2021-03-04(令和3年) 木村良一(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員)
図:(Livedoor) キクガシラコウモリ(菊頭蝙蝠)は昼間は洞窟、民家などで休む。コガネムシ、カゲロウなど昆虫類を食べる。中国には大量に生息している。日本では数が減少し、一部が天然記念物に指定されている。
図:(Wikipedia)洞窟内で休息するキクガシラコウモリ。2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の大流行で、中国国内に大量に生息する菊頭蝙蝠がSARS/コロナウイルスを保有していることが判明、SARS-CoVの保有動物として知られている。手のひらサイズかちょっと大きいくらい哺乳類。(本文参照)
図:(Wikipedia) センザンコウは、アフリカ、インド、中国、ボルネオなどに生息、体長80 cm、重さ30 kgくらい。絶滅に瀕しワシントン条約で取引が禁じられている。全身は腹部などを除き角質の鱗で覆われている。中国では鱗は漢方薬/媚薬あるいは関節炎の薬として珍重されてきた。医学的に薬効はないと確認されているにも関わらず使われている。また中国では肉を珍味として食用にする風習がある。このため、アフリカ等から中国への密輸が後を絶たない。しかし昨年6月、中国政府は世界からの非難を受け、センザンコウの鱗を漢方薬承認リストから除外した。
National Geographic News 2020-03-30によると「センザンコウが新型コロナウイルスと類似のコロナウイルスを保有していることが判明した」、と2020年3月26日付け学術誌「Nature」が発表した。蝙蝠以外で、このようなウイルスに感染することが分かった哺乳類はセンザンコウが初めて。
今回の大流行を受けてはっきり言えることは、生きた動物の市場でセンザンコウを売買するのは、将来のパンデミックを避けるため厳禁にすべき、と専門家は指摘する。
■2月9日のWHO記者会見には失望させられた
新型コロナウイルスの発生源や感染拡大の原因を探るWHO(世界保健機関)の調査団が中国・武漢(ウーハン)市での現地調査を終了し、2月9日に中国当局と共同で記者会見を行った。武漢は世界で初めてオーバーシュート(感染爆発)を起こし、ロックダウン(都市封鎖)を経験した都市だ。
WHOの調査団が武漢に入ったのは1月14日。調査団はクラスターが発生した華南海鮮卸売市場やウイルス漏洩を疑われた武漢ウイルス研究所などを視察し、関係者からも話を聞いた。
世界各国はWHOのこの現地調査に注目したが、期待は裏切られた。記者会見で最初の発生についてWHOは武漢以外の見方を示し、武漢ウイルス研究所からのウイルス流出の可能性も否定した。ウイルスの発生源は中国以外で、そこから冷凍食品などに付着して中国国内に持ち込まれたという中国の主張を踏襲するものだった。
感染症の問題を取材するジャーナリストにとってWHOの見解や見方は大きな拠り所だ。客観的で科学的な見識は評価できた。しかし、いまのWHOは中国に引っ張られている。中国当局と共同で記者会見を行う姿勢もおかしい。
ただWHOの中にも「中国以外で発生した」との見方に否定的な専門家もいる。新型コロナの本格的な流行が始まったのは武漢以外には考えにくいし、新型コロナの病態も「COVID(コビット)-19」ではなく、「ウーハン(武漢)・コロナウイルス感染症」と呼んでも差し障りはないと思っている。
■独立調査委もWHOの緊急事態宣言の発令遅れを批判する
調査団には中国当局者が常に同行し、中国が自慢する「新型コロナへの勝利」の模様を展示した会場の視察に多くの時間が割かれた。しかも中国はまる1年間、WHOの本格的調査を拒んできた。時間が経過すればするほど、発生源を探る手掛かりは少なくなる。隠滅工作でもしていたのかと疑われても仕方がない。
中国はもっと早くWHOの現地調査に応じるべきだったし、WHOも中国に強く求める必要があった。多くの感染者と死者を出したパンデミック(地球規模の流行)の責任は、中国とWHOにある。
アメリカのジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)は2月21日、問題のWHOの調査について「中国が十分なデータを提供していない。中国の情報には透明性が欠ける」と批判し、徹底した調査をWHOに要望した。
WHOが設置した独立調査委員会も1月18日、中間報告書を公表し、「国際的な公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC=Public Health Emergency of International Concern))の宣言を見送った昨年1月22日と23日の専門家委員会に触れ、「なぜこれより前に委員会を開かなかったのか。どうして宣言の発令に合意できなかったのか。不明瞭だ」とWHOの対応を批判していた。
結局、PHEICは1月30日になって宣言されたが、1週間も遅れたことで世界各国の感染防止対策の初動に大きく影響したことは間違いない。
中国寄りとの批判を避けたいのか、現在WHOは中国に第1号の患者(1昨年12月8日に確認された武漢市の40代男性)の接触者の追跡調査を求めている。
■テドロス事務局長は中国と親密なエチオピアの出身者だ
当初、WHOのテドロス・アダノム事務局長はPHEIC宣言を出さない理由について中国の説明を根拠に「中国以外で人から人への人・人感染はなく、世界的危機ではない」と説明していた。中国の情報公開遅れの指摘にも、逆に「中国のようにスピードを持って大規模に感染対策を行える国はない」と中国を賞賛していた。
実はテドロス氏は昨年1月27日に北京入りし、習近平(シー・チンピン)国家主席と会談している。中国の最高トップとすぐに直接面会できるほど、テドロス氏は中国に信用されている。それだけテドロス氏は中国寄りなのだ。本来ならWHOは専門家チームを中国に送り、感染状況を分析すべきだった。初動をおろそかにして事務局長が国家主席と会って話をしているのだから驚かされる。国連機関の中立性を失った政治的な動きであり、世界の人々の命と健康を守るWHOの使命を見失っている。
テドロス氏は2017年7月にWHOトップの事務局長に就任した。中国にとって巨大経済圏「一帯一路」の要に当たる、重要な貿易相手国のエチオピアで保健相と外相を務めた。イギリスで公衆衛生学の博士号を取得したが、臨床医の経験はない。事務局長選ではアフリカの票をまとめ上げ、これに中国の強い後押しが加わり、初のアフリカ出身の事務局長となった。
■調査団は中国の研究者「バットウーマン」とも意見交換した
ところで、今回のWHOの現地調査では興味深い話題もあった。武漢ウイルス研究所で行われた、女性研究員の石正麗(シー・ジョンリー)氏と調査団メンバーとの意見交換だ。詳細は公表されていないが、彼女はコウモリを自然宿主とするウイルスの研究家で、「バットウーマン」の異名を持つ。2002~03年に東南アジアを中心にアウトブレイク(地域的流行)した重症急性呼吸器症候群のSARS(サーズ)コロナウイルスに詳しく、「SARSの起源はコウモリのウイルス」との研究で一目置かれた存在だ。新型コロナの発生源のカギを握る人物である。
石氏ら武漢ウイルス研究所のチームはSARSの起源を追う調査で2013年、中国雲南省昆明市の南部にある通関(トングアン)という町の銅山に生息するコウモリから新型コロナと遺伝情報が96%一致する、コロナウイルス「RaTG13」(Raはコウモリの一種を、TGは地域を、13は2013年を指す)を発見している。銅山の坑道で、コウモリのフンを清掃していた作業員が重い肺炎を相次いで起こし、死者も出た。糞口感染だ。石氏は昨年2月、イギリスの科学誌ネイチャーにRaTG13コロナウイルスを発表し、世界から注目を浴びた。
国外発生源を主張する中国政府は、このRaTG13と新型コロナとの関係をどう考えているのか。
■新型コロナの感染ルートは「キクガシラコウモリ→センザンコウ→人」
新型コロナやSARSのウイルスは、キクガシラコウモリの体内に存在し、変異を続ける間に別の生物を介して人に感染して広がったとみられている。
SARSウイルスの場合、中国の市場で食用に売られていたハクビシンから99・8%遺伝子配列が重なるコロナウイルスが見つかっている。ハクビシンは中間宿主と呼ばれ、SARSは「キクガシラコウモリ→ハクビシン→人」の感染ルートで広がったとされる。
一方、新型コロナの中間宿主は全身が硬いウロコに覆われた哺乳類のセンザンコウだとする説が有力である。センザンコウは食用として中国の市場で生きたまま売られ、人と濃厚接触する機会は多い。すでに香港大などの研究チームがセンザンコウの血液から新型コロナに類似したコロナウイルスを分離している。新型コロナの感染ルートは「キクガシラコウモリ→センザンコウ→人」の可能性が高い。
新型コロナの起源の特定は、今後起きる新種の病原体のアウトブレイクやパンデミックの対策につながる。世界中の人々を感染や感染死から救える。そのためにもWHOには、政治色を排した客観的で科学的な調査が求められる。もちろん、WHOに対する中国の打算のない協力も欠かせない。
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※慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」2月号(下記URL)から転載。
中国寄りの調査でWHOは新型コロナの起源を解明できるのか? | Message@pen (message-at-pen.com)