2015-11-01(平成27年) 松尾芳郎
防衛省統合幕僚監部は10月27日に次の発表を行った。すなわち、27日(火)朝ロシア空軍機Tu-142 型機2機が北海道西岸付近の我が国防空識別圏に入り本州日本海沿岸に沿い南下したので、空自戦闘機が緊急発進して対応した。その後2機は朝鮮半島近くで反転、立ち去った。
図1:(統合幕僚監部)10月27日午前日本海上空で我が国防空識別圏に侵入したツボレフTu-142対潜哨戒機2機のうちの1機。緊急発信した空自機が撮影した写真。Tu-142はロシア海軍所属でTu-95戦略爆撃機を米ミサイル潜水艦探知用に改造した哨戒機。長さ53 m、翼幅50 m、最大離陸重量185トン、エンジンはKuznetsov NK-12MPターボプロップ15,000軸馬力4基、戦闘行動半径6,500 km。米海軍の発表によれば、同日ロシアのTu-142哨戒機2機が折から日本海で演習中の空母ロナルド・レーガンに超低空で接近したため、搭載戦闘機4機が緊急発進し警戒に当たった。両國の当局発表から推定し対象機は同じと考えられる。
図2:(統合幕僚監部)統合幕僚監部が発表したロシア海軍哨戒機Tu-142 2機の飛行航跡。途中に描かれている「丸」印についての説明はない。しかし、米側が発表した「Tu-142哨戒機2機が米空母ロナルド・レーガンに異常接近」の情報を勘案すると「丸」印付近の空域がそれに符合する。なお矢印先端上の小さな⚪は、我が国島根県の竹島とその領海を示す。
同じ17日付の米軍関係向け新聞「Stars and Stripes」紙は横須賀海軍基地発表として「ロシア機が米海軍空母ロナルド・レーガン(Ronald Reagan)に接近、艦載ジェット戦闘機がスクランブルで対応」と大きく報じた。第7艦隊の報道官発表では、『27日火曜日の朝、ロシア海軍所属のTu-142型対潜哨戒機2機が、日本海公海上で空母ロナルド・レーガンに対し、距離で1 n.m.(1.8 km)以内、高度500 ft (150 m)の超低空で接近してきた。これに対し同空母は4機のF/A-18スーパー・ホーネットを緊急発進させて対応、警戒に当たった。』
当時ロナルド・レーガンは、イージス巡洋艦Chancellorsville (CG-62)9,800 ton、イージス駆逐艦Fitzgerald (DDG-62) 8,900 ton、同Mustin (DDG-89) 9,200 tonの3隻を従え、韓国海軍と朝鮮半島東側の日本海公海上で合同演習を行っていた。
そして『当時、空母ロナルド・レーガンは、ロシア機の行動を逐一監視し、韓国海軍および日本防衛当局と緊密に連絡を取り合いながら、ロシア機が接近するより前から4機のF/A-18を発進させた。』
『空母はロシア機に対し連絡を試みたが反応はなかった。空母の護衛を担当していた米艦の1隻はロシア機が飛び去るのを監視し続けた。』
図3:(Stars and Stripes)日本海公海上を航行する米空母ロナルド・レーガンと随伴する米韓両軍の艦艇。同艦隊は10月27日を挟む数日間この海域で合同演習を行った。
「Stars and Stripes」紙によると、ロシア機は米国やNATO、同盟諸国の艦船、領空に対し同じような“挑発行為 (provocative action) ”を続けている。
2014年4月:ロシア空軍Su-34戦闘攻撃機がルーマニア近くの黒海公海上で航行中の米海軍イージス駆逐艦ドナルド・クック(9,000 ton)に接近し超低空で繰り返し威嚇飛行を実施。
2015年9月:ロシア機(機種不明)がNARO加盟のトルコ領空を数回侵犯。
2015年9月:日本の北海道付近領空にロシア機が侵入。
米海軍の公式見解として、ロシア機やその艦艇が行う行動は、その他の国についても同じだが、国際法が許す範囲である限り反対はしない。
第7艦隊の報道官はさらに「いかなる国も国際規範に則る限り軍事行動をできる。しかし、これらの行動は他国の権利と規則を尊重し、かつ、安全な方法で行われなければ我々は直ちに警告を発する。」と述べている。
空母ロナルド・レーガンは事実上の浮かぶ空港であり、近くを飛行する航空機の飛行航跡を把握し、通信連絡をする航空管制塔の機能を備えている。海軍航空訓練教範にある“空母航空管制方法”によると、「空母から半径5 mile (9 km)高度2,500 ft (820 m)以内の空域を空母管制空域と定め、この中を飛行する場合は空母からの管制/指示を受けること」となっている。
27日の場合、接近するロシア機に対し交信を呼び掛けたが応答はなかった。
図4:(US DOD)空母ロナルド・レーガンから緊急発進した4機のF/A-18スーパー・ホーネットの内の2機。F/A-18E/F Super Hornetは双発艦載用多目的戦闘機で米空母艦載機の主力となっている、末尾の”E”は単座型、“F”は複座型を示す。エンジンはGE製F414-GE-400、推力はドライ/13,000 lbs,アフトバーナ/22,000 lbs。最大離陸重量30トン、最大速度マッハ1.8、戦闘行動半径は約700 km、搭載可能なミサイル爆弾等は最大8トン。
むすび
今回の空母接近事件は、たまたま米海軍イージス駆逐艦Lassen (DDG-82) 9,200 tonが南シナ海南沙諸島で中国が領有権を主張し軍事基地を建設中のスービー(Subi) 礁の領海12n.m.(22 km)内に進入した時刻とほぼ一致する。この接近事件で中国を支援する姿勢を示したと見ることもできる。
今回の接近事件報道で感じたことだが、我が統合幕僚監部の発表は極めて簡単、米空母への接近飛行とは無関係、のような素振りであった。一方、米第7艦隊の報道官はより具体的に説明し、日本の防衛当局とも連携しながら対処した、としている。両者の発表がお互い無関係であればそれでも良い。しかし今回の件は、記述の経緯から明らかなように同じ事件と推定できる。であれば統幕発表にも一工夫が欲しかったと感ずる次第だ。
-以上-
本稿作成に参照した主な記事は次の通り。
防衛省統合幕僚監部10/27公表「ロシア機の日本海における飛行について」
Stars and Stripes October 29, 2015 [Russian aircraft approach USS Ronald Reagan, prompting US fighter jet scramble] by Erik Slavin
Stars and Stripes October 30, 2015 [USS Ronald Reagan pulls into Busan after joint drills] by James Kimber