2016-06-12(平成28年) 松尾芳郎
パイロット・リポートの筆者Fred George氏は、グリーンスボロのホンダジェット製造工場を見学してから、ホンダジェットの首席テストパイロットKen Sasine氏の指導で、11号機で初飛行を体験した。それから一週間後に、カッター・アビエーション(Cutter Aviation)社のWill Cutter氏が、15号機を使ってパイロットのHall Lewallenと一緒に飛ぶ機会を与えてくれたので、都合2回の飛行をすることができた。
以下は、Fred George氏の「ビジネス航空界で最も独創的な航空機ホンダジェットの試乗体験記」の大要である。
図15:(Honda Aircraft)ホンダジェット11号機。パイロット・リポートの筆者Fred George氏が最初に乗った機体。
図16:(Honda Aircraft)ホンダジェットHA-420のシミュレータは、フライトセーフテイ・インターナショナル (flightSafety International) 社製の6軸モーション型レベルDモデル。顧客はこれでホンダジェットの操縦訓練を受ける。F. George氏もこれに乗り、シュミレータ・センターのマネジャーEric Dixon氏の指導を受けた。
(注)full flight simulator(FFS)にはA – Dの4レベルがあり、「Level D」は最も精度(忠実度)が高く、加速、減速を含め体が感じる機体の動き、窓から見える周辺の景色、交通管制との通信連絡、などを忠実に再現する。新ICAO基準では「Type 7」とも呼ばれる。
エンジンスタートでは、左右の電動燃料ポンプを使い、両タンクの搭載量が均等になるようクロスフィードして給油する。始動し終わったら、主翼に掛かる曲げ応力を少なくするため、最初に中央翼タンク、次に後部胴体タンクの燃料を使い、それから主翼タンクに移る。
シュミレータの慣熟訓練で、パイロットのワークロード(作業負荷)が少ないことが判った。コクピットに最新のガーミンG3000が採用されたことで機体の各システムとアビオニクスの統合化が一段と進み、エンジンスタート前のプリフライト・チェックは自動化され、ウエイト&バランス(weight and balance/重心位置設定作業)は簡単にでき、飛行計画はガーミンのタッチパネル(TSC=touch-screen control)で簡単に設定できる。着陸灯を含む標識ライト、防氷装置、及びトランスポンダーのセッテイングは自動的に行われる。
このように各システムは自動化され、少し行き過ぎのようにも感じられた。従来の経験では、着陸灯スイッチを入れてからタキシイ開始するのがしっくり来る。もっともホンダジェットでは、TSCで切り替えて在来の手動操作も出来るようになっている。
図17:(Honda Aircraft)快適な機長席。
規則上パイロット一人でも飛行できるので、このG3000タッチパネル(TSC)は一人パイロットの場合は、作業負荷が少なくて済み、何かと好都合である。操作中“何をしているのか? なぜ?”といった疑問は全く感じなかった。G3000 TSCシステムはiPhoneと同じように使い勝手を良く考えて作ってある。
TSCは、全システムの操作ができるように設定されている。すなわち、通信、気象、交通管制、地表衝突警報システム(terrain hazard warning systems)、V1(離陸決心速度)、V2(離陸速度)、ウエイポイント(waypoint/通過点)表示、などのセッテイングができる。将来フライト・マネジメント・システム(FMS=flight management sys)のソフトの改良版がでれば、空港及びその空域に関するあらゆる情報(上昇関連情報、ランウエイ長さ、離陸関連速度、等)が、TSCに組み込まれる予定だ。
G3000には、ドアの開閉状況、エンジン・オイル量、各タンクの燃料搭載量、油圧系統、エアコン及び与圧システムの機能、電気系統、などの状況が組込まれ、詳しく知ることができる。また各操作前に必要なチェックリストは、左席では操縦舵輪左にあるスイッチでLEDパネル上に簡単に表示できる(右席では反対側)。
舵輪右側(左席)にはシステム操作用のショートカット・スイッチがあり、押すと、その時必要なシステム、例えば外部灯火、室内灯、サーキット・ブレーカー、エンジン関連機能、室内温度、その他、の操作がTSCでできる。
我々が乗った11号機は普通使われるオプション項目を搭載済みで、空虚自重(BOW=basic operating weight)は7,381 lbsとなり、基本型のBOWより100 lbsほど重かった。そして燃料を2,000 lbs積むなどして離陸重量は9,748 lbsとなった。空港ランウエイの高度926 ft、外気温27°Cなどから、V1(離陸決心速度)=110kt、Vr(引起こし速度)=114 kt、V2(離陸速度)=120 kt、そして39,000 ftに上昇、上昇最終段階での速度Venrは140 ktと自動的に算出された。
地上電源を入れ、全てのデイスプレイが作動し、スタート前チェックを終え、飛行計画を入力してから、エンジン始動ボタンを押しスロットルをアイドル位置まで進める。始動後3分で地上電源を切り離し、ランウエイ23L(230度方向の滑走路)に向けタキシイを始める。ブレーキの効きもステアリングの感じも同クラスのリアジェット(Learjet)75と同様、極めてスムースだ。
管制から“離陸よろしい”(cleared for takeoff)を受領、スラストレバーを一杯に押し込み加速を開始、2.5 : 1の推力—重量比のお陰で素晴らしい加速。操縦舵輪の引起こし感覚は軽量ジェットにしてはやや重い感じだ。これは主車輪が重心位置よりかなり後ろに配置されているためである。浮上すると直ぐに車輪を引込めるが、ピッチ・コントロールは極めて軽い。
同乗の首席テストパイロットKen Sasine氏は「ホンダとしては、最高の扱い易さを目指して取り組んできた」と話してくれた。「飛行包絡線(flight envelope)内の殆どで、横揺れ/ロール(roll)、縦揺れ/ピッチ(pitch)、偏揺れ/ヨウ(yaw)に必要な操舵力の割合を、理想とされる1:2:4に近付けてある。」このためキビキビした操縦性を楽しめる。離着陸時を除いてヨウ・ダンパー(yaw damper)は常に作動している。離着陸時には車輪スイッチで、ヨウ・ダンパーを自動的に切離すようになっている。
管制からFL430 (高度43,000 ft)へ直接上昇する許可を貰い、標準の210 kt / マッハ0.57の速度で上昇した。外気温は上昇開始時では標準気温だったがFL400 (高度40,000 ft)では標準大気温(ISA -56.5℃)対比で-5℃に下がり、このため上昇率が上がりFL430に到達するまで、予想の21分が18分に短くなった。
FL430 (高度43,000 ft)で標準大気温(ISA)-5℃におけるホンダジェットの巡航速度はマッハ0.63となり、燃費は1時間当たり560 lbsである。
ついでFL330(高度33,000ft)に降下、重量9,300 lbsで時速420 ktで巡航したが、この時の燃費は1,000 lbs/hr、速度、燃費ともに公表値を十分満足している。
長距離、高速巡航飛行をチェックしてから、目視飛行(VFR)をするために高度を17,500 ftに下げた。そして気付いたのは、推力を上げるとわずかに機首下げの力(pitching moment)が働くことである。これはエンジンの位置が機体の重心より上にあるためと思われる。また、高速時にスピード・ブレーキを開くとやや機首下げになる。スピード・ブレーキの効きは極めて良好で、高速飛行から降下率7,000 – 8,000 ft/分で安定した姿勢で降下できる。これは非常事態で降下する場合特に重要な性能だ。
操縦席正面の14.1 inch型ガーミンG3000液晶パネルには、オプションで合成視認システム(SVT=synthetic vision technology)が表示される。画面の水平儀(Horizon)上には自機の位置マーカーと航路(FPM=flightpath marker)が示され、位置マーカーを保持しながら飛べば高度がずれる事はない。45°バンクで旋回する時の機首上げに要する力(pitch force)は軽くトリム調整は不要、機速250 ktを維持するためN1回転数を5%あげるだけで十分だ。SVT表示画面には近傍の山などの障害物が表示される。これで闇夜、悪天候下での飛行、着陸進入が安全にできる。
図18:(Garmin)ガーミンG3000 コクピット・デイスプレイ、14.1 inchサイズのパネル3枚で構成。左の機長席パネルには合成視認システムが表示されている。
次に脚を入れた状態で、フラップを離着陸角度および着陸時角度にセットして失速(stall)特性を試してみた。自重9,140 lbsの場合、失速警報のステイック・シエーカーが作動する速度は、フラップ位置と脚の出し入れ状況で異なり、109 kt、99 kt、95 kt、の3種がある。ストール回復操作は、機首を下げ推力を増加するだけで他機と変わりはない。
グリーンスボロ空港に戻る際には進入、着陸、停止までを2回試してみた。積雲の中を飛ぶ時の揺れは、この機体は翼面荷重が大きいので大型のビジネス機と同程度で穏やかな感じだった。しかし乱気流に入ると機首が激しく揺れるので操縦舵輪で抑える必要があった。
自重9,200 lbsでの降下進入速度Vapp は114 kt、着陸速度Vrefは109 kt、手動操縦でスムースに進入でき、滑走路端で速度をVrefに落とし高度50 ftで推力をアイドルにして機首をやや上げて接地する。この時機体が軽いためかやや浮いた状態(フロート/float)が少し続いてから接地した。
2度目の着陸の時は、滑走路端での速度をもう少し落として接地を試みたが、今度はほとんどフロートせず接地できた。
カッター・アビエーションの機体で飛んだ時は、着陸・接地の際はほとんどフロートせずに着地できた。これはこれまで経験してきたエクリプス(Eclipse) 500型機と同じで、滑走路端の速度Vrefを低目にすることでフロート距離を短くできる。
離陸中の片側エンジン停止の訓練はシュミレータで行った。離陸決心速度V1で左エンジン停止をしたが、この時は左への方揺れ(yaw)モーメントに対応できず失敗した。しかし右側ラダーペダルをやや強く踏み込めば容易に修正できる。
2度の飛行を経験して、その高性能と客室の静けさに強い印象を受けた。小型ジェットの中でこの機体の客室は群を抜いて最も静かだと言って良い。
このようなことでホンダジェットは、客室の豪華さ、広さ、静けさ、個室の洗面所、それに乱気流時の乗り心地、などで、これまでの小型ビジネス機の標準仕様を一段押し上げるのに成功した。
機体外面の仕上げは素晴らしく、他機を凌いでいるし、オプションを含む価格510万ドルに相応しく客室内装も第1級である。
しかし小型ビジネス機の世界は競争が激しく、現在セスナ・サイテイション(Citation) CJ1、CJ1+、および同M2型機がすでに400機以上、さらにエンブラエル・フェノム(Phenom 100/100E型機が300機運用中である。そして悪いことには2009年以降、この市場が落ち込んでいる。不況は長くは続かずいずれ回復するだろうが、新規参入には壁になる。
しかしホンダジェットは、その性能と快適さでやがて市場に大きく食い込むだろう。
図19:(Honda Aircraft) アビエーション・ウイーク誌(June 6-19, 2016)の表紙を飾ったホンダジェットHA-420の写真。
—以上—
本稿作成にあたり参照した主な記事は次の通り。
EBACE 24-26 May 2016 Geneva “Pilot Report : Flying Hondajet HA-420”
GE Honda Aero Engine “Explore the HF120 Engine”
Jounal of Aircraft Vol. 42, No.3 May-June 2005 “Design and Development of the HondaJet” by Michimasa Fujino Honda R&D Americas, Onc. Greensboro. North Carolina
Aviation Week May 31, 2016 “HondaJet Notable for Comfort, Quiet and Speed” by Fred George
Aviation Week Network Dec 28, 2015 “HondaJet Gets FAA Certification” by William Garvey, Molly McMillan and Jessica A. Salerno
Controller “2016 HONDA HondaJet”
GE Honda Aero Engines
Aviation Week Network May 26, 2016 “Pilot Report: Flying The HondaJet HA-420” by Fred George