2014-06-02 産経新聞論説委員 木村良一
写真:木村良一氏の近影
何がSTAP(スタップ)細胞の論文不正問題を引き起こしたのだろうか。背後に潜んでいるものは何なのか。新聞やテレビは研究費獲得のための行き過ぎた成果主義や、研究者に対する倫理教育の欠如などを指摘している。それはそれでその通りだとは思うのだが、STAP細胞問題を自分なりに考えていくと、医療事故で大学病院を取材したときに感じたのと同じ思いにぶち当たる。
それは「医学界の常識は社会の非常識、社会の常識は医学界の非常識…」という問題だ。お医者さんの世界は私たちの社会とかけ離れて社会常識が通用しないところがある。医学界の腐敗を鋭く追及した山崎豊子の小説『白い巨塔』を思い出してもらえればよく分かるだろう。
医師に社会常識がないとはいえ、医学は患者がいなければ成り立たない。患者あってこその医学であり、医師は患者を通じて社会とつながっている。
それに比べ、同じ専門家でも理化学研究所の小保方晴子氏のような研究者はというと、終日ラボ(実験室)に引きこもって実験を続け、その成果を実験ノートにとる作業の繰り返しだ。一般社会から隔絶した環境の中で研究を強いられる。その結果「研究者の常識は社会の非常識、社会の常識は研究者の非常識」という病に追い込まれる。患者を治療することで社会とつながる医師の世界とは違い、ラボの世界では外界との交わりがなく、社会の常識など通用しない。
ここでSTAP細胞のこれまでの経緯を簡単に整理しておこう。今年2月以降、小保方論文の画像や記述内容に不自然な点があることが、インターネット上での指摘で相次いで判明し、理研が調査に乗り出し、理研の調査委員会が3月14日に中間報告を発表した。その後、4月1日の最終報告で2つの事項について不正(捏造や改竄)があったと断定された。
まず捏造と判断されたのは、STAP細胞がさまざまな細胞に分化する万能性を持つことを示す画像だった。調査委は小保方氏が3年前に早稲田大学に提出した博士論文に関連した別の実験画像から流用されたものだと認定した。これに対し、小保方氏は4月9日に記者会見し、「間違いは結論に影響しない。実験は確実に行われ、データも存在する」と反論、「単純ミスで不正の目的も悪意もなかった」というこれまでの主張を繰り返した。
調査委も指摘しているが、やはりSTAP細胞の存在そのものの重要な証拠となる画像を「単純なミスで取り違える」こと自体、研究者としての基本姿勢ができていない。しかも取り違えたのは実験条件が異なる画像で、それを「結論に影響しない」と言い切るのはどう考えてもおかしい。本来なら実験ノートが小保方氏の反論の支えとなるはずなのにその肝心の実験ノートまでいい加減だったというから驚いてしまう。
もうひとつ、調査委によって改竄とみなされたのが、STAP細胞を作製した証拠となるDNAの解析画像の切り張りだ。これも言うに及ばず、「画像を見やすくした」という小保方氏の言い分は社会通念と大きくかけ離れている。
実験の手法について説明した論文の記述が他の論文のコピーであることも判明した。いわゆるパソコン上のコピペ(コピーアンドペースト)だが、小保方氏はこれを不正行為と認識していないようだ。コピペが不正であることぐらい学生でさえ理解できるのに…。
今回の問題をすべて小保方氏ひとりのせいにして逃げ切ろうとする理研の体質にも大きな問題がある。これは最終報告を発表した4月1日の理研の記者会見を聞いていて強く感じたことだが、「研究そのものは研究者が責任を持つもの」(野依良治・理研理事長)という意味のことをしきりに強調していた。あれではトカゲの尻尾切りと批判されても仕方がない。
重要なのは、指導的立場の幹部の研究者がなぜ不正を防げなかったか、それを、責任を持って検証して再発防止に結び付けていこうとする謙虚な態度だ。いくらトカゲの尻尾を切ってもまた元凶の尻尾は生えてくる。胴体そのものを根本的に変えない限り、同じ不正はまた繰り返される。
論文不正はこれまでも繰り返し起きてきた。昨年には分子生物学研究で第一人者の東大元教授らによる論文に多数の改竄や捏造が見つかり、その前年には東京医科歯科大の助教の論文に不正が発覚した。海外では韓国ソウル大教授によるES細胞論文のでっちあげなどが起きている。
論文の不正をなくすにはラボという特殊な閉鎖世界を私たちの社会に向けて開放し、社会常識の通じる世界に変革していかなければならない。それには研究機関や研究者自身が研究室のすぐ向こうに一般社会があることを自覚することから始める必要がある。
–以上−
※慶大・旧新聞研究所OB会のウエブマガジン「メッセージ@pen5月号」から転載しました