2025-11-16(令和7年) 松尾芳郎

図1:(NEDO)NEDOが目指す80席級の次世代型水素燃料航空機。4 MW電動モーター装備の水素燃料エンジンを装備、超軽量高剛性複合材[CFRF]で製造する。
エビエーション・ウイーク誌(October 13-26, 2025)は、「日本株式会社 2.0 (JAPAN INC. 2.0 )」と題して特集号を発行した。日本は長期間にわたる経済低迷から脱し、宇宙開発を含む航空宇宙産業の開発に1兆円の投資を始めた。本稿では紹介記事の一部「次世代水素燃料航空機開発」について紹介する。
(Lately delivered Aviation Week issues a cover story “JAPAN INC. 2.0”, at October 13-26, 2025. After decades of economic stagnation, Japan boldly pushes into the future of aerospace industry with ¥1 trillion fund, including the space sector and the hydrogen-fueled airliner. The latter subject explain in this article.)
(余談)12月1日、高市早苗首相はサウジアラビアの投資ファンドが開催したイベントで講演し対日投資拡大を呼びかけた、「Japan is back, invest in Japan ! 」。本稿で述べるように日本はまさに長期の経済低迷から脱却したのである。
日本はこれまでに世界の航空宇宙業界で重要なサプライヤーとして貢献してきた。ボーイング787旅客機の35 %は日本の企業が製作している。そして今、5,000億円 (3億4,000万ドル)を投入して、“環境に適合する技術”を使う次世代航空機を開発に挑戦、航空機業界で一層大きな役割を果たそうとしている。他の欧米主要国では、短期的に収益改善の見込みがないため開発を縮小あるいは中止している分野だ。しかし日本はこの困難な“環境に適合する技術”、すなわち炭素廃棄物処理分野に成長の鍵があると見ている。
通商産業省の「NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術開発機構)」(New Energy and Industrial Technology Development Organization)は、2024年4月9日にグリーン・イノベーション(Green Innovation)基金事業「次世代航空機の開発」プロジェクトで、2035年以降の将来航空機に必要な研究課題として「液体水素燃料を用いた燃料電池電動システムと航空機電動化に必要なコア技術の開発」を決めた。
NEDOは、次世代航空機に必要な要素技術の「技術成熟度レベル (TRL=Technology Readiness Level)」を2030年度末までに「TRL 6」にすることを目標にしている。「TRL 6」とは「技術実証段階(Technology Demonstration)」を意味し、2030年には試作機を試験飛行可能な状態までに技術成熟度を高めたいとしている。
次世代航空機に必要な要素技術として「エンジンの水素燃焼器」、「水素燃料タンク」、「複合材製の複雑な機体構造」、の3つがある。
これまでの数十年間、日本の航空機業界はボーイングが作る広胴型機の機体構造の製造に携わってきた。767では16 %、777では22 %、そして787では35 %と、順次比率を上げ、米国外のサプライヤーとして世界第1位になっている。

図2:(川崎重工)2011年に行われたボーイング777旅客機の中部胴体1000号機の完成納入式。同社は1010年に「767」胴体の1000号機完成式を済ませている。
大半の仕事は、複合材で作る胴体構造部分や主翼・胴体を結合するウイング・ボックスの製造だ。しかしゆっくりではあるが、エンジン分野でも重要部品のサプライヤーとして存在感を高めている。世界をリードするエンジン企業・GE、P&W、RR、の3社に対し、初めは部品を製造するサブ・コントラクターであったが、今では重要なモジュール・パートナーに成長している。川崎重工が2011年からロールスロイス製「トレント(Trent)」系列エンジン・中圧コンプレッサーを製造しているのはその1例だ。
1983年には5カ国共同開発の「IAI 製V2500」、1996年には「GE Aerospace 製CF34-8」、2005年には「RR 製Trent 1000」、2009年には「RR 製Trent XWB」、そして2011年には「P&W製 PW1100G-JM」の各種エンジン開発で、川崎重工・IHI・三菱重工などの日本企業が “リスク&レベニュー分担方式 (RSP方式=risk & revenue sharing partner)”、で開発に参加している。この方式は「リスクを負担するが収入の分配も受ける」方式である。
既述した次世代航空機に必要な要素技術「エンジンの水素燃焼器」、「水素燃料タンク」、「複合材製の複雑な機体構造」について現況を紹介する。

図3:(脱炭素技術センター2025-11-07 “電動/水素航空機の開発は?“)2021年から「NEDOグリーン・イノベーション基金事業/次世代航空機開発プロジェクト」では、水素航空機開発に向けて液体水素燃料タンクや複雑機体構造の軽量化のための複合材技術に取組み中。2025年度末に試作・評価、2030年度までに全体の地上実証試験を目標にしている。
エンジンの水素燃焼器;
2024年10月、川崎重工は自社開発の「KJ100」エンジンの燃焼器を完全水素燃焼用に改修、燃料供給システムも水素用に改造して地上試験に成功した。改修した燃焼器は 「マイクロ・ミックス (Micromix)」燃焼、すなわち燃焼器外筒に“蜜蜂の巣 (beehive)”状に微細な孔を多数開けここから水素を噴射・個別に燃焼させる方式である。
「マイクロ・ミックス燃焼器(Micromix burner)は、燃焼の火炎が小さいので燃焼温度が低く従って排気ガスに含まれるNOX(窒素酸化物)が少なくなる。
水素燃焼の最大の特徴は、CO2 (炭酸ガス)を排出しないと云う点。しかし水素のエネルギー密度はジェット燃料の3倍になるので、そのまま燃焼すると高温となり大量のNOX(窒素酸化物)が発生する。この抑制技術がこの「マイクロ・ミックス」燃焼装置の開発である。

図4:(川崎重工)2024年国際航空宇宙展に展示された「KJ100」。推力400 kg、1軸式ターボジェット、直径 35 cm、長さ 86 cm。標的機や巡航ミサイル用エンジンとして開発した。

図5:(川崎重工)「KJ100」の燃焼器を100 %水素燃料で燃焼出来るよう「マイクロミックス」方式に改造、燃料配管も水素対応型にし、試験に成功した(2024年10月)。
水素燃料タンク:
川崎重工では、2025年11月に水素航空機向けの燃料タンクの「液化水素充填試験に成功した。
タンクは複合材製の“魔法瓶タイプ“ 、内殻・外殻からなる真空二重殻構造で、軽量で断熱性が高い。今回の試作タンクは、直径1.3 mで、試験はJAXA能代ロケット試験場(秋田県)で試験され、高い断熱性能があること、極低温下(液体水素の沸点は[-253度])で高い気密性を維持でき、液体水素を貯蔵できることを確認した。
液体水素(沸点は -253℃)の体積エネルギー密度はジェット燃料の4分の1なので、軽量かつコンパクトな燃料タンクの開発は重要である。航続距離の必要な水素旅客機では機体形状に大きな影響を及ぼす。

図6:(川崎重工)2025年11月、川崎重工製水素航空機用「液体水素燃料タンク」の充填試験がJAXA能代試験場で行われ、成功した。
複合材製の機体構造:
「炭素繊維複合材/ CFRP=Carbon Fiber Reinforced Plastics」は、炭素繊維の優れた特性(強度や弾性率)を生かし、マトリックス樹脂と一緒に成形することで、高い特性が得られる。これで航空機の機体構造をはじめ多くの産業分野で活用されてきた。
東レでは、「CFRP」の特性を更に向上した「超軽量高剛性材料 / CFRF=Carbon Fiber Reinforced Foam」を開発した。これは体積の大部分を空気が空気が占める複合材だが構造体としての剛性を備える素材である。「Foam」(泡)とはその意味である。発泡材料は、電気製品などの梱包材として身近に多くある。
普通、多孔質材料/発泡材料は軽くなるが、強度が弱くなり構造材には使えない。東レでは充填樹脂材に短繊維を混入して高強度複合材とすることに成功した。更に「CFRF」をコアにし「CFRP」板で挟むサンドイッチ構造体にすることも可能となり、高強度、複雑構造の機体部品の製造が従来素材に比べ遥かに容易にになった。
これで「CFRF」は、スチールに対して約80 %、一般的な炭素繊維複合材「CFRP」に対し40 %の軽量化ができる。

図7:(東レ「超軽量革新複合材料 “CFRF”の研究開発 表3を引用」2016年)CFRFの特徴を示す表。CFRFを芯材にしCFRPパネルで挟みサンドイッチ構造にする。これは加工性がよく高強度が得られる。
三菱重工および新明和工業が機体構造の部品の複雑形状・軽量化の技術開発に取り組んでいる。
NEDOが主唱する「大規模水素サプライチェーンの構築」
水素は航空機だけでなく、一般電力分野で脱炭素化に貢献でき、余剰電力を水素に変換して貯蔵・再利用もできる、2時エネルギーとして期待されている。このために既存のインフラを利用しつつ水素供給浪の増大と利用の創出を行う社会を作ろうとしている。具体的には「海外での水素製造プラント」、「液化水素運搬船」、「海上タンクを含む受入基地」、「水素発電設備」、の整備・拡充が必要になる。

図8:(NEDO大規模水素サプライチェーンの構築)NEDOが描く大規模水素サプライチェーンの構想。
川崎重工は、2023年6月6日ニュースで、「大型液化水素運搬用貨物タンクの技術開発を完了」と報じた。
すなわち、大型液化水素(LH2)運搬船に4個装備する貨物タンク(CCS=Cargo Containment System)の技術開発を完了した。これはNEDO助成事業「水素社会構築技術開発事業・大規模水素エネルギー理療技術開発・液化水素の輸送貯蔵機器大型化および受入基地機器に関する開発」の取組みとして進めてきた事案である。
水素の大量海上輸送には、水素を[-253℃]に冷却・液化 (LH2)し、体積を気体状態の800分の1にし、長時間安定させる必要がある。このためCCSは2層構造の球形で高い断熱性能を可能にしている。開発したCCSは「CC61 H」タイプと呼ぶ。
「CC61 H」試作タンクは、計画中の大型液化水素運搬船用のCCSタンク、容量40,000 m3を4基、合計容量16万 m3に近い規模で、構造材や断熱材などを実際の船に即した寸度にした。試験最終段階では、タンク内の空間が不活性ガスで効率よく置換できること、計画通りの断熱性能が得られることなどを確認した。

図9:(NEDO)建造予定の大型液化水素(LH2)運搬船。容積4万m3のタンク4基を搭載する。
2025年11月28日、川重の液化水素基地、世界最大のタンク建設本格化へ、JFE京浜原料ヤード跡地で起工式/鉄鋼新聞報道
川崎重工と子会社「日本水素エネルギー」は11月27日、JFEスチール・東日本製鉄所・京浜地区にある原料ヤード跡地で、液化水素基地の起工式を実施した。管 義偉 元首相が参列、祝辞を述べた。
貯蔵容量5万 m3の液化水素(LH2)タンクと付属設備を2030年度までに完成する。同年度以降、近くの羽田空港への航空機用の水素燃料供給をはじめ、国内需要家への供給を開始する。
建設地は原料ヤード跡地70ヘクタールの一部、21ヘクタールを使う。液化水素(LH2)タンクは、平底円筒形で直径57 m、高さ43 mで、このほかに液化水素(LH2)の気化器や船舶に水素を送る設備「ローデイング・アーム」などを新設する。総事業費は約3,000億円、全て「グリーン・イノベーション基金」で賄われる。
ターボファン・テールコーン内蔵型の4メガワット(MW)級電動モーター
NWDOは、IHIエアロスペース社が開発するターボファン・テールコン内蔵型の出力4 MW級電動モーター計画を援助している。
IHIは、4 MW級電動モーターの開発のため、NEDOのプログラムに協力して2024年初めにターボファンエンジンのテールコーン内部に搭載できる 1 MW級電動モーターを完成した。開発にあたっては秋田大学の協力で同大学の大規模電動機評価設備を使って行われた。その結果、エンジン低圧軸に直結した電動モーターが予定通りの性能を出すことを確認した。2026年頃にエンジンに搭載して実証運転を行う。
IHIでは、同時に4 MW級電動モーター、燃料電池の空気供給用の電動ターボコンプレッサー、高磁束プラスチック磁石ローター、電動水素ターボブロアを組合せ、将来のハイブリッド推進システムの開発を進めている。

図10:(IHIニュース2024-1-12)左はIHIが進めているテールコーン内蔵型4 MW級電動モーターの概念。右は試験中の1MW級電動モーターの写真。
終わりに
NEDOは、「将来、狭胴型機の半分あるいは全旅客機の40 %が水素燃料エンジン装備とバッテリー・電動エンジン機になり新複合材料で製造される」と述べている。
日本は過去に三菱MRJリージョナル機で旅客機業界に参入を試みたが断念した。NEDOは、水素燃料機計画では基礎技術分野から手堅く研究を進め、2035年以降の市場での占有率も控え目に予想している。
エビエーション・ウイーク誌は、「日本はこの計画で世界の航空機市場で若干の成果を挙げるだろう、或いはもっと大きい市場を手にする可能性がある」と述べている。

図11:(Hydrogeninsight誌)IHIが目指す4 MW電動モーター・エンジン機の想像図。最大80席級のリージョナル機。同誌は「日本は2兆円規模の資金を投じ4 MW燃料電池推進システムを開発中」と報じている。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
- Aviation Week 0ctober 13-26, 2025 “Japan is betting Big on Hydrogen Fueled Airliner after 2035” by Garret Reim
- PRTIMES NEDO 2024-4-9 “グリーンイノベーション基金事業[次世代航空機の
- 開発]プロジェクトで新たな4テーマに着手“
- 脱炭素技術センター2025-11-07 “電動/水素航空機の開発は?
- 川崎重工ニュース2025-11-06 “国内初、水素航空機向け燃料タンクの液化水素充填試験に成功”
- 川崎重工ニュース2024-10-17 “航空機用小型水素エンジンの運転試験に成功”
- NEDO 2025-10-01改定“大規模水素サプライチェーンの構築”
- 世界の艦船2022-05-23 ”世界最大16万立方メートル型液化水素運搬船を開発“
- 川崎重工ニュース2023-06-06“大型液化水素運搬船用貨物タンクの技術開発を完了”
- NEDO “世界初、コンソーシアムによる舶用水素エンジンの陸上運転に成功−3社技術の結集により船の脱炭素化で席愛をリード”
- 川崎重工ニュース2024-10-16 ”世界初。5MW以上の大型ガス・エンジンにおける水素100 %燃焼技術を開発“
- 第37号・社会システム研究 2018年9月”民間航空機エンジンメーカーにおける国際分業の構造“ By 山崎文徳
- Skyaero>Research>Engine平成22年5月 “我が国の航空用エンジン産業の概要” By 坂田 公夫
- 東レ ニュースルーム2016-3-27 “超軽量と高剛性を両立する炭素繊維構造材料を開発”
- 東レ “超軽量革新複合材料CFRFの研究開発”by 武部他8名
- IHIニュース 2024-1-12 “世界初、メガワット級の航空機ジェットエンジン後方に搭載可能な電動機を開発〜CO2削減に向け、航空機システム全体のエネルギー・マネジメント最適化を目指す〜
- TokyoExpress 2025-11-23 “無人機、巡航ミサイルに関連したニュース“