ボーイング、NASAとの共同研究機 ”TTBW”の試作開始へ


ボーイング、NASAとの共同研究機 ”TTBW”の試作開始へ

2022-01-30(令和4年)  松尾芳郎

図1:(NASA Langley Research Center / David Meade) NASA はラングレー研究センターにある14 x 22 ft ( 4.3 x 6.7 m) 亜音速風洞を使い、昨年 (2021) 9月までにTTBWの高揚力装置に関わる安定性、操作性、地表効果の測定などの一連の試験を完了した。

図1A:(NASA) バージニア州ハンプトン(Hampton, Virginia)にあるNASAラングレー研究センターの14 x 22 ft亜音速風洞の全景。1970年末から供用開始、1990年代に近代化改修、2009年からは騒音低減研究も可能となった。誕生して50年になるが、今もNASA研究の中核として活躍している。

NASA長官ビル・ネルソン(Bill Nelson)氏は、昨年9月にホワイトハウスで開かれた大気変動に関わる会合に出席し、中長期的な航空輸送業界の対策について次のように語った。

2030年までに使う航空燃料は30億ガロン(113.7億リットル)にもなり、これから出るカーボン・エミッションを減らす必要がある。関係する政府省庁の代表は「環境維持可能な航空燃料を開発する目標(SAFGC=Sustainable Aviation Fuel Grand Challenge)」を掲げ、これに挑戦すると述べた。[SAFGC]は2050年までに、米国で消費する全ての航空燃料を「環境維持可能な燃料/Sustainable Aviation Fuel」にすべく価格を下げ生産を増やすとしている。

NASAは、これまで航空輸送の効率化と安全性の向上に取り組んできたが、これから一層の騒音低減、燃費の向上、有害排気ガスの減少、などを進め、環境を維持しつつ航空輸送を発展させて行く、と述べた。

新しいグリーン・テクノロジーを盛り込んだ次世代航空機、新しいオートメーション技術で安全で効率的な航空管制、環境維持に配慮した航空エンジンの開発、などに取り組む。

図2:(NASA) NASAの長期的なグリーン・テクノロジーを盛り込んだ次世代航空機の構想を示す図。ボーイングと共同開発中の「支柱付き主翼・TTBW」機はこの中の一つ。

NASAは現在ボーイングと共同で、最新の技術による次世代型の単通路狭胴型機の研究開発を進めている。同サイズの現用機に比べ燃費を25 %以上改善し、2030年代中期に実現させたい、としている。航空輸送業界が排出するカーボン・エミッションの中で最大なのは、単通路の狭胴型機なのでこれの改善に取り組む。

この構想は、2010年にNASA/ボーイングが「SUGAR (Subsonic Ultra Green Aircraft Research / 亜音速の環境に優しい航空機の研究) 」の一つとして「支柱付き主翼の旅客機 (TTBW=Transonic Truss-Braced Wing)」を発表したのに始まる。NASAラングレーおよびエイムス両研究所が開発したコンピューター流体力学(CFD)ソフト「USM3D」および「LAVA」を使って全体形状を設計した。この機体は巡航速度マッハ0.745で、後退角ほぼ無しの直線翼、抵抗を減らすため薄く細長くし、アスペクト比 (翼幅と翼弦長の比)を「19.6 : 1」にする案である(フェイズIII)。

ボーイングは2019年1月米国航空宇宙学会(AIAA)会議で、この原案を改良し後退角20度の主翼に変更、マッハ0.8巡航可能な737級のTTBW案(フェイズIV)を発表した。座席当たりの燃料消費率を現用機対比で9 % 低減しようというもの。フェイズIVモデルの空力試験は図1に示すようにラングレー研究センターの14 x 22風洞を使い試験、2021年9月までに完了した。

図3:(AIAA SciTech 2020 Forum Report by Boeing and NASA)「TTBWフェイズIII」マッハ0.745の平面形(左)と「フェイズIV」マッハ0.80の平面形(右)の比較図。

ボーイングの民間航空機部門はこの数年、737 MAXで墜落事故とその対策で長期間に渡る飛行停止処分、787では水平尾翼製造工程の過ち(過大トルクで締め付けられた)など一連の製造工程上の問題のため引渡し遅延、新しい777Xの型式証明取得の飛行試験中に生じた飛行制御ソフトウエアの問題で引渡し開始が2023年後半以降にずれ込む見込む、などの諸問題で、苦境にある。このため数年前から検討されてきた新型中型旅客機 (all new commercial aircraft) 開発構想は棚上げ同然の状態になっている。

近年気候温暖化をめぐる世界的な議論の高まりで、航空輸送業界ではカーボン・エミッションの低減に関心が高まり、エアバスは2030年代の導入を目標に環境に優しい100席級の新型機の開発をスタートしている。

一方ボーイングもNASAと共同で10年以上にわたり「Xプレーン」別名 「(環境に優しい) 持続可能な実証航空機の試作/SFD=Sustainable Flight Demonstrator」構想として「支柱付き主翼の旅客機・TTBW」の研究を進めてきた。世界的な環境意識の高まりとボーイングの現状から、「TTBW」はボーイングの将来を担う重要プロジェクトとして注目されるようになってきた。

NASAとボーイングは、「TTBW」実証機を2026年末までに完成して試験飛行を行い2027年中に「持続可能な実証航空機/ SFD」の研究を終了する、と云う計画を立てている。そしてこれで得られた知見をベースに、2030年代前半迄に本格的な次世代型亜音速旅客機の開発に取り組もうとしている。

既述の部分を含めて「TTBW」実証機の内容をまとめると次のようになる:―

  • 離着陸時の騒音レベルはICAO第5回 CAEP委員会決定の合計騒音値(着陸・離陸・離陸側方の合計値)より32~42 dB(デシベル)少ない水準にする。

図4:(ICAO 6th CAEP )航空機の騒音レベル測定点は、A:離陸滑走開始から6.5 kmの地点、B:離陸時の側方450 mで騒音が最大となる地点、C:着陸時滑走路端まで2 kmの地点、である。3測定点での合計騒音値(EPNdB)を定められた値以下にすることが要求されている。

図5:(ICAO 11th CAEP ) ICAO付属書Annex 16 [Chapter 3]は1977年に制定、縦軸に「合計騒音値」、横軸に航空機の最大離陸重量をとった図。これを合計値で10 dB厳しくし2006年以降の新造機に適用したのが[Chapter 4] (2001年5th CAEP決定)。「TTBW」は、合計騒音値を[Chapter 4]レベルより32~42 dB低くするのが目標。[TTBW]の離陸重量は90 ton以下になる予定なので合計騒音値目標は図の下限値250 dBか以下になりそうだ。

  • 離着陸時の窒素酸化物 (NOX=nitrogen oxide)排出量は2004年にICAO 第6回CAEP委員会 (6th CAEP)で決めた基準値を80 %下回る水準にする。
  • 6th CAEPはまた2005年就航開始の新型機対比で、巡航時のNOX排出量を80 % 低減し、燃料消費量を50~60 %削減することを求めている。[TTBW]実証機はこれにも対応する。
  • 主翼は、薄翼で空力抵抗を最小にするため細長い高アスペクト比とする。翼を長くすれば翼端に生じる誘導渦抵抗を減らせる。また翼の厚み(翼厚比)を薄くすれば亜音速時の空力抵抗が減る。また長い翼の途中を支柱(brace)で支えることで翼の重量を軽減できる。
  • 原案のフェイズIIIでは、巡航速度をマッハ0.745にしていたが、これを2019年検討のフェイズIVで現用ジェット機と同じマッハ0.80に改めた。このため主翼に20度の後退角を付ける。
  • 主翼の後退角を増やしたため主翼の取付位置を前方に移動する。
  • これに伴い、支柱(brace)は胴体側で翼弦長を長く、つまり幅広翼にして、前進角を付けテーパー翼の形で主翼を支える構造にする。同時に主翼の支点はより外翼側に移し、外翼折り畳み機構の近くにした。これで支柱自身も揚力を生じるようになり、全体の性能向上に資することになる。
  • 主翼はアスペクト比 [19.6 : 1]、翼幅51 m (170 ft) となる。実証機では折り畳み式主翼を採用するか否かは未定。同サイズの狭胴型機737 MAXの翼幅は36 m弱(118 ft)である。
  • 実用型[TTBW]は737機と同じ空港ゲートを使うので、主翼は折り畳み式になる。折り畳み構造は777Xで開発したシステムを小型化して使う。
  • 777X型機の主翼は展開時:71.8 m、エアバスA350の64.75 m、ボーイング787の60 mに比べて長く、展開した状態では広胴型機用の空港ゲートを使えない。このため折り畳み式を採用し64.8 mにしてゲートに入る。
  • [TTBW]実証機の胴体には、MD-80の胴体を改造して使う。この胴体は長さ45.06 mあるが、フレーム(枠)を数本取り外し長さを[TTBW]の要件に合わせ、支柱(brace)取付け部を補強する。MD-80胴体後部両側にはエンジンが装着されるが、これは取り外し、エンジンは主翼内側下面に設けるパイロンに取付ける。
  • 主翼は、炭素繊維複合材製で、前縁には全スパンに渡り可変キャンバー・クルーガー・フラップ(VCK=variable camber Krueger flap)を取付け、主翼前縁との間に隙間を作りスラット(slat)と同じ効果を得る。主翼後縁には単段式フラップを装備する。また通常機と同じようにエルロン(aileron)は高速用と低速用を装備する。
  • エンジンはMD-80用のP&W JT-8D-200 (推力16,500 lbs)になるか、あるいはMD-95/Boeing 717用のRolls-Royce BR715 (推力19,000 lbs) になるかは未定。何れにしても新設計のパイロンに新設計のナセル付きで翼下面に装着する。
  • メイン・ランデイングギアは、支柱取付け部に新設計のパイロンとフェアリングを設置、そこに取付ける。
  • 主翼の可動翼、エルロン・前縁スラット・後縁フラップなどの操作にフライ・バイ・ワイヤのフライトコントロール・システムの開発が必要。システムは3重の冗長性を持たせ、パイロットは別途用意したコンピューター経由で操作し、改修が必要になればこの部分を改修して対処する。
  • エンジン移設に伴い、胴体内の空調用エンジン抽気ダクトの配管変更や油圧系統の配管変更も必要になる。

図6:(Boeing/NASA) ボーイングが明らかにした「TTBW」実証機。MD-80の胴体を使い、後退角20度、翼幅51 mの長大な薄翼、それを支える翼型断面の長い支柱の機体。2026年末に完成・試験飛行をする。そして得られた結果をベースに2030年代前半に次世代型の狭胴型旅客機を就航させたいとしている。

終わりに

ボーイングが次世代機の候補としてNASAとの共同開発の「支柱付き主翼・TTBW」実証機の製作に乗り出すことになった。これが2026年に完成、飛行することを期待したい。[TTBW]の技術的説明は「TokyoExpress 2020-02-28 “ NASA・ボーイング共同研究の将来型旅客機@TTBW」、風洞試験で性能を検証」にあるので参照されたい。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • NASA Release 21-118 Sept 10, 2021 “NASA Innovations Will Help US Meet Sustainable Aviation Goals” by Robert Margetta
  • AIAA SciTech Forum 6-10 January 2020 Orland, FL. “Development for Efficient Mach 0.80 Transonic Truss-Braced Wing Aircraft” by Neal A. Harrison, Mic Beyar, Eric Dickey of Boeing and Greg Gatlin and Sally Viken of NASA Langley Research Center
  • NASA Sept 7, 2021 “Trans-Sonic Truss-Braced Wing May Help Reduce Fuel Consumption” by Yvette Smith
  • NASA@SC20 Nov. 26, 2020 “Developing Best Practices for Transonic Truss Braced Wing Aircraft Simulation”
  • Aviation Week January 10-23, 2022 “Braced Bid” by Guy Norris
  • 日本航空機開発協会 2014-07-17 “第VI章 航空予想を取り巻く環境”