御巣鷹40年 なぜボーイングは修理ミスの理由を開示しないのか


2025-1-1 (令和7年)木村良一(ジャーナリスト・作家、元産経新聞論説委員)

■阪神・淡路大震災と地下鉄サリンから30年

 2025年は大きな災害や事件、事故の節目となる年である。たとえば、1月17日は阪神・淡路大震災の発生から30年で、その2カ月後の3月20日には地下鉄サリン事件が同じく30年を迎える。そして8月15日には戦後80年の終戦記念日と続く。

 阪神・淡路大震災は1995(平成7)年1月17日午前5時46分に発生した。震源地が淡路島北部、震源の深さが14キロで、マグニチュード7・3の直下型地震だった。被害は建物、鉄道、ライフラインと多岐にわたり、その被害総額は10兆円にも上り、6400人を超える死者を出すなど戦後最大規模の都市型災害となった。

 このとき、国税を担当する東京社会部の38歳の事件記者だった。高速道路が大きく崩落しているテレビのニュース映像を見て驚き、朝駆け取材の途中に電話を社に入れたのを覚えている。

 1995年3月20日に起きた地下鉄サリン事件では、取材に駆り出された。午前8時ごろ、丸ノ内線など5本の地下鉄車両内で神経ガスのサリンが散布され、乗客・乗員ら13人が死亡、5800人以上が負傷した。オウム真理教の犯行だった。化学兵器が無差別に使われた初めてのテロ事件として世界中に大きな衝撃を与えた。

■日航ジャンボ機墜落事故も節目の年

 群馬県上野村の御巣鷹の尾根に日本航空の123便(B-747SR-100型機)が墜落し、520人が亡くなった日航ジャンボ機墜落事故も発生から40年という大きな節目の年となる。

 墜落事故は1985(昭和60)年8月12日に起きた。この日の午後6時24分過ぎ、伊豆半島南部の東海岸上空2万4000フィート(7315メートル)を飛行中の日航123便は、突然「ドーン」という大きな異常音を上げて後部圧力隔壁が破断した。与圧された客室と機体尾部の非与圧空間とを仕切っているのが、後部圧力隔壁である。客室内の与圧空気が隔壁の裂け目から一気に噴き出し、垂直尾翼を内側から吹き飛ばすとともに機体をコントロールする油圧系統を破壊した。機体は操縦不能となった。機長たちは何が起きたか分からず、32分間の迷走飛行を強いられた末、午後6時56分過ぎに墜落した。520人が命を落とし、助かったのは女性4人だけだった。

 この7年前の1978年6月2日、墜落した123便の機体は大阪国際空港でしりもち事故を起こし、機体尾部を破損した。修理は機体を製造したアメリカのボーイング社が担当した。だが、後部圧力隔壁の修理でミスを犯し、隔壁の強度が落ち、飛行を繰り返すうちに金属疲労から亀裂が生じ、隔壁は飛行中に破断した。これが日航ジャンボ機墜落事故である。

■遺族が求める修理ミスの理由

 ところで、ボーイング社は墜落事故の直後、後部圧力隔壁の修理ミスが事故の原因であることは認めた。しかし、その修理ミスがなぜ起きたかという修理ミスの理由については一切、明らかにしていない。ボーイング社が業務上過失致死傷の罪に問われるのを恐れたからだろうといわれてきたが、修理ミスの理由は謎のままである。

 アメリカは航空事故の再発防止のためにその原因と背景を追究する国だ。ボーイング社はその航空大国アメリカを背負って立つ企業である。事故直後には修理ミスが起きた理由を調べ上げ、NTSB(国家運輸安全委員会)やFAA(連邦航空局)に詳細な報告書を提出しているはずだ。海外にいる容疑者の公訴時効の成立はストップするとはいえ、墜落事故から40年という歳月が過ぎる。もう修理ミスの理由を明らかにしていいのではないか。

 昨年の夏に上梓した拙著『日航・松尾ファイル 日本航空はジャンボ機墜落事故の加害者なのか』(徳間書店)のあとがきにもこう記した。

 〈(墜落事故の遺族で作る「8・12連絡会」事務局長の)美谷島(邦子)さんは「ボーイングはいまだになぜ修理ミスを犯したかを明らかにしていません。私は個人でアメリカの司法省に対し、ボーイングの調べ上げた事故原因を開示するよう訴えました。断られましたが、ボーイングは開示すべきです」と強調していた。美谷島さんの言う通りだ。遺族が一番知りたいのは、愛する肉親がどうして亡くならなければならなかったか、その理由である。なぜあの修理ミスを犯したのか。その修理ミスはどのような過程でどう生まれたのか。ボーイング社には修理ミスの理由をその背景を含めて公表し、世界の航空業界が同じようなミスをするのを防ぐ義務と責任がある〉

■事故調のミスリード

 墜落事故から40年という節目に指摘しておかねばならないことはまだある。その1つが運輸省航空事故調査委員会(事故調、現・運輸安全委員会)のミスリードである。

 警察と検察は業務上過失致死傷罪という刑事立件にこだわり、やっきになった。群馬県警が取り調べを始める前にボーイング社は「事故の原因は自社の修理ミスにある」と認めていた。ところが、群馬県警と前橋、東京の両地検は「日航が修理中及び修理終了直後の領収検査で修理ミスを見逃した」「その後の定期検査でも修理ミスによって発生する亀裂(クラック)を見落とした」と判断して取り調べを続けた。

 捜査のたたき台にされたのが、1987年6月に公表された運輸省航空事故調査委員会の事故調査報告書だった。だが、その報告書の一部に誤りがあった。その誤りに対し、墜落事故の当時、日航取締役(技術・整備担当)だった松尾芳郎氏(94)は「修理ミスや亀裂は領収検査や点検・整備で発見できない」と訂正を求めた。だが、事故調は松尾氏の訂正要求を無視した。その結果、警察や検察は日航側に刑事責任があると判断したのである。事故調が警察と検察の捜査をミスリードしたことになる。幸いなことに業務上過失致死傷容疑で書類送検された松尾氏ら関係者全員が不起訴処分となった。

 拙著『日航・松尾ファイル』でもこの点に関して詳述しているが、事故調はミスリードを認めて誤りを訂正すべきである。

■許されない陰謀論や撃墜説

 日航123便は自衛隊機、あるいは米軍機によって撃墜されたという陰謀論や撃墜説の問題も40年の節目にあらためて指摘しておかねばならない。運輸省航空事故調査委員会はフライトレコーダーとボイスレコーダーの解析、墜落現場で見つかった後部圧力隔壁の損傷状態から極めて科学的に隔壁破壊を導き出している。ボーイング社も隔壁の修理ミスが墜落事故の原因だと認めている。爆撃の有無についても事故調は報告書に「機体の残骸から火薬や爆発物の成分は検出されず、爆風を受けた形跡もない」との趣旨をまとめている。つまりミサイル、砲弾、弾丸の存在は皆無なのである。

 陰謀論や撃墜説は衝撃的な内容でミステリアスだ。好奇心をくすぐられる。だが、しかし、非科学的でエビデンスに欠ける。興味本位の作り話であることは間違いない。騙されてはならない。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の虚偽に引きずられ、社会が混乱する現象と同じだ。私たちは嘘を見抜くリテラシー(読解力)をしっかり養うことが大切である。

 陰謀論や撃墜説で苦しむのは遺族である。ましてや愛する肉親をどうして失わなければならなかったか、その真相となる修理ミスの理由は不明のままだ。撃墜説の主張者は、遺族の気持ちを考えたことはあるのか。陰謀論に基づく書籍を発刊する出版社は、社会的責任をどう考えているのだろうか。私はジャーナリストとして遺族を苦しめる陰謀論や撃墜説を決して許すことはできない。

◎慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」の2025年1月号(下記URL)から転載しました。

御巣鷹40年 なぜボーイングは修理ミスの理由を開示しないのか | Message@pen

悲惨な事件や事故を繰り返さぬよう雪山で祈願するのもいい=2015年3月7日、八ケ岳の山小屋「赤岳鉱泉」(撮影・木村良一)

山仲間との団欒。ここの夕食はステーキが有名だ。標高2220メートルに位置し、冬は人工の氷壁でアイスクライミングの練習ができ、夏は鉱泉のお風呂が楽しめる=2015年3月7日、八ケ岳の山小屋「赤岳鉱泉」(撮影・木村良一)

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