2025-1-13(令和7年) 松尾芳郎
図1:(NASA/Electra) NASAが主導する「2050年に就航する先進航空機構想(AACES)」の一つに選ばれた「エレクトラ」社が提案する旅客機。主翼に取付けた10台の電動モーターの推力で飛行、胴体上面の空気流(乱流境界層)を尾部の3台のファンで吸入、抵抗を減らす。
2024年11月NASAは2050年に就航可能な「環境に適合した先進航空機構想(AACES=Advanced Aircraft Concepts for Environmental Sustainability)」に関して、業界および研究機関に対し先進航空機の概念、キーとなる技術、などに関する意見を求めた。NASAは応募の中から5つの組織を選び、総額1億1,500万ドルの基金を支出、研究の援助とした。
(On November 2024, NASA issues Advanced Aircraft Concepts for Environmental Sustainability (AACES) 2050 initiative to aircraft industry. The agency asked industry and academia to come up with studies aircraft concepts, key technologies needed to commercial aviation by 2050. NASA choose five firms and issued a total of $ 11.5 million worth. helping further studies.)
NASAのAACES構想に選定された5つの組織は、企業が4つ、大学が1つである。すなわち;―
オーロラ・フライト・サイエンス(Aurora Flight Sciences)
米国東海岸のバージニア州マナサス・リージョナル空港(Manassas Regional Airport, Virginia)が本拠、無人機や先進航空機の開発をする企業として1989に設立された。2017年10月にボーイングに買収され、傘下に入っている。1994に製造センターを開設、2000年からウエスト・バージニア・ブリッジポート(Bridgeport, West Virginia)に移した。追加製造拠点としてミシシッピ州ゴールデン・トライアングル・リージョナル空港(Golden Triangle Regional Airport)に工場を建設している。さらにマサチューセッツ州コロンバス(Columbus, Massachusetts)に研究開発センターを開設(2005年)現在マイクロ無人機の開発をしている。
オーロラは、図2に示すエレクトラ提案の旅客機に似た形の機体を既にNASAに提案、2008年にNASAから支援を受け開発中である。今回のNASA資金拠出(2024年11月)とは別にNASAから支援を受けている。すなわち;―
NASAから資金290万ドルを得て、2008年以降マサチューセッツ工科大学(MIT= Massachusetts Institute of Technology)およびプラット&ホイットニー(Pratt & Whitney)と協力、広胴型旅客機[D8]開発中である。[D8]は、”ダブル・バブル胴体(Double Bubble Fuselage)“と呼ぶ2通路型・幅広の胴体で揚力を生じ、後退角の小さい主翼で抵抗と重量を少なくし、エンジンを後部胴体上に置き胴体上面の空気流/境界層を吸収、胴体に揚力を発生させる。
オーロラは、今回50~60人乗りの電動リージョナル機、図4に示す電動ターボプロップ双発機の開発をNASAに提案、AACES構想に選定された。
図2:(NASA/Aurora Flight Sciences)NASAの支援を受けオーロラが開発中の[D8]広胴型旅客機。ボーイング737-800型機とほぼ同じ旅客180名でマッハ0.74、3,000 n.m.を飛ぶ。2027年に試験飛行開始、2035年の就航を目指している。
図2に示す[D8]に搭載するファン・エンジンは、バイパス比 20 : 1 以上。この大型ファンは胴体上面の境界層乱流に対応できる“デイストーション・トレラント・ファン (distortion -tolerant fan)” で、ユナイテッド・テクノロジー研究センターが開発している。ファンに比べコアが小さいため、一般のファンエンジンのようにファンを低圧タービン軸の前方に直結できない。長い軸の先端にファンを直結すると軸の曲がりのためファンや低圧コンプレッサーのブレードの先端間隙 (tip clearances)を大きくせざるを得ない。これを避けるため、PT6ターボプロップと同じように、コアの向きを前後逆に配置する予定だ。
P&WC 製PT6では2段の低圧タービン(フリー・パワー・タービン)を前にして減速ギアを介してプロペラを回している。これで低圧タービンの駆動軸を短くし軸の曲がりを抑える。同時に高圧タービン/高圧コンプレッサーおよび軸流低圧コンプレッサー4段と機械的に分離される。これでファンとエンジン本体は整備などで別個に脱着ができる。
図3:(Pratt & Whitney Canada)PT6ターボプロップは出力500~1,900軸馬力、各種合わせて5万台以上が生産された。図の左から右へ;プロペラ取付部、減速ギア、排気口、2段フリーパワー・タービン(低圧)、1段高圧タービン(周囲は燃焼室)、1段遠心コンプレッサー(高圧)、4段軸流コンプレッサー(低圧)、エンジン空気取入れ口。一般のタービンエンジンと配置が逆になっている。
図4:(NASA/Aurora・Boeing) NASA AACESに選ばれたオーロラ・フライト・サイエンス(Aurora Flight Sciences)の50-60人乗り電動リージョナル機。新しい代替航空燃料エンジンで発電・電動モーターでプロペラを駆動飛行する。
エレクトラ(Electra Aero)
エレクトラは航空業界の中で最も革新的な企業の一つで、空港を使わないで排ガス・騒音を抑えて旅行できる航空機の開発を目標に掲げている。現在、ハイブリッド電動エンジン付きの短距離離発着リージョナル小型機を開発中で、実用化すれば航空旅行はより効率的で、静かで、環境に適した形で行える。エレクトラは、オーロラ・フライト・サイエンセスの前CEOだったジョン・ラングフォード(John Langford) 氏が、MITのジョン・ハンスマン教授(Prof. John Hansman)およびマーク・ドレラ教授(Prof. Mark Drela)が率いる研究チームと共同で設立した企業だ。
すでに小型試作機[EL-2]を完成、期待通りの性能を示している。これは2人乗り、重さ1.4 ton、バッテリー単独またはターボ・ゼネレーター200 HP(サフラン製)で8基の小さい電動プロペラを駆動、超短距離離着陸をする。セスナ172の主翼を利用、大型フラップを取付け“ブロウン・リフト(blown lift)”効果で揚力を増やしサッカー競技場で離着陸ができる。
2023年1月には、米空軍から8,500万ドル(127億円)の支援を受け、eSTOL(電動式短距離離着陸機)の開発を開始。小型実証機[EL-2 Goldfinch]を完成、2023年11月には50 mの滑走距離で離着陸に成功した。
続けて9席型eSTOLリージョナル小型旅客機を開発中、2024年2月までにJSX、Surf Air、JetSetGo、Charm Aviation、LYGGなど30社から2,000機を超える購入予約覚書を受領、さらに陸軍から将来の採用を想定して風洞試験費用1,900万ドルの提供を受けている。現在80〜800 kmを旅行する人々は殆ど車など地上交通手段を使っているが、[EL-9]はこの人達に新しい利便性を提供することを目指している。試作機完成は2026年、型式証明取得は2028年を目標にしている。
2024年7月には、eSTOL機の安全性を確実にするフライト・コントロール・コンピューター開発をハニウエル社が担当、同時にエレクトラへの出資が決まった。これまでに同社への大口出資はロッキード・マーチンとサフランだったが、これにハニウエルが加わった。
図5:(Electra aero)小型試作実証機[EL-2 ゴールドフィンチ]。2024年12月8日にNASAビル:ネルソン(Bill Nelson)長官がマナサス・リージョナル空港を訪問、[EL-2]で25分間の飛行を行い短距離離着陸性能を体験した。
図6:(Electra aero)エレクトラ小型実証機[EL-2 Goldfinch]で得た技術を基に開発中の旅客9席の[EL-9]リージョナル機。80~800 km区間の旅行者の利用を目指す。
ジョージア工科大学(Georgia Institute of Technology)
ジョージア工科大学(GT=Georgia Institute of Technology)のエアロススペース・システム・デザイン研究所(ASDL=Aerospace Systems Design Laboratory)の提案が、NASA の2050年目標の「AACES/先進航空機概念研究」の一つに選ばれた。
GT航空宇宙学科教授兼ASDL所長のデミトリ・マブリス(Prof. Dimitri Mavris) 氏は「我々が進める設計技術が将来民間航空機へ参加する道が決まった。NASAとAACESに選ばれた他の企業と協力して将来航空機の実現に向けて努力する」と語った。
GTのASDL研究所の案は、2045~2050年に実用化される旅客機で、広い客室容積を備えるが排気エミッションを大幅に減らす航空機となる。
もう一つ、ジャイ・アージャ博士(Dr. Jai Ahuja)のチームが「先進技術水素電動革新航空機 (ATH2ENA = Advanced Technology Hydrogen Electric Novel Aircraft)」を研究中で、これもNASA AACESプログラムに参加している。これは水素燃料から電気エネルギーを取り出し推力とするもので究極のクリーン排気型航空機となる。ATH2ENAは、「翼胴一体型 (Blended wing body)」 と一般的な「翼・胴型 (Tube and Wing)」の中間の形になる。これは超低温の水素燃料タンクの収納と空力特性、構造重量、の整合性を考慮して決定した。
図7:(NASA/Georgia Institute of Technology) NASA AACESに選ばれたジョージア工科大学(Georgia Institute of Technology)提案の旅客機。水平尾翼上面に装着した8台のファンで推力と胴体上面の空気流を吸入し、扁平な胴体で揚力を得る。
ジェットゼロ(JetZero)
ジェットゼロはカリフォルニア州ロングビーチ(Long Beach, Calif.)で2021年に設立された航空業界のスタートアップ企業である。米空軍、NASA、その他の投資家から支援を受け活動している。創立者の一人で技術担当のマーク・ペイジ(Mark Page)氏は、1990年台にマクドネル・ダグラス社でBWB機の開発に携わった人物。
ジェットゼロ社2023年に、250人乗りの「BWB」形式の中型輸送機「Z4」の開発計画を発表した。「Z4」は、内部容積を大きくするため、ノーズギアを前方に、メインギアを後方にした無尾翼機で、離陸時にはを伸ばし迎角6度で滑走、胴体に揚力を発生させ離陸する。推力3,5000 lbs級のCFM LeapまたはP&W PW1000G級エンジンを搭載する2023年8月に米空軍はジェットゼロと「Z4」試作機の初飛行を2027年4月までに実施する、という条件で2億3500万ドルの資金を供給する契約を結んだ。
「Z4」は「翼胴一体型 / BWB=Blended Wing Body」で、空軍だけでなく民間航空機用としてNASA、FAAが将来機の基本型になり得るとして関心を示している。2024年1月には、ロングビーチ空港でガルフストリームが使っていた工場を購入、ここで製造を始める予定。
「翼胴一体型 / BWB」設計では水平尾翼なしで安定する。これに対し一般的な「翼・胴型 (Tube and Wing)」機は複雑な機構を持つ重くて抵抗を増やす尾翼が必要である。BWBの基本は無尾翼機でドイツのユーゴ・ユンカース(Hugo Junkers)が試作した。揚力を生じるのは主翼だけで、胴体と尾翼は重力増と抵抗増になると実証した。
ジェットゼロは、2024年3月に「Z4」の8分の一、翼幅7 mの試作機「パスファインダー / Pathfinder」を完成、FAAは試験飛行証明 (experimental certificate)を交付した。これでフライト・コントロール・システムとランデイングギアの試験を終えてから試験飛行を始める。試験飛行はエドワーズ空軍基地(Edwards AFB, California)
で行い、燃費50 %減を目指す。
初期設計審査(Preliminary Design Review)は完了済みで最終設計審査(Critical Design Review)は2025年前半に予定している。
空軍向けに開発中の試作機の解析で、搭載予定のP&W製 PW1100Gエンジンの推力不足がわかり推力増加対策を進めている。
ジェットゼロ製BWB [Z4]には、アラスカ航空が出資・先行予約を決め、日本からは出光興産がオーストラリア・ジェットゼロ社経由で支援をする。
BWB設計は、ノースロップ・グラマン(Northrop Grumman)製「B-2」ステルス爆撃機、およびNASA/BoeingでX-48B実証機に使われ、燃費性能の向上、騒音の少ないこと、ペイロード容積が大きい事などが実証されている。
図8:(JetZero)ジェットゼロ製BWB型中型輸送機「Z4」の完成予想図。ボーイング767とほぼ同じ250席級。翼幅はエアバスA330とほぼ同じ、機体構造は複合材製。
図9:(JetZero)BWB設計は、翼胴一体のため空力上安静で、全体で揚力を生じる。機体表面積が少なくなり、重量が軽くなり、所要推力が少なくて済み、燃費低減、エミッション低減につながる。
図10:(JetZero/Linkedin) ジェットゼロのパスファインダー機はFAAから試験飛行の耐空証明を受領した。すでに翼幅2mの模型の飛行を複数回実施済み。今後さらに大型モデルを製作、試験する予定。
プラット&ホイットニー (Pratt & Whitney)
RTX (レイセオン/Raytheon)グループのプラット&ホイットニー(P&W)社は、「熱効率、推進効率の向上で燃料消費率を低減し、排気ガスエミッションの低減で環境改善を目指す」ことでNASAのAACES企業の一つに選らばれた。
P&Wは、2050以降に就航する様々な航空機に一体として組込み可能な推進装置の開発を目指している。基本は2軸式ギアード・ターボ・ファン(GTF)だが、バイパス比の大きいファン、水素燃料使用可能な燃料噴射ノズル/燃焼室の改良、タービン部の耐熱性向上、発電用モーター組込み、などを進める。
エンジンは未公表だが、P&W幹部(Graham Webb氏)は次のように話している;―
「将来型GTF「GTF Gen2(第2世代GTF)」では、現在のPW1100G のファン直径81 inchから85~90 inchに大型化し、ファン駆動の減速ギア比を現 3:1から4:1にする。燃焼室は、水素燃料・SAF燃料に対応する燃料ノズル付きの耐熱性の高い形状にする。新型エンジンはハイブリッド型で組込型の電動モーターを、同じRTX傘下のコリンズ(Collins Aerospace)で開発中である。電動モーターは2基同じで、エンジンの高圧ローター軸に取付けるモーターは出力500 KWH、低圧ローター軸後端に取付るモーターは出力1 MWHにする予定。これらで抽出した電力は、主にタキシングと離陸上昇時に使われる。」
冒頭「オーロラ・フライト・サイエンス」の3~4ページに記述した「[D8]搭載用エンジンの構想」と読み合わせると、2050年のAACES機エンジンの姿が見えてくる。
図11:(NASA/Pratt & Whitney) NASA AACESに選ばれたP & Wファン・エンジン。燃料消費率を低減しCO2、NOXなど排気ガスを減らし熱効率と推進効率を向上する。
終わりに
NASAの航空研究任務部門担当の副長官(NASA associate administrator for the Aeronautics Research Mission Directorate)のボブ・ピース(Bob Pearce)氏は次のように語っている;―
「NASAには、2040年代以降将来の航空機の効率の向上、環境への影響の低減を図り、航空機業界における米国の技術的指導力を保ち続ける責務がある。米国が “環境に適合する航空機の研究、開発” でリーダーシップを発揮する施策の一つが、AACES開発資金の拠出である。これでNASAは、将来航空機に必要なアイデア・革新的な構想を持つ企業、大学、研究所の研究成果を、共有・取りまとめてて将来航空機の実現に繋げて行きたい。」
AACESに選ばれた5つの組織の構想について述べた。数年後に飛行するのはオーロラの[D-8]およびジェットゼロの[Z4]無尾翼機、それを支えるのは機体組込み式の大型ファン・エンジン。次の世代の人達が目にする飛行機の姿は大きく違ったものになるだろう。
―以上―
本稿作成の参考にした記事は次のとおり。
- NASA Explore Nov.12, 2024 “NASA funds new studies looking at future of sustainable aircraft” by Robert Margetta
- ICAS(International Council of the Aeronautical Sciences) 2018 report “Design and Development of the D8 commercial transport concept” by Aurora Flight Sciences, A Boeing Company
- TokyoExpress 2017-01-26 “オーロラ社、NASAに高効率次世代旅客機[D8]の設計案を提示“
- Electra News November 2024 “NASA Selects Electra as Awardee in AACES 2050 Program
- Electra News November 13, 2024 “Electra Reveals Design for EL9 Ultra Short Hybrid-Electric Aircraft
- Electra News December 9, 2024 “NASA Administrator Bill Nelson Flies Aboard Electra’s Ultra Short Hybrid-Electric Aircraft during Visit to Electra HQ”
- GT Aerospace Systems Design Laboratory November 18 2024 “ASDL Receives NASA Award to study and design Future Sustainable aircraft”
- Aviation Week December 23-January 12,2025 “New Airframe Concepts inch Forward” by Thierry Dubois nad Guy Norrise
- FlightGlobal.com 28 March 2o24 “JetZero poised to flight test blended wing-body ‘Pathfinder’ demonstrator” by Howard Hardes
- Aviation Week February 22, 2024 “JetZero scaled demo BWB first flight imminent” by Guy Norris
- Aviation Week December 23 2024=January 12, 2025 “Propulsive Goals” by Guy Norris