2022-02-04(令和4年) 木村良一(ジャーナリスト、元産経新聞論説員)
■オミクロン株が過去最大の感染の山、第6波を作った
新型コロナの変異ウイルス「オミクロン株」についてメッセージ@pen(昨年12月号)に「ワクチン接種が進まないアフリカで感染力の強い変異ウイルスが出現すると、感染爆発が起こり、感染は日本にも広がって第6波につながる」と書いたところ、11月30日には日本国内で初めての感染者の確認が発表され、アフリカ南部のナミビアから入国した30代の外交官男性だったことも明らかになり、その後、日本全国で続々と感染者が現れた。
厚生労働省によると、1日の新たな感染者は今年1月4日に1000人を超え、12日に1万人を、13日に2万人を、18日に3万人を、28日には8万人を、それぞれ突破するなど過去最多の記録を更新し続けた。あっと言う間にこれまでで一番高いピークを持つ大きな感染の山、第6波を形成した。それにしても驚くべき感染スピードである。
オミクロン株の感染急拡大に対し、政府の新型コロナウイルス対策分科会の尾身茂会長ら専門家は1月21日、医療の逼迫を回避するため、「重症化リスクの低い若者は必ずしも医療機関を受診せず、自宅での療養を可能とすることもあり得る」との提言を公表した。提言には「各都道府県知事の判断により、『人流抑制』を加味することもある」という一文も付け加えられた。
■キーワードは人流抑制ではなく、「人数制限」
提言は修正されたものだった。尾身さんらがまとめた原案には、重症化リスクの高い高齢者らの検査を確実に実施できるようにするため、「若者には検査を実施せず、症状だけで診断して自宅療養してもらうことも検討すべきだ」と書かれていたが、診療に携わる医師たちや厚労省の担当者から「症状だけでの診断は難しい」「検査件数を絞ろうと画策しているように受け取られる」との指摘が相次ぎ、「若者は必ずしも医療機関を受診せず…」に差し替わった。
追加された人流抑制については、尾身さんは19日の分科会の終了後にこう語っていた。
「オミクロン株の特徴にふさわしいメリハリのある対策を打つ必要がある」「人流抑制ではなく、会食などの人数制限がキーワードだ」
「ステイホームは必要ない。渋谷駅前の交差点がいくら混んでいてもほとんど感染しない」
尾身さんのこうした発言が政府関係者の間で「感染力がかなり強いにもかかわらず、行動制限を過去の感染拡大時より緩めることを容認するかのような印象を与え、その結果、繁華街での人出が増えて感染拡大に拍車がかかる」と問題視され、「…加味することもある」との一文の追加となった。
いきさつはこのぐらいにしておくが、私は尾身さんの発言に賛成である。尾身さんの発言はオミクロン株の重症化率の低さに基づいたものであり、感染症の対策と社会・経済活動とのバランスを考慮しているのだと思う。防疫は強過ぎても弱すぎても駄目だ。その感染症の特徴を捉えた感染対策が求められる。政府は夏の参院選(7月10日投開票)を気にし過ぎているのではないか。
WHO(世界保健機関)や欧米では早くからオミクロン株の重症化率の低さが指摘され、実際、日本でもデルタ株による第5波の重症者数(昨年9月3日、過去最高の2223人を記録)に比べ、オミクロン株は感染者数が多い割には重症化する感染者(今年1月28日、734人)は少ない。
■根っからの地域医療と感染症の専門家だ
尾身さんは昨年の東京五輪(7月23日~8月8日)・東京パラリンピック(8月24日~9月5日)の開催前に「パンデミック(世界的大流行)の中での開催は普通はない」と開催ありきの菅義偉政権(当時)に正面からはっきりと警告した経緯があり、その意味で感染症対策の専門家として信頼がおける。
私は2003年10月に京都で開催された第62回日本公衆衛生学会総会で初めて尾身さんに出会った。尾身さんは同学会の感染症フォーラムにアジア、オセアニアを担当するWHO西太平洋地域事務局(本部・フィリピン、WPRO)の局長として出席し、重症急性呼吸器症候群のSARS(サーズ)の対策について基調講演した。感染症フォーラムには私も演者のひとりとして参加していた。
参考までに書くと、尾身さんは72歳の医師である。地域医療に憧れ、慶大法学部を中退して1期生として自治医科大に入学した。卒業後に離島での診療を経験し、発展途上国の保健医療に従事しようと、1990年にWHOに入り20年間勤務した。西太平洋地域事務局では小児まひを起こすポリオウイルスの対策に尽力し、2000年にこの地域での根絶宣言につなげた。SARSの対策にも貢献した。現在は地域医療を担う独立行政法人・地域医療機能推進機構(JCHO)の理事長を務めている。尾身さんは根っからの地域医療と感染症の専門家なのだ。
ちなみにSARSは2002年11月~03年7月に中国や東南アジアを中心にアウトブレイク(地域的流行)した新種の肺炎で、新型コロナと同じコロナウイルスが病原体だったが、致死率が9・6%とかなり高く、WHOからベトナムに派遣された専門家も感染死したほどだった。
■検査の本来の意味や目的を忘れてはならない
尾身さんらがまとめた提言には当初、「若者には検査を実施せず、症状だけで診断して自宅療養してもらうことも検討すべきだ」と記されていたと前述したが、オミクロン株のような感染力が強く、だれもが感染する可能性の高い、飛沫感染するウイルスには検査はあまり役立たないと思う。
そもそもウイルスの遺伝子を特定する精度の高いPCR検査は、エボラウイルスのようなキラーウイルスの有無を調べるためのものである。市中にエボラ出血熱の症状に似た疑似患者が現れたときに厳格に検体を検査して確認し、感染拡大を食い止める。これがPCR検査の本来の目的だ。それを日常茶飯事に実施して次々と隔離していたのでは、検査と隔離の態勢が追いつかないし、費用も膨大になる。オミクロン株ではそのときの検査で陰性でもその後で感染するリスクはかなり高い。検査を受けることで症状が改善され、他人に感染させなくなるわけでもない。
PCR検査と違って安価ですぐに結果が判明する、ウイルスの特定のタンパク質の有無を調べる抗原検査なら問題は少ないと考えていたが、それでも政府が不顕性感染の無症状者に対する無料の抗原検査を推奨すると、たちまち検査キットが不足した。感染したのではないかという不安を少しでも解消したいと考え、多くの人が殺到した結果である。
PCR検査と抗原検査について政府は高齢者や基礎疾患のある健康弱者に限って実施するよう軌道修正すべきである。
■亜種、派生株の出現を恐れるな
オミクロン株の一種だが、これまでの「BA.1」とは違う亜種の「BA.2」の感染が広がり始め、WHOが警戒を呼びかけている。BA.2は昨年11月ごろにアフリカで見つかり、デンマークで感染が拡大し、ヨーロッパやアジアに広がった。日本では現在、BA.1の感染が主流だが、厚労省によれば、1月26日までの検疫の検査で計313人から問題のBA.2が検出されている。
BA.1とBA.2は感染力やワクチンの効き目などに関係する変異の多くが一致しているが、BA.2の方が感染力がやや強い。BA.1はヒトの細胞に感染するスパイク(突起)に約30カ所の変異がある。これに対し、BA.2にはBA.1にある10カ所の変異がなく、代わりに6カ所の変異が新たに加わっている。
BA.2をデルタ株などと誤って同定してしまうケースがあることから「ステルスオミクロン」とも呼ばれる。
従来のオムクロン株に比べて感染力のやや強い派生株のBA.2が今後広がって第7波を引き起こす可能性は否定できない。だが、どれも新型コロナウイルスである。ブースター(追加免疫)効果のあるワクチン接種や新たに開発された治療薬に加え、3密((密閉・密集・密接)の回避、手洗いとうがいの励行、マスクの着用で十分に対応できる。むやみに恐れず、正しく怖がりたい。
■第7波を警戒しつつ社会・経済活動を正常化させたい
ところで、11月25日に世界で初めてオミクロン株の検出を公表した南アフリカでは、12月中旬には1日の感染者数がピークを記録した後、ピークアウトして新たな感染者の数が減少し、オミクロン株禍は過ぎ去ったようだ。
イギリスでも1月上旬に一時20万人を超えていた1日の感染者数が10万人前後で推移し、首都ロンドンのあるイングランドでは「感染者数が減少傾向にある」と判断し、段階的に規制を緩和して27日からは屋内の公共施設でのマスク着用の義務やナイトクラブでのワクチンの接種証明の提示が撤廃された。
イギリス政府は社会・経済活動をもとに戻して正常化させるために一定程度のリスクの受け入れを許容し、コロナとの共生を目指そうとしている。つまり国民にロックダウン(都市封鎖)などの厳しい規制を強いるのではなく、季節性の風邪やインフルエンザの対策のように国民ひとりひとりがリスクを管理する体制への移行を求めているのである。
日本の感染者の数はイギリスに比べて半分以下である。このまま推移すると、2月中にはピークを迎え、減少に転じるだろう。派生株や次の第7波への警戒は欠かせないが、メリハリの効いた感染対策で乗り切って社会・経済活動を正常に戻していきたい。
―以上―
※慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」2月号(下記URL)から転載しました。
「尾身発言」は間違っていない 大切なのはメリハリが効いた感染対策だ | Message@pen (message-at-pen.com)