2022-07-08 (令和4年) 松尾芳郎
米国のウクライナ追加支援
米国防総省(DoD)は7月1日午後、ウクライナに対し8億2千万ドルの軍事追加支援を行うと発表した。支出は“安全支援に関わる大統領安全支援基金(PDA=Presidential Drawdown of Security Assistance)”から5千万ドル、“ウクライナ安全支援基金(USAI=Ukraine Security Assistance Initiative funds)”から7億7千万ドル。これで米国のウクライナ支援総額は、2月24日のロシア侵攻以来69億ドルになる。7月3日には、オーストラリアのアルバニージ首相がキーウを訪問、オーストラリア製ブッシュマスター装輪装甲車を含む1億ドルの軍事援助を約束した。
(July First, the US DoD announced $820 million in additional security assistance for Ukraine. This includes $50 million from Presidential authorization (PDA) and $770 million from USAI. The United States has now committed $6.9 billion since the beginning of Russia’s invasion on February 24. On July 3rd, Australian PM Anthony Albanese visited Kiev first time and committed farther military assistance valued $10 million in addition to previously committed of $39 million.)
大統領安全支援基金(PDA)からの支出は米軍が保有する備蓄装備から供与され、これで14回目になる。内容は;―
- 高機動ロケット砲システム( HIMARS)用ロケット弾の追加
ウクライナ安全支援基金 (USAI)からの支出は、米軍の備蓄からではなく、ロシアの侵攻を防ぐ重要な装備で、企業から調達・供与する次の項目からなる:―
- 先進地対空ミサイル・システム(NASAMS=National Advanced Surface-to-Air Missile Systems)を2セット
- (供与済みの)155 mm榴弾砲用の弾丸15万発
- 敵からの砲撃を探知するレーダー(counter-artillery radars)を4基
バイデン政権は、ロシア侵攻前にも支援を行なっているので、それらを加えると、米国のウクライナ支援総額は88億ドルに達する。
米政府は、ウクライナが自国防衛のため必要とする兵器を今後も同盟諸国と協力しながら供給し続ける予定だ。
ロシアの非道な無差別ミサイル攻撃に対抗するために、今回、最新型の「先進地対空ミサイル・システム(NASAMS)」の供与を決めたが、これは共同開発國ノルウエイの全面的な協力で決定された。ノルウエイの協力に謝意を表する。
「先進地対空ミサイル・システム(NASAMS)」とは;―
NASAMS (National/Norwegian Advanced Surface to Air Missile Systems)は、“分散・ネットワーク型の短・中射程 地上配備対空ミサイル・システム”である。ノルウエイのコングスバーグ・デフェンス・エアロスペース(Kongsberg Defence & Aerospace)社/システムを担当、および、 米国レイセオン(Raytheon)社/ AIM-120 AMRAAMミサイルを担当、の共同開発。このシステムで、有人攻撃機・ヘリコプター・巡航ミサイル・無人攻撃機などの攻撃から味方の人命、装備、設備、を守ることができる。
2015年にノルウエイで配備開始、続いて NATO 4カ国が採用、これまでにハンガリー、オーストラリア、インドなど12カ国が導入している。米国では首都ワシントンの防衛にも配備している。
NASAMSの初期型は米空軍の空対空ミサイル「AIM-120 AMRAAM (Advanced Medium Range Air-to-Air Missile)」を地上から発射する装置で2007年から配備が始まった。改良型の「 NASAMS 2」は、NATOのデータ・リンク・システム「Link 16」と連携してミサイルを発射できるシステムになった。
2019年から配備が開始された最新型の「 NASAMS 3」は、「AIM-120」とともに、新たに空対空ミサイル「AIM-9サイドワインダー」、ドイツ主導で欧州諸国が開発した「IRIS-T」短・中距離ミサイル、および長射程の「AIM-120D ER」の射撃が可能になった。そして車載型も導入されている。
- NASAMSの1セットの構成
「AIM-120 AMRAAM」ミサイル6発をキャニスター(発射筒)に搭載する「ランチャー(launcher)」を3基(車載型では3両)、発射の指令をする「発射指揮車(FDC=Fire Distribution Center)」を1両、Xバンド 3Dレーダー(Sentinel Radar)、および電子・光学センサー、赤外線センサーを備えたセンサー車両、などで構成される。「ランチャー」と「発射指揮車(FDC)」は有線または無線で繋がれ、車載型「ランチャー」を使う場合は最大25 km離して配置できる。各「ランチャー」は6個の異なる目標に対し数秒以内に6発のミサイルを発射できる。
通常はNASAMS 4セットを1個大隊として運用する。つまり1個大隊では、ランチャーが12基/両になり、72発のミサイルを72個の異なった目標に対し15秒以内に発射・撃破できる。
- 「Link-16」
データ・リンク・システム「Link-16」は、戦術データ・リンク・システムで、航空機、艦艇、地上軍、相互の間で戦術画像や通信文をリアルタイムで交信できるシステム。我が自衛隊の航空機、艦艇などでも採用が始まっている。NATOは早期警戒管制機「E-3セントリー」を常時ポーランド上空で哨戒飛行をしており。ベラルーシ・ロシア・黒海などから発射する巡航ミサイルを監視している。この情報を「Link-16」経由で瞬時に「NASAMS 2または3」に電送し対空ミサイルを発射する。
- 「AIM-120 AMRAAM」
「AIM-120 AMRAAM」空対空ミサイルの新型「AIM-120C7」は前級に比べ翼が小型になり、目標追跡能力が一層改善され、射程も延伸されている。誘導はアクテイブ・レーダー・ホーミング、速度はマッハ4、射程は160 km (85 n.m.)以上、重量は152 kg、でF/A-18戦闘攻撃機やF-35戦闘攻撃機に搭載されている。我が空自も採用済み。
最新型「AIM-120D」は、ハード、ソフトを改善、航法、射程、機動性・つまり視界から外れた目標を追尾する能力(HOBS=High-Angle Off-Boresight)、を向上したモデル。すでに1,000発以上が空軍、海軍に納入されている。
図1:(Kongsberg)NASAMS(地上設置型)がAIM-120 AMRAAMミサイル発射したところ。
図2:(Raytheon Missiles & Defense) 2021年10月にレイセオンは、NASAMSのセンチネル・レーダー(Sentinel Radar)に代わる新型レーダー「ゴースト・アイMR (GhorstEye MR)」を発表した。「ゴースト・アイ」は「センチネル・レーダー」より探知距離が伸びるので、 NASAMSの性能が一層向上する。
図3:(Raytheon Missile & Defense) AIM-120 AMRAAMミサイル。翼が小型の新型のようだ。マッハ4で100 km以上離れた遠距離から敵の航空機、巡航ミサイルを攻撃・撃破できる。
オーストラリア、自国製「ブッシュマスター」装甲車およびM113AS4装甲兵員輸送車をウクライナへ贈与
オーストラリア首相「アンソニー・アルバニージ (Anthony Albanese)」氏は、7月3日にウクライナの首都キーウ(Kyiv)市を初めて訪問し、ゼレンスキー・ウクライナ大統領と会談した。会談後の共同記者会見で「オーストラリアは、ウクライナが主権を守り、ロシアに対して勝利するまで必要なだけ支援を提供して行く」と述べた。アルバニージ首相は、会談に先立ち、ブチャ、ホストメリ、イルピンを訪問、ロシアにより無差別に破壊された民間の建物を視察した。その際「オーストラリアはNATOに加盟していないが、NATO非加盟国の中で最も多くの援助をウクライナに供与していることを誇りに思う」と語った。
オーストラリアはウクライナに既に3億9千万ドルの軍事支援を行ってきたが、アルバニージ首相はさらに1億ドルを追加すると発表した。追加支援の中身は、14両の装甲兵員輸送車と20両の「ブッシュマスター」装輪装甲車などである。これでウクライナへの「ブッシュマスター」提供は合計60両になる。また必要機材、無人機、その他の軍需品を合わせて供与する、と述べた。「ブッシュマスター」はウクライナ・ゼレンスキー大統領が供与を求めていた装備で、ゼレンスキー大統領はアルバニージ首相に深甚な感謝の意を表した。
図4:(讀賣新聞オンライン2022-04-03)アルバニージ首相の訪問先ブチャ、ホストメリ、イルピン、は首都キーウの近郊にあり、1ヶ月間ロシア軍に占領されたが、4月3日までにウクライナ軍が奪還した。人口4万人のブチャでは、解放後多数の民間人の遺体が発見された。いずれも後頭部を撃たれており280人を集団墓地に埋葬した。
図5:(Ukur. Inform) 7月3日、キーウ初訪問のアルバニージ・オーストラリア首相の記者会見。
図6:(Australian DoD) オーストラリアが寄贈する最初の「ブッシュマスター」装輪装甲車がオーストラリア空軍のC-17輸送機に積み込まれるところ。「ブッシュマスター」はタレス・オーストラリア」社が製造する4輪駆動装甲車で、優れた機動性と兵員10名を輸送できる。車体装甲は7.6 mm機銃弾に対する耐弾性があり、床は爆発風をそらすV字型で地雷やIED(即席爆発物)に対する耐性を備えている。重量14.5 tonでC-130やC-17輸送機で輸送できる。オーストラリア軍は約1,000 両を運用中。オランダは86両、我が陸自は8両を導入している。「C-17 Globemaster III」輸送機は、最大離陸重量128 ton、搭載貨物77 ton、航続距離約10,000 km、オーストラリア空軍は8機を運用、2011年東日本大震災では当時の全機3機が日本に飛来し、救援物資の輸送をしてくれた。米空軍では220機以上が運用中。
図7:(Australia DoD) 6月23日、ウクライナ航空のアントノフAn-124貨物輸送機に積み込みを待つオーストラリア軍の「M113AS4」装甲兵員輸送車。M113装甲兵員輸送車 (M113 armored personnel carrier)は米国で開発された車両、履帯/キャタピラーを装備、不整地の走行能力が高い。乗員2名と兵員11名を乗せる。多くの派生型があり、各國で作られ、それらを合わせると8万両が製造された。車体は、全長 4.88 m、幅 2.7 m、高強度のアルミ合金製で重量は13 ton、整地での速度は64 km/hr、オーストラリアの「M113AS4」は、車体の長さを6 mに延長、転輪を1組追加して6組にしてある。ウクライナへは今年6月に14両を供与した。「アントノフAn-124」輸送機は、ソビエト時代のアントノフ設計局/現在のウクライナ・アントーノウ社が開発量産した機体。1984年から56機が作られ、ウクライナのアントーノウ航空が数機保有している。最大離陸重量約400 ton、最大積載量約150 ton、いずれも米国のC-5Bよりやや大きい。
終わりに
米国による今回7月1日の追加支援8億2千万ドルで、ロシア侵攻以来の軍事支援は総額で69億ドル(約9千億円)になる。米国に続く巨額の支援をしているのは英国、英国は6月1日のNATO首脳会議で10億ポンド(約1千600億円)の追加支援を発表、これで英国からのウクライナへの軍事支援は総額23億ポンド(約3千700億円)になる。経済支援を含めると38億ポンド(約6千200億円)に達する。今回支援の内容は、最新の地対空ミサイル・システム、無人航空機、最新型電子機器類、およびウクライナ兵士用の救命用具(vital kit)数千セット、さらに5,000発のNLAW対戦車ミサイル、155 mm自走榴弾砲、および新開発の中距離高機動ミサイル(medium range persistent loitering munitions)、およびウクライナ軍に対する恒久的訓練が含まれる。
読売新聞オンライン2022/06/20(ドイツ・キール研究所調べ)によると、各國のウクライナ支援は総額783億ユーロ(約11兆円)、国別では米国・427億ユーロ(55 %)がトップ、これに英国が続く。国内総生産(GDP)比で見るとエストニア/0..87 %が最大でロシアに接するバルト3国はいずれも高い。続いてポーランドがGDP比0.5 %ほど、米国、英国は0.2 %以上、ドイツ、フランスは口では支援を強調するが実態は0.1 %以下に過ぎない。イタリア、日本に至っては最低の0.05 %でいわば雀の涙、お付き合いで参加している状況。
海を隔ててロシアと対峙する我国は、ロシア高官による北海道占領の発言や頻発する航空機、艦艇による我国EEZやADIZ侵犯を考慮すれば、もっと危機感を持って対処すべきだ。
―以上―
本稿作成に際し参照した主な記事は次の通り。
- Army Recognition com. 2022-6-28 “NASAMS Norwegian National Advanced Surface to Air Missile system
- NASAMS Air Defense System Kongsberg
- Raytheon Missiles & Defense “NASAMS: National Advanced Surface-to-Air Missile System
- Newsweek 2022-06-23 “オーストラリアからウクライナにM113AS4装甲兵員輸送車が出発”
- UkrinGorm 2022-07-04 “オーストラリアはロシアに勝つまでウクライナを支援するーアルバジーニ豪首相、キーウ初訪問:7月3日“
- Thales News “Bushmaster Multi-role Protected Vehicle”
- Gov.UK press release June 30, 2022 “PM announces further 1 billion pound in military support to Ukraine”