令和7(2025)年8月6日 鳥居徹夫(元・文部科学大臣秘書官)
◆自民党が地滑り的大敗。参政党が党首討論で大活躍
維新を離党した梅村みずほ議員が、参政党に加入した。梅村氏の入党によって参政党が国政政党の要件(国会議員5人以上)を満たしたことによりテレビの政治討論会などへの参加資格も得られ、党の存在感が一気に高まった。
それも参政党入りが参議院選挙の直前の6月30日。公示日前日7月2日の日本記者クラブ主催の党首討論に間に合う絶好のタイミング。
これまで参政党は、テレビや新聞のニュースでも、泡沫政党の扱いであったが、堂々と地上波、オールドメディアに登場し、他党と同格に報じられ、社会的信用度が増し、党の存在感が一気に高まった。
公示後、参政党の神谷宗幣(そうへい)代表がテレビや新聞などオールドメディアに登場し大活躍。一気に参政党の知名度を上げた。
参政党の神谷宗幣代表は、テレビや新聞などオールドメディアでも、他党と同格に取り上げられ、それをSNSで拡散された。
また、メディアとSNSのキャッチボールにより雪だるま的に拡散するという選挙手法は、既成政党にとって大きな脅威となった。
梅村みずほ議員の参政党加入が、各メディアの報道姿勢を大きく変貌させたことは、既成政党にとって想定外であった。
参政党全体にも言えるが、参政党には左翼コンプレックスがなく、ネガティブ報道も即座に打ち返し、逆に参政党のアピールに切り返す底力を見せた。
参政党を躍進させた一番の功労者は、梅村氏を現職でありながら従来の大阪選挙区から追放し、離党を決意させた日本維新の会の執行部といっても過言ではない。
参政党はイメージカラーをオレンジとし、選挙公報、チラシ、ポスター、宣伝カー、候補者、運動員の服装もオレンジ中心という統一感が、有権者の目に焼き付かせることに成功した。まさしく「燃える熱いオレンジ色の憎い参政党」、そして「日本ファースト」と「イチ、二の参政党」のかけ声と映像がテレビに流れ、運動を盛り上げた。
◆自民は39議席で13減、一人区は自民の14勝18敗
7月3日告示、7月20日投票の第27回参院選は、改選124に欠員1を加えた125議席。与党は自民党が改選数を13下回る39議席、公明党が8議席の計47議席で、非改選の75議席をあわせても過半数の125議席に届かなかった。
立憲民主党は22議席と横ばい、国民民主党は17議席、参政党は14議席と躍進した。
自民党は、32ある1人区で14勝18敗(非自民は、立民7、国民3、無所属8)と負け越した。前回3年前の28勝4敗を大きく下回った。
前回3年前は候補者全員が当選した複数区で、今回は東京、千葉、大阪で議席を失った。石破茂首相(自民党総裁)は2024年の衆院選、6月の東京都議選、参院選で3連敗。
連立政権を組む公明党も6議席を失い8議席に。選挙区は埼玉、神奈川、愛知で現職が議席を失った。
自民党は2022(令和4)年の前回参院選で、選挙区と比例代表の合計で63議席を得たが、今回は39議席に。公明党も比例区と3つの選挙区で議席を失い、与党全体で47議席にとどまった。
自民党の石破茂総裁は非改選を含む与党の過半数維持を「必達目標」と位置づけた。与党には計75人の非改選議員がいるため、自民・公明で50議席を獲得すれば過半数に届くことになる。ただでさえ到達可能な低い目標とされたが、それすらも達しなかった。
野党第1党の立憲民主党は改選議席と同じ22議席にとどまった。一人区は青森、三重、宮崎、大分で勝ったが、複数区は茨城、福岡で議席を失った。比例代表は、改選議席の8議席に達せず7議席にとどまった。
国民民主党は、選挙区10名、比例7名で計17議席を獲得し、改選4議席の4倍超えに。非改選5議席と合わせて予算を伴う法案、例えば課税最低限度額を「(103万円を)178万円完全実施法案」なども、単独で提出できることになった。
大躍進した参政党は、「日本人ファースト」をスローガンとし14議席に伸長。単独で参院に予算を伴わない法案を提出可能になった。比例は7議席をとり、選挙区も主要な都府県など複数区で7議席を獲得した。
日本維新の会は1議席増の7議席に。選挙区は前回に続き大阪で2人が当選したほか、新たに京都で議席を得た。
共産党は3議席にとどまり、改選7議席の半数を下回った。比例は2議席と後退、選挙区の埼玉、京都では現職が議席を失った。
れいわ新選組は3議席、日本保守党は2議席、社民党は1議席をそれぞれ比例で獲得した。政治団体の「チームみらい」は比例で1議席を得た。
◆期日前投票が25%、投票日当日が33%
自民党の組織的動員が、敗色濃い一人区で巻き返し
かつて自民党にお灸を据える投票行為は、立憲民主党の独壇場であったが、いまや国民民主党と参政党に移った。
そして立憲民主党にお灸を据える、票が流れる先も国民民主党や参政党に移った。
7月20日投開票の参院選の投票率(選挙区)が58%となり、3年前2022年参院選の52%から6.ポイント上昇。投票率が%台後半となったのは10年参院選以来15年ぶりのこと。6年前の48.8%から約10%上昇した。
昨年10月の総選挙よりも投票率が約5%上がり、総投票数が約500万票増えた。直前の衆議院の投票率を、参議院が越えたのは前代未聞。
政府自民党は、国民の休日「海の日」がある三連休の真ん中の日曜日22日を投票日に設定した。それは有権者の多くが投票に行かず、組織票が多い自民党に有利になると見込んだからであった。
ところが自民党が、期日前投票の徹底を打ち出し、選挙全体への波及を目指した。
投票日の一週間間前に、自民党が「期日前投票を全員に徹底せよ」と、全国の支部、支持団体に通達を出したのである。
期日前投票とは、本来、仕事や体調などの事情で当日行けない人のための制度。ところが今回、自民党は「14日から19日は毎日が投票日だと思って動け」と、候補者と支援組織、支持者に組織的な動員をかけた。
最終盤に組織的な動員をかけたことで、眠っていた自民党支持者の活性化、自民票の掘り起こし、不利と報じられた選挙区情勢の追い上げをはかった。
ある報道では、ベテラン政治家も「こんな指示は初めて見た」と驚きを隠せなかったという。参院選の終盤になって、期日前投票の投票所の入場に順番待ちの行列ができ、有権者は長く待たされたと言う。公示直後はスムースに流れていた期日前投票所の風景が、選挙終盤で様変わり。
近年の期日前投票は1割前後だが今回は約25%。ほぼ4人に1人が期日前投票を利用したことになる。
全国各地で期日前投票が増え、全体の投票率を押し上げた。
投票率58.5%のうち期日前が25%なので、投票日当日の投票率は33%、つまり投票日に投票した有権者の割合は、3人に1人。
投票日の一週間前、最終盤のマスコミ予測は、福島県、栃木県などは、「立憲民主党が先行し、自民現職は議席を失う見込み」の報道であった。
立憲民主党の野田佳彦代表は、選挙戦の最終日は福島と栃木を回り、与野党逆転の勢いを確かなものにしようと意気込んでいた。ところが自民党が巻き返し、立憲民主党の候補は敗北した。
また野党が圧勝と言われた大分、新潟などでも最終盤に自民党が追い上げ、野党は逃げ切ったものの僅差であった。
最終盤での、自民党の期日前投票徹底や組織固めが遅れれば、北海道、群馬、千葉、兵庫、福岡などは、野党が勝利したように思われる。
序盤・中盤・終盤と、日に日に与党の苦戦が加速する中で、日刊ゲンダイ(7月18日付)は、一人区は「自民の3勝29敗」という過激な見出しで煽った。自民党が勝つのは奈良、山口、合区の鳥取・島根だけという見立てであったが、結果は14勝18敗。
実際、投票終了後の開票作業では、投票日当日の開票は野党リードだったが、期日前投票分の開票が進むと、確定票で自民が逆転した選挙区も多かった。
当日開票分が伸びなかった鈴木宗男は、21日朝に敗北を悟り引退宣言を行ったが、期日前の開票が進んだ4時間後に当選が決まり、引退宣言を取り消した。
参政党は、選挙区で自民党の票を奪い、一人区では自民を劣勢に追い詰め、立憲民主党を大きく有利に躍進させたかに見えた。ところが立憲民主党の支持票も、かなり参政党に流れていたようである。
反自民票が自動的に立憲民主党に流れる時代は終わった。自公政権を批判しても、自分たちの票すら新興政党に食われている。
その中で支持を広げ、大幅に議席を積み増ししたのが国民民主党と参政党であった。国民民主党は新興政党ではないが、運動や感覚は斬新さが見られた。
玉木雄一郎、神谷宗幣は、就職氷河期世代やユーチューバー仲間とキャッチボールできる兄貴的存在。石破茂、野田佳彦、吉村洋文、田村智子は、言葉にメリハリがなく権力的で人民は黙って聞けという「上から目線の優生思考」。百田直樹は、俺が教え込んでやるという「聞く耳なし」の傲慢おやじ。
◆今年は変化と激動の巳年
2025年、令和7年は巳年。4年改選の東京都議会議員選挙と3年ごとに半数が改選される参院選が重なる。12年に1度の「巳年選挙」の年。
12年前、2013年は都議選で自民党の大勝、民主党の惨敗を受け、参議院でも安倍首相が、その12年前の2001年は小泉首相が大勝するなど同様の結果となった。
さらにその12年前の1989(平成元)年は、都議選で社会党が大勝し、自民党が惨敗。参議院選挙は社会党が大勝、党首の土井たか子は「山が動いた」と発言。衆参ネジレ現象となり、1993年の細川護熙を首班とする非自民政権につながった。
さらに12年前の1977(昭和50)年の前年1976年末に、衆議院が任期満了となり「解散なき総選挙」。いわゆるロッキード選挙で、前首相の田中角栄が逮捕され、三木武夫(首相)おろしの嵐が吹き荒れるなか、三木首相が任期切れまで居座った。しかし総選挙で惨敗し辞任を余儀なくされ、翌年の1977年は、政局は混乱を極めた。
◇ ◇ ◇
この30年、税金や社会保険料を上げ続け、日本の経済が回復しない状態を政府が作ってきた。昨今は電気代、ガソリン代、おコメを含む食料品など、給料に見合わない物価高で生活がさらに苦しくなっている。手元にお金が残らず、将来が不安。そうやって国全体が貧困化しているからこそ少子化が進んでいる。今やるべきは減税であり、国民のフトコロを豊かにすることである。
昨年はコメ5キロが2000円だったが、いまは5000円。取られる消費税の税額は昨年が160円で、今年は400円。2.5倍も取られている。税額が昨年と同じ160円なら、消費税率は3.2%に下げなければならないのに、自民党は「消費税を死守する」と居直った。
これでは物価が上がるほど、消費税額は上がりっぱなしになり、庶民は強制的に徴収される。欧米をはじめ、ほとんどの国は、食料品の付加価値税はゼロ。
石破首相は、物価を越える賃上げを訴えるが、石破首相が交渉するのではない。交渉するのは、労働者と使用者である。
経済成長や中小支援策など政府施策がないにも関わらず、石破首相が一方的に賃上げを言えば、事業者の反発となる。
参院選の焦点は、当初は物価高対策や、現金給付か減税か、であったが、公示後の争点は「減税と外国人問題」となった。
そして最終盤には、国民の石破首相への不信と、石破茂を首相の座から引きずりおろさなかった自民党への反発が加わった。自民党は参院選の前に、石破茂を総理の座から追放しなかった。
幕末の長州藩では、第一次長州征伐が迫るなか、幕府への恭順派に対し、高杉晋作らが功山寺で挙兵。恭順派を排斥して藩の実権を握り、幕府軍に対峙した。そして薩長同盟を経て、大政奉還つながった。
戦いの最中であっても、自民党内から一刻も早く石破総裁を放逐すべきとの声も行動もなかった。
逆に、自民党候補者や熱烈な支持者は「自民党以外に政権運営能力はない、自民党以外に選択の余地はないから、自民党に投票するしかない」と居直っていた。それがまさに自民党政権の傲慢であり、石破首相が国民に総スカンを食っても政権を手放さない原因になっている。
永田町の格言に「タンボと傘と票は、いったん貸したら戻らない」というのがある。前首相の岸田文雄は、総裁選で首相の座を石破茂に渡したが、石破茂は首相の座にしがみつき、岸田文雄に総理の座が戻ってこない。
石破氏は、自意識過剰で目立ちたがりで、ネチネチ・ネバネバで嫌悪感を持つ自民党支持層が多かった。ある調査によると、6月の東京都議選でも、自民党支持層は53%しか自民党に投票していなかったという。
◆外国人対策を避けていた既存政党
今回の参議院選挙で、はじめて外国人問題が争点に浮上した。参政党、日本保守党が強く主張し、これに慌てた自民党などが玉虫色の外国人対策を主張するようになった。
集中豪雨的なインバウンド(ウルトラ・オーバーツーリズムが、一般住民の生活を脅かし、生活環境を悪化させるなどの被害。都心のビジネスホテルは料金高騰で、すぐに満室となり、日本人に手が届かない価格になっている、などの問題も起きている。
埼玉県の川口市のクルド人が、病院業務を阻害するなどの迷惑行為や、外国人の無秩序な民泊の増加も顕在化するなど、日本人の生活を脅かすなどが全国に広がった。
日本で住民税を払わない外国人が東京で起業し、多額の融資を無担保で手に入れ、来日3日で生活保護受給決定が出る。さらに、健康保険料を僅かな期間支払い、日本で高額医療を受ける外国人。奨学金でも外国人留学生の方が日本人学生よりも優遇される。経営管理ビザの取得がしやすく簡単に外国人が起業できる、等々。
これら外国人優遇に、既存政党はアンタッチャブルで手を付けようとしなかった。税金を払う日本人への不公平感や苛立ちが増すが、既存政党やマスコミもタブーであった。
外国人の問題を取り上げると、差別だ、ヘイトだと不当に大騒ぎされ、一般市民の声は、左翼マスコミや左翼運動家や一部弁護士から、不当な誹謗中傷を浴びせられ、我慢を余儀なくされてきた。自由闊達にモノを言うことができないほど、言葉狩りが行われてきた。
参政党の「日本人ファースト」という標語は、日本人の誰もが持っているモヤモヤ感を払拭してくれるインパクトがあったと思われる。
選挙戦が始まる前は、参政党の候補者の支持率は数%に過ぎず、当選の見込みは薄いと思われた。ところが、選挙戦が始まると支持率は雪ダルマ式に急上昇。既存政党を脅かし、選挙区によっては当落を争うまでになった。
◆問われる連合の新興政党への対応
労働団体の連合は投票結果を受け、7月22日に「第27回参議院選挙結果についての清水秀行事務局長談話」を発表し、「参議院でも与党過半数割れの結果」としながら、比例代表において「構成組織が擁立した候補の惜敗を許したことは痛恨の極み」とした。
国民民主党から出馬した4人は、電機連合の候補が9年ぶりに議席を得るなど全員が当選。一方、立憲民主党から立候補した6人のうち現職1人が落選。いずれの党の公認を得るかで明暗を分けた。
立憲民主党の連合6候補の個人票の票数は64.9万票。国民民主党は連合4候補で67.3万票。国民民主党、立憲民主党の比例票の1割程度を占めた。
現職が落選した私鉄総連は、3年前は準組織内候補として辻元清美を推薦し、全国の私鉄労組を拠点に辻元清美個人票を掘り起こし42.9万票で立憲のトップで当選させた。今回は辻元氏が私鉄労連の現職の票を掘り起こす順番であったが、私鉄総連の現職は、6年前より3万票減らし7.4万票で落選した。
また立憲民主党は、一旦は先送りしたものの公示日直前になって蓮舫の公認を決めことに、連合は当選枠から連合組織内候補が弾かれることを懸念したが、その通りとなった。立憲民主党の当選枠は、6年前の8議席から7へ、1議席減ったのである。
国民民主党は、混乱を招いたが山尾しおり候補の公認取り消しに成功した。また大阪選挙区から出馬を目指した足立康史は、公認取り消しはできなかったものの全国比例に回し大阪選挙区からは外した。
「私設秘書に時間外給与は払わない」と居直り裁判沙汰となり、労働組合や連合をボロクソに攻撃する足立康史については、公認外しこそは出来なかったが、混乱を最小限に食い止めた。
連合事務局長談話は「現状からの変革を求めた有権者の期待する先は、野党第一党たる立憲民主党ではなく、新興政党や国民民主党であった」と指摘する一方、期日前投票が過去最高となったことについて、「投票率向上に向けたさらなる取り組みが求められる」とした。
ところが、投票率の引き上げに、支持団体や組織票の期日前投票の強化を求めたのは自民党であった。
かつて民主党が政権獲得をめざしたときは、連合は期日前投票による「毎日が投票日」というキャンペーンで、「投票へ行こう」運動を展開していた。仮に今回、連合が「期日前投票」の促進の運動を展開したならば、全体の投票率は6割を超えたのではないか。
連合にとっての重要な課題は、参政党など新興政党にどう向き合うかである。連合の記者会見(7月17日、22日)で、記者から「政党要件を満たした新興政党への対応」について質問があったが、連合・芳野友子会長は「コメントはさし控えたい」と戸惑いを見せた。ちなみに連合は、政党に対する政策要請は、共産党を除く全政党を対象に実施している。
日本保守党の百田尚樹代表(当選)は、選挙演説で「働き方改革は、働かせない改革だ」と罵り、バブル期のモーレツ社員時代のCMソング「24時間闘えますか」を宣伝カーの上で熱唱するなど、連合方針に挑戦するかのような態度を示している。
「103万円の壁」にみられる、働いて名目賃金が増えても「手取りが減る」税制などの弊害による働き控えと、労働者の健康維持、安全安心の職場環境整備、過労死防止の「働き方改革」とは逆行している。
このヨシモト流の観念に酔いしれる日本保守党と、就職氷河期を生き抜いた新議員や支持者が主流を占める参政党とでは、感覚が違うようだ。連合としても研究すべきではないだろうか。
れいわ新選組、参政党、日本保守党には「雇用・労働問題」を理解する土壌がないことから、まずは勤労者生活に関する政策に関心を寄せるような努力が、連合のスタート台となろう。 (敬称略)