JAXA・三菱の次期基幹ロケット”H-X”を 2021年に打上げ


2014-05-19   松尾芳郎

2014-05-29  Revised

 

図:(JAXA)左端がH-X基本型、1段目には新しいLE-9エンジンを2基装備し合計離昇推力360㌧とする案が有力、2段は同じく新エンジンLE-11を1基を搭載予定。H-X基本型はSSO(太陽周回軌道)高度約800kmに3㌧の打上げが可能。基本型に固体燃料ブースターを順次追加して、GTO(地球周回静止軌道)に2-6.5㌧の輸送を可能とする。H-Xでは打上げコストを現在のH-IIAロケットの半分に切り下げて諸外国との競争力を高めるのが目標。H-X基本型初号機は2021年3月の打上げを目指している。

 

JAXAが検討中の次期基幹ロケットH-X計画が実現に向けて加速してきた。かねてから現在の基幹ロケットH-IIAおよびH-IIBの後継機としてH-Xの開発が検討されてきたが、JAXAは今年3月に、H-Xの設計、開発、製造、および打上げ業務の担当として三菱重工を主契約に選定した。これでJAXAは政府との間で要件を立案し、システム全体を管理する立場となる。このなかでJAXAは、H-Xの成否を左右する新しい主エンジンの基本事項にも関わることになる。

三菱はH-IIAおよびH-IIBロケットの主契約社として製造から打上げの実務を担当しているので、H-X計画の主契約社となるのは当然と受け止められる。

先に成立した平成26年度予算で、文部科学省研究開発局担当の「新型基幹ロケット」開発事業費として、平成26-33年(2014-2021)の間の総事業費1,900億円、その内平成26年度分として総額70億円が承認されている。

H-Xの初号機はブースターなしの基本型で2段式ロケット、2021年3月までに3㌧の衛星を太陽同期軌道(SSO)に打上げる。そして2022年初めには、ブースター付きの出力向上型の2号機で、2.1㌧の衛星を地球静止軌道(GTO)に打上げる。最も大きいブースター6基付きのモデルでは、GTOに6㌧を打上げる能力を持つ。これは低地球周回軌道に15㌧を打上げるのに相当する。

 

(注) SSOおよびGTOの説明

*太陽同期軌道(SSO=Sun-synchronous Orbit);–

地球を回る衛星のうち、太陽光と衛星軌道面が常に一定の角度になる軌道で高度は600-800km、北極と南極を結ぶ極軌道に近い。地上からは、太陽と衛星の位置関係が常に毎日同時刻に一定に見え、同一条件下で地表の観測ができる。

*地球静止軌道(GTO=Geostationary Transfer Orbit);—

赤道上空36,000kmの軌道で、ここを回る衛星は、地球の自転と並行して動くので地上からは静止して見える。このため通信や放送用衛星で使われる。

 

H-X計画が目標として掲げているのは次ぎの4項目;–

1)      幅広い打上げ重量に効率的に対応(SSOに3㌧、GTOに2-6.5㌧)

2)      打上げ費用をH-IIAおよびIIBの半分となる50億円を目標

3)      H-IIAおよびIIBと同水準以上の高信頼性を確保

4)      1ヶ月内に2機打上げを可能とするスケジュール柔軟性を確保

 

打上げコストを押さえながら幅広い打上げ需要に応えるため、基本型を変えずに固体燃料ブースターを適宜追加し、推力を増加する方法を採る。

JAXA、MHI、それにロケットのターボポンプ担当のIHIが、最も力を入れているのがLE–X(LE-9と改称)と呼ばれるエンジン(推力145㌧)で、2006年から開発が始まっている。試作機は、燃費に相当する真空中の比推力は432秒、液体水素(LH2)ターボポンプ回転数は40,000rpm、液体酸素(LOX)ターボポンプ回転数は16,500rpmとなる。現在各種要素試験を進めている段階で、これを基に180㌧推力のLE-9エンジンの完成を目指す。

LE-9およびLE-11は、燃料に液体水素、酸化剤に液体酸素を使うのはH-IIAのLE-7系エンジンと同じだが、基本サイクルが異なる。ここで簡単に図解してみよう。

ロケットタービンガス発生方式

図:(三菱重工技報Vol.48 No 4)液体ロケットでは、燃料を燃焼室・ノズルの外套を被う熱交換器で加熱しガス化するのは、どれでも同じだが、その後の処理が異なる。左上「2段燃焼サイクル」は LE-7A用で、ガス化した燃料は副燃焼室で燃焼されてタービンを駆動する。一方LE-9および-11用の「エキスパンダー・ブリード・サイクル」は右下の方法で、燃料の一部をガス化し燃やさずにタービンを駆動、大半のガス化した燃料はポンプから主燃焼室に送り込まれる。

 

LE-7Aは「2段燃焼サイクル」あるいは“プレバーナー・サイクル”と呼ばれる燃焼室が2つある方式である。燃料LH2と酸化剤LOXを主燃焼室に送るポンプを回すために、“副燃焼室”(プレバーナー)を備えている。この方式は、全ての推進剤が主燃焼室での燃焼に使われるので比推力が高くでき、高出力が得られる。大出力が必要な打上げロケットはこの方式が多い。しかし構造が複雑で高温高圧の箇所が多く、信頼性を上げるには高い技術力が必要となる。つまり低コスト化が難しい。燃料と酸化剤を主燃焼室に送るポンプを回すためにタービンが必要だが、この方式ではタービンを駆動するガス温度を酸化剤と燃料の流量比でコントロールしている。万一この制御システムの弁のどれかに不具合がでるとガス温度がたちまち3,000℃を超え、破壊する恐れがある。

実用化されているのは、LE-7系列の他に、スペースシャトルのSSMEエンジン、ロシアのRD-170やRD-180 等がある。

2段燃焼サイクル

図:(Wikipedia) “2段燃焼サイクル”(プレバーナー・サイクル)の概念図。LE-7Aに使われている方式。これには主燃焼室(Combustion Chamber)の他にプレバーナー(Pre-Burner)がある。燃料は全て燃焼室・ノズルの外套にある熱交換器でガス化、プレバーナーで部分燃焼後、主燃焼室に送られ燃焼し、推力を生じる。

 

LE-9およびLE-11に使われる「エキスパンダー・ブリード・サイクル(expander bleed cycle)は、推進剤を熱交換器でガス化し、これで直接タービンを駆動、燃料・酸化剤ポンプを回す方式。プレバーナー(副燃焼室)がないのでタービン駆動用ガスの温度は600℃程度におさまり構造が簡単。推力を増やすにはノズルを大きくし燃料への熱交換量を増やす。ノズルの表面積は直径の二乗に比例する。しかし加熱すべき燃料の体積は3乗に比例して増やす必要がある。このため大出力を得難いが、これまでの検討では推力200㌧程度までは可能と判った。

エキスパンダーサイクル

図:(Wikipedia) “エキスパンダー・サイクル”の概念図。この形式では燃料ポンプ(Fuel Pump)からの燃料LH2を、燃焼室(Combustion Chamber)・ノズル(Nozzle)外套の熱交換器でガス化、これでタービンを駆動、燃料ポンプ(Fuel Pump)、酸化剤ポンプ(Oxidizer Pump)を回す。これは“フルエキスパンダー・サイクル”とも呼ばれ、燃料は全てポンプから熱交換器(Heat Exchanger) を経由、タービンを駆動、その後燃焼室に送られる方式。

LE-9およびLE-11用「エキスパンダー・ブリード・サイクル(expander bleed cycle)」はこれを改良し、燃料ポンプからの燃料の多くを直接燃焼室に送り燃焼させ、一部を熱交換器でガス化、タービンを駆動、その後ノズル内に捨てる方式。これで燃焼圧を高め推力を増やしている。

LE-X歴史

図(三菱技報 Vol.48 No.4)三菱重工に於ける“エキスパンダー・ブリード・エンジンの歴史。右端の]LE-X]は、現在では[LE-9]と呼ぶ。

 

“エキスパンダー・ブリード・サイクル”エンジンの歴史は上図の通り。実用化に成功したのはH-IIロケットの第2段「LE-5A」が世界最初である。

[LE-5]は基本となったエンジンで、液体酸素・液体水素を推進剤とする日本初のロケットで、ガスジェネレータ・サイクルを採用。ただしエンジン始動時に“エキスパンダー・ブリード・サイクル”を使う世界初の試みをした。

[LE-5A]はこれをベースにし全面的に“エキスパンダー・ブリード・サイクル”化し、所要の性能を達成した。H-IIで使用された。

[LE-5B]では、燃焼室とその外套の熱交換器を改良し簡素化して、100%定格出力だけでなく60%、30%、アイドルモード作動ができることを実証した。推力は14㌧、H-IIAの第2段に使用中である。

[MB-XX][MB-60]とも呼ばれている。一般にロケットは燃焼室スロートでガスを超音速にし、それを末広ノズルで増速し推力を得る。この両者の面積比(膨張比)を大きくして性能(ISP)を向上させている。この目的でスロート面積を絞り膨張比を増加させたエンジンが[MB-XX]で、燃焼圧を]LE-5B]の3.6MPa(メガパスカル)から14MPaに上げてある。[MB-XX]は三菱と米国P&W社が共同開発したエンジンで、所定の推力と性能を得て実験を完了した。

[LE-9]と[LE-11]は、それぞれH-X打上げロケットの第1段と第2段に使われる予定で、開発中であることは既述の通り。なかんずく[LE-9]は、“エキスパンダー・ブリード・サイクル”エンジンとして現在世界最強力の[LE-5B]推力14㌧の13倍の推力を目指すものとして注目されている。

第2段用の[LE-11]は、当然ながら推力は[LE-9]の目標180㌧に比べ小さく、20-30㌧程度になる見込みだ。

LE-7・7Aエンジン

図:(三菱重工)H-IIAロケットの第1段エンジン[LE-7A]の外観。次ぎの[LE-11]に比べると副燃焼室と付属部品があるため、かなり複雑な構造になっている。

LE-Xエンジン

図:(三菱重工)[LE-9]エンジンの完成モックアップ。[LE-7A]に比べ外観はずっと簡単。燃焼室部分がこれまでに比べ長いのが特徴。[LE-9]の燃焼室高さは1.2m、重量は約600kg、[LE-7A]の高さ0.6m、重量200kgより大きいが、推力増は4割に止まる。燃焼圧は[LE-7A]と同じ12.1MPa(1,780psi)。これからの課題はIHI担当の推進剤ポンプ駆動用タービンの効率向上だ。タービン効率を上げれば、駆動用ガス量が少なくて済み、熱交換器用の面積が少なくなり、ノズルを含む全体を軽くできる。

 

H-Xは、日本の基幹ロケットとしては初めて固体燃料ブースター(SRB)無しの基本構成となっている。そして必要に応じSRBを追加装備して推力需要に対応する方針であることは、既述の通り。

追加装備するSRBは、先に打上げに成功したイプシロンロケットの第2段(M-34C、真空中推力371.5kN)を改良したロケットで、2本、4本、6本を使用する予定。H-IIAおよび-IIBの場合は、第1段[LE-7A] x 2基(真空中推力2,200kN)のみでは離昇できないので、成層圏まで持ち上げるため大型のSRB(固体燃料ブースター)を取付けている。これに対し、H-Xは本体の1段(LE-9 x 2基)のみで自力離昇ができるので、SRBは小型で第1段の補助が目的となる。

 

(注)イプシロンロケットに付いては、TokyoExpress 2013-08-06掲載の [JAXA新型ロケット「イプシロン」を8月22に発射]を参照のこと。

 

H-Xの打上げコスト削減には、もう一つ、イプシロンで開発した簡便な打上げプロセスを援用し、併せて大幅な打上げ要員の削減も目指している。

 

最後に、次期基幹ロケット[H-X]プログラムは、最近名称を[H-III]と改めた。

–以上−

 

本稿作成の参考にした記事は次ぎの通り。

Avation Week Mar.5, 2014 “JAXA Calls for H-X Launcher Prime Contractor” by Bradley Perrett

Aviation Week May 5, 2014 page 42 “Cost Cutter” by Bradley Perrett and Frank Morring,Jr.

Aviation Week May 5, 2014 page 44 “Big and Simple” by Bradley Perrett

JAXAニュース平成26年3月25日“新型基幹ロケットの開発および打上げ輸送サービス事業の実施業者の選定結果について”

Telescope Magazine No.004 2013.04.22 「日本のロケット開発の過去と未来」by 大塚実

三菱重工技報Vol.48 No.4 (2011) “LE-Xエンジン開発へ向けた取組み“ by 渥美雅広、吉川公人、小河原彰、恩河忠興、

その他