2019-06-03(令和元年) ジャーナリスト 木村良一
図1:(朝鮮中央通信=共同) 5月4日、北朝鮮の金正恩労働党委員長が指導し発射したとされる短距離弾道ミサイル。北朝鮮東部の虎島半島付近から数発を日本海に向け発射、70~240 km飛行した。発射されたのはロシアが開発した「イスカンデル」ミサイルと言われる。
図2:(2016年ロシア陸軍公表/Vitaly V. Kuzmin/Wikipedia) 9K720「イスカンデル」はロシア製短距離弾道ミサイル(SRBM)で固体燃料単段式、移動可能な車載式の戦術ミサイルである。重量は3.8 ton、長さ7.2 m、直径95 cm、命中精度5~7 m。ロシア軍向け「イスカンデルM」は射程距離400 km。輸出用の「イスカンデルE」は射程距離280 km。北朝鮮が2018年2月8日の観閲式で公開したのは「イスカンデル」をベースに開発したミサイルと言われている。
■「完全な非核化」を譲るな
北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は、国際社会にとって痛い腫れものである。だからと言って腫れものに触るような扱いは、慎むべきだ。
国営の朝鮮中央通信によると、日本で日米首脳会談が開かれる前の5月24日、北朝鮮外務省の報道官は「アメリカの一方的な武装解除を求める態度が変わらない限り、米朝の対話は再開されない」と牽制した。
今年2月末にベトナム・ハノイで行われた2回目の米朝首脳会談で、金正恩氏は「段階的非核化」を主張して経済制裁の緩和を求めた。ところがアメリカのトランプ大統領は、核と核関連施設、弾道ミサイルなど全てを廃棄する「完全な非核化」を要求した。その結果、米朝首脳会談は物別れに終わった。
北朝鮮はトランプ氏の求めた完全な非核化を「一方的な武装解除」と批判する。その批判の方こそ一方的だと思うのだが、北朝鮮はその立場を変えようとしない。
日米首脳会談は5月27日、トランプ氏の来日に合わせて行われた。会談後の記者会でトランプ氏は完全な非核化を実現するために経済制裁を続けていくことを改めて明らかにした。制裁で北朝鮮経済は確実にダメージを受けている。トランプ氏はいずれ金正恩氏が、降参すると踏んでいるのだ。
■弾道ミサイルは安保理決議違反だ
トランプ氏の制裁続行の表明は、歓迎できる。ただ今回、金正恩氏との関係について「いつかは合意できるだろう」と語り、譲歩もしている。
そう言えば、5月4日に20発の飛翔体が発射されたときにも、不快感を示しながら「信頼している」と発言していた。
どこか腫れものに触るようなところがある。当然、水面下では米朝関係に様々な動きがあるのだろうが、2回続いた米朝首脳会談以来、金正恩氏に対するトランプ氏の態度は和らいでいる。ことさら事態を重く捉えないような言動が目立つ。かつてトランプ氏が「小さなロケットマン」と金正恩氏を揶揄したことが、嘘のようだ。
北朝鮮は5月4日と9日の2回、立て続けに飛翔体を発射した。その一部が短・中距離の弾道ミサイルであったことがすでに確認されている。弾道ミサイルとは大気圏の内外で放物線を描いて飛ぶミサイルで、核弾頭や生物・化学兵器が搭載できる。
韓国に亡命した北朝鮮の元要人は「制裁緩和を求めるために北朝鮮はアメリカに強力なメッセージを送り続ける。そのメッセージが弾道ミサイルの発射だ。制裁が緩和されるまで発射を繰り返すだろう」と解説する。
北朝鮮は「自衛目的の訓練だ」と正当化している。だが、明らかに国連安全保障理事会の弾道ミサイルを禁じた制裁決議に違反する。本来なら国連はすぐに安保理を開催し、北朝鮮を強く批判すべきである。制裁を強化してもいいぐらいだ。それができないのは、何故なのか。
■北朝鮮のしたたかさに屈するな
北朝鮮の元要人は「金正恩委員長はトランプ大統領に核実験やICBMの発射はしないと約束したが、短距離と中距離のミサイルについては約束しなかった」とも説明している。
ICBMとは、長距離の大陸間弾道ミサイルことだ。トランプ氏はこのミサイルでアメリカ本土が核攻撃を受けるような事態だけは、避けたいと考えている。
金正恩氏はそこをよく分かっている。だから立て続けに短・中距離ミサイルを発射して緊張感を高め、アメリカを揺さぶった。つまりトランプ氏の足もとを見ているのだ。その結果、国連の動きまで鈍くなっている。
金正恩氏は4月12日の最高人民会議(国会)の施政演説で「アメリカの大統領との3回目の首脳会談の用意がある。年末までアメリカの勇断を待つ」と話している。トランプ氏への誘い水だ。大胆でしたたかな対応である。
これまでも北朝鮮は経済制裁を緩和させようと、次々と外交戦術を繰り出してきた。そのひとつが、金正恩氏の「新型の戦術誘導兵器」発射実験の視察だ。朝鮮中央通信が「特殊な飛行誘導と威力のある弾道弾を装備した素晴らしい武器を開発した」と4月18日に報じている。
さらに同じ18日には、非核化を巡るアメリカとの交渉からポンペオ米国務長官を外すよう求める声明まで出した。交渉相手の中心人物を交代させようとは、したたかさを通り越して図々しい。内政干渉だ。
金正恩氏は中国の習近平(シー・チンピン)国家主席のもとを何度も訪問して中国を後ろ楯に付けた。4月25日にはロシア・極東のウラジオストクで、プーチン大統領との初の会談を実現した。
金正恩氏は「トランプ氏は、習氏とプーチン氏の2人をそろって敵に回すわけにはいかないだろう」と計算しているのだ。
こうした金正恩氏にどう対処したらいいのか。
■国際社会の枠組みに取り込みたい
韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権は、トランプ氏以上に金正恩氏を腫れもの扱いする。たとえば、1回目の飛翔体発射の際、文政権は国連安保理の制裁決議に違反する弾道ミサイルが含まれているか否かについてのコメントを避けた。この対応に韓国内では発射が制裁決議に違反したことにならないように「文政権が北朝鮮を配慮した」との批判の声が多く上がった。この批判の通りだとしたら、実に情けない。安保理の決議は何だったのか。文政権には毅然とした態度を求めたい。
「金正恩氏との無条件会談」の実現を目指す安倍政権は、飛翔体発射に対し、アメリカと足並みをそろえ、「日本の安全保障に直接の影響はなかった」(岩屋毅防衛相)と批判を避けた。
安倍政権が使った「飛翔体」という言葉自体もおかしい。飛翔体とは飛行物体を差し、旅客機からミサイルまで空中を飛ぶすべてが該当する。北朝鮮が発射したのは軍事兵器だ。北朝鮮も「軍事訓練」と公言している。ならば安倍政権は最初からはっきと「ミサイル」と呼ぶべきである。
アメリカも韓国も日本も、毅然とした態度を取るべきだ。腫れもの扱いすればするほど、金正恩氏に足もとを覗かれ、北朝鮮はますますエスカレートする。腫れもの扱いするのではなく、金正恩政権を切開してとことん膿を出し、安保理決議という抗生剤を投与して細菌感染した政権内部を消毒する根治治療が求められる。
まずは北朝鮮を国際社会の枠組みに取り込んでいくことが必要である。
―以上―
※慶大旧新聞研究所OB会のWebマガジン「メッセージ@pen」6月
号(下記URL)から転載しました。
http://www.message-at-pen.com/?cat=16