2015-04-12 松尾芳郎
図:(Boeing / John D. Parker)ボーイング757-200エコ実証機が3月17日から試験飛行を開始した。本機は英国の旅行会社TUIの所有で、ボーイングがリースしてエコ実証機に改造して使用している。垂直尾翼左(写真では見えない側)にはTUIのロゴが書いてある。
ボーイングはNASAの協力を得て、757を使い、①空気流制御(AFC=Active Flow Control)システム付き垂直尾翼と②虫付着軽減用の特殊コーテイングをした主翼前縁、の飛行試験を開始する。これ等による層流制御区域拡大の効果が確認できれば将来航空機への適用が可能になり、航空機全体で燃費を最大15%改善できる可能性がある、としている。
両者共に機体表面の抵抗削減を目指す改良で、抵抗が減れば燃費が改善され、排気ガスが減る。実験の目的はこれ等技術の実機への応用で、成功すれば今後30年間にわたる航空輸送による環境への影響を低減できる(NASA航空環境対策担当部長Fay Collier氏談)。
図:(Boeing/NASA)757エコ実証機の垂直尾翼に組込んだ空気流制御(AFC=Active Flow Control)システム。
① 空気流制御(AFC=Active Flow Control)システム付き垂直尾翼
垂直尾翼右側の後縁付近-ラダーの前縁に、必要に応じ作動する31個の微細なジェット(sweeping jet)を取付け、ここからの空気がラダー表面を流れるようにした。垂直尾翼の最大の目的は、離着陸時−特に片方のエンジン停止時–の機体の方向安定性を維持することにある。しかし高空を巡航する場合にはこんな大きい垂直尾翼は必要ない。
そこで考案されたのが、微細なジェット(sweeping jet)から空気をラダーに吹き付け、ラダー効率を上げてやり面積を小さくし、離着陸時に必要な横方向の力を出す方法である。垂直尾翼が小さくなれば機体全体の抵抗と重量が減り、燃料消費が少なくなる。
このジェットは稼働と停止ができるが、動く部品は一切使っていない。ジェットには、機体のAPU(補助動力装置)から抽気した空気(193℃)を胴体尾部の下に取付けた熱交換器で冷やして使う。
AFC付き垂直尾翼を取付けた757エコ実証機は、これからシアトル(Seattle, WA)近郊を9回試験飛行する予定である。試験飛行では、片側エンジン停止を含め垂直尾翼–ラダーに加わるサイド・フォースが最大になる飛行を行い、エアジェットの効果を測定する。
なお、ラダーに加わる不均衡な荷重を最大にするため、エンジンは片方にPW2037(推力37,000lbs)、他方にはより大きいPW2040(推力40,000lbs)を取付けてある。
図:(NASA / Dominic Hart)NASAエームス研究所(Ames Research Center)の巨大な亜音速風洞で行われた空気流制御(AFC=Active Flow Control)システム付き実物大垂直尾翼の試験。昨年行われた試験では、AFCを使うとラダー角度を大きくしても表面の空気流剥離が遅れることが判った。
757による飛行試験に先立ち、NASA、ボーイング、アリゾナ大学(Univ of Arizona)、カリフォルニア工科大(Caltech)のチームは、757の垂直尾翼を使い、NASAのエームス研究所(Moffett Field, Calif)で地上試験を行った。
この結果、空気流制御(AFC)を行った場合は、サイド・フォースを20-30%増やせることが判った。これを今回の飛行試験で確認したいとしている。若しサイド・フォースの20%増加が確認できれば垂直尾翼を17%小さくすることができ、燃費は1.5%改善できると云う。
② 虫付着軽減用の特殊コーテイングをした主翼前縁
この飛行試験はシュレイブポート(Shreveport, Luisiana)で間もなく始まるが、これはNASAの航空環境対策(ERA=Environmentally Responsible Aviation)計画の1つである。これで“虫の付着軽減(Insect Accretion and Mitigation)”を狙った特殊コーテイングの試験をする。虫の付着は高速で走る車でも厄介だが、飛行機の場合は著しく翼の抵抗を増加させる。これまでの研究では、主翼前縁をスムースにし層流の範囲を拡大できれば、燃費を6%ほど改善できることが判っている。
図:(Yahoo Flicker)757エコ実証機の右翼前縁エンジン外側のスラット2枚に“虫付着軽減(AIM)パネル”が取付けられる。この効果を確かめるため客室前部の窓から高解像度カメラでスラットに衝突する虫を撮影する。左翼前縁の対称位置には、長さ22ft(スラット2枚分)のバリアブル・キャンバー・クルーガー(VCK)フラップが取付けられる(写真右側の翼前縁に白く見える部分がそれ)。
757エコ実証機では、右翼前縁スラット(slat)のエンジン外側の2枚に”虫付着軽減パネル”(AIM=accretion insect mitigation)を取付けて試験する。これ等スラットパネルには虫除け用コーテイングが施している。
NASAラングレー研究所(Langley Research Center in Hampton, Virginia)では、複数のコーテイング材を小型風洞で試験し、有望なものを選びだした。飛行試験の場所は、NASA、ボーイング、運輸省、カリフォルニア大デービス(Davis)校のチームが、温度、湿度などの諸条件から最も虫の量が多く、滑走路長が757に充分な空港を選定した。全米の空港90ヶ所の中から、この条件に合致する空港として前述のシュレイブポートを選んだ。虫は高度10,000ft(3,000m)以下で生息するので、試験は空港周辺のこの高度以下を周回して行う予定。
図:(NASA Langley / David C. Bowman)翼前縁に取付けた虫付着軽減(AIM)コーテイングの試験を行っているラングレー研究所の研究者達。
757エコ実証機の主翼の前縁スラットにコーテイングを施した部分を取付けて、合計15回の飛行試験を予定している。第1回の試験はコーテイング無しのスラットで試験し、虫の付着量を測定しこれを基準にする。それから5種類のコーテイングをしたスラットを取付け、耐久性を含め抵抗削減の効果を試験する。
これによる効果は燃費に換算すると1-2%程度で、少ないとする見方もあるが、航空輸送業界全体で見るとそのエミッション低減の効果は無視できない(前述NASA Collier氏談)。
また左翼前縁の対称位置には長さ22ft(6.6m)のバリアブル・キャンバー・クルーガー(VCK=variable-camber Kruger)フラップを取付ける。このVCKフラップは一般のクルーガー・フラップと同様翼下面に平滑に収納される。
図:スラット(slat)、クルーガー・フラップ(fixed-camber Kruger)およびバリアブル・キャンバー・クルーガー・フラップ(variable- camber Kruger)の説明図。
スラット(slat);−
スラットとは、主翼前縁から小翼がせりでて、主翼前縁との間に隙間を作りそこを流れる空気流で翼上面の空気流の剥離を遅らせる装置である。高揚力装置ではない。
クルーガー・フラップ(fixed-camber Kruger);—
クルーガー・フラップは主翼前縁に取付ける高揚力装置。このフラップは、前縁下面のパネルをヒンジで半回転し前方に開いて翼弦長を伸ばし、高揚力を得る装置。これで主翼前縁のキャンバーを変えて前縁に生じる圧力のピークを下げる。クルーガー・フラップはスラットに比べ機構が簡単で軽い、しかし翼上面の空気流剥離を押さえる効果はない。
これを改良したのがバリアブル・キャンバー・クルーガー・フラップ(VCK=variable-camber Kruger)で、VCKと主翼前縁間に隙間を作りスラットと同じ効果を狙う。757エコ実証機では、翼上面の層流域が拡がる効果と乱流に遷移する区域を、圧力センサーや胴体頂部に取付けた高解像度カメラでモニターし、その成果を調べる。
以上757エコ実証機を使った2つの試験は、NASAが主唱する航空環境対策(ERA)の一つで2015年内に完了する予定である。将来の民間航空機にその成果を適用し、一層の燃費節減、騒音とエミッション低減を図ろうと云う試みである。
NASAは航空環境対策(ERA)として以下の項目の研究を主導している;—
革新的な層流制御による空力抵抗の削減;
先進複合材による重量削減:
先進型エンジンによる燃料消費と騒音の低減:
燃焼室の改良によるエミッションの低減;
革新的な機体—エンジン統合設計による燃費節減と地上騒音の低減;
757エコ実証機プログラムは、NASAとFAAの”CLEEN”プログラム、すなわち”Continuous Lower Emissions, Energy, and Noise”の一つと位置づけられている。これでは、航空機の設計、製造から運航そして寿命達成までの間を通して、環境技術/機能を維持し続けることを目標にしている。ボーイングは、複数のメーカー、エアライン、およびNASAとFAAなどの機関と協力しながらこの長期プログラムに取組んでいる。
ボーイングは757エコ実証機の試験を始めたが、今年末からは787を使い、改良型エンジン(低燃費、低騒音、長寿命材料使用)を装備し、先進型ソフトを搭載してより効率的な飛行経路を飛ぶ実験を開始する予定だ。
図:(Boeing)ボーイングは757(左)と787(右)を使ってこれから数年間航空環境対策のための新技術の試験をする。
エコ実証機として使う787はRolls-Royce Trent 1000エンジン装備の4号機”ZA004”。その右側エンジン(No.2)に、酸化セラミック・マトリックス・複合材(CMC=ceramic matrix composite)製のエンジンノズルを取付ける。これはボーイング、ロールスロイス、ATK系列のCOIなどが協力して進めてきた新しい部材である。これまでに判ったところでは、CMC製のノズルは、耐熱性が高いだけでなくかなり軽量なので燃費節減にも効果が見込める。このノズルはノイズ低減設計になっていて、CMC材で作った最も大きな部品であり、技術的見地からもこれからの先進的役割を担っている。
CMC材の詳細については;−
「超合金に替わる“セラミック・マトリックス複合材(CMC)」2014-04-09作成 を参照されたい。
−以上−
本稿の作成の参考にした主な記事は次ぎの通り。
“NASA Tests Green Aviation Technology on Boeing ecoDemonstrator” April 2, 2015 by Kathy Barnstorff, NASA Langley Research Center
Aviation Week Aug 29, 2014 “Boeing’s 787 3coDemonstrator goes to work” by Guy Norris in Things Wings
Aviation Week March 30-April 12, 2015 Page 37 “Bug Smasher” bu Guy Norris