先進技術実証機「ATD-X」(心神)、今年末に初飛行


–小野寺防衛大臣が4月10日の参議院外交防衛委員会で明言–

2014-06-22 松尾芳郎

2014-06-23  改訂

img_4

図:(blogs.yahoo)先進技術実証機[ATD-X](心神)の完成予想。間もなく完成し2014年内の初飛行を目指す。

 

三菱技報心神三面図

図:(三菱技報Vol.45, No.4, 2008) 先進技術実証機[ATD-X](心神)の三面図。全長約14m、翼幅約9m、高さ約4.5m、離陸重量は13㌧で、F-22やF-35よりかなり小型。これを基に「F-2」の後継となる次期戦闘機「F-3」を開発する。

実証エンジン

図:(航空装備研究所)[ATD-X]に2基装備される[XF5-1]エンジン。推力は約5㌧、特筆すべきは推力重量比7.8:1を達成している点である。全体の構成は「ファン・3段+HPC・6段+燃焼室+HPT・1段+LPT・1段+アフタバーナ」。コンプレッサー圧力比26、タービン入口温度1,600℃。IHIが開発、製造を担当。

 

小野寺五典防衛相は去る4月10日の参議院外交防衛委員会で、『将来の国産ステルス戦闘機「F-3」の試作機となる「先進技術実証機”ATD-X”(心神)」の初飛行を今年末までに実施する』と明言した。これは自民党の宇都隆史参議院議員の質問に答えたもの。

小野寺大臣は、今年2月に三菱重工小牧南工場を訪れ、製作中の”ATD-X”を実地に検証し「そこで初飛行は今年中に行う」と云う報告を受けた。さらに言葉を続けて「”ATD-X“の飛行試験で戦闘機関連技術の実証研究を行い、2018年度までに次期戦闘機である”F-3”を国際共同開発にするか、あるいは国産開発にするかの最終判断を行い、必要な措置を講ずる」と語った。

先進技術実証機”ATD-X”は防衛省技術研究本部と三菱重工が開発中の機体。”ATD-X”を使って、”F-3”に適用するステルス性能、推力偏向パドルを含む高機動能力(IFPC)、先進アビオニクスの装備、さらに新エンジンXF5-1の性能等を含め、約2年間にわたり試験をする予定だ。

“ATD-X”については本サイトでこれまで数回紹介した。内容が重複するが以下に簡単に「経緯」と「設計の特徴」を紹介する。

 

(注)本サイトの”ATD-X”関連記事は次ぎの通りなので、併せてご覧頂きたい。

*  2012-04-16「先進技術実証機“心神”の組立て始まる」

*  2012-11-12「日本の次世代戦闘機F-3 は実現するか?」

*  2013-09-02「先進技術実証機”ATD-X”(心神)から次世代戦闘機[F-3]へ」

 

“ATD-X”開発のこれ迄の経緯;–

*  米国・F-22、F-35、ロシア・PAK FA、などの第5世代戦闘機の出現を受け、我国でも2000年代初頭から実証機”ATD-X”の開発を開始。

*  2005年に、実物大模型を使いレーダー反射面積(RCS)検証を、フランス国防装備庁の電波暗室で実施し、充分なステルス性を持つ事を確認。

*  2006年に、1/5サイズの無人機モデルを完成、4機を使い40回の飛行試験を行い、先進エアデータ・センサーの検証、フライト・コントロールの自己修復制御機能などの試験を実施。

*  2011年3月から、三菱重工で構造試験供試用機体の組立てを開始。

 

“ATD-X”の設計の特徴;–

*  ”ATD-X”は先端技術の実証機なので、サイズは次世代戦闘機「F-3」の半分ないし1/3である。

*  エンジン排気孔には、パドル3枚の「推力偏向装置(TVC=Thrust Vectoring Control)」を備え、これでフライト・コントロール機能の一部を受持ち、「統合 飛行–推力 管理(IFPC=Integrated Flight Propulsion Control)」システムを構成、高機動飛行制御機能を持たせる。

*  フライト・コントロールには、電子妨害を受けにくい光信号を使う「フライ・バイ・ライト」方式を使う。

*  レーダーは、F-2戦闘機用三菱電機製J/APG-1改系列の窒化ガリウム半導体素子使用のAESA型、レーダー機能だけでなく電子戦機能と通信機能を同時に一つのアンテナで行える。

*  “XF5-1”エンジンは、単結晶タービン翼、セラミックス・マトリックス複合材(CMC)製タービンノズルを組込み、また新型燃焼室を備えて試験中。推力は11,000lbs (5㌧)と小柄ながら、推力重量比は世界水準を抜く7.8:1を達成。1995年から開発がスタートし2008年に終了。この研究成果は、配備が始まったP-1哨戒機の高バイパス・エンジン”F-7”(推力6㌧・13,500lbs)に取入れられている。

 

(注)”CMC”については、本サイト2014-04-09 「超合金に替わる“セラミック–マトリックス複合材(CMC)」を参照されたい。

 

次世代戦闘機「F-3」に採用予定のその他の要素技術;—

*  スマート・スキンセンサー。機首レーダーでカバーしきれない全周囲を監視するため、複合材胴体のスキンに貼付ける薄いレーダー膜である。1998年から研究が始まり2010年に完了。

*  機首レーダー・アンテナに全周囲をカバーする”IRST”(赤外線捜索追跡システム)機能を追加。敵機の放射する赤外線を受信、追跡する。2010年から「先進統合センサ・システム研究」が進行中で2016年迄行われる。

*  「戦闘機用統合火器管制技術」、対ステルス機や多数の敵機に対し優位な戦闘を可能にするため、地上あるいは海上のレーダー、友軍機のレーダー情報を高速データリンクで共有し、火器管制をする技術。2012年に研究開始、2017年に完了する。すなわち、誰かが撃てる、撃てば当たる“クラウド・シューテイング”の実現を目標にしている。これを「i3 Fighter」、つまり「高度に情報化(Informed)、高度に知能化(Intelligent)、瞬時に(Instantaneous)敵を叩く、戦闘機と云う。

*  「ウエポン内装化空力技術」、戦闘機機内にミサイル等を内装化するため、兵装庫(ウエポンベイ)ドアを開けた時に生じる複雑な衝撃波と空気流、その中でミサイルなど兵装を分離発射する状況の解明をする研究。2010年開始で2017年に完了する予定。

*  “F-3”に搭載するエンジンは推力15㌧(35,000lbs)級となり、”XF5-1”の研究成果を基に開発が始まっている。2010年から「次世代エンジン主要構成要素の研究」が行われ2015年に終了予定。並行して2013年から「戦闘機用エンジン要素の研究」が2017年完了を目指して進行中。そして2025年以降に「次世代ハイパワー・スリムエンジン」を製作する。新エンジンは、ファンおよび高圧コンプレッサーは“ブレード・デイスク一体型ブリスク(blisk)構造”、低圧タービンには入口ベーンを付けず高圧タービンと逆回転とし、高圧タービンのベーンとシュラウドは”CMC”(セラミック・マトリックス・複合材)製、タービン入口温度1,800℃を目指す。

 

防衛省技術研究本部では、各国の国産戦闘機への取組みを紹介した上で、我国の航空戦力の将来は「数的劣勢は必至、質的にも劣化の恐れ」になると警告し、周辺国の脅威に対抗するには「技術を駆使した新たな戦い方での対応が必要」としている。次世代戦闘機「F-3」は、この考えに沿って「i3 Fighter」の実現を目指したもので、“予想される数的劣勢を卓越した技術で補う”期待の戦闘機となる。

幸い我国には長年培って来た「世界一のシリコン炭素繊維複合材技術」、「世界一のパワー半導体(GaN)技術」、「世界一の耐熱材料(CMC)技術」がある。これ等を生かして「勝れたステルス性で優位に立ち」、「次世代高出力レーダーで早く敵を発見し」、「次世代スリム・エンジンを完成」して、この構想を実現してもらいたい。

–以上−

 

本稿作成の参考にした主な記事は次ぎの通り。

参議院外交防衛委員会速記録12ページ

東洋経済on line 2014-04-20“平成の零戦「心神」が年内初飛行へ”by 高橋浩祐

防衛省技術研究本部 平成22年8月 25日「将来戦闘機に関する研究開発ビジョン–将来戦闘機に必要な技術—」by 土井博史

防衛省技術研究本部航空装備研究所研究報告

先進技術実証機 wikipedia

XF5-1 wikipedia