渦巻き銀河NGC 4258の巨大ブラックホール・ジェットが作る衝撃波


–銀河宇宙が描き出す美しい青紫の花火模様

2014-07-13 松尾芳郎

 A spiral galaxy, also known as M106, about 23 million light years from Earth.

図1:(NASA, ESA, Hubble Heritage Team)銀河NGC 4258、メシエM106は、“りょうけん座”の方向、地球から比較的近い2,300万光年にある渦巻き型銀河。他の銀河に比べ中心部の輝きが著しいが、ここには太陽の3,000万倍の質量を持つ超巨大ブラックホールがある。青紫色の腕は、水素分子のガスが、ブラックホールからのジェットが発する衝撃波で光っている。NGC 4258は、我々銀河系の近くにあるアンドロメダ(Andromeda)銀河(240万光年の距離)とほぼ同じ大きさなので、直径はおよそ25万光年。

 

我々から2,300万光年離れている渦巻き銀河に、花火のように美しい光景が見られる。これは、銀河中心の巨大ブラックホールから出ているジェットの衝撃波で周囲のガスが発光しているためである。

この銀河は「NGC4258」で、「M106」の名でも良く知られており、我々の銀河と似た渦巻きの形をしている。しかしNGC4258には、我々銀河にはない巨大な数本の腕がある。これは、X線とラジオ電波画像(図2および4参照)で明らかにされたもので、しかもこれ等の腕は渦巻き面と平行ではなく、交差する方向に伸びている。

図1に示す青紫の腕を含む画像は、NASAのチャンドラ(Chandra)X線宇宙望遠鏡で撮影した青色の写真と、NSFのカリ・ジャンスキ(Kari Jansky)大型アレイ電波受信装置で捉えた紫色のラジオ電波画像を、NASAハブル宇宙望遠鏡の黄色っぽい可視光線画像とスピッツアー(Spitzer)宇宙望遠鏡の赤い赤外線画像に組合せて、合成したものである。

図2に示すチャンドラ望遠鏡が撮影したX線画像は、超音速機が出すソニックブームと似たジェット衝撃波で、百万個の太陽に相当する大質量のガスが加熱され青色に発色された状態を示している。何がこの衝撃波を起こすのだろうか?

 

NASAなどの研究者が伝える見解は次ぎの通り;—

 

『銀河NGC 4258の中心にある超巨大なブラックホールからは高エネルギー粒子の強力なジェットが噴出している。ブラックホールから噴出するジェットは光の速度の90%にも達する超高速になっている。このジェットが銀河面の中央付近の膨らみ部分にあるガス(主に水素分子)に衝突し衝撃波を発生する。これでガスは数千度まで加熱される。

チャンドラX線望遠鏡の画像“図2”には、銀河面の中央の上下に白色の巨大なバブルが写っている。このバブルは、銀河面にある大量のガスが、ジェットで高温に加熱され、銀河面から外へ放射される様子を示している。

ジェットによる銀河面からのガス放射は、銀河自体の寿命に大きな影響を及ぼしている。銀河NGC4258は、新しくガスが補充されない限り、宇宙スケールでは大変短い3億年程度でガスを使い切ってしまいそうだ。すでに銀河面にあるガスの大半は放射されてしまって、現在は残りのガスで新しい星々を作っている状態らしい。スピッツアー望遠鏡で撮影した赤外線データを調べたところ、NGC 4258の中心部での星々の誕生は、我々銀河の中心部で生成される星の10分の1程度に落込んでいると云う。

ヨーロッパ宇宙機構(ESA=European Space Agency)のハーシェル(Herschel)宇宙望遠鏡の調査結果でも、スピッツアー望遠鏡で得たデータを裏付けしており、NGC 4258の中心部での星々の生成数が少ないことが確認されている。さらに、ハーシェル望遠鏡はこの銀河中心部に残っているガス量の推算をしている。それに依ると、この銀河は、衝撃波で大量の赤外線も放射しているため、現在保持しているガスの量はこれまで考えられていた値の10分の1しかないらしい。』

 

NGC 4258は宇宙スケールで見れば地球に近いため、銀河ブラックホールを調べる絶好の研究対象になっている。NGC 4258の中心にある超巨大ブラックホールは我々銀河のそれの10倍もあり、大量のガスを消費しているので、自身の銀河の将来(寿命)に大きな影響を及ぼしている。

この研究結果は”The Astrophysical Journal Letters” June 20, 2014で発表されたもの。著者はカリフォルニア工科大(Pasadena, Calif.)の天文学者Patrick Ogle, Lauranne Lanz, Phillip Appletonの3名。

チャンドラX線写真

図2:(NASA, ESA, Hubble Heritage Team)チャンドラ宇宙望遠鏡が撮影した銀河NGC 4285のX線画像。可視光より波長の短いX線で観測すると別の姿が現れる。銀河面中央に白く輝いて見える部分は、ブラックホールから銀河面上下に噴き出すジェットを示している。青く見える腕は、水素分子のガスがジェットからの衝撃波を受け発光したもの。

ハブル可視光線写真

図3:(NASA, ESA, Hubble Heritage Team)ハブル宇宙望遠鏡が撮影した可視光線画像。ハブル望遠鏡は可視光(波長380nm〜780nm)とやや波長の短い近紫外線、それに波長の長い近赤外線、の範囲を撮影できる。

ラジオ電波写真

図4:(NASA, ESA, Hubble Heritage Team)ラジオ電波画像

スピツァー赤外線

図5:(NASA, ESA, Hubble Heritage Team)スピッツァー宇宙望遠鏡が撮影した赤外線画像

電磁波

図6:(Smart Light 2012-07-19「照明の基礎知識 」中畑隆拓)可視光帯(380nmから780nm)を挟んで、左には短い波長の紫外線、X線などが、また右側には長波長の赤外線やラジオ電波がある。以前の宇宙観測は可視光帯域が主だったが、今では短波長から長波長に至る広範囲で観測が行われる。

 

チャンドラX線宇宙望遠鏡;—

NASAが1999年7月23日打上げた望遠鏡で、極めて高解像度のX線画像を得る。地上設置の望遠鏡では、大気の影響で殆どのX線は遮られてしまい、宇宙から届くX線は事実上観測不可能。チャンドラX線望遠鏡は、後述のハブル望遠鏡より遥かに高い高度16,000kmから139,000kmの地球楕円軌道上を64時間かけて周回している。

チャンドラX線宇宙望遠鏡は、NASAが実施中の宇宙観測のための4基の望遠鏡からなる「大望遠鏡計画(Great Observatories program)」の一つである。他は、「近紫外線–可視光線–近赤外線領域をカバーする“ハブル宇宙望遠鏡”」、「2000年に故障で墜落したガンマ線領域担当の“コンプトン・ガンマ線望遠鏡”」、それと「赤外線領域を専門とする“スピッアー赤外線望遠鏡”」である。

チャンドラ

図7:(NASA)チャンドラ望遠鏡は全長9.2m、4枚の高解像度ミラーで構成され、入射するX線は鏡筒の他端にある高感度カメラなどの電子機器に焦点を結び、宇宙からの詳しいX線画像を得る。

 

ハブル宇宙望遠鏡;–

NASAが1990年4月24日に打上げた望遠鏡で、高度約600kmで地球低軌道を約1時間半周期で周回している。観測領域は前述の通り可視光線を主に近赤外線、および近紫外線波長帯。供用開始から24年を過ぎたが、数回の整備、改良で性能を維持向上させ、宇宙に関する数々の新事実をもたして呉れた。2020年までの活動が期待されている。

ハブル望遠鏡

図8:(NASA)ハブル宇宙望遠鏡は全長13.2m、主鏡は直径2.4m、重さは11.1㌧の大型望遠鏡。スペースシャトル・アトランテイスが2009年に行った最後の整備ミッションの際に撮影した写真。

 

スピッツァー赤外線望遠鏡;–

2003年8月25日にNASAが打上げた赤外線観測のための望遠鏡で、前述の「大望遠鏡計画(Great Observatories program)」の一つ。赤外線観測のためには装置の冷却が必要で、そのため液体ヘリウム(-269℃)を使う。搭載の液体ヘリウムは2009年に使い切ったが、その後も最短波長用のIRACカメラは支障無く使えるので現在も「Spitzer Warm Mission」として活動し続けている。

打上げ軌道は、他の望遠鏡と違って太陽周回軌道、地球軌道の後方を毎年0.1AU (1,500万km)の割合で地球から離れながら回っている。

オリオン座比較

図9:(NASA/Cal Tech)オリオン座の可視光写真(左)と赤外線写真(右)の比較写真。見慣れている可視光写真では、中央斜めに並ぶ三ツ星、左上にペテルギウス、右下にリゲル、そして三ツ星の下にはオリオン星雲が写っている。一方、赤外線写真では星間ガスが赤く一面に写り、中でも三ツ星の左部とオリオン星雲の周辺では大量の赤外線が放射され、黄色く輝き、活発に星々が生まれている様子が伺える。

スピツァー

図10:(NASA)スピツァー赤外線宇宙望遠鏡の軌道上の想像図。太陽周回軌道を1年掛けて周回中。直径0.85m、長さ10.2m、重さ1㌧弱で、観測波長は3〜180μメーター。

 

ハーシェル宇宙望遠鏡;–

ヨーロッパ宇宙機構(ESA)が2009年5月14日に地球—太陽の第2ラグランジェ点に打上げた赤外線望遠鏡。2013年4月29日に冷却用の液体ヘリウムを使い切ったため、観測を終了した。観測領域は、宇宙望遠鏡としては初めてとなる波長の長い遠赤外線とサブミリ波帯であった。

ハーシェル

図11:(ESA)ハーシェル宇宙望遠鏡は、遠赤外線からサブミリ波をカバーする波長55〜627micron meter帯域の観測を任務としていた。強制冷却式望遠鏡は直径3.5mで、2台のカメラと高性能の分光計と共に液体ヘリウムの筐体に収められている。

 

–以上−

本稿作成の参考にした記事は次ぎの通り。

NASA Galactic Pyrotechnics on Display

NASA Chandra X-ray Obsevatory-NASA’s flagship mission for X-ray astronomy.

Cool Cosmos-What is the Spitzer Space Telescope-Caltech.edu

ESA Herschel

Others