2018-03-01(平成30年) 松尾芳郎
図1:(Airbus) エアバスA320neoに取付けられたPW1100G-JMエンジン。性能向上のため高圧コンプレッサー8段目後部のシールを変更したが、これが破損するトラブルが4件発生、この対策が急がれている。
プラット&ホイットニー(P&W) 社は、PW1000Gギアード・ターボファンに昨年組込みを始めた性能向上型高圧コンプレッサー (HPC) で想定外の故障が発生、その対応が急がれている。対策を完了したエンジンはこの3月から出荷できる見通しだ。
問題の故障箇所は高圧コンプレッサーのリアハブ・ナイフエッジ・シールで、対象となるのはエアバスA320neo系列機32機に取付けられた43台とエアバスに引き渡した55台、合計98台のPW1100G-JMエンジンである。
このエンジンは昨年(2017)12月から使用が始まったが、数週間のうちに飛行中のエンジン停止(in-flight shutdown) が2件と離陸滑走中断(rejected takeoff) が2件発生した。いずれも高圧コンプレッサー後部に組み込んだ新型シールと関係がある。
2月9日に、ヨーロッパ航空安全庁(EASA=European Aviation Safety Agency) は、P&W社からの申し入れを受け「該当するエンジン付きの32機のA320neoについては、エンジン2台中1台は旧型の高圧コンプレッサー付きにすること、および、同型機に付与されていた長距離洋上運航(ETOPS)認定を中断すること」、を決めた。この結果32機のA320neoの内11機はエンジン2台とも該当するため飛行停止となり、21機はエンジン1台が該当するのでETOPSができない状態となっている。米国FAAは直ちにEASAと同じ対空性改善通報(AD= Airworthiness Directive)を発行した。
エアバスCEOのトム・エンダース(Tom Enders)氏は「問題は深刻だが、2018年のA320neoの引渡しへの影響は、大方が予想するより少なくて済むだろう」と語っている。続けて「プラットだけが問題なのではない。CFMエンジンの引渡しも予定よりかなり遅れており、改善が必要だ」と述べている。
エアバスでは2018年に約400機のA320neoおよびA321neoの引渡しを計画していて、装備するエンジンはP&WとCFMがほぼ半分ずつである。
図2:(Pratt & Whitney) PW1100G-JMエンジンの断面図。今回の故障箇所「HPC 8段リア・ナイフエッジ・シール」の場所を示す。このエンジンには「日本航空機エンジン協会(JAEC)が23%のシェアで参画している。ファン(ケース、出口ベーンを含む)/IHI担当、低圧コンプレッサー/KHI担当、低圧コンプレッサー駆動軸/IHI担当、燃焼器の一部/MHI担当、がそれである。PW1000G系列エンジンの特徴は、低圧ローターとファンの間に3:1の減速ギアを入れ、それぞれが最適の速度で回転する点。毎分あたりの回転数は、ファンは4,000-5,000 rpm、低圧コンプレッサーとタービンは12,000-15,000 rpmである。高圧系の回転数は20,000 rpmを超える。
FAAは、このADで「PW1100G-JMエンジンの高圧コンプレッサー(HPC)・リアハブのナイフエッジ・シールの破損が原因で、HPCローターが振動し、エンジン失速(stall) となり、エンジン停止(IFSD) や離陸中断に至る」と説明している。
2月21日にP&W社は“改良型シール”に改めると簡単な発表をした。同日午後に親会社のUTC (United Technology) 会長兼CEOのグレグ・ヘイズ(Greg Hayes) 氏は、投資家会議でこれを補足して“高圧コンプレッサー(HPC) 8段目のナイフエッジ・シールを旧型に戻す ”、また“トラブルの原因となった改良型シールは、エンジンの性能と耐久性を向上させるために行った17項目の改修の1つで、他の16項目は今の所問題は発生してない。ナイフエッジ・シールを旧型に戻す再改修をしたエンジンは1ヶ月以内に出荷を開始する。”と語った。
旧型に戻すことで、A320neoに課せられた“長距離洋上運航(ETOPS)認定の中断”などの制限措置は直ぐに撤廃されることになる。
この“ナイフエッジ・シール故障”問題は、他のPW1000G系列エンジンには起こっていない。
この改修はエンジンを取卸して工場で実施するが、今年3月から始める。エアバスはこの故障のためA320neoの引渡しを停止中だが、4月から再開できる見通しである。今後引渡される改良型エンジンは、HPC8段のリア・ナイフエッジ・シールを旧型に戻す改修の他に、改良型のNo. 3ベアリング・シールと燃焼器が組み込まれる。
No. 3ベアリングは、高圧タービン軸の後端を支持するベアリングで、インドのGoAirとIndiGoで就航中のA320neo/PW1100G-JMdeベアリング室シールからの油漏れがしばしば発生した。対策としてこのシールを、従来の“リフトオフ(liftoff) ”型から“ドライフェイス(dry face)”型に改める。
“リフトオフ”シールとは、回転面と固定面にナイフエッジと溝を設け、両者の間に薄い空気膜を作り、空力的に非接触状態としながら油漏れを防ぐ方式である。
“ドライフェイス”シールとは、回転面を金属カーバイド(carbide)で、また固定面をカーボン・グラファイト(carbon-graphite)で作り、両面を平滑に仕上げスプリングで押付け密着させて油漏れを防ぐ方式である。
燃焼器は環状の一体型だが、焼損でエンジン取卸しとなるケースが、GoAirとIndiGoでしばしば経験された。対策として改良型燃焼器は、冷却用空気穴の数を2倍に増やし、特に焼損の激しい左下の抽気バルブ付近に重点的に配置することにした。これで燃焼器の耐久性は5倍以上に向上する、と云う。
P&W社は、「昨年は374台のPW1000G系列エンジンを製造したが、2018年はこれを2倍に増やし需要に応えたい」、「このため生産設備の拡大とオーバーホール設備の充実に努めている」と話している。
—以上—
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
MRO Network.com Feb. 22, 2018 “Latest GTF Fixes to take A Few Months” by Sea Broderick
United Technologies News February 21, 2018 “Pratt & Whitney Implements Solution to PW1100G-JM”
PWA News Feb. 9, 2018 “Pratt & Whitney Media Statement on PW1100G-JM Engine”
Aerospace Technology.com 13 February 2018 “Pratt & Whitney evaluates issues with PW1100G-JM enginee”
Aviation Week February 26-March 11, 2018 “Pratt Fasr-Tracks GTF Fix” by Jens Flottau and Guy Norris
TokyoExpress 2014-04-09 “超合金に替わるセラミック・マトリックス複合材(CMC)”
TokyoExpress 2016-05-10 “A320neoのエンジン問題と解決策。P&Wレダック社長語る“
TokyoExpress 2016-05-30 “P&W、エンジン大増産へ/エアバスに改良型エンジンを納入“
TokyoExpress 2016-12-27 “PW1000G ギアード・ターボファン、遅れを取り戻し、生産が軌道に“
「航空機国際共同開発基金」“A320neo型機用エンジンPW1100G-JMの開発について”
TokyoExpress 2017-04-04 “素晴らしい運航実績のエアバスA320neo、しかしエンジン問題は残る“