2018-09-28(平成30年) 松尾芳郎
JAXAと三菱重工は、種子島宇宙センターから平成30年9月23日早朝2時52分に、宇宙ステーション補給機「こうのとり」7号機(以下HTV 7)を搭載した「H-IIB」ロケットを打上げた。「H-IIB」は予定通り飛行し14分59秒後に「HTV 7」を正常に分離した。
「HTV-7」(H-II Transfer Vehicle-7) は年1機程度の割合で打上げられ国際宇宙ステーション「ISS」」にさまざまな物資を運び、その活動を支えている。2009年に初号機「HTV 1」を打上げ、以来全て成功していて9号機まで運用される。
「HTV 7」は「ISS」に向け飛行し、9月27日(木)夜に「ISS」のロボットアームに捕捉され、「きぼう」実験棟に隣接する「ハーモニー(Harmony)」モジュールにある「ドッキング・ポート(docking port)」に結合する。約46日間「ISS」に滞在してから分離する。分離2日後に小型回収用カプセルを放出、大気圏に再突入し「HTV 7」自身は消滅する。カプセルは洋上で回収する。
ISSへの物資補給能力を持つのは日本、米国、ロシアだけで、その中で「HTV」は最大の輸送能力を持つので、その重要度は極めて高い。
図1:(JAXA) 種子島宇宙センターで、「大型ロケット組立棟」で組立を完了、「大型ロケット移動発射台(ML)」上で打上げを待つ「H-IIB」ロケット。「H-IIB」はこれから右側に見える「第2射点」に移動、打上げられる。左奥は「第1射点」で「H-IIA」発射用。
図2:(JAXA) 「H-IIB」ロケットは「第2射点」から打上げられる。
図3:(JAXA)種子島宇宙センターは総面積970万m2。鹿児島県種子島の東南端にあり、「大型ロケット組立棟」、「第1射点」、「第2射点」、「発射管制塔」、などで構成されている。
「HTV」の構造
図4:(JAXA) 「こうのとり」「HTV」の写真。直径約4 m、全長9.8 m。打上げ時の重量は、自重約10.5 tonそれに補給品搭載量約6 tonが加わり、合計約16 ton以上になる。
「HTV」は、地上約400 km上空の低地球周回軌道上(LEO)にある「ISS」に搭載貨物6 ton を運ぶ貨物輸送機、輸送が終わると不用品を積み込み離脱、大気圏に再突入して燃えてしまう。
図5:(JAXA) 「HTV」の内部構造。左から右へ;ISSと結合する「共通結合機構(CBM =Common Berthing Mechanism)」、「貨物搭載与圧部(PLC=Pressurized Logistic Carrier)」、「貨物搭載非与圧部(UPLC=Unpressurized Logistic Carrier)」、「電気モジュール(Avionics Module)」、「推進モジュール(Propulsion Module)」、右端には制御用スラスター4基がある。物資補給の任務が終わり「ISS」から離脱する前に「共通結合機構(CBM)」のハッチの代わりに、後述の「小型回収カプセル」を取付け、入り口を閉鎖する。
「HTV」の内部を箇条書きにすると以下の通り。
- 「共通結合機構(CBM)」のハッチは、1.3 m x 1.3 m の四角形で、大型のラックをISSに運び込むことができる。
- 「与圧部」には、高さ2 m、幅、奥行き1 mの大型ラックを複数台搭載できる。
- 「非与圧部」には、貨物の取出し用側面開口部(下部に見える白色の切り欠き)と、リチウムイオン・バッテリー搭載用の外部に露出している曝露パレットがあり、最大1.9 tonまで搭載できる。
- 「電気モジュール」には、航法、誘導、制御、通信、電力などの電子機器を搭載、自律的あるいは地上からの指令で「HTV」を制御する。
- 「推進モジュール」には推進剤タンクがあり、4基の主スラスターと、「HTV」各所に取付けられた28基の小型スラスターからジェットを噴射し、軌道変更や姿勢制御をする。
「HTV 7」が運ぶ貨物
「HTV7」が運ぶ主な貨物等の物資は、与圧部に約4.3 ton、非与圧部に約1.9 ton、など合計6.2 tonになる。
- 与圧部に搭載する主な品目;—
- JAXA小型回収カプセル(HSRC=HTV small re-entry capsule)重量約300 kg。ISSからの物資回収技術をこれで実証、取得する。
- JAXAプロバイオテイクス実験関連装置
- JAXAループ・ヒートパイプ・ラジエーター(LHPR)技術実証システム、通信衛星などの熱制御技術の実験装置である。
- ESA生命維持ラック(LSR=life support rack)
- NASA実験ラック9B、10B。試験装置を収納する装置の追加分である。
- NASA生命科学グローブボックスとラック
- NASA生鮮食品、衣類など生活用品
2. 非与圧部の曝露パレットに搭載する品目
- NASA「ISS」電力維持用リチウムイオン・バッテリー・パック6台。バッテリー本体は日本製で、これまで使われていたニッケル水素バッテリーをこれに更新する。HTV 6号機から輸送している。
図6:(JAXA) 「HTV 7」に搭載している主な品目。今回は初めてJAXAの小型回収カプセルを搭載している。「ISS」への物資の移送作業が完了すると「HTV 7」が「ISS」から分離し軌道から離脱する。そのあと地上からの指令で小型回収カプセルを放出し、大気圏に再突入しパラシュートで降下、洋上で回収する。
図7:(JAXA) 「HTV 6」と「HTV 7」でのバッテリー・パックの搭載イメージ。GSユアサ社製のLi-ionバッテリーセル「LSE 134」をAerojet Rocketdyne社で新型「バッテリー」に組込み、JAXAに送り曝露パレットに搭載する。各「バッテリー・パック」は重さ197 kg、サイズ103 cm x 94 cm x 48 cm。
「ISS」は約90分で地球を周回するが、うち35分間は地球の影に入るため、この間の電力はソーラーパネルからでなく、「バッテリー」から供給される。「ISS」の米国側ではトラス構造の4カ所に計48個のニッケル水素バッテリーを使っている。これを3倍の高エネルギー密度のGSユアサ社製のバッテリーセル、容量は134 Ah、重量は3.53 kg、寿命10年、の「リチウムイオン・バッテリー」24個と交換する。輸送は「HTV 6」から「HTV 9」号機までの4回で行われる。
「小型回収カプセル」( HDEC=HTV Small Re-entry Capsule)の回収
「HTV 7」が「ISS」を離脱する前に、実験資料を搭載した「小型回収カプセル」を「HTV 7」の与圧部結合部に取付け、「HTV 7」が大気圏再突入軌道に入った後に、地上からの指令で「カプセル」を分離する。そしてそのまま再突入させ、パラシュート降下させ、南鳥島近くの洋上で回収する予定である。
「カプセル」は直径84 cm、高さ66 cmの円錐形で、本体重量は180 kg。窒素ガスを噴射して姿勢制御をする。“揚力誘導飛行”をして再突入時の加速度を緩和する飛翔体としては世界最小となる。
よく知られている「音の壁」とは、航空機が音速(マッハ1)に近ずくと空気の圧縮性から生じる造波抵抗で抗力が急増することを云う。同じように航空機が速度マッハ3に達すると「熱の壁」による空力加熱(断熱圧縮)が生じ、よどみ点温度は350度Cを超える。有人カプセルなどの回収では、カプセルを、進行方向に対し斜めの姿勢に保ち、大気で揚力を発生させて滑空し、速度や高度を調整、加速度を緩和し、温度上昇を抑える、と云う方法が採られている。これを“揚力誘導飛行”と云う。
JAXAでは今回の「小型回収カプセル」の回収を通じて、回収機の技術実証と、将来の「有人宇宙船」の実現のための技術を習得する狙いがある。
図8:(JAXA) 「小型回収カプセル」。ペイロード系は、電力を使わず保冷する“真空二重断熱容器”(魔法瓶と保冷剤で構成)で、“タイガー魔法瓶”が開発した。搭載できる資料の重さは約20 kg、内部容積は30リットル。
H-IIBロケット
「H-IIB」ロケットは、NAXAと三菱重工が共同開発、三菱重工が製造と打上げを担当する使い捨て型の打上げロケット。低地球周回軌道(LEO)上の国際宇宙ステーション「ISS」への物資補給を行う目的で開発された。2005年から正式開発がスタートし、打上げ能力は低地球周回軌道(LEO)に19 ton、静止トランスファー軌道(GTO)に8 ton、とされた。この要件は、既存の「H-IIA」ロケットでは対応できないため、「H-IIA」標準型を基本にし大型化することが決まった。大型化のポイントは次の二つ;—
- 第1段の直径を4 mから5 mに拡大し、主エンジン「LE-7A」を1基から2基に増やす。
- 固体燃料ブースター「SRB-A」を4本にする。
固体燃料ブースター「SRB-A」
固体燃料ブースター「SRB-A」はIHIエアロスペース社が開発・製造するロケットで、「H-IIA」ロケットや「イプシロン」ロケットに第1段に使われている。「H-II B」には燃焼時間120秒前後の長秒型が使われる。ブースターの「モーターケース」は、CFRP一体成型で鋼製に比べ強度は2倍で80 %も軽量化している。原材料の炭素繊維は東レT1000GB、樹脂は双日が輸入する米国ATK社製を使っている。成型工程は同じくATK社で実証済みの技術をライセンス導入、使用している。推進薬は日産グループの「日油」社製コンポジット推進薬BP-207を使う。
図9:(JAXA)固体燃料ブースター「SRB-A」。「H-IIB」ロケットには4基装備される。全長12 m、直径2.5 mの円筒形、全備重量76.6 ton、推進薬重量66 ton、燃焼時間116秒、真空中比推力283.6秒、真空中推力1750 kN。「H-IIB」本体と結合・分離する機構は、スラストストラットと分離モーターからなる。
分離は、本体から2本ずつ真後ろに分離する。まず前方、後方の4本のブレスが分離ボルトの作動で切断される。次にスラストストラットが開き「SRB-A」が本体から離れると、火薬でストラットが切断、分離される。
「LE-7A」ロケットエンジン
「LE-7A」は、三菱重工が燃焼器、バルブ、全体艤装を、IHIが液体水素ターボポンプと液体酸素ターボポンプを、それぞれ担当して開発・製造している。
「LE-7A」は、液体酸素(LOX)/液体水素(LH2)を燃料とする2段燃焼サイクル・エンジンである。2001年夏に「H-IIA」1号機で使われて以来これまでに「H-IIA」と今回の「H-IIB」を合わせて46基が打上げられたが「LE-7A」に起因する失敗は無く、高い信頼性を保持している。
打上げロケットエンジンは、一般に耐久性を犠牲にして軽量化と高出力をだすよう作られている。「LE-7A」も例外でなく、10回の始動、停止が可能で、合計燃焼時間は2000秒以内という条件で作られている。
「2段燃焼サイクル」とは、液体水素(LH2)全部と液体酸素(LOX)の一部を前段燃焼室(Pre-burner)で燃焼させ、そのガスでタービンを駆動し、それで液体水素(LH2)ポンプ・液体酸素(LOX)ポンプを回し、タービンを駆動した燃焼ガスと水素ガスはすべて主燃焼室に送られ、大半の未使用の液体酸素(LOX)もここに送り込まれて燃焼する方式。これで主燃焼室内の圧力が高まり、全体の熱効率が向上する。主燃焼室圧を高くできれば、高膨張比のノズルを使えるので、離昇時の外気圧、低空での効率が良くなる。
「2段燃焼サイクル」は、全てのガスが燃焼室を通るので「クローズド・サイクル」[closed cycle]とも呼ばれる。しかし、高温、高圧の燃焼ガスがタービン、前段燃焼室、主燃焼室を通るので、耐久性を十分に高める必要がある。このため「2段燃焼サイクル」ロケットは他の方式、例えば「ガスジェネレーター」サイクル等に比べ設計が難しいとされる。
この方式は1960年代ロシアで実用化され、「プロトン」ロケットに使われ、1990年代からはロシア製[RD-180]エンジンが米国に輸入されて、アトラスIIIおよび同Vに使われた。
図10:「2段燃焼(Staged Combustion)サイクル」、(プレバーナー(Pre-burner)サイクルとも云う)の概念図。液体水素(LH2)【赤色】は、液体水素ポンプで加圧され、主燃焼室とノズルの周囲に導かれ、熱交換器の冷却剤として熱を吸収、前段燃焼室で燃焼、ガス化して【ピンク色】タービンを駆動し、それから主燃焼室に入り燃焼する。液体酸素(LOX)【青色】は液体酸素ポンプで加圧され、一部が前段燃焼室に入り燃焼するが、大半は主燃焼室で燃焼する。液体水素(LH2)の沸点は-253度、液体酸素(LOX)の沸点は-183度。
ロケットエンジンの性能はターボポンプの加圧能力で決まると言って良い。毎秒ドラム缶2.5本分の液体水素(-256度)を送り出し、3000度にもなる主燃焼室を冷やし、燃焼させて大推力を得る。このため液体水素ポンプは毎分42,000回転で運転される。
図11:(JAXA) 種子島宇宙センター・燃焼試験設備で認定試験中の「LE-7A」エンジン。「H-IIB」には写真の「長ノズル」型が使われる。全長3.67 m、重量1.8 ton、真空中推力約112 ton、真空中比推力440秒、主燃焼室出口とノズル開口部面積の比率“膨張比”は46.7、LH2ターボポンプ回転数41,900 rpm、LOXターボポンプ回転数18,300 rpm。「長ノズル」型は「LE-7A」短ノズル型を改良したもので、推力で2.5 ton、比推力で11秒性能が向上し、400 kg分の打上げ能力を追加できた。
図12:(JAXA)「H-IIB」ロケットは、H-IIAでは1基だった第1段エンジン「LE-7A」を2基搭載し、H-IIA標準型で2本だった固体燃料ブースター「SRB-A」を4本装備する。また第1段タンクの直径を4 mから5.2 mに太くし、全長を1 m伸ばし燃料を1.7倍に増やしている。このように実績のあるエンジンを複数束ねる「クラスター化」は、短期間、かつ低コストで性能向上が得られる。
図13:(Wikipedia) 「H-II」ロケットの系列。「H-IIB」ロケットの全備重量は531 ton、打上げ時にはこれに「HTV-7」貨物輸送機の重量約16 tonが加わる。
終わりに
ISS至近距離に到着した「HTV-7」は、9月27日20時36分(日本時間)に、宇宙飛行士セレナ・チャンセラー(Serena Aunon- Chancellor)の操作するロボットアーム(Canadarm 2)で捕捉された。その後「HTV-7」は、9月28日03時08分に地上管制によりISSの「ハーモニー(Harmony)」モジュールの地球に面した接続ポートに取り付けられた。
図14:(NASA)9月27日20時36分、ISSのロボットアームが「HTV 7」を捕捉した。ISSから写した写真。
図15:(NASA) 9月28日にはこの図のようにISSに宇宙船が4機接続される。すなわち「ソユーズ(Soyuz) MS-08」右上)、「ソユーズMS-09」(下)、「プログレス(Progress) 70」、それに「HTV-7」(こうのとり)である。「HTV-7」は日本JAXA製だが、「ソユーズ」有人宇宙船および「プログレス」無人貨物輸送船はロシア製。「プログレス」は、1978年から使われていてこれまで150回以上発射されている。この最新型「Progress M1」は、貨物搭載量3.2 ton。写真の「プログレス70」は2018年7月10日にISSに到着、2019年1月に離脱する予定。
以前にも述べたが、JAXAはNASAに比べて人員、予算ともに10分の1程度、この小さな世帯にもかかわらず、頑張って米ロ欧州と並んで宇宙開発に取り組んでいる。その表れがISSへの無人貨物輸送機「HTV-7」、および小惑星探査機「はやぶさ2」である。宇宙開発は、単なる知的好奇心の満足、だけでなく、一般産業界の技術力向上にも資するところが大きく、さらには国防技術の発展にもつながる。十分な資金投入と有能な人材の確保に政治の一層の支援が望まれる。
—以上—
本稿作成に参考にした主な記事は次の通り。
JAXA “種子島宇宙センター”
JAXAプレスリリース 平成30年9月23日“H-IIBロケット7号機による宇宙ステーション補給機「こうのとり」7号機(HTV7)の打ち上げ結果について”by MHIおよびJAXA
JAXA 2018-07-20“宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV)”【ミッション プレス キット】
JAXA “宇宙ステーション補給機「こうのとり」7号機(HTV 7)”
Stone Washer’s Journal “「H2A、H2B、イプシロン」:日本の打ち上げロケットには、どのような違いがあるのだろうか?」
JAXA 第一宇宙技術部門“エンジン・SRB-3”
JAXA 第一宇宙技術部門“エンジン・LE-7A”
JAXA “H-IIBロケット“
NASA Sept 27, 2018 “Japan’s Kounotori Spaceship Attached to Station” by Mark Garcia
TokyoExpress 2017-10-03 “国産ロケット「H-3」、2020年度の打ち上げを目指し開発が進む”