成長著しい湾岸航空3社をめぐる話題


2015-02-19 松尾芳郎

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図:中東の湾岸諸国の位置。左上のイラク、クエート、バーレン、カタール、UAE、オーマン、それにサウジアラビアの諸国から、我国は必要とするエネルギー資源の8割を輸入している。

 

2月10日(火)付け日経に「ドバイ空港、旅客数世界一に」とする記事で、湾岸地区の航空会社が急成長中と報じたが、以下に多少の補足を試みる。

特に成長が著しいのは、“湾岸の3大航空会社”アラブ首長国連邦(UAE=United Arab Emirates)のエミレーツ航空とエチハド航空、それにカタールのカタール航空だ。

アラブ首長国連邦(UAE)は、アブダビ(Abu Dhabi)首長国、ドバイ(Dubai)首長国をはじめとし7首長国で構成されている。UAEは、国土の8割近くをアブダビが占め、残りをドバイその他の首長国で分けている。連邦の首都はアブダビ、経済の中心地はドバイ、GDP (約3,800億㌦/2013)の4割を石油・天然ガスの輸出で賄っている。2013年の輸出は約3,800億㌦、最大の輸出先は日本である。人口は750万人、内国籍を有する13%には資源輸出の収入で教育や医療は無料で課税もないと云う特典が与えられている。残りの87%は外国人労働者である。

カタールは、面積は秋田県よりやや狭く、人口は約230万人の小国、石油、天然ガス、LPガスを産出し2013年の輸出は約1,400億㌦、ここでも日本が最大の輸出相手国である。

 

我国のエネルギー事情;–

我国は2011年の原発停止以降、産業や生活に必要なエネルギーはほぼ全量を石油、天然ガスなどの輸入に頼っている。資源エネルギー庁発行のエネルギー白書によると2012年度では;—

石油は2.1億Kl(366万バレル)/17兆円を輸入

湾岸諸国のUAE/22%、カタール/11%、クエート/8%、オーマン/3%など、サウジアラビア/33%を含めると中東からの輸入は全体の83%/14兆円になる。

天然ガスは8,700万㌧/7兆円を輸入

カタール/18%、UAE/6%、オーマン/5%など、中東に全体の29% /2兆円を依存している。

LPガスは1,300万㌧/3兆円を輸入

カタール/30%、UAE/25%、クエート/14%、サウジアラビア/15%など中東に83%を依存している。

まとめると、我国の年間合計エネルギー輸入額は27兆円、その内の10兆円以上をサウジアラビアを除く湾岸諸国に支払っている勘定になる。そしてこれ等石油、天然ガス、LPガスは全てホルムズ海峡を通って我国に運ばれている。この海峡の安全な通行は我国にとって死活問題とされる所以である。

 

湾岸諸国の航空政策;–

湾岸諸国は国庫収入の石油、天然ガス、LPガス、依存を改め、産業育成に努めている。UAEではドバイを中心とした観光施設の整備に力を入れ、その一環として民間航空の拡充を国策としている。

欧州の既存の大手航空会社に比べ、エミレーツなど湾岸の航空会社は空港着陸料、法人税、燃料費、などが極めて低廉なため、コスト/単価が30%も安い。これを武器に競争力を高めて既存路線への進出を進めている。

 

ドバイ空港;–

エミレーツ航空と一体をなしているドバイ国際空港(DXB)の急成長ぶりは注目に値する。

DXBの利用者数は2014年には前年対比で6%増の7,000万人を超え、ロンドン・ヒースロー空港の6,800万人を抜き世界一となった。2000年のDXB利用旅客数は1,200万人だったので、この14年間で約6倍に増えた勘定だ。そして今年(2015)はさらに7.5%増え7,900万人になる。今年はターミナルT 2の増築が完成するので年間取扱い容量は9,000万人に達する。

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図:(Emirates)ドバイ国際空港(DXB)の旅客ターミナルT-3に並ぶエミレーツ航空のA380型機。旅客ターミナルは他にTerminal T-1、T-2があり、T-1はエミレーツ以外の国際線各社が使用し、改修と拡張工事が進められ今年前半には完成する。T-2はフライ・ドバイ(FlyDubai)を含むリージョナル路線機とLCC用。エミレーツ専用のT-3は2008年10月に完成、床面積は170万㎡で世界第2位の広さを誇る、このターミナルの年間旅客容量は4,300万人。

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図:(Google)ドバイ国際空港(DXB)の写真、ランウエイは写真の下/12R-30Lと上/12L-30Rの長さ4,000mの平行2本。ランウエイに並行して下に旅客ターミナルが左からT-1、T-2、T-3、がある。ランウエイ右上には整備施設“エミレーツ・エンジニヤリング”。DXBの敷地面積は2,900ヘクタール。

 

エミレーツ(Emirates)航空;—

アラブ首長国連邦の国営航空会社の一つでドバイ(Dubai)を本拠とする。毎週3,500便を運航する中東で最大、世界で第3位の定期航空会社で、3位の貨物航空会社でもある。またドバイから、世界最長の路線である米国ロサンゼルス、サンフランシスコ、ダラスDFW、ヒューストンへの運航を行っている。そしてUAE発だけでなく欧州経由の米国路線の拡充にも意欲的である。

現在運用中の機材は、エアバスA380:58機、ボーイング777-300ER:110機を含む合計218機。

発注済みはエアバスA380:82機、ボーイング777-300ER:50機、同じく777X:150機など合計282機。昨年は発注済みのエアバスA350/50機をキャンセルして777Xに変更したことで注目を集めた。

エミレーツはA380運用の世界最大の航空会社だが、将来はこれが140機にもなる。さらにエアバスが2020年までにエンジン換装型のA380neoの開発に踏切れば60-80機を追加購入する、とエアバスに申し入れ圧力をかけている。

また777でも世界最大のオペレーターで、各機種を含め142機を使っている。旧型機は逐次新型の777-300ERに切替え、2020年からは最新の777-8Xと同-9Xの就航を始める。

我国の777各機種全体の保有状況は、ANA:54機、JAL:39機。この他にANAは-300ERを19機、777Xを20機発注しているが、比べてみるとエミレーツが如何に大きいかを改めて感じる。

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図:(Emirates)エミレーツ航空のボーイング777-300ER、機番A6-EBD。777-300ERだけで110機を運用中、加えて発注済みが50機、オプションが20機の世界最大の777-300ERオペレーター。

 

エチハド航空 (Etihad Airways);–

エチハド航空はアラブ首長国連邦(UAE)のもう一つの国営航空会社で、アブダビ(Abu Dhabi)近郊のカリハ(Khaliha City)が本拠、アブダビ国際空港から世界各地へ120の路線を持っている。

アブダビ国際空港は、UAE第2の空港で敷地3,400ヘクタール、4,100m長さの平行滑走路2本を備える。2012年の旅客取扱い数は2,100万人を越えた。

エチハド航空は2003年に創立、現在エアバスA320:30機、A330:34機、ボーイング777-300ER:23機など合計110機を運航中。

確定発注済はエアバスA320neo:36機、A350-900と同-1000:62機、A380:9機、ボーイング777X:23機、787:69機など合計213機+オプション89機。

エチハドは欧州の航空会社への出資に積極的で、欧州6位の航空会社エア・ベルリン(Air Berin)の株式26%を保有、昨年はイタリアを代表するアリタリア(Alitaria)航空の株式49%を取得、その他にエア・セルビア(49%)など数社にも出資している。

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図:(Etihad Airways)エチハド航空受領のボーイング787-9初号機(2014-12-31)。尾部のロゴが新しくなった。エチハドは787-9を40機、-10を30機発注している。

 

カタール航空(Qatar Airways):–

カタールの国営航空会社で本社はドーハ(Doha)にあり、ハマド(Hamad)国際空港から世界各地の125都市に飛んでいる。ハマド国際空港は昨年(2014)初めに完成し、それまでのドーハ空港から移転した。ドーハ空港の2013年の旅客数は2,300万人だった。新しいハマド空港の年間旅客容量は2,900万人、敷地面積は2,200ヘクタール、滑走路長さは4,570mで世界一である。

運航中の機材は、エアバスA320:41機、A330:29機、A350:1機、A380:4機、ボーイング777-300ER:28機、787-8:18機など合計152機。

発注済みは、エアバスA320neo:80機、A350:79機、A380:13機、ボーイング777:8機、777X:100機、787-8:42機など合計336機。

エアバスからA350XWBの1号機を昨年末に受領した。

エチハド航空と同様、カタール航空も域外企業への投資に熱心で、今年1月には欧州のグループ航空会社IAGの株式を取得し、その筆頭株主となった。IAGは以前に紹介したように英国のブリティッシュ航空とスペインのアイベリア航空、それにスペイン第2の航空会社でLCCのブエリン航空、の統合企業体である。

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図:(Airbus) A350XWB一号機の初飛行。同機は昨年末にローンチ・カストマーであるカタール航空に引渡された。

湾岸保有機数

図:湾岸3社の保有および発注中の主な機種と機数の一覧表。数値は資料により僅か異なっているが、正しいと思われる値を選び記載した。

各社の受注、発注の合計で比較すると;–

エミレーツ:主力は長距離路線用の大型広胴機で、A380/140機、777-300ER/160機、777X/150機が目を引く。

エチハド:やや小振りで狭胴機が多く、広胴機は中型のA330/34機、A350XWB/62機、787/70機が主力。

カタール:中東域内の路線に使うA320neo/80機を始めとし、長距離用のA350XWB/80機、777X/100機を揃え、発注機数が3社中最も多い。

 

既述の通り3社とも国営企業、豊富なエネルギー資源輸出の収入を基に国策として有形・無形の補助を受け急速に拡大中である。アラブ首長国連邦、カタール、両国合わせて人口僅か1,000万人、ここで誕生した航空会社が今や世界の航空界を脅かす存在となった。3社を支える両国の財政には、最大の顧客日本の年間10兆円を超える支払いが大きく寄与している。

 

米国と欧州の反応;–

中東の巨大航空会社の出現で、これまで世界の航空界を支配してきた米国、欧州の既存航空会社は脅威を感じ始めている。

米国政府はかねてから自国航空会社の要求に応え、UAEや日本を含む世界各国と”オープンスカイ協定”を結び、当事国間の空路や相手国経由–他国間の空路開設の自由化を進めてきた。

ところが、デルタ、アメリカン、ユナイテッドの大手3社の社長が、フォックス(Anthony Foxx)運輸省長官とプリッツカ–(Penny Pritzker)商務省長官と個別に会談し(1月28日、29日)、次ぎの申し入れを行った。

「UAE、カタール両政府と締結済みのオープンスカイ協定を見直して、エミレーツ航空、エチハド航空、およびカタール航空の米国乗り入れを制限するよう要請する。」

理由として、UAE/・カタール両政府が3社を支援していること、両国と米国間の輸送量が過剰になっていること、を挙げている。

これに対しエミレーツのテイム・クラーク(Tim Clark)社長は、次ぎのように反論している。

「エミレーツは1985年創立当初、政府の資金供与を受けたが、以後の株式配当でこれに数倍する28億㌦を政府に還付済み。一方米国3社はいずれも過去に倒産、破産防止法11条の適用で債務を破棄し再生したが、これは政府支援に他ならない。米3社の申し入れは米国が提唱してきた航空自由化と規制緩和に反するもので、恥ずべき行為である。」

これに先立って、昨年12月にはヨーロッパでエアフランス−KLMとルフトハンザが欧州連合の委員会に、“公平な競争を維持するように”とする内容の要請文を提出した。名指しは避けているが、湾岸3社から出されている増便要求を拒否するよう求める内容だ。欧州2社は、欧州と北米、東南アジア、中東、アフリカ、オーストラリアなどを結ぶ路線を湾岸3社に奪われかねないと危機感を募らせている。

 

中東の整備市場;–

民間航空に関わる整備市場/MRO (Maintenance, Repair, Overhaul)は、地域で使われる大型広胴機の急増に伴い、世界平均よりもずっと早いペースで成長中である。

中東の航空会社が今年(2015)一年で使う整備/MRO費用は46億㌦に達する。この内、エンジンに関わる費用が41%、装備品等に22%かかると予想している。米国の技術調査機関ICF Internationalでは、この地区のMRO市場は2015年で46億㌦、年率6.7%の割合で拡大し10年後には88億㌦に成長する、としている。

中東3社はいずれも自社整備施設を保有していて、全体の76%の仕事を実施中。従って第3者がこの地区の整備に割り込む余地は比較的少ない。

市場規模の拡大に伴い、技術要員も増えるが、10年後のMRO作業工数は1,179万工数と見込まれており、これは年率6.7%増で世界平均(3.8%)の2倍近くになる。

ドバイのルフトハンザ・テクニク中東サービス(LHTMES)社は、整備能力の倍増を検討中。現在複合材修理、塗装、エンジン洗浄などを行っているが、今後スラストリバーサー修理、オーバーホールにも進出したいとしている。

ルフトハンザ・テクニク(Lufthansa Tecknik)は、ルフトハンザの整備担当会社で、ハンブルグ空港を本拠とし、世界各地に子会社を持ち、従業員は26,000人以上、世界60ヶ所で毎日1,700便の整備を行っている。取扱い機種は30種、エンジン型式は40種、世界何処ででも一過性の整備から、長期に渡る完全支援サービス(TSS)までを受託している。機体改造も手掛けていて、これまで100機以上のVIP機改造を実施した。

我国航空業界と湾岸航空3社とは関係が薄い。

僅かにANAがエチハドと、またJALがエミレーツとカタール(ワンワールド加盟)とコードシェア便で中東路線に参加しているのみ。

MRO分野では、ジャムコがエミレーツから777型機33機の客室改修プログラムを受注(2007年)した一件だけ。内容はラバトリー、座席、など内装を一新する改修作業。このあと777-300ER新造機用としてギャレイ(厨房設備)やクローゼット(荷物収納部)など内装品を2011年と2013年の2回に分け合計100機分受注している。

–以上−

 

Aviation Week eBulletin Feb 2, 2015 “Middle East MRO Market Frocast at $4.6 Billion” by Lee Ann Shay|Aviation Daily

経済産業省資源エネルギー庁、“2014(平成25年度報告)エネルギー白書”第3節一時エネルギの動向

Aviation Week eBulletin Feb 2, 2015 “Lufthansa Tecknik Considers Doubling Dubai Presence” by Lee Ann Tegtmeier | Aviation Daily

Aviation Week eBulletin Feb 4, 2015 “Emirates says Open Skies Reversal would be a ‘Shame’ by Jens Flottau | Aviation Daily

外務省「アラブ首長国連邦(UAE)基礎データ」、「カタール国基礎データ」

Arabian Gazette “Dubai International World’s Busiest Airport, with 70.45 million passengers in 2014” by AG Reporter / January 27, 2015