写真①:9月11日、東京西新宿京王プラザホテルで開かれた日本移植学会総会の「ドナーを増やす方法を検討するシンポジウム」の様子。
写真②:同シンポジウムで意見を述べる筆者 ”木村良一”。
臓器移植のドナー(臓器提供者)が減っている。その原因を探り、ドナーを増やす方法を検討するシンポジウムが9月11日、東京・西新宿の京王プラザホテルで開かれた=写真①。このシンポジウムを振り返りながら移植医療についてあらためて考察した。
シンポジウムは第50回日本移植学会総会の目玉の企画として開催されたもので、私もパネリストのひとりとして参加し、意見を述べた=写真②。ちなみに日本移植学会は昭和40(1965)年10月に設立され、外科医ら移植医療に従事する約3400人の会員で構成されている。
日本臓器移植ネットワークによると、移植を希望する患者は1万3000人以上に上る。これに対し、改正臓器移植法が施行された2010(平成22)年のドナー数は113人で、これをピークにその後は11年112人、12年110人、13年84人と減っている。内訳で見た場合、脳死での提供が多少増えたものの、逆に心臓死での提供が減少し、その結果ドナー全体の数が減った。改正臓器移植法はドナー本人の意思が不明でも家族の同意があれば脳死下での臓器提供ができるように改正されたもので、この改正によって脳死ドナーが大幅に伸びると期待されたが、そうはならなかった。
ドナー数はどれだけ低いのか。日本のドナー数を世界の国々のドナー数と比較するとよく分かる。たとえば人口100万人当たりの2010年のドナー数は、日本が世界最低の0・9人。これに対し、最も多いのがスペインの34・7人で、この後にクロアチア30・5人、ベルギー29・6人、フランス24・6人、オーストリア23・4人…と続き、日本はメキシコ2・8人、ボリビア1・4人の後のどん尻にやっと顔を出す。
シンポジウムのパネリストには私を含め、救急医や厚生労働省の行政官、日本臓器移植ネットワークの職員ら計6人が出席し、それぞれが現状や問題点を報告し、どうしたらドナーを増やせるのかについて意見を述べた。
その中で私は「臓器移植という医療に国民が関心を持たざるを得ない状況をつくる必要がある。関心を持つようになれば、思わぬ事故で脳死になったときに自分の臓器を提供するかどうかを真剣に考えるようになるからだ」と話し、「問題はどうしたら国民に関心を持たせることができるかにある」と強調した。そのうえで反対意思表示という「オプティング・アウト」制度の導入を主張した。
この制度はスペインなどの移植先進国の欧州で実施されているもので、臓器を提供したくない場合は公の機関に拒否の届け出をしていないと、提供の意思があるとみなされる。移植医療に関心を持たざるをえなくさせ、ドナーを増やしていく制度だ。オプティング・アウト制度などの効果で欧州では年間数千人ものドナーが現れている。
有名な話だが、生体肝移植で父親の河野洋平氏に肝臓の一部を提供した衆院議員で、元自民党幹事長代理の河野太郎氏は当初、脳死移植に反対していた。しかし自らがドナーとなったことで、健康体を傷つけなければならない生体移植に大きな疑問を感じ、脳死体からの移植を増やすことの重要性に気付き、臓器移植法の改正案の土台まで作り上げた。
自分の身近なことでないとなかなか関心を持たない。自分の身近なことであればあるほど、強い関心を持つ。オプティング・アウトはこの人の気持ちをうまく利用し、移植医療と関係のない人にも関心を持たざるを得なくさせてドナーを増やす制度だ。日本の国民ひとりひとりに移植医療を身近なものとしてとらえてもらうためには、オプティング・アウトという制度の導入が欠かせない。
ところが日本移植学会の集まりで、このオプティング・アウトを主張すると、大半の移植医が「賛成だが、それは難しい。世間が納得しないだろう」とためらいがちになる。それはなぜか。不透明な脳死判定で事件になった1968(昭和43)年の和田心臓移植以来、移植医療が〝日陰の道〟を歩んできたからではないか。法律のないなかで脳死移植を実行すると、殺人罪で訴えられる。臓器移植法案が国会に提出されても継続審議にされて廃案となり、再提出されても「脳死は人の死か否か」の議論が繰り返されてなかなか成立しない。20年以上も前の当時のこうした状況を考えれば理解できるだろう。しかしそうした時代はもう終わった。正々堂々とドナーを増やしていくべきだ。
移植という高度な医療技術が存在し、移植を受けなければ自らの生命を維持できない患者がいる。だがドナーがいない。ドナーは世界的に不足し、臓器売買や死刑囚をドナーにする問題が起きている。国家的プロジェクトとしてドナーを増やす方法を検討する時期がきている。(産経新聞論説委員 木村良一)
※慶大旧新聞研究所のOB会のWebマガジン「メッセージ@pen10月号」から転写しました。
http://www.tsunamachimitakai.com/pen/2014_10_003.html