2025-12-21 (令和7年) 松尾芳郎

図1:(ZEROAVIA) 北欧ノルウエイの地方都市を結ぶゼロアビアの水素燃料電動機、セスナ・キャラバンを改造した機体の想像図。
ゼロアビア(ZEROAVIA)は、ヨーロッパ・ユニオン(EU=European Union)が推進している革新技術支援資金(Innovation Fund)プログラムに選定され、セスナ・キャラバン(Cessna Caravan)輸送機をハイブリッド電動機に改造し、ノルウエーの地方空港を結ぶ定期貨物路線を始める。2028年の予定。
(ZEROAVIA has been selected to receive a European Union’s the Innovation Fund, grant to develop a commercial hybrid-electric cargo plane network with converted Cessna Caravans to fly Norway’s local airfields, aim to start in 2028.)
2025年11月5日ゼロアビアは、EUの「革新技術支援基金(Innovation Fund)」プログラムに選定され、2,140万ユーロの基金で水素電動航空機の開発を急ぐ。この計画は、セスナが製作するキャラバン(Cessna Caravan)輸送機15機のエンジンをゼロアビア「ZA600」に換装してゼロ・エミッション機に作り替え、ノルウエーの地方空港15箇所に水素供給設備を準備し、2028年に定期路線を始める、と言うもの。
改造したゼロ・エミッション機は、これまでのケロシンを使うターボプロップ貨物機と同じ路線を飛ぶが、エンジンが排出する排気ガスは95 %以上清浄化される。ノルウエーの地方空港15箇所には、水素年用供給装置、貯蔵設備を設置する。
この計画は「Project ODIN (Operations to Decarbonize Interconnectivity in Norway) (“ノルウエーでの脱炭素網運航計画”の意)」と呼ばれている。
「ODIN」計画は、民間航空における水素電動航空機の技術面での性能や経済性をノルウエーで検証し、その成果をEU内及び、さらに遠方の地域に広げることを目的にしている。
ゼロアビア製「ZA600」エンジンは、水素をを使い発電する燃料電池からの電力でモーター/プロペラを駆動する装置で、排気ガスはほとんど出さず、排出するのは水/水蒸気だけである。ゼロアビアでは、「ZA600」原型エンジンの飛行試験を既に完了している。飛行試験は2023年から英国コッツウオルド(Cotswold, U.K.)空港でドルニエ228型機(19人乗り)の左翼に搭載、ほぼ1年間行われた。
現在は最終設計版の地上試験中で、英国および米国の民間航空監督機関、U.K CAAおよびU.S. FAAと協力して証明認定審査の段階にある。
2025年8月20日、ゼロアビア 「ZA 600」(600 KW型)はU.S. FAAから「P-1」段階の特例使用承認(Special Conditions Issue)を認定され、型式承認に向け前進した。
UK CAA は2025年11月17日に、「ZA 600」に対し「設計構成承認 (DOA=Design Organization Approval)を交付した。これについてゼロアビアの創立者兼CEOのバル・ミフタコフ(Val Miftakhov)氏は「DOA認証を受けたことは大きな一歩。航空エンジンの証明取得は難事中の難事だが、これで、クリーンで静かで経済的な将来エンジンへの道が開けた」と語っている。
「ODIN」計画に先立って、ゼロアビアは、パリ航空ショーで英国のリージョナル航空「ローガン・エア(Loganair)」と水素燃料エンジン装備の輸送機導入に関する覚書を締結した、と発表した。「ローガン・エア」はグラスゴー空港(Glasgow Airport)を拠点に、ATR系列機が主だが、デハビランド・ツイン・オッター(De Haviland Canada Twin Otter)を含め 36機を運行中。

図2:(Loganair)ローガン・エアのDe Havilland Canada DHC-6 Twin Otter機。DHC-6は900機ほど生産され世界各国で使われている。19人乗りで離陸重量5,670 kg、エンジンはP&WC PT6Aターボプロップ600~700馬力を2基。これを「ZA 600」に換装しようとしている。
セスナ・キャラバン(Cessna Caravan):
セスナ・キャラバンには「208 Caravan」、「208A Cargo master」、胴体を1.2 m延長した「208B Cargo Caravan」の3機種がある。頑丈な固定脚で不整地滑走路でも離着陸可能、エンジンは675馬力のP&WC製[PT6A-114A]ターボプロップ、航続距離1,070 n.m. (1,850 km)、これで貨物なら3,305 lbs ( 1,480 kg) 輸送できる。
今回「ZA600」出力600 KWエンジン取付改修をする機種は未公表だが、ゼロアビアの各種資料によると「208B Cargo Caravan」になる模様。

図3:(Cessna) 「208 Caravan」、「208A Cargomaster」は1984年から使われ「208 B Grand Caravan」を含め、3,000機が作られた。「208 Caravan」は、乗客9人乗り、長さ11.46 m、翼幅15.87 m、最大離陸重量8,000 lbs (3,630 kg)。
「ZA600」エンジン
ZA600エンジンは出力600 KW級、水素・電動推進器(hydrogen-electric powertrain)で、10-20席級航空機に取付け、航続距離300 n.m.( 550 km)以上の飛行を目指す。
最新の燃料電池と電動モーター技術を組合せで、現用タービン・エンジン比で90 %以上エミッションを減らし、燃料及び整備コストは40 %安くて済み、座席・マイル当たりの運航費を50 %低減する。
水素は軽量の液体水素タンクに搭載、そこから水素ガスを燃料電池に供給する。そして燃料電池からの電力で電動モーターを駆動、プロペラを回す。

図4:(ZEROAVIA) ゼロアビア「ZA 600」電動エンジンの構成。左手前からプロペラ、600 KW電動モーター、200 KW型インバーター4基、その後ろに燃料電池内蔵の「出力発生システム(PGS)」が左右に2基ずつあり、送電ケーブルで電動モーターに繋がっている。

図5:(ZEROAVIA) 600 KW電動推進システム (EPS=Electric Propulsion System) は、高効率、軽量で信頼性の高い(Fault Tolerant)システム。DC(直流)からAC(交流)に変換する連続作動・200 KW型インバーターを4基を備え、600 KW交流モーターを高効率で回転する。

図6:(ZEROAVIA) 600 KW電動モーターはマグネシウム合金製筐体に組み込まれ、プロペラを直接駆動する。出力は連続運転で600 KWを維持できる。最大回転速度は2,200 rpm。

図7:(ZEROAVIA) ZA600 出力発生システム(PGS=Power Generation System)は、世界初の「CS-E」規格に合致する燃料電池。最大連続運転出力は200 KW、運転電圧(Operating Voltage)は910~ 570 Volt DC。左端はカバーを外したPGSユニットの内部で燃料電池スタック5枚が内蔵されている。

図8:(ZEROAVIA)自社開発の高温度PEM燃料電池スタック(Fuel Cell Stack)。比出力が高く、大型の「ZA2000」エンジンにも採用される。通常出力 20 KW、出力電圧は負荷によって変わるが80~120 Volt。高温度燃料電池の開発は、英国の専門企業「HiPoint」(40人)を買収し、ここで実施中。温度を200℃にすることでコントロールが容易になると言う。
「燃料電池スタック」については下記を参照する;―
「TokyoExpress 2023-08-15 ゼロアビアとMHI RJ、リージョナル機CRJの水素電動化を進める」
燃料電池とは、燃料/水素と酸化剤/酸素で生じる化学エネルギーを、酸化還元反応によって電気に変換する装置である。この化学反応を維持するため、つまり電気エネルギーを連続して出すためには、燃料/水素と酸化剤/酸素を継続的に供給する必要がある。燃料電池は一般の電池のように電力を蓄えることはできない。

図9:(Airbus)水素燃料電池の仕組み。右が陽極(燃料極)、左が陰極(空気極)、間に電解質膜がある。
陽極では、上端から燃料(H2)が供給され触媒によって燃料(H2)が酸化反応を起こして、水素原子から陽子(H+)(白球)と電子(e–)が生成される。陽子(H+)(白球)は電解質膜を通って陰極(空気極)に移動、同時に、電子(e–)は外部回路を通って陽極から陰極に流れ直流(DC)の電気を発生させる。
陰極では、陰極触媒によって陽子(H+)(白球)と電子(e–)と酸素原子(赤球)が反応して水(H2O)を生じる。個々の燃料電池の発電位は低い(1ボルト以下)ので、十分な電圧を得るために「積み重ね/直列」にして使用する。
燃料電池は、電気を生じるだけでなく、水/水蒸気、熱、を発生する。

図10:(ZEROAVIA)「LHS 10」液体水素タンク。容量 10.5 kgの軽量タンクで、液体水素(LH 2)を液体の状態 (-253度C以下)から気化する量をコントロールする機能を備えている。セスナ「208B Cargo Caravan」の後部胴体に設置される。

図11:(ZEROAVIA)ゼロアビアは、40~80席級のリージョナル機(ATR系列機、カナダ・ボンバルデイア製CRJ系列機、DHC Dash 8 Q400機など)に搭載する大型エンジン「ZA 2000」の開発を進めている。2030年代前半の完成を目指している。基本構成は、新しい大型電動モーターと多数の高温度燃料電池スタックで2000 KW級の出力でプロペラを回す。

図12:(ZEROAVIA)ゼロアビアは、米国ワシントン州エベレットにあるペイン・フィールド (Paine Field, WA)工場で、アラスカ航空の「DHC Dash 8 Q400」リージョナル機の左翼エンジンに「ZA 2000」を取付け、取り付け具合の確認をしている。2027年に地上試験、タキシー・テストをして、飛行試験をする予定。アラスカ航空は同型機を50機運用中で、全機「ZA 2000」エンジンに換装する契約をゼロアビアと締結している。
「ゼロアビア」について
ゼロアビアは、クリーンな航空輸送を目指して電装推進システムを開発している企業。すなわち低価格・有害な排気ガスの低減・騒音の低減・消費エネルギーの低減可能な航空輸送の実現を目指している企業。
このため、燃料電池(fuel cell)を使う「水素・電動エンジン(hydrogen-Electric Engine)」を開発し、これを現用航空機に搭載、実用に供することを目標にしている。固定翼機・回転翼機・無人VTOL機の分野で使う「水素・電動エンジン」に必要な周辺技術、水素供給装置、バッテリー、燃料電池、等の開発に取組んでいる。
現在ゼロアビアは、U.S. FAAとU.K. CAAと連携し「水素・電動エンジン」を装備する20席級小型輸送機の認証取得に関わる作業をしており、続いて40-80席級輸送機に搭載する大型エンジンの開発を進めている。
ゼロアビアは英国と米国に拠点のある2国企業。
英国は、シレンセスター・ケンブル・コッツワールド空港(Cotsworld Airport, Kemble, Cirencester, England)のC2ハンガー、オフィスはロンドン(Eastbourne Terrace, London)にある。
米国は、カリフォルニア州ホリスター(90 Skylane Dr. Hangar 1, Hollister, CA)と、ハンガーはワシントン州エベレット(3102 100th St SW, Building C5, Everett, WA)空港にある。
終わりに
ゼロアビアは、このほどEUから2,140万ユーロ(385億円)の「革新技術支援金」の供与を受け、水素燃料電動航空機の開発へ大きく前進した。ゼロアビアの方式は、「水素を燃料とする燃料電池からの電力でモーターを回しプロペラ推進」する仕組み。我が国NEDOが主導する「ガスタービンのケロシン燃料を水素燃料に替える」方式とは全く違う。
ゼロアビア方式は「水素と酸素で生じる化学エネルギーを酸化還元反応で電気に変える方式」で、従来技術の改良ではなく真の意味での独創・革新的技術である。2028年に予定される「ZA 600」装備のセスナ・キャラバンの実用化、続いて「ZA 2000」開発を促進して80席級リージョナル機の改良・実現に期待したい。
以上―
本稿作成の参考にした記事は次の通り。
- ZEROAVIA News November 6, 2025 “ ZeroAvia Successful in 21m Euro Europian Union Grant Application to Deliver World’s First Network of Hydorogen Aircraft in Norway”
- Aerospace Global News August 13, 2025 “ZeroAvia bets in high-temperature fuel cells to scale hydrogen flights to Airbus A320 by 2035” by Noanna Bailey
- ZeoAvia Products “Hydrogen Fuel Cell Systems, ZA 600 Power Generation Systems(PGS)””
- Aviation Week June 19, 2025 “ZeroAvia sighs Loganair Partnership Deal” by Alan Dron
- ZEROAVIA News June 17, 2025 “ZeroAvia and Loganair sigh agreement on Zero-Emission Flights”
- Time Magazine October 30, 2024 “A No-Emissions Flight ZeroAvia ZA 600”
- TokyoExpress 2023-08-15 “ゼロアビアとMHI RJ、リージョナル機CRJの水素電動化を進める”