2014-07-27 松尾芳郎
図1:(RIA Novosti) Buk M1「レーダー付きミサイル・ランチャー(TELAR)」。360度回転する発射台の前部ドームは、Xバンド使用の9S18Mレーダー。MH17便の撃墜は、この写真と同じ“レーダー付きミサイル・ランチャー(TELAR)”単独で実行された。
マレーシア航空MH17便の撃墜事件はウクライナの親露派軍事組織がロシアから供与されたBuk M1対空ミサイルで引き起こした、のは間違いない。
フィナンシャル・タイムス(2014/07/24 09:00am)の報道;–
「親露派幹部の1人で「ボストーク軍団(Vostok Battalionn)」を率いる”アレキサンダー・コダコフスキー(Alex Khodakovsky)”氏が、24日ロイター通信のインタビューに答えて[我々がロシア供与のミサイルでMH17便を撃墜した。ウクライナ政府軍戦闘機が近くを飛行していたのが誘因だ]と語った」。
Buk M1ミサイル、西側呼称でSA-11あるいはガドフライ(Gadfly)、は、専門家によると、「西側対空ミサイル・システムでは常識である“安全装置”がなく、しかも簡単な訓練で使えるのが特徴」で、「大量に紛争地域にばらまかれている」。以下はその詳細である。
Buk 系列のミサイルは、1970年代ソビエト時代の”チコミロフ(Tikhomirov)” NIIP、後の”アルマツ・アンテイ(Almaz-Anty)”社が、当時の2K12 Kub低高度対空ミサイル(NATO名称はSA-6)の後継として開発したシステムである。
Bukミサイル・システムは、Kub(SA-6)の欠点であったレーダーを改め、新規開発の”ファゾトロン(Phazotron) 9S18M)”レーダー”を探索用レーダー車両(TAR)”に搭載し、その中心に据えた。
そして、“探索用レーダー車両(TAR)”が対レーダーミサイルで破壊された場合に備えて、単独でも戦えるように”ミサイル・ランチャー(TEL)”にも同じレーダーを搭載した。これが”レーダー付きミサイル・ランチャー(TELAR=Transporter Elector Launcher and Radar)”/図1参照、である。
(注)既報の通り、標準的Buk中隊は、“探索用レーダー車両”(TAR)1輛、”指揮車両“1輛、”レーダー付きミサイル・ランチャー”(TELAR)6輛、レーダー無しの“ミサイル・ランチャー”(TEL)3輛で構成される。
図2:(Engineering Tech.展示会@2010)Buk M1-2対空ミサイル・システム。左から“指揮車”、”レーダー付きミサイル・ランチャー(TELAR)”、”ミサイル・ランチャー(TEL)”である。ここには”探索用レーダー車両(TAR)”は展示されていない。
”9S18M”レーダーは、Xバンド使用のマルチ・モード・レーダーで、戦闘機のレーダーと同じく探索、追尾、イルミネーター機能(ミサイル誘導電波)を備えている。図1に示すように、”TELAR”車両の発射台前部にあるレドームには、これが収められている。
標準的Buk中隊として運用する場合は、”TELAR”レーダーは“探索用レーダー車両(TAR)”の指揮下で、”TAR”がカバーしきれない目標探索に使われる。そして”TELAR”には単独で目標を索敵、攻撃できる機能を付与してある。これが”自律モード(autonoumous mode)”機能で、TELAR乗員は簡単な訓練を受ければ使えるようになる。
“自律モード”では、TELAR車内のレーダー画面上に、射程内に目標が表示されると、乗員は目標をロックオン、イルミネーターを作動させ、発射する、それだけだ。
ただし”レーダー付きミサイル・ランチャー(TELAR)”の”自律モード”は、“探索用レーダー車両(TAR)”にある”敵味方識別(IFF=identification friend-or-foe)”システム、および”非友好目標識別(NCTR=non-cooperative target recognition)”システムが、使えない仕組みになっている。外見上からも”TELAR”搭載のレーダーには”敵味方識別(IFF)用アンテナがない。
”探索用レーダー車両(TAR)”搭載の9S18Mレーダーにある敵味方識別(IFF)”システムは、主レーダーとは別にレーダー応答装置(interrogator)で相手を確認する方式で、最新の民間航空機用標準システムに対応している。
また”TAR”搭載の“非友好目標識別(NCTR)”システムは最新のもので、エンジンファンからでる共振周波数を感知、判別する方式で、Su-25戦闘機とボーイング777の高バイパスファンとは容易に区別ができる。
今回のMH17便撃墜事件は、Buk中隊組織でおこなったのではなく、Buk M1システムの中の”レーダー付きミサイル・ランチャー(TELAR)”が単独で行ったため、システムに組込んである安全装置、IFFとNCTR、を使えなかった、と云える。
(注)米国のほか日本を含む西側諸国が展開する対空ミサイル“パトリオットPAC2あるいはPAC3システムは、指揮車両、レーダー車両、ミサイル・ランチャー5-8輛、その他の自走式車両で構成される。一旦配置に付くと、指揮車両に配置された人員のみで戦闘する仕組みで、ランチャー側が単独で交戦することはできない。そしてレーダーにはIFF、NCTRが組込んであり、誤射を防いでいる。
Buk M1とその改良型M2、およびM2Eは、世界の紛争地域を含み14ヶ国で使われている。
2013年1月イスラエルは、シリアからレバノンのヒズボラに搬入中の最新型のBuk M2E車両部隊を察知、これを空襲し破壊した。現在シリアは8個のBuk M2E中隊を保有していると云われている。隣国と国境を接するイスラエルは、過激派に攻撃兵器が渡るのを警戒し、その兆候を掴めばヒズボラに限らずハマスに対しても攻撃の手を緩めない。
日本として気になるのは、中国が Bukミサイルを購入、改良したHQ-16を量産配備していることだ。HQ-16はBuk M2に相当する性能を持つと云われ、6基をトラックに搭載する”TEL”型、射程は高度10,000m。さらに性能向上させたHQ-16AおよびHQ-16Bを製造中と云われる。
図3:(China.com)中国軍が配備するHQ-16対空ミサイル。ランチャーはBukがキャタピラー輸送車を使い4基装備型なのに対し、HQ-16は、大型トラックに6基搭載し、機動性を高めている。写真は”TEL”型のランチャーでレーダーは積んでいない。従って、発射、誘導はレーダー車両からの情報で行われる。
–以上−
本稿作成の参考にした記事は次ぎの通り。
Aviation Week eBulletin July 24 2014 “Buk Missile System Lethal, but Undiscriminating” by Bill Sweetman
Financial times.com July 24, 2014 “Separatist leader admits Ukraine rebels had Buk missile system” by Neil Buckley and Guy Cazan Geoff Dyer
Defense Updates Dec. 2, 2012 “LY-80/HQ-16 Surface to Air Missile / SAM Air Defense System