シコルスキー、新型大統領専用ヘリコプター23機の納入を完了


2024-9-17(令和6年) 松尾芳郎

新型大統領専用ヘリコプターは[VH-92A]、シコルスキー社が海兵隊から23機受注していたが、2024年8月19日に、23号機を完成、海兵隊に納入を完了した。1957年以来、大統領専用ヘリコプターは全てシコルスキー社が製造する機体で、運用は67年・海兵隊が担当している。(The U.S. Marine Corp. formally accepted the 23rd and final next generation VH-92A presidential helicopter build by Sikorsky, a Lockheed Martine Company, in recent ceremonies at Owego Facility, making a big milestone for the company, they have flown every U.S. President since1957, by Marine. )

図1:シコルスキー社のニューヨーク州オエゴ(Owego)工場で、受注した米大統領専用ヘリコプター[VH-92A]の最終機となる23号機の納入式が海兵隊高官が出席して行われた。

海兵隊航空隊副司令官ブラッドフォード・ギーリング(Bradford Gering)中将は

「納入された[VH-92A ペトリオット(Patriot) ] は、全てのミッションを安全に遂行できる機能を備えている。シコルスキーは海兵隊航空隊の即応体制と戦闘能力の維持向上に長年に亘り貢献してきた」と語った。

[VH-92A]ヘリコプターは、米国大統領、副大統領、および政府高官を輸送するための機体で、1957年以来培ったシコルスキー社の技術が組み込まれている。これまでの専用機と同様、機体トップは白色、全体は明るい緑色に塗装されている。

図2:(U.S. Marine Corps photo by Cpl. Eric Huynh) [VH-92A Patriot (ペトリオット)]ヘリコプターは「海兵隊ヘリコプター第1中隊 (HMX-1)」、バージニア州クアンテイコ基地 (Marine Base, Quantico, Virginia)、に所属している。[HMX-1]中隊は1947年に創設されてから75年間、大統領専用のヘリコプター部隊として任務を遂行してきた。

[VH-92A]は、これまで民間用として長い間使われてきたシコルスキー[S-92]を基本にしてオエゴ工場(Owego, New York)で作られた。[S-92]は安全と信頼性の高さで同クラスのヘリの中で最高を誇る。

大統領専用ヘリコプターとしては、長い間シコルスキー製のVH-3D Sea King(シー・キング)とVH-60N White Hawk(ホワイト・ホーク)が使われてきた。その後継を決める際に、シコルスキー製の[S-92]は 一旦は、ロッキード・マーチンが提案する[VH-71 Kestrel (ケストレル)]に敗れた。[VH-71]は英伊共同ヘリコプター会社「アグスタ・ウエストランド(Agusta Westland S.p.A.)」製の[EH101]を基本にして海兵隊の要件を満たす改修をする予定だった。ところが、この改修費用が膨らみすぎ予算を大幅に超えると分かったため海兵隊は選定を撤回、2010年4月に再入札をおこなった。

ここでシコルスキーは前回提出した[S-92]を改良し[VH-92]を提案、2014年5月7日に採用が決定した。締結された契約は総額12億4000万ドル、この費用で、大統領専用機としての内装、軍のミッション・サポート・システム、3重装備の電源システム・操縦システム、を含む[VH-92]を作ることになった。

2015年に、米海軍/海兵隊は2017年引渡しで[VH-92A]6機を発注し、2020年以降の追加引渡しとして17機を発注する予定と発表した。つまり合計で23機揃えることになり、そのコストは総額47億1,800万ドルになる。したがって1機当たりの価格は2億500万ドルになる。

[VH-92A]の初号機は、2017年7月26日にシコルスキー社のストラトフォード工場(Stratford, Connecticut)で初飛行をした。そして2018年9月22日にはホワイトハウスのヘリ発着場 ”マリーン・ワン(Marine One)“で離発着試験を行った。

2021年11月、国防総省担当部門は、「[VH-92A]大統領専用ヘリコプターは信頼性、稼働性、整備性などの要件を十分満たしている。唯一改善を要するのは着陸時に排気ガスで着陸場の芝生が焦げた点だ」と語った。

これで2021年12月末に[VH-92A]は “初期運用能力 (IOC=Initial Operational Capability)” 証明を取得し、翌年に呼び名“Patriot (ペトリオット)“が決まった。

[S-92A]は、最新型のGE製CT7-8A6ターボシャフト・エンジン2基を装備、上昇性能と高温時の性能向上を図っている。これで重量600 kgの追加搭載が可能になった。さらに潤滑油系統を改良したフェイズIVメイン・ギアボックスの搭載で安全性が向上している。

ジョー・バイデン(Joe Biden)大統領が初めて乗ったのは、先月8月19日、シカゴ・オヘア国際空港 (Chicago’s O’Hare International Airport)から、2024年民主党大会に出席するため「ソルジャー・フィールド (Soldier Field)」までの飛行であった。「ソルジャー・フィールド」はシカゴのミシガン湖畔にある多目的スタジアムで、主にフットボール競技場として使われている。

原型の[S-92]

[S-92] ヘリコプターは、[S-70]型から発展した機体で、フライト・コントロールやローター・システムには同じ部品が使われている。軍用型の[H-92スーパーホーク]は兵員22名を輸送できる。メイン・ローターは4枚で、S-70より少し長くなり一体成形の複合材製である。振動を抑えるため「アクテイブ・バイブレーション・コントロール(Active Vibration Control)」を装備し、センサーとアクチュエーターを使って振動と騒音を打ち消す仕組みにしている。

安全対策として、対バード・ストライク装備、エンジン破裂の場合に備え防護板を装備してあり、FAAから「世界で最も安全なヘリコプター」と評価されている。

[S-92]は220万時間を超える飛行時間と95 %近い稼働率を誇る機体で、オフショア石油基地と陸上の輸送飛行、捜索救助活動、国家元首の専用機、一般航空輸送などに使われている。

最大の使用先がオフショア石油基地との輸送飛行、同機の総飛行時間のうち約200万時間がこれに使われてきた。S-92は、これまでに約300機が造られてきたが、そのうち200機近くがオフショア輸送に従事している。大多数がリース会社の所有で、最も大きいのが[Milestone Aviation]傘下の[エアキャップ(Air Cap)]社で80機以上を運用している。

また国家元首の専用移動手段として13カ国が採用している。

S-92は、エアライン乗客座席と同じ座席19席を設置できるので、アクセスの限られた地域間の公共輸送としても重宝されている。

[S-92]の最近の引渡し数は、2022年に4機、2023年に3機、そして現在3機がウエスト・パームビーチ工場(West Palm Beach, Florida)で組立中である。2025および2026年引渡しの条件で顧客との間で14機の受注協議が行われている。これらは[VH-92A]で採用された改良点、すなわち、「最新型のフェイズIVメイン・ギアボックス」、「GE CT7-8A6ターボシャフト・エンジン」を採用する[S-92A]型とすることで顧客と話し合いが行われている。

また、使用中の[S-92]の改良のために ”A+” キットを提示している。

図3:(Sikorsky)CHCヘリコプター・サービスが運用するS-92双発ヘリコプター。乗員2名、乗客19名を収容、航続距離は1480 km、GE CT7-8Cターボシャフト 3,000 軸馬力エンジンを2基搭載、巡航速度280 km/hr、最大離陸重量12.8 ton、全長17.1 m、ローター直径は17.17 m。

シコルスキー社と創立者のイゴー・シコルスキー氏

最後にシコルスキー社の歴史を紹介する。

イゴー・シコルスキー (1889-1972)は、ウクライナ、キーウ出身で、航空の歴史上で特別な存在として知られる。同氏は、飛行機の設計者兼パイロットで、航空の開拓者である、4発大型航空機、飛行艇、そしてヘリコプターを世界で最初に製作したパイオニアである。1917年ロシア赤色革命で西側に脱出、数年後にニューヨーク州に移住した。父はキーウで著名な物理学教授で4人兄弟姉妹の次男として育った。10歳の時スプリングの力で飛ぶ模型ヘリコプターを作っている。1903-1906の間、セントペテルブルク(St. Petersburg)の海軍兵学校で学び、中退して半年間パリで間過ごしてからキーウ工科大学に入学し電子工学科を卒業した。

ロシア時代(1889-1919)、最大の業績は148馬力エンジン4基を搭載した大型機「イリヤ・ムロメッツ(Ilya Muromets)」を開発・量産したことである。イリヤ・ムロメッツは「S-22」、改良型は「S-23」と呼ばれ、1913年時代では革新的な設計であった。Russo-Baltic Wagon Co.により輸送機や爆撃機として80機以上が生産された。1914年6月にセント・ペテルスブルグとキーウ間、距離にして1,600 mile (2,550 km)を途中給油着陸をしながら往復飛行を行ったことでことである。操縦はシコルスキーと他3人が担当した。

図4:(The Aviation Careers of Igor Sikorsky)「イリヤ・ムロメッツ」が1914年冬コープスノイ飛行場から離陸する場面。機上では2人が胴体上のデッキに立っている。

シコルスキー社は、イゴー・シコルスキー (Igor Sikorsky) が1023年にニューヨーク州ロングアイランドに設立したのが始まり。

初期は固定翼の陸上機を作っていたが1926年から飛行艇メーカーとして大型飛行艇を多数生産した。1938年迄に飛行艇を卒業、長年温めてきた垂直飛行ができるヘリコプター開発に乗り出し、最初のヘリコプター [VS-300]を作り、自ら操縦して初飛行に成功した。1939年9月14日の事だった。

図5:(The Life of Igor Sikorsky) 1939年9月14日、コネチカット州ストラトフォードでイゴー・シコルスキー自身が操縦、初飛行する[S-300]。メインローターは直径28 ftの3枚羽、尾部に回転力を打ち消す補助プロペラが付く。1941年5月には1時間32分の滞空飛行に成功した。

1939年にユナイテッド・テクノロジー(UTC)の傘下に入り、チャンスボート社と合併したが1943年に合併を解消。1939年からはヘリコプター開発に本格的取り組みを始め現在に至っている。きっかけは、1943年に[S-300]を改良・実用化した[R-4]を陸軍から大量受注(約100機)に成功した事。[R-4]は2人乗り、3枚羽ローター、7気筒星型エンジン185馬力付き。以来同社の開発・生産するヘリコプターは[UH-60ブラックホーク]を始めとし、全世界で広く運用されている。ユナイテッド・テクノロジーズの一部門だったが、2015年11月からロッキード・マーチン社の傘下に入った。

シコルスキー社がDARPA(国防高等研究開発局)と共同開発した「自動操縦装置{MATRIX}」は、2022年11月にUH-60 ブラックホークに搭載、試験飛行に成功した。[MATRIX]システムは、固定翼機にも使用できる。シコルスキーの本社はStratford, Connecticutにあり、工場はShelton Trumbull, Connecticut州、Owego, New York州、West Palm Beach, Florida州など各地にある。

図6:(Lockheed Martin /Sikorsky)2022年2月8日早朝、晴天、真冬のフォート・キャンベル(Fort Campbell, Kentuky)の滑走路から離陸する[MARIX]自動操縦システムを搭載したUH-60ヘリ。胴体にはDARPAのロゴと機番[N60-0PV]が見える。自動操縦は、飛行前点検からエンジン始動、ローター回転開始、離陸、上昇、予定高度での巡航飛行、旋回飛行などを終え、30分後に無人で着陸・停止した。すぐに乗員2名が乗り込み[OPV=optionally piloted vehicle]スイッチを「ゼロ」から「ツー」切り替えて滑走路上からスポットにタキシーした。

終わりに

米大統領専用機[VH-92Aペトリオット]の23号機の納入記念式典の紹介に併せて、メーカーである「シコルスキー社」の由来を簡単に述べてみた。同社は100年以上の歴史があるが創業以来の進取の気性を失わず、今ではDARPAと共同で航空機の無人操縦システム[MATRIX]の実用化に取り組んでいる。誠に立派というほかはない。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • Lockheed Martin Newsroom  Aug. 19, 2024 “Sikorsky Completes Delivery of New Presidential Helicopters”
  • National Air And Space Museum “The Aviation Careers of Igor Sikorsky” by Dorothy Cochrane, Von Hardesty, Russell Lee
  • Sikorsky archives.com “The Life of Igor Sikorsky”
  • AIN Aircraft News Mar 04, 2024 “The Resurgence of Sikorsky’s Helibus
  • Lockheed Martin “Sikorsky / MATRIX Technology Aircraft Autonomy system”