エンジン;―
エンジンは複合防衛企業体[RTX]が主導する[RTXハイブリッド電動飛行実証機計画 (RTX Hybrid-Electric Flight Demonstrator project)]に基づき開発が進められている。P&WC製のターボプロップ・エンジンにコリンズ(Collins)製電動モーターとスイスのH55 S.A.開発のバッテリーを組み合わせた装置になる。すなわち;―
プラット&ホイットニー・カナダ (P&WC=Pratt & Whitney Canada) 製[PW120]級ターボプロップは、3シャフト構成のエンジン。低圧系、高圧系共に遠心コンプレサー1段ずつをそれぞれ1段ずつのタービンで駆動、さらに低圧タービンの後方に2段フリー・タービンを配置、この駆動シャフトで減速ギアを介してプロペラを回す仕組み。[PW120]系列には多数のモデルがあり、最大連続出力は1,700~3,000 軸馬力(shp)でこれは1~2 メガワット(MW)に相当する。
コリンズ(Collins Aerospace)製電動モーターの出力は1メガワット(MW)である。
H55 S.A.製バッテリーは定格200キロワット時(200 kWh)、これを10個並列にして充電・放電をする。
離陸・上昇時は、エンジン本体の出力1 MWにバッテリー電力で駆動する電動モーターの出力1 MWを加えた2 MWの推力で飛行する。
巡航・下降時はエンジン本体の出力で飛行し、余剰出力で電動モーターを駆動発電してバッテリー充電を行う。
これで現用リージョナル機に比べ燃費を30 %節減するのが目標。
[RTXハイブリッド電動飛行実証機計画]でこのエンジンの飛行試験を行うため、デハビランド・カナダ(De Havilland Aircraft of Canada)製Dash 8-100を改造、エンジン・システムを主翼下面に取り付ける。工事は「エアロテック(AeroTEC)」社が担当している。電気システムには700 ボルト高電圧を使用するのでこれには「GKNエアロスペース」「リカルド(Ricardo)」が協力している。

図6;(RTX)Dash 8-100にPW120ハイブリッド電動エンジンを搭載、2026年に飛行試験を実施する予定。これで既存のリージョナル機より燃費30 %改善を目指す。
尾部搭載のハイブリッド電動エンジン;―
[MJ500]は、エンジンを尾部搭載にすることで客室騒音を低減でき快適性が向上するのは既述の通り。尾部搭載で新たに開発搭載するのは「ローター・スイール・リカバリー・システム(Rotor Swirl Recovery System)」あるいは「スイール・リカバリー・ベーン (SRV=Swirl Recovery Vane)」と呼ぶシステムである。
エンジンの回転力でプロペラ・ローターが回転、推力を発生するが、その際推力にならない回転方向の流れが生じる。ローターの下流に迎角10度程度の固定ベーンを配置し、回転方向の流れを軸流に変え推力とする事で、推進効率が数%程度改善できるる。最適な解を得るには、ローターの形状・枚数およびベーンの枚数・形状、それにローターとベーンの軸方向の間隔が関係する。MAEV・RTXから詳しい発表はないが、次に示すように概念図が数枚公表されている。RTX/MAEVEが公表した図から、ローター・ブレードは後退角付き12枚、スイール・リカバリー・ベーン(SRV)は直線翼で10枚と推定される。

図7:(MAEVE)ハイブリッド電動エンジンの外観。PW120ターボプロップに電動モーター・バッテリーを組み込み、プロペラ(左端)の後ろにベーン(SRV)10枚?を取り付けてある。

図8:(MAEVE)MJ500型機の尾部。”T“字翼とハイブリッド電動エンジンの位置関係。

図9:(Pratt & Whitney Canada)エンジン・システムの中心P&WC製[PW1200]の見取り図。左から、プロペラ・ローター取付部、茶色部分はローター部分、右端の2列はフリー・タービン、これでプロペラ・電動モーターなどを駆動する。


図10:(Pratt & Whitney Canada)[PW120]エンジンの基本構成。左端にプロペラ/ローターが付く。プロペラ駆動は右端のフリー・タービンの力で行う。
図11;(Pratt & Whitney Canada) [PW1200]エンジンの構成。燃焼室は環状で逆流形式になっている。
RTX;―
RTX Corp.はバージニア州アーリントンに本部のある航空宇宙・防衛事業を展開する多国籍複合企業体。傘下にコリンズ・エアロスペース、プラット&ホイットニー、レイセオンの事業部門がある。プラット&ホイットニーの下部にあるのがプラット&ホイットニー・カナダ(P&WC)である。コリンズ・エアロスペース(Collins Aerospace)は航空関係の部品装備品を幅広く供給するサプライヤー、傘下のPower & Controlは電動モーターなどを手掛けている。
終わりに
2021年創業のMAEVE Jetは、44席型の高速距離500 km、全電動プロペラのリージョナル機か初に取り組んだのが最初、次に2023年12月にMHIRJの支援を受け既述の80席級[M80]の開発を始めた。そして今回3機種目として、大手防衛企業体RTXからエンジン供与を受け100席級のリージョナル機の実現を進めている。3度目となり実現性が高まった。
JALはこれまでもBoom超音速機の開発と優先購入権、iSpaceの無人月着陸機の開発など先端技業の支援を行ってきたが、今回のMAEVE製[MJ500]リージョナル機の支援を決めたのは、リージョナル路線の維持と将来に向け強化する必要があるため、と言われる。JALは子会社[J Air ]が運航するエンブラエル製E-jet 2機種で32機を運用している。これらは2009年から導入したE-170 (76席)が18機、2016年から導入したE-90(95席)が14機で、2030年から逐次更新が始まる。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次のとおり。
- Aviation Wire 2025-06-18 “JAL、電動ハイブリッド機 [MAEVW Jet]開発で独メイブと基本合意、地域路線維持へ現実解模索“by Tadayuki YOSHIKAWA
- JAL, JALエンジニアリング, MAEVE ニュース2025-6-17 ”日本航空、JALエンジニアリング、MAEVEは電動ハイブリッド航空機の開発推進のため基本合意書(MOU)を締結“、
- FlightGlobal June 17, 2025 “JAL to help Maeve shape rear engine 90 seat open rotor aircraft proposal” by Davit Kaminski-Morrow
- RTX News July 24,2024 “Maeve and RTX’s Pratt & Whitney Canada to collaborate on hybrid-electric propulsion technologies for M80 aircraft”
- MHIRJ News November 14, 2024 “MHIRJ teams up with MAEVE on groundbreaking sustainability projects”
- RTX News June 16, 2025 “RTX Hybrid Electric Flight Demonstrator program achieves full power test milestone for propulsion system and batteries”
- RTX News June 16, 2025 “ATR and RTX’s Pratt & Whitney Canada Collaborate on propulsion technology to advance next-generation regional turboprops”
- Maeve News June 7, 2025 “Tail Mounted Hybrid Electric Powerplant”
- Aviation Week July 22, 2024 “Pratt & Whitney Hybrid-Electric Engine runs at Full Power” by Guy Norris
- AIAA Journal Vol.56, No.12, December 2018 “Design and Experimental Validation of Swirl-Recovery Vanes for Propeller Propulsion System” by Qingxi Li, Tomas Sinnige, and others
- TokyoExpress 2024-12-16 “三菱R J、メイブM80リージョナル機開発に協力“
- Aviation Week June16-29, 2025 page90 “regional Redefined” by Graham Warwick