2021-03-09(令和3年) 松尾芳郎
現地時間3月3日、スターシップ[SN 10]は、テキサス州キャメロン・カウンティ(Cameron County, Texas)のスペースX社基地から打上げられ、スターシップ原型機として3回目の高空飛行試験に成功した。しかし、着地後数分経過してから突然火炎に包まれ大破した。
(On Wednesday, March 3rd, Starship SN 10 successfully completed SpaceX’s third high-altitude flight test of a Starship prototype from the launch site in Cameron County, Texas. The test was not enough, however, a few minutes later safely landing has made the craft was in fireball and destroyed.)
[SN 10]高空飛行試験;―
スターシップ[SN 10]は、当初3月3日午前9時(現地時間/CMT)に打上げる予定だったが、エンジン着火10分の1秒後に“自動中止装置”が作動、打ち上げ中止になった。ソフトが“エンジン推力が高過ぎ”と判断したため。直ぐに再打ち上げの準備に入り、同日午後5時14分45秒に打上げられた。
これまでのスターシップ[SN 8]および[SN 9]と同じように、3基のラプター(Raptor)エンジンの推力で上昇を続けた。計画通り2分13秒後に1基のエンジンを停止し2基のエンジンの推力偏向システムを使い姿勢制御しながら上昇した。3分45秒後にさらに1基のエンジンを停止し、予定の高度約10 kmに到達した。ここで地上管制の指示で、着地時に使う燃料をヘッダー・タンク(フィーダー・タンク)に移送した。
4分19秒後に3基目のエンジンを停止し、[SN 10]は再突入のため姿勢を水平にする操作(ベリー・フロップ/belly-flop)をして降下を開始、約1分30秒ほどフラップを使いながら降下を続けた。
スターシップは、胴体前後に2枚ずつあるフラップを使い分けながら姿勢を制御できるようになっている。4枚のフラップは、搭載されたフライト・コンピューターの指示で作動し、所定の着地点に正確に機体を誘導する。5分45秒後にラプター・エンジン3基を再着火、着地に向け機体を垂直に立て直し、それから1基のエンジン推力のみで減速、ゆっくりと着地した。[SN 9]の場合は2基のエンジンで姿勢制御を試みたが立て直せず墜落している。
これでスターシップは完全に再使用可能な宇宙機になることを証明し、人員、貨物を月、火星を含む惑星間輸送する展望が開けた、と思われた。しかし打上げ後14分27秒後、つまり着地のおよそ8分後に]SN 10]は火炎に包まれ大爆発、炎上した。
図1:(SpaceX) 現地時間2021年3月3日午後5時14分過ぎに、スターシップ[SN 10]はスペース Xの基地、ボカチカ・ビーチから打上げられ、高度10 kmに上昇し、基地に帰還する飛行試験を行った。
図2:(SpaceX)打上げ1分後、3基のラプター・エンジンで上昇を開始。
図3:(SpaceX)3分過ぎ、高度8 km辺りでエンジン2基を停止。1基で上昇を続ける。
図4:(SpaceX) 3分45秒後に全エンジンを停止し、高度10 km に到達。
図5:(SpaceX) 打上げ後5分45秒あたりで降下を始める。
図6:(SpaceX) 打上げ後6分を過ぎた辺りでエンジン3基を再着火、姿勢を着地に向け垂直に立て直す。
図7:(SpaceX) 着地寸前にエンジン1基で減速、降下し、打上げ後6分20秒に着地点に正確に着地した。
図8:(NASA) 着地した[SN 10]、エンジン室付近に火災が発生、自動消化器から消火剤が発射された。6本のランデイング・レグのうち数本が正常に展張しなかったため、着地姿勢が僅かに傾いている。
図9:(NASA) 確実に着地したかに見えたが、数分後に突如大火炎に包まれ、破壊した。
[SN 10]着地後の火災、炎上の原因;―
スペースXの主席エンジニアの話;「ラプターエンジン1基の推力で着地したが、この時の推力が指示値より少なかったため減速不十分/ハード・ランデイングになった。スターシップの試験では初めての経験だった」。マスク氏は「ランデイング・レグが正しくロックされていても、今回[SN 10]で生じたハード・ランデイングの衝撃には耐えられなかった、壊れるべくして壊れた」と補足している。
NASAを含む関係者は次のように推測する。すなわち;―
スターシップには着地用のランデイング・レグが底部に6本ある。エンジン室の内側に収納され着地時には展張(flip-out)するようになっている。今回はこのレグのうち数本が“正しく展張しない/ロックされない”ままで着地した。[SN 10]の着地時のスピードは予定よりやや速く6-8 m/秒だったので、正しく展張した残りのレグは着地の衝撃で破損し、機体重量はエンジン室の外套/機体のスカート部分が支えることになった。これで液体メタン(CH4)の配管が破損、リークして火災に至った。CH4のリーク量が増えて爆発を起こり着地8分後に[SN 10]は火炎に包まれ、持ち上げられ落下し破壊した。
図10:(SpaceX)ランデイング・レグの構造。エンジン室の内側に畳み込まれ、着地前に開く。写真は開く途中の様子。[SN 5]で撮影したものだが[SN 10]も同じ構造。
図11:(SpaceX / Cosmic Perspective @considercosmos)[SN 10]の着地寸前の様子。動画から採取した写真。一部のランデイング・レグが正しくロックされていない。動画では、着地速度が早すぎたため[SN 10]が僅かにバウンドした様子が伺える。
図12:(SpaceX/ Rafael Adamy@fael079) 「SN 8」の燃料タンク構造。[SN 10]も同じ。タンクは、上(緑色の部分)が液体メタン(CH4)、下(空色の部分)が液体酸素(LOX)で、LOXタンクの中心にはCH4をエンジンに供給する配管が入っている。液体メタン[ CH4 ]/ (―161.5度)と液体酸素 [LOX] /(―183度)の組合わせで、燃焼で生じる堆積物(deposits)がケロシンより少なく、再使用時の整備が簡単。また取得価格も安い。
今後の予定;―
CEOイーロン・マスク氏は、昨年初め頃からスターシップのランデイング・レグは改良すると発言していた。最近明らかにされたスターシップの予想図には、外付け式の大型化したランデイング・レグが4本描かれている。
マスク氏は次の[SN 11]について次のように語っている;―「今回スターシップは初めて完全な姿で正確に着地パッドに着陸できた。[SN 11]では再度完全着陸を成し遂げ、[SN 10]の悲惨な結末を払拭したい。次回[SN 11]の飛行では、着地態勢に入る際にはエンジン3基を使い、着地直前にはエンジン2基で減速する方式を採る。」
これら改良は、次の打上げの[SN 11]から、それに続く[SN15]から[SN 18]に採用されることになる。
ボカチカ・ビーチの施設には[SN 7.2]と名付けたテスト・タンクがあるが、ここで新しい薄型ステンレス・スチール筺体の試験が完了し、現在製造が開始されている。これまでは厚さ3 mmのステンレス鋼が使われてきたが、今後はより薄いステンレス鋼板が使われる。このため厚い鋼板で製作中だった[SN 12]、[SN 13]、[SN 14]、は組立て中止/スクラップと決った。
図13:(NextBigFuture.com. Brendan Lewis @brendan2908) 2月6日現在のスターシップおよびスーパー・ヘビー原型機の組立状況。[SN 10]の着地火災の後、[SN 11]はこれまで同じ型式のスターシップの最後に機体となり、すでにハイ・ベイ組立工場で完成している。[SN 15] 以降は新設計の機体で、エンジン室は新設計の「スラスト・パック」に変わり、筐体には新しいステンレス・スチール板(青色で表示)が使われる。スーパー・ヘビー原型機[BN 1]もハイ・ベイ組立工場で組立てが進んでいる。
図14:(SpaceX / NASA) [SN 15]以降に使われる新しい「スラスト・パック(thrust-pack)」。[SN11] までは「液体メタン[CH4]/緑色表示」および液体酸素[LOX] /空色表示」の配管がエンジン室内に露出していた。新しい「スラスト・パック」では大部分がLOXタンク内に収納され、安全性が高まった。
図15:(NASA) [SN 10]の高高度飛行完了・着地後の炎上破壊の数日後、次の[SN 11] はSN 10の着地データから得た教訓をソフトに反映させ、ハイベイ組立工場からロールアウト、今週月曜にも発射台に移動する。来週中にはエンジンの地上着火試験が行われるだろう。
[SN 8] / 2020年12月23日打上げ、その5週間後[SN 9] / 2021年2月2日打上げ、そして今回4週間後に[SN 10] / 2021年3月3日打上げた。スペースXはかなり早いペースで改良を加え、実証してきている。次の[SN 11]は間も無く発射台に移動、打上げ準備に入る。
これで、マスク氏の究極の目標月および火星への旅行の実現に向け、また1歩近ずいた。
スペースXは、このほど石油掘削用オイルリグ(oil rig)2基を合計700万ドルで購入、火星の衛星にちなんで「フォボス(Phobos)」と「ダイモス(Deimos)」と名付け、改造してスターシップの発射・着陸の「海上基地(offshore platform)」として使う。
スターシップ・スーパー・ヘビーは、発射時に巨大なブラストを生じるので危険区域が広くなり、近隣の住民に迷惑を掛けることになる。これを避けるため海上基地を使うという考えだ。すでにボカチカ施設に近いブラウンズビル(Brownsville, Texas)で改造工事が、スペースXの子会社[Lone Star Mineral Development LLC]の手で始まっている。
マスク氏は2021年末に1基を完成させたいとしているが、供用開始は2021年末に予定されているスターシップの地球周回軌道への打上げが実現した後になるだろう。
図16:(NASA Spacflight.com Jack Beyer)ミシシッピ州パスカゴウラ港(Port of Pascagoula, Mississippi)に到着した石油掘削用オイルリグ1号機「フォボス(Phobos)」、フォボスはここで「スターシップ発射・着陸用海上基地」に改造される。メイン・デッキの大きさは73 m x 78 m で、昨年まで150名が乗船し海底油田の掘削に従事していた。
図17:(SpaceX / WAI Nick Henning) オイルリグ改造の「海上基地」の完成予想図。ニック・ヘニング氏作成(2021-01-29)。高さ120 mの巨大なタワーは「スーパー・ヘビー」発射・着陸用。タワーの途中にある2本の黒い腕は「スーパー・ヘビー」が着陸する時これでキャッチする。タワーの右には着地したスーパー・ヘビーが描かれ、左側にはスターシップの姿が見える。燃料タンクはメイン・デッキの下部、水中に装備されている。
終わりに
スターシップ[SN 10]の飛行試験は残念な結果に終わったが、この試験に先立ちスペースX社は次の見解を発表している;―
将来の太陽系内の宇宙飛行を目指すスターシップにとり、重要な技術は次の3つ。すなわち① ボデイ・フラップを使い姿勢を制御しながら降下する技術 (ベリー・フロップ/belly-flop)、② 姿勢を垂直にして着地する技術、③ 宇宙空間で燃料を給油する技術。
① については[SN 8]、[SN 9]そして今回の[SN 10]と、3回連続して成功。
② については[SN 10]で着地速度が早すぎた点を除けばほぼ成功。
こうして試験を重ねるごとに着実に有人月面着陸に向けた技術の集積が続いている。
スターシップが目指す惑星には滑走路も平坦な着陸スポットもない。この環境の中で目的地に着陸し、そこから出発し、地球に戻り、さらに機体を再利用するため技術の取得に努力が続けられている。声援したい。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
NASA Spaceflight Com. March 7, 2021 “Starship SN11 prepares for rollout as SpaceX plans for future” by Chris Bergin
NASA Spaceflight Com. January 19, 2021 “SpaceX acquires former oil rigs to serve as floating Starship Spaceports” by Thomas Burghardt
SpaceX “ Starship SN11- High-Altitude Flight Test”
Fraser Cain / Universe Today March 5, 2021 “SpaceX Starship Prototype Flies High and Sticks the Ladning! (and then Explodes)” by Matt Williams
TESLA RATI March 5, 2021 “SpaceX Starship Landing Leg Upgrades imagined in new fan renders” by Eric Ralph
Spaceflight Insider march 3, 2021 “Starship SN 10 Stick the Landing, Explodes Minutes Later” by Nicholas D’Alessandro
TokyoExpress 2020-12-11 “スペースx、スターシップSN 8、高高度飛行に成功、しかし着地失敗で炎上“