火星有人探査には原子力ロケット[NTR]が有望


-NASAは火星探査用に効率の高い原子力ロケットの開発に取り組む-

 

2015-10-17(平成27年) 松尾芳郎

 火星有人探査機

図1:(NASA)スペース・ローンチ・システム社の大型化学燃料ロケットで地球周回軌道(LEO)に打ち上げられた有人火星探査原子力ロケットの想像図。左から開発中の4人乗り「オリオン・カプセル」、灰色の筒状は「乗員居住モジュール」とソーラーパネル,網目状のケージに入った「液体水素(LH2)燃料タンク」(黄色)、右端には「核分裂反応型原子炉(NTR)」(黄色)とノズル。地球周回軌道上で原子炉を始動、水素を加熱、イオン化して噴射、火星に向かう。燃料タンクは”Saddle Truss LH2 Drop Tank”と呼び、燃料使用済みになると投棄できる。右端のノズル3本から水素ガスを噴き出し推力を得る。

NTRエンジン

図2:(NASA)”Solid Core”型「熱・核ロケット」[NTR=Nuclear Thermal Rocket]原子力エンジンの概念図。核分裂反応で生じる熱で燃料の液体水素(LH2)を加熱、イオン化ガス(プラズマ)にしてノズルから噴射、推力を得る。開発上の問題点は核分裂反応で生じる高温(〜3000K)から構造部材をどう保護するか、という点にある。タンクからのLH2燃料はターボポンプで加圧され、一つはエンジンノズル、原子炉外套部などを冷却し、もう一つは原子炉炉心を冷却し、プラズマ・ガス化されて一部がターボポンプ駆動に使われる。主流のガスは面積比300:1のノズル・スカートを通過して推力を生じる。

NTR原理図

図3:(Wikipedia) 「熱・核ロケット(NTR)」の原理。中心の核分裂反応原子炉の熱で燃料の液体水素(LH2)を加熱、プラズマにしてノズルから吹き出す。

 

ここ数日、一般紙でも火星有人探査についてのニュースがいくつか取り上げられた。すなわち;—

1)NASAは火星に建設する宇宙飛行士用の居住施設の設計コンペで、日本人建築家の作品を最優秀賞に選んだ。火星に大量にある氷で厚い壁を作り宇宙線や外気から居住者を守ろうという施設。

2)火星表面の急斜面には、春先になると幅5m長さ100mの水流が観測され冬になると消えるのが判った。これは氷結していた高濃度の塩水が、夏場の気温がマイナス20度に上昇するのに伴い、溶けて流れる現象とされる。

 

NASAでは1960年代にアポロ宇宙船用に「熱・核ロケット(NTR)」の開発に取り組んだが、1973年に計画を中止した。これを、火星を含む深宇宙の有人探査のために復活、活用しようという動きが始まった。

NASAは「熱・核ロケット(NTR)」を使って2033年に有人火星探査を行うことを目指している。「熱・核ロケット(NTR)」は、同じ推力を出すのに「化学燃料ロケット」に比べ重さは半分で済む。

火星往復の飛行には、最も効率の良い「化学燃料ロケット」を使う場合でも3年以上かかる。このような長期間の航行は乗員を過度な宇宙線に晒し、さらに任務遂行の意欲を損なわせることになるので好ましくない。

現在火星表面で活動を続けている無人探査機キュリオシテイ(Curiosity)の場合、化学燃料ロケットで航行して到着まで253日も掛かった。

NASAジョン・グレン研究所のStanely Borowski博士によると、「火星往復を1年に短縮できれば、宇宙飛行士の宇宙線被曝量はNASAの定める年間0.66 Sv (660㍉シーベルト)の制限値以内に抑えることができる」と云う。

NASAの被曝制限値は次の事柄から妥当と言える;—

1)「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」が定める規程「年間100㍉シーベルト以下の被曝では健康への影響は無い」

2)「原子力関係作業従事者の被曝量は、一般人に比べ数倍から10倍だが、百万人以上の原子力関連作業従事者を50年間にわたり追跡調査したが、がんによる死亡率は一般人と変わらない」。

続けてBorowski博士は;—

「宇宙船は貨物輸送用と人員輸送用の2種類で、いずれも「熱・核ロケット(NTR)」で飛行する。ロケットは「コア」と呼ぶ熱核反応炉1個とノズル3個からなり、各ノズルはそれぞれ25,000lbsの推力をだす。これで宇宙船は火星までの距離4,000万マイル(6,440万km)を100日以内で飛行できる。」

NASAマーシャル・センター(Marshall Center)では、すでに”NTREES”と名付ける装置を作り実験を開始した。“NTREES”は「熱・核ロケット環境影響シミュレータ」という意味で、”Nuclear Thermal Rocket Element Environmental Simulator” の略。この装置は、米原子力規制委員会が承認した原子力ロケットの燃料系統の原型の試験装置である。これでは「熱・核ロケット」の燃料系統そのものを使うが、加熱には“核分裂”ではない普通の加熱装置を用いる。従って試験中に放射能がでる心配はない。

“NTREES”では、熱源を変えるだけで他の部分、つまり高温化された水素ガスの温度、流量は「熱・核ロケット(NTR)」で必要なレベルで試験を行う。水素の加熱は、核分裂反応炉と同じ「誘導加熱(induction heating)」法で行い、圧力1,000 psi、温度5,000度F(約2,800度C)まで上げる。

この「誘導加熱」法で燃料系統の完成度を確認してから、「熱・核ロケット」の本格的開発を進める。

「熱・核ロケット(NTR)」を含む有人宇宙船の打ち上げのプロセスは、安全に配慮して次のようになる;—

1)      NASAの次世代型ロケット、スペース・ローンチ・システム社(SLS= Space Launch System)の化学燃料ロケットで打上げる。

2)      打上げロケットの頂部に「熱・核ロケット(NTR)」宇宙船モジュールを載せ、地球周回軌道(LEO)上に運ぶ。軌道までの上昇中は、NTRは不作動で放射線の放出は低レベルに保たれる。

3)      周回軌道に達すると「熱・核ロケット(NTR)」宇宙船は切り離され、原子炉が作動を開始し、超高温となった水素ガスは排気ノズルから噴出し推力を出す。

「熱・核ロケット(NTR)」は、極めて効率が高く、これまで30年間使われた代表的な化学燃料ロケット「スペース・シャトル・メイン・エンジン」と比較すると、その比推力(Isp)が450秒であるのに対し、NTRのIspは900秒にもなる。

「熱・核ロケット(NTR)」は、この高い比推力のお陰で、将来の太陽系外縁部を探査する深宇宙探査機では搭載量を増やし、火星向け有人探査機では航行時間を現在のロケットの半分に短縮できる。

 

(注)「比推力」(Isp=Specific Impulse)とはロケットエの効率を示す値。(Isp )とは毎秒当り消費した推進剤(propellant)で生じた推力(impulse)、つまりモーメントの変化、の大きさである。

数式では、「比推力=Isp」は推力Fn(NまたはKg)に燃焼時間 t (sec)を掛けた値を、燃料の重さ Wt (NまたはKg) で割った値となる。

 

         Isp = Fn(kg) x t(秒) / Wt(kg)

 

従って単位は「秒 = sec」。これが大きいほど少ない燃料で大きな推力が得られる。「比推力」は、自動車の性能を燃料リッター当たりの走行距離で示すのと同じで、ロケットの性能の指標。推進剤が「液体酸素(LOX)+液体水素(LH)」の場合は [455]秒、「液体酸素(LOX)+ケロシン」では [358]秒程度である。

 

NASAマーシャル宇宙飛行センター(Marshall Space Flight Center)原子力研究マネジャーMichael Houts博士は「熱・核ロケット(NTR)」について次のように語っている;—

「宇宙探査にとってまさに革新的技術で、3年以内に基本方針が決まるだろう。原子炉に使う核分裂材には、ストロンチウム(Strontium)-90/半減期28.8年、セシウム(Cesium)-137/半減期30.1年、などが検討されたが、93%濃縮ウラン(93% enriched uranium)-235が有力になっている。核分裂反応の推進装置は、今後予定される木星とその衛星オイローパ、海王星、カイパーベルト、などの探査に使われることになろう。「熱・核ロケット(NTR)」はこれまでとは基本的に異なる推進方法で“化学反応ではなく核分裂反応でエネルギーを生み出す”。ロケットの効率を表す指標「比推力/Isp」が化学燃料ロケットの2倍になるので、燃料が少なくて済み、航行時間が短縮され、将来の宇宙探査に大きな効果をもたらすことになる。」

 

あとがき

この10月12-16日の間イスラエルのエルサレム(Jerusalem)で「第66回国際宇宙会議(The 66th International Astronautical Congress (IAG))が開催され、「国際宇宙ステーション(ISS)の後の宇宙開発の国際協力」について討議が行われた。

ISS は、米国NASAが主導して、それに欧州宇宙機構(ESA)、ロシア宇宙局(Roscosmos)、日本JAXA、カナダ宇宙局が参加して建設、少なくとも2024年までは運用が続く予定である。

NASAのCharles Bolden長官は、ここに述べた「火星有人探査」をISS後の目標として国際協力のもとで実現したい、と提唱している。一方欧州22カ国で構成するESAのJohann Dietrich Woerner長官は「月面に有人基地を建設」を優先させたい考えだ。ESAの案は、月の裏側、つまり地球と反対側、に有人基地を建設し、地球から出る電磁波障害を遮って“静かな環境下で”宇宙からの電磁波情報を観測したい、と云うもの。

NASAは民間宇宙開発の分野で圧倒的な実績を誇っており、今年の予算は190億ドル(約2兆2,800億円)に達し、これはESAのそれの4-5倍と見られ、宇宙開発での主導的立場にいささかの変わりもない。参考までに我国JAXAの予算は、NASAの10分の1程度の2,200億円に過ぎず、従属的活動に甘んじている状況である。

-以上-

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Mail Online “Is the future of space Nuclear? NASA is developing new rockets to send astronauts to new corners of the solar system” 3 February 2015 by Richard Gray

Aviation Week Sept 28-Oct11, 2015 page 48 “Nuclear Option” by Guy Norris

NASA’s Marshal Center’s ‘NTREES’ Facility Tests ‘Ticket to Mars’ Technologies” by Janet Anderson @ Oct 25, 2015, last Updated July 31, 2015

UNIVERDE TODSY @ Jan 30, 2015 “Exploring the Universe with Nuclear Power” by Matt Williams