2013-10-08産経新聞論説委員 木村良一
高血圧治療薬の臨床研究データ改竄と、肌がまだらに白くなる美白化粧品の被害。この2つがここ最近、大きな医療問題になっている。片方は医薬品で、もう一方は化粧品とその対象は違うものの、問題の本質は同じだろう。どこがどう同じなのか。そこを分析しながらあらためて薬との付き合い方を考えてみたい。
製薬会社ノバルティスファーマの「ディオバン(商品名)」=成分名・バルサルタン=に関する臨床研究で、論文に使われたデータがディオバンに有利なように操作されていた。これが今回の臨床研究データの改竄だ。臨床研究を行った京都府立医大が7月11日に「データが操作されていた」と調査結果を公表、その後30日には東京慈恵会医大も同様の発表を行った。
データは他の製薬会社の高血圧治療薬よりも脳や心臓の血管障害に効果があるように操作されていた。この改竄データをもとにした論文は、ノ社の宣伝に活用され、ディオバンの年間売り上げは毎年1千億円以上に上った。
幸いなことにディオバンの降圧剤としての効果には問題はなく、副作用も出ていない。しかし服用を続けてきた患者の信頼を裏切ったことは間違いない事実である。
この問題では、ノ社が臨床研究をうまく宣伝に利用したことになる。臨床研究は①薬事法上の規制が厳しい治験と違って規制がない②あるのは研究者や製薬会社のモラルに頼った倫理指針だけだ③厚生労働省にも届ける必要はないうえ、費用も治験の10分の1以下と格安だ-からである。
少しややっこしいので、ここで補足説明をしておく。治験は製薬会社が新薬の製造販売承認を得るため、実際にその薬を患者に投与して安全性や有効性を調べる臨床試験で、臨床研究の方は本来、医学や薬学の進歩を目的に医師主導で進められる。
今回の臨床研究をめぐっては、ノ社が臨床研究を実施した5大学に総額11億円以上もの奨学金を提供していたことが明らかになったほか、ノ社の社員が臨床研究を実施した京都府立医大など5大学の臨床研究のデータの統計解析に参加していたことも判明。研究の中立性に疑義が生じる利益相反の疑いがある。
厚労省は大臣直轄の検証委員会を設置し、臨床研究の規制など再発防止の検討に乗り出したが、治験と臨床研究の違いに問題の本質があるようだ。
一方、美白化粧品の被害。カネボウ化粧品が製造・販売した化粧水や乳液などの美白化粧品を肌に付けたところ、まだらに白くなる白斑症状の被害が相次いだ。カネボウの発表によると、8月11日時点で7000人以上の利用者からこの白斑症状が確認された。
化粧品にはカネボウが独自に開発したロドデノールと呼ばれる美白成分が配合され、平成20年1月、厚労省から医薬品に準じる医薬部外品の承認を受けていた。薬理作用が高いと、その分、副作用も出るといわれるが、カネボウが安全性にどれだけ配慮して開発したかが大きく問われてる。
被害の背景には、美白ブームに乗った化粧品会社の美白成分の独自の開発競争がある。より効果の高い美白成分を消費者の求めに応じて独力で開発していく。そうした競争のなかで、医薬品に極めて近い化粧品も製造されるようになるという。
だだし、新薬として製造販売の承認を得る治験は避け、化粧品あるいは化粧品と医薬品の中間に位置する医薬部外品としての承認を得るための小規模の臨床試験を行う。医薬部外品の承認は治験の審査に比べて甘く、費用や時間もかからず、化粧品会社にとって利益は大きい。しかしその半面、副作用に対する検査が手ぬるくなり、市販後に利用者が増えると、臨床試験中には分からなかった副作用が明らかになるケースもある。
カネボウの美白化粧品では健康な女性約300人に試験的に使用してもらってデータを集め、厚労省の監督下にある医薬品医療機器総合機構で審査を受けたにもかからず、今回の白斑症状の副作用の問題が起きた。
ノバルティスファーマの臨床研究データの改竄も、カネボウの医薬部外品の美白化粧品被害も、臨床研究の規制や医薬部外品の承認審査が、甘いところに問題がある。その甘さに製薬会社や化粧品会社が目を付け、売り上げを伸ばそうとしたのが真相ではないか。
一般的に規制を厳しくすると、研究者の自由が奪われ、日本の科学研究自体が滞る恐れがあるといわれる。その点に注意しながら規制を強めていく。これが患者や利用者を守るひとつの方法である。患者や利用者の方も、医薬品やそれに準じる医薬部外品は副作用のともなう「必要悪」という認識を持ちたい。
(慶大綱町三田会・メッセージ@penから転載)
http://www.tsunamachimitakai.com/pen/index.html