2019-02-20(平成31年) 松尾芳郎
2019-02-21改定(資金調達記述を訂正)
英国・デンマーク共同のベンチャー企業“オーベックス(Orbex)” は、このほどスコットランドの”フォレス(Forres, Scotland)“でロケット組立工場を兼ねた本社の開設式を行なった(2019-02-07) 。
席上、開発中の小型衛星打上げ用ロケット「プライム(Prime)」に装備する革新的エンジンについて発表した。このエンジンは、これまでの技術の延長上にあるのではなく、製造方法(production techniques)、システム構成(system architecture)、使用燃料(propellants)、の3点で最も効率の高い組合せを追求して作られる。
(UK-Danish startup enterprise “Orbex” open its UK headquarters and manufacturing facility in Forres, Scotland. Executive of the company unveiling Prime’s second stage, say “the rocket is a combination of new production techniques, system architecture and fuels, resulting to achieve highly efficient launch vehicle.”)
“オーベックス“社は、英国政府からの$7.3 million(約8億円)の供与を始め、ヨーロッパ最大のベンチャー・キャピタル・ファンド”サンストーン・テクノロジー(Sunstone Technology)および“エレクノア・ダイモス・スペース(Elecnor Deimos Space)”などから総額$40 million (約44億円)の資金を調達、2021年の「プライム(Prime)」打上げを目指している。
オーベックス“社の「プライム」は、一般に”キューブ・サット(cubesat)“と呼ばれる小型衛星打上げの需要を当て込んで開発されている。世界の小型衛星打上げ計画は過去4年間急増を続け、その数は数千個に達すると推定されている。このビジネスに参入しようと「プライム」を含め世界で40種ほどの打上げロケットが開発を競っている。
米国では、後述するロケット・ラブ(Rocket Lab)社が「エレクトロン(Electron)」ロケットで2018年11月から小型衛星打上げに参入している。2番手はバージン・オービット(Virgin Orbit)社で、2019年中頃にB-747を改造した発射機から「ランチャー・ワン(LauncherOne)を打上げる計画だ。
計画中のランチャーは、米国が21種、英国が4種、中国が4種など、残念ながら我国からはリストされていない。
図1:(Orbex) “オーベックス(Orbex)”「プライム(Prime)」打上げロケットの第2段。フォレス工場で展示されたのは飛行実験機ではなく、CAD設計の当否を確かめる技術検証用のモデルである。
最大の特徴は、ロケット燃焼室をアルミ合金の3Dプリント製法(3D printing)で単体構造として製作した点。
燃料には、これまで使われたことの無いバイオプロパン(biopropane) / 液体酸素(LOX=liquid oxygen)の組合せを使う。
第2段ロケットの燃料タンクは2重構造(coaxial)の炭素繊維複合材製で、外周タンクには液体酸素(LOX)、内部タンクにはバイオプロパン(biopropane)を入れる。タンクを2重構造にしたのは、沸点(boiling point)が、LOX / -183℃、バイオプロパン(biopropane) /-42℃と比較的近く、両者が同温度の状態ではバイオプロパンが液体酸素よりも30 %余計に濃縮される。つまり同じタンク容量で30 %余分に搭載できるので効率が良い。
両方のタンクとも加圧が必要だが、内部タンクの方は外周タンクとの差圧に耐える強度があれば十分なので、複合材で薄く軽くできる。
バイオプロパン(biopropane)はバイオマス、スラッジ、などの有機ゴミから抽出するプロパンで、組成は石油から生成するガスと同じである。燃焼ガスはケロシン燃料の10 %しかカーボン排気を出さない。
ロケットの燃焼室を3Dプリント作ることで燃焼室の温度コントロールが一層容易になる。
つまり、3Dプリントでは製品の表面の手触り(surface texture)が粗くなる(rougher)。“粗くなる”ということは表面面積が広くなることを意味し、表面を冷却剤で冷やす場合有利になる。冷却剤にはプロパンを使うが、これはケロシンなどより粘性が高い不利な性質があるが、3Dプリント製の燃焼室は表面面積が広くなり、これを相殺してくれる。
(注)“3Dプリント(3D Printing)”とは
“3Dプリント”とは、アデイテイブ・マニュファクチャリング(additive manufacturing)と呼ぶように、プラスチックや金属粉末を溶融し、これをコンピューター・コントロールで(マヨネーズを容器から絞り出すように)抽出し、積み重ねて固化しながら3次元の製品を作る方法である。複雑な形状で複数の部品を組立てて作っていた製品を、3Dプリントでは一度に一体構造に加工できる。ドイツ・リューベック(Lubeck, Germany)の“SLM Solutions”社が3Dプリンターのメーカーとして著名、最近著しく業績を伸ばしている。
3Dプリント設計の利点は、試験の結果必要となった設計変更、試行錯誤が素早く、簡単に行える点である。オーベックスのCEOで共同創業者のクリス・ラーモア(Chris Larmour)氏は「生産用原型機(production prototype)の燃焼室は39回目の設計で、これだけの回数改良されたことを意味している。最近では1回の設計変更に4日ほどしかかからない。」と話している。
プライム第2段を第1段から分離するシステムは、第2段の外套後端のリムから出ている4本のボルト状突起“マジック(Magic)”である。これが第1段前端の中間段(interstitial stage)にある分離機構に結合されている。
ノーズコーンと第2段の結合も同じ方式で、いずれも“セロショック分離システム(zero-shock staging system)”と呼ばれ、従来の火薬爆破式ボルトや機械的ショック・システムとは異なる、スムースな分離方式になっている。これまでの衛星設計では、特に光学系や展張式システムを搭載する場合、分離時の衝撃を和らげるための考慮が必要だったが、これが不要になる。
図2:(Graphic News) 今回フォレス本社で展示されたのは、計画中の打上げロケット「プライム」の第2段部分である。本文にあるように特徴は「2重構造の燃料タンク」、「ロケット燃焼室は3Dプリント一体構造」、そして燃料は「バイオ・プロパンと液体酸素(LOX)」。未完成の第1段は同型のエンジン6基を束ねて使う予定。2021年にはペイロード積んで最初の打ち上げをする。(本図はGraphic News製の図を加工したもの)
図3:(Graphic News)オーベックス・プライム打ち上げロケットの概念図。全高17 m、直径1.3 m、打上げ時重量は18 ton、第1段は回収して再利用する、第2段はペイロードとして小型衛星6個を搭載、それぞれを個別に地球静止軌道(GE0=geosynchronous earth orbit)に投入できる。(本図はGraphic News製の図を加工したもの)
既述のようにプライムに使われる新技術は、2重型タンク、3Dプリント一体構造の燃焼室、低炭素排出のバイオプロパン燃料、の3つだけで、他は極めて普通の技術を使うのでリスクは少ない。圧縮ガスを使う複雑な管制システムはないし、エンジン・ノズル(nozzle extension)は、一般的なロケット・ノズルに使われている加工が容易で安価なニオブ(Nb=Niobium)合金製である。
図4:(Orbex) 3Dプリンテイング(AM=additive manufacturing)で作られた「プライム(Prime)」第2段エンジン燃焼室(combustion chamber)。この燃焼室と右のノズルは、CAD設計検証用で実際の飛行には使えない。しかし、燃焼室左の推力偏向用アクチュエータや配管の接合部分は飛行に使える実物である。
図5:(Orbex) “オーベックス・プライム(Orbex Prime)”の第2段(Second Stage)エンジンのノズル・スカート(nozzle extension)(図の右側)は、加工が容易で安価なニオブ(Nb=Niobium)合金製である。
今回公開された第2段ロケットは、実物ではなく、CAD(computer aided design/コンピュータによる設計) の正確性を確認するためのモデルである。これを基に実際の製品に仕上げるのがこれからの仕事になる。ただし、一部の部品、推力偏向用のアクチュエータ、配管の接続部分などには実際の飛行用のものが使われている。
CEOのラーモア(Chris Larmour)氏は次のように語っている;—
「CAD設計、3Dプリント製法の採用で、”tried-and-tested (試作と試験) ”が容易になり、信頼性の高い製品を安価で提供できるようになった。これを武器に市場競争に挑む。単にロケットの成功を目指すだけでなく、ビジネスとして成功するのが私の目標だ。」
「プライム」の詳細はまだ発表されていない。各種試験が終了してから詳細な推力値などを公表する予定だ。2重構造タンクの仕組みや燃焼室内部の構成は特許を申請中で、認定されれば内容を公開する。
「プライム」は、ロケット・ラブ(Rocket Lab)社製の「エレクトロン(Electron)」と性能は似ている。ペイロードは重量100-200 kgの衛星を高度220-1,250 kmの軌道に打上げることができる。空虚重量は1.5 ton、燃料搭載量は約15 ton、燃料の酸素-プロパン比(oxygen-to-propane ratio)は3 : 1である。
(注)「エレクトロン(Electron)・ロケット」
2段式ロケットで、米国のロケット・ラブ(Rocket Lab)社が民間用の小型衛星(CubeSats)を打上げるために開発した。エンジンは同社開発のラザフォード(Rutherford)、これは世界初の電動モーター駆動燃料ポンプ(electric-pump- fed)使用のロケットである。「エレクトロン」は高さ17 m、直径1.2 m、重量12.5 ton、ペイロードは、150-225 kg級衛星を高度500 kmの太陽同期軌道(SSO= Sun-synchronous orbit) に打上げる。第1段はラザフォード・エンジンを9基、合計地上推力36,000 lbs、燃料はRP-1 / LOXを使用。
第2段は、ラザフォード・エンジンを1基、真空中の推力は4,900 lbs。2018年1月の2回目の発射から3回連続で成功している。2019年には12回の発射を計画している。打上げは、ニュージランドのマヒア半島(Mahia Peninsula, New Zealand)施設で実施中だが、2019年秋からは米国東海岸バージニア州ワロップ施設(Wallops Flight Facility, Virginia)のMARS (Mid-Atlantic Regional Spaceport)に変更する予定。
図6;(Wikipedia) エレクトロン(Electron)ロケットに搭載されるラザフォード(Rutherford)エンジンのシステム図。ポンプ駆動の動力源は燃焼ガスでタービンを回しその動力を使うのが一般的だが、これをバッテリー電力で回す電動モーターに変更、これで構造を簡単にしている。
「プライム」第2段エンジンの試験は2017年5月から、“オーベックス”社のコペンハーゲン(Copenhagen, Denmark)工場で行われている。第1段には第2段と同じエンジンを6基使用する。ドイツのSLM Solutions社製の3Dプリンターを導入、これを使って製作している。
第2段の試験はデンマークで行うが、第1段エンジンの試験はスコットランドのフォレス工場かその近くで実施する予定。
オーベックス社は、プライムの1号機の打ち上げを2021年に行い、サリー・サテライト技術社(SSTL=Surry Satellite Technology)の試作衛星を軌道に載せる。2号機では、スイスのアストロキャスト(Astrocast)社が作るキューブ・サット(cubesats)10基を打ち上げる予定である。アストロキャスト社は、合計64基の小型衛星(cubesats) で世界中に安全監視事業を展開しようとしている。
図7:(Google) 英国のベンチャー企業「オーベックス」社の本社工場のある「フォレス(Forres, Scotland) の位置。英国北部のスコットランドにあり、打上げ基地はここから20 km東にある英空軍基地“Lossiemouth”に設置される模様。
—以上—
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Orbex Home 16-07-2018 “Orbex Secures $40 million Funding for UK Space Launch Vehicles”
Aviation Week Network 2019-02-13 “Orbex’s Prime Launcher Combines Innovations” byAngus Batey
Aviation Week Network 2019-02-19 “Survey Finds 40 Little Launchers In Development” by Irene klotz
New Atlas February 10, 2019 “Orbex unveils world’s largest #D-printing rocket engine” by David Szondy
Graphic News 02/12/2019 “Orbex –ralet in 2021 vanuit VK te lancern”