2015 (平成27年)-09-13 松尾芳郎
図1:1989年から2014年の期間における「日本、中国の国防費の推移」を示す表。「ストックホルム国際平和研究所(Stockholm International Peace Research Institute)」が作成した。縦軸は2011年米ドルで「億ドル」値、横軸は西暦年。平和研が独自の基準で算定した値なので、両国政府の公表値と多少異なる。2004年までは日本が優位だったが、2005年以降は逆転、2014年の中国国防費は1,950億ドルに達し我国の4倍になっている。
中国は株価下落、不動産バブルの崩壊、などの経済的問題を抱えながら依然として国防費を毎年10%の割合で増やし続けている。これに対し我国は、厳しい予算上の制約で国防費はほとんど横ばいの状況だ。
しかし政府は周辺の安全保障環境の激変に対抗するため、米国との防衛協力を一段と強めるべく施策を進め、国内では防衛力の効率的運用ができるよう組織の改変と装備の近代化を進めている。
前者が間もなく成立する「集団的自衛権行使に関わる安保法制整備」であり、後者が「平成26-30年度新中期防衛力整備計画」と言うことになる。
政府の平成28年度予算案は総額100兆円を超えるが、高齢人口の増加で社会保障費は30兆円、GDPの8%に達している、これが予算全体に影響し防衛費も例外でなく、GDP対比で1%、5兆円に止まっている。
主要国のGDP(国内総生産)と国防費の比較を図2に示す。
図2:「*」のGDPは世界銀行発表値、「**」の国防費と国防費の対GDP比率は国際戦略研究所(International Institute for Strategic Studis)の発表値で、図1の国際平和研の数値、あるいは防衛省発表の値と多少異なるが、傾向値と見て欲しい。また、中国のGDPはかなり水増しされているとの見方が多く、事実なら国防費の対GDP比率はさらに上昇する。いずれも米ドル表示。
図2で、我国の国防費は対GDP比で1%、主要国の中で最も低い。ロシアはGDPで世界ランク10位であるにもかかわらず、国防費支出では中国に次ぐ3位で、アメリカがその動向に警戒するのも頷ける。
最近の7年間、オバマ政権がアジアに関与する意欲を弱めるなか、中国は自己主張を強めてきた。我国に対して執拗に歴史問題を取り上げ、米国やオーストラリアを巻き込んで日本を封じ込めようとしているが、成功していない。
米国との間では、「安保法制の改定」で、自衛隊は日本防衛のため活動する米軍を敵の攻撃から防御できることになる。また中国を脅威と感じるインド、オーストラリア、ベトナムなどの諸国との軍事的つながりも強化できるようになる。
米国にとり最大の脅威国はロシア、2位は中国、そして3番目に北朝鮮とされる(来月統合参謀本部議長就任予定の General Joseph F. Dunford 海兵隊司令長官談話)。一方平成26年版防衛白書によると、我国にとり脅威は、1)北朝鮮の核・ミサイル開発、2)中国軍事力の広汎かつ急速な強化、3)ロシア軍の活動、とされている。すなわち;—
1) 北朝鮮の核兵器・弾道ミサイルの開発は、核弾頭の小型化と弾道ミサイルの性能向上で、我国の安全に差し迫った脅威となっている。
2) 中国は軍事力を急速に拡大し、東シナ海と南シナ海での活動を活発化、尖閣諸島周辺では、連日領海侵犯を繰り返し、力による現状変更を企てている。公表されている年間国防費は過去10年間に4倍に増え、通常兵器の増強のみならず核弾頭装備の弾道ミサイルの増強も脅威の要因だ。
3) ロシアは2014年(平成26年)3月にクリミア半島を力により併合し、我国の北方4島の実効支配を強化。また周辺では演習、訓練と称し軍の動きを活発化している。
図3:(平成26年度版防衛白書)我国周辺における安全保障上の脅威となる項目。
図4:(平成26年度版防衛白書)冷戦期以降の空自戦闘機が緊急発進(スクランブル)した回数を示す図。平成24年度以降は中国機(赤色表示)の侵犯が急増中。
これに対応するため、新中期防(平成26-30年度)および平成28年度防衛予算案では、次のような対処策を打ち出している。
陸自;—
師団、旅団の半数を、高い機動力や警戒監視能力を備える即応機動連隊からなる機動師団、機動旅団に改編
長崎県佐世保市に平成30年度までに3,000人規模の水陸機動団を新設
海自;—
多任務対応・コンパクト護衛艦の増勢、イージス艦の8隻体制を目指す
空自;—
警戒航空隊に1個飛行隊を新設
戦闘飛行隊を1個飛行隊増やし13個飛行隊とする。那覇基地の戦闘飛行隊を2個飛行隊に増強(平成27年度に完了)
平成28年度に進める施策は次の通り。
島嶼防衛
対潜探知能力と攻撃能力が向上したSH-60Kヘリ17機の取得
早期警戒機E-2Dを4機取得し、那覇に第2飛行警戒航空隊を新設
滞空型無人機グローバルホーク3機の取得
V-22テイルト・ローター機12機を取得、輸送能力を補完
機動師団、機動旅団用の機動戦闘車36両を取得
水陸機動団用にAAV7水陸両用車11両を取得
弾道ミサイル防衛
イージス艦2隻の建造、8隻体制へ
日米共同開発中の弾道ミサイル迎撃ミサイル能力向上型SM-3 Block IIAの
実用化促進
空自地上配備型ペトリオットPAC-3ミサイルを性能向上型のPAC-3 MSE
へ改修促進
固定式警戒管制レーダーのFPS-7への換装およびBMD対処機能の付加
航空優勢の獲得と維持
F-35A戦闘攻撃機を6機取得し三沢基地に配備
F-2戦闘機の近代化改修(APG-2レーダー、AAM-4Bミサイル、JDCSデー
タ通信システム等の搭載)を11機に実施
福岡県築城基地のF-2戦闘機部隊を2個飛行隊編成に
福岡県新田原基地のF-15戦闘機部隊を2個飛行隊編成に
KC-46A給油兼輸送機を2機取得し現KC-767型4機に追加
情報機能の強化
陸自に戦術データリンク機能を導入、海自、空自、米軍と協同対艦戦闘体
制を構築(具体的には空自、海自のレーダー情報で陸自12式対艦ミサイル
を発射)
沖縄県与那国島に固定式警戒監視レーダーFPS-7を設置、合わせて沿岸監
視部隊の新設
長崎県海栗島に固定式警戒監視レーダーをFPS-7に換装
Xバンド防衛通信衛星3号機用中継器の整備
長期的にはJAXAと協力し、現用の光学・レーダー偵察衛星4基を2023
年以降順次新型に交代
図4:(新中期防衛力整備計画〜平成26-30年度) FPS-7レーダー・アンテナのイメージ。
FPS-7レーダー(日本電気製)はステルス機や巡航ミサイルへの対応が主目的だったが、平成26年度以降対弾道ミサイル探知(BMD)能力が付加され、西日本のレーダーサイトから順次設置が始まっている。沖永良部島(平成27)、高畑山(平成28)、宮古島(平成29)にそれぞれ配備が完了する。レーダーシステムは、近距離用アンテナ3面と遠距離用アンテナ1面から成り、アンテナ送受信素子は窒化ガリウム(Ga-N)半導体素子で高出力。一説によると探知能力は400km以上。
このように防衛省は限られた予算の範囲内で、弾道ミサイル防衛と南西諸島防衛の充実に努力を続けている。
これについての外誌の指摘は;—
1) 日本の対応は遅い。冷戦終了後26年経ってからやっと北海道駐留の陸自兵力を中国に対応するため南西方面に移転しているのが象徴的だ。
2) 日本の国防費はイギリスやフランスと同水準だが、装備内容では潜水艦、ヘリ空母を含む艦艇、航空機、で質量ともに優れている。しかし攻撃能力には全く投資しておらず、弾道ミサイルや核兵器搭載の原子力潜水艦は無し、攻撃兵器ほぼゼロだ。
3) 日本は多くの兵器を国内で開発、生産しており、不経済だがその質は優れている。これはある意味では国防費の使い道として間違っていない。
4) 例として通常動力型潜水艦(そうりゅう級)の建造がある。三菱と川崎が交互に毎年1隻ずつ作っているが、4,200トン(水中排水量)のLi-ion電池潜水艦を、納期を守り適正な価格(643億円)で建造しているのは、驚くに価する。数年前にオーストラリア政府は12隻の潜水艦の更新を計画、その費用を25億米ドル(3,000億円)と試算した。これだと「そうりゅう」級潜水艦を40隻以上買えることになる。
むすび
我国を取り巻く安全保障環境はここ数年著しく悪化している。これに対し我国は防衛費の急増はとても望めず、対策として「米国の軍事力への依存/これを可能にする安保法制の改定」と「防衛力の南西方面への移転とその強化」しかない。国土と国民の生命を守るため政府の一層の努力を望みたい。
-以上-
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Aviation Week Sept 13 2015 page 64-65 “Under Pressure” byBradley Perrett
新中期防衛力整備計画〜平成26-30年度/平成25年12月決定
平成28年度概算要求の概要「我が国の防衛と予算」防衛省発行