-Trent XWB-97は最終組立中、Trent 1000 TENの飛行試験、Trent 7000の組み立て開始、Trent 1000組立てをシンガポールへ移転、ウルトラファン用の減速ギア開発を開始など-
2015-06-30 (平成27年) 松尾芳郎
図1:(Flight Global)フライトグローバル誌が作成したトレントXWBエンジンの主要サプライヤーを示す図。図には、川崎重工が作るIPコンプレッサー・モジュール(薄青色)と三菱重工担当の燃焼室とLPタービンブレード(赤色)が示されている。
ロールスロイス(以下RR) が作る大型エンジンTrent (トレント)系列は3軸構成の高バイパス比ターボファンで、RB211エンジンの後継である。1990年8月に運転を始めたTrent 700の成功以来、Trent 900、Trent 1000 、Trent XWBが次々に完成、それぞれA380型機、787型機、A350型機用として採用されている。こうしてRRは、Trent系列エンジンの成功で、民間用大型ターボファンの分野ではGEに次ぐ世界第2位の座を占めるようになった。「Trent」とは、イギリス中部の町でRRの工場があるダービー近くを流れる川の名前、そしてTrent系列エンジンの最大のユーザーはシンガポール航空である。
Trent系列エンジンを簡単に整理して見よう;—
Trent 700
RB211を継ぐ最初のTrent系列エンジン、エアバスA330用にGE製CF6-80E1およびP&W製PW4000に次ぐ3番手の選択肢として採用された。キャセイパシフィックのA330で1995年3月から就航開始。A330の確定受注は約1,300機、現在の受注残は230機。A330-200Fを基本したタンカーA330 MRTTは英、仏、オーストラリア、など各国空軍が合計46機発注うち20機は引渡し済み。A330に於けるTrent 700のシェアは3分の1を超えている。
Trent 900
エアバスA380用としてGE-PW合弁企業Engine Alliance製のGP7000と共に採用が決まり、52%のシェアを有する。推力は70,000〜76,000lbs (310〜340 kN)。A380の受注は317機うち引渡し済みは155機。受注機のうちTrent 900装備は156機、これにはエミレーツが最近追加発注した50機を含む。受注エンジン数で200台の追加となる。
Trent 1000
ボーイング787用としてGE製GEnx-1Bと共に採用され、エア・ニュージーランド、ANA、ILFC、ブリテイッシュ航空など、787発注機数の42%のシェアを持つ。Trent 1000装備の787の就航開始は2011年9月。推力は64,000〜76,000 lbs (280〜340 kN)。787の受注は約1,100機、うち受注残は800機以上。受注エンジン数で1000台を超える。
Trent XWB
エアバスA350 XWB用に独占供給が決まったエンジンで、Trent 1000をベースに性能アップを図ったもの。A350XWBはカタール航空で2015年1月から就航開始。推力75,000~97,000 lbs、ファン直径は3 m (118 inch)。A350XWBの確定受注は780機、引渡し済みは4機なので大部分は受注残。
Trent 1000TEN
787用のTrent 1000がライバルのGenx-1Bより燃費で劣るため、次期787用として提案しているのがTrent 1000TEN。Trent XWBで実証済みの技術を使い燃費でTrent 1000対比5%の改善を目指す。現在型式照明取得のため飛行試験中。
Trent 7000
2014年7月に開発決定したエアバスA330neo用に独占採用されたエンジン。Trent 1000TENで使う技術を転用してさらなる性能向上を目指す。推力は68,000~72,000 lbs (300-320 kN)、A330用Trent 700に比べ燃費を10%改善。A330neoには-900と-800があり、現在の確定受注は合計145機。エンジン数に換算すると約300台。
ここでTrentエンジンにまつわる最近のニュースを紹介する。
- 試験飛行用のTrent XWB-97が組立中
エアバスA350型機系列の最大型A350XWB-1000用のTrent XWB-97エンジンの組立がイギリスのダービー(Derby)工場で進んでいる。-97はRRが作る最も大きなエンジンで完成したら、ツールースに運ばれて今年末から飛行試験に入る。飛行試験用には2基を充当、A380試験機に搭載し試験する。
Trent XWB-97を装備したA350-1000型機の初飛行は2016年中頃、就航はTrent XWB-84付きのA350XWB-900よりほぼ2年遅れの2017年になる。
Trent XWB-84と同様、-97は現用同クラスのエンジン対比で10%の燃費改善をしている。このために取り入れた技術は;—、チタン合金製の直径118 inchのファンは軽量幅広型で耐久力に優れ高効率で低騒音の設計、中圧コンプレッサー(IPC)は8段中3段をブレード・デイスク一体のブリスク構造とし重量を15%軽減、新設計のIPタービン(2段)で回転数を上げ高効率と燃費節減を図る、燃焼温度は材料の融点を超えるがセラミック・コーテイングと冷却空気で部品の耐久性を保ち、性能をアップしている。
Trent XWBは-84および-97の合計で1,500台以上を受注している。
- Trent 1000 TENの飛行試験状況
次期ボーイング787用として開発中のエンジンで、現用787型機のTrent 1000エンジンより5%の燃費改善を目標にしている。外見は現在のエンジンとほとんど区別がつかない。
Trent XWBで成功した高効率のIPコンプレッサー・同タービンの技術を取り入れてある。
現在は試作エンジン3台目、11003号機が完成し米国のアーノルド空軍基地(Arnold, Tullahoma, Tennessee)内の施設AEDC(Arnold Engineering Development Center)に搬入して、高空試験を行っている。
タービンケースを冷却するための空気流量を飛行フェイズ(離陸、巡航など)に応じて制御する装置「“渦増幅(vortex amplifier)”バルブ」を考案、これを取付けて燃費節減を図る。「渦増幅バルブ」はすでにAEDCで高空試験を終了し、所期の性能が得られることを確認している。
続いて11003号機は、AECD施設を使いアイシング試験を行っている。
(注):タービン翼先端とケース側シールの隙間が大きくなるとガスが漏れ効率が落ちる。これを少なくするため、コンプレッサーからの抽気をケース外周に吹き付け冷却するシステム(turbine clearance control system)が使われる。これを改良したのが本装置、抽気チューブに“渦増幅(vortex amplifier)”バルブを入れ、巡航時には”渦“を大きくして抽気流量を減らす。可動部品は使わず圧力信号で渦を制御する仕組みになっている。
1台目の11001号機では、コンプレッサー性能試験を実施済み。11002号機はサイクル試験中で、並行して燃料消費試験を行っている。運転中のコンプレッサー、タービン各段のブレード先端とケース側シールとの間隙を調べるため、強力なX線装置を使い詳細な検査を行っている。運転中に全段のブレード先端間隙を検査するのは、Trent 1000TENが最初である。
11004および11005号機は、ETOPS(双発機の洋上片発飛行可能時間-330分-の認定)証明取得のための試験に供用中。11006号機は、型式証明取得のための重要かつ厳しい試験である「150時間耐久試験」を行っている。
組立て中の11007号機は、今年後半にRR所有のボーイング747飛行試験機に取付けアリゾナで飛行試験を予定している。7号機はその後、来年初めにはボーイング所有の787-8、ZA004号機に取付け飛行試験を行い、2016年末には787-8、-9型機で就航を開始、続いて-10での飛行を目指している。
- Trent 7000の組立開始
Trent 700エンジン付きのエアバスA330型機が就航したのは20年前になるが、これを改良したA330neoに独占装備されるのがTrent 7000。このエンジンは、前項で述べた787用のTrent 1000 TENを基本にしている。
元来787は、ボーイング767型機の更新として成功したA330型機に対抗するためボーイングが開発した機体である。RRが次期787用に作るTrent1000 TENは、A350XWB用のTrent XWBの技術を適用して性能を向上したエンジン。A350XWBはエアバスがボーイングの787や777に対抗するため開発した機体。このように最近のエンジンと機体の関係は大変複雑に交錯なっている。
Trent 7000の試運転開始は今年(2015)末の予定、すでに部品の75%を入手し組立てが始まったところ。
Trent7000は、20年以上前のTrent 700から大きく進歩し、ファン直径は97.5 inchから112 inchに大きくなり、この結果ファンのバイパス比は5:1から10:1へと倍増し、騒音レベルは10 dB低くなる。コンプレッサーの圧力比は35:1から50:1となり、これで燃費は10%改善される。A330neoでは機体側の空力改善も行われるので、座席あたりの燃料消費はA330対比で14%の向上が見込まれると云う。
燃費節減に役立つもう一つは、Trent 1000で採用済みの技術、補機駆動ギヤボックスを中圧コンプレッサー(IPC)で動かしている点だ。これでギヤボックスから大動力を取出しても高圧コンプレッサー(HPC)への影響は小さくなり、従ってアイドル推力を一層低くでき燃費を低減できる。
Trent 7000はファン直径が大きいので、主翼装着用のエンジンマウントが新しくなる。RRはエアバスおよびナセルを作るエアセル(Aircelle)社と共同で新型マウントを設計中である。
A330neoの新しい電気系統に対応するため、IPC駆動のギヤボックスも新しくなる。新ギヤボックスは、新設メーカーAGI (Aero Gearbox International)社で作られる。ABI社はイスパノスイザ(Hispano-Suiza)社とRRの折半合弁企業。
Trent 7000初号機は組立てが始まっており、今年11月には地上試運転を開始する。それからはTrent 1000TENと並行して型式証明取得試験が行われ、A330-900neoが初飛行する2017年3月には証明を取得する予定。そしてTrent 7000付きA330-900neoの就航開始は2017年末になる。
- Trent 1000の組立てはシンガポールへ移転
RRは急増中のTrent 900やTrent XWBの受注を消化するため、大型エンジンの生産方式の改善を進めている。すなわち、英国中部のダービー(Derby) 工場に導入中の新生産方式“パルスド・ライン(pulsed line)”を現在の2ラインから4ラインに増やす。
設置済みの“パルスド・ライン”は、ファンとコア・モジュールを別々の“ライン”で垂直の状態で組立てて、作業進捗度に応じて24時間間隔で順次位置を移動し、6箇所を経て完成させる。床面には移動用レールが敷かれ、クレーンは使わない。いわゆる“流れ作業”で、“ライン”は現在Trent 1000とTrent XWBに使っているが、どのTrent系列にも使える。新設する“ライン”では、ファンとコア・モジュールを水平位置で組立てる最終組立工程を行う。
Trentシリーズの受注は3000台を超えているので主力のダービー工場での対応では十分でないと判断、2012年からシンガポールのセレター(Seletar)に新工場を立ち上げた。ここにボーイング787用のTrent 1000組立てラインを全面的に移管し生産を開始、さらにA380用Trent 900の生産もここで始めている。
- ウルトラファン用減速ギヤボックスの開発開始
RRでは2025年に市場に提供すべく“ウルトラファン(UltraFan)”の開発を進めている(「ロールスロイス、新型エンジン開発計画を発表」2014-08-29を参照)。”ウルトラファン”は、RR伝統の3軸式を改め2軸式としファンは減速ギア(パワー・ギアボックス/power gearboxと呼ぶ)を介して駆動する形式とし、これで第一世代のTrent対比で25%の燃費節減を目指す。
ウルトラファンの推力範囲は25,000~45,000lbs、燃費は現在のP&Wが作るPW1000Gギヤード・ファン対比で15%改善可能と言っている。すなわち、これをもって狭胴型機用エンジン市場への参入も視野に入れている。
“パワー・ギアボックス”開発のため、RRは”リーベール・エアロスペース(Liebherr Aerospace)”社と折半出資の合弁企業を設立した(2015-06-10)。リーベール社の航空宇宙部門工場は、ドイツのフリードリッヒスハーフェン(Friedrichshafen, Germany)にあり、新会社はリーベール社工場でパワー・ギアボックスの詳細設計と開発、製造を行う、基本的な要件と設計はRRが担当する。
リーベール社は航空宇宙関係の装備品サプライヤーで、最近ではボーイング777Xの主翼前縁スラットなどのアクチュエーター、油圧モーターなどを受注している。またエンブラエルの新型機E-Jet 170, 190のランデイングギヤの重整備を受注している。
図2:(RR/Leeham News)RR社発表のウルトラファン断面図にLeeham社が加筆した説明図。右下の“特徴”説明に「コンプレッサ段数は1:3:9」とあるが、最初の「1」はファンを意味している。
-以上-
本稿作成に参照した主な記事は次の通り。
Aviation Week May 8 2015 “RR building first XWB-97 for flight test” by Guy Norris
Aviation Week May25-June 7, 2015 page 40“Testing TEN”by Guy Norris
Aviation Week June 8-21, 2015 page 36“Pulsed Plans”by Guy Norris
Aviation Week June 8-21, 2015 page 98 “Fast Track” by Guy Norris
Rolls-Royce News 10 June 2015 “RR and Liebherr-Aerospace create power gearbox joint venture”