ハブル宇宙望遠鏡撮影の「創造の柱(Pillars of Creation)」


−NASA & ESAは、ハブル宇宙望遠鏡の活動25周年に際し、「M16-Eagles Nebula(鷲星雲)」の鮮明な写真を公開−

 

2015-05-07 松尾芳郎

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図1:(NASA, Jeff Hester and Paul Scowen-ArizonavState Univ.)19年前(1995年)にハブル宇宙望遠鏡で撮影した鷲星雲(Eagles Nebula) M16中心部の星雲「創造の柱」。柱の先端付近にはこれから生まれようとする若い星々が観測され、世間の注目を集めた。柱は水素分子のガスと塵からなり、星々を産む孵卵器の役をしている。

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図2:(NASA /ESA/Hubble Heritage Team(STScl/AURA)/J. Hester, P. Scowen (Arizona State U.)) 2014年にNASAハブル宇宙望遠鏡搭載のWFPC2およびWFC3/UVISカメラで撮影した「M16-Eagles Nebula(鷲星雲)」中の「創造の柱」。近くの星々の集団NGC 6611からの放射線で、柱を構成する水素分子ガスは次第に失われ、300万年後には消滅する。左の柱と右側2本の柱の間の上方には星々の集団があり、左の柱はそこからの光で照らし出され、右2本はその影になるので暗く見える。左の柱の高さ(長さ)は約4光年である。星が生まれつつある場所は、ガス柱の先端付近などに見える小さな指先状の突起の中である。それぞれの突起は我々の太陽系よりもやや大きい。

 

ハブル宇宙望遠鏡はこれまで多くの息を呑むような見事な写真を提供してきたが、最も有名なのは1995年に撮影された「「創造の柱(Pillars of Creation)」と呼ぶ星雲である。これは銀河系内の我々太陽系に比較的近い(6,500光年)「へび座」(Serpens)の「M16-Eagles Nebula(鷲星雲)」(わし座とも云う)にある3本の巨大なガスの柱で、近傍の若い大質量の星々の集団NGC 6611からの紫外線に照らし出され褐色に浮かび上がって見える領域である。

1995年にNASAから図1の写真「創造の柱」が公表されると、初めて見る珍しい形が人々の想像力を掻き立て、マスコミで大きく取り上げられ、Tシャツや郵便切手の図案にもなった。

今年4月にはハブル宇宙望遠鏡の誕生25周年になるが、今回可視光線と近赤外線を使って「創造の柱」の一層鮮明な写真撮影に成功した(図2)。この写真から、柱は無数の星々が放つ光で浮かび上がる薄い多くの細い筋からなることが明らかになった。赤外線を使うとガスや塵の薄い部分を通過するのでこのような写真が撮影できる。これでこれまで隠れていた星々も見えるようになる。

「この領域は20年前に「創造の柱」(図1)と名付けられたが、新しい写真(図2)では“消えゆく柱”と呼んでもいいほどその形は急速に弱まりつつある。柱の周囲の濃い縁を取り巻く淡い青色のかすみは、柱を構成しているガスが熱せられ宇宙空間に蒸発しつつあることを示している。我々はたまたま余命300万年しかない柱の短い生涯を見ているところだ。」ハブル宇宙望遠鏡でM-16鷲星雲の観測に携わってきたアリゾナ州立大のPaul ScowenおよびJeff Hesterの両氏は、このように説明している。

赤外線で写した各柱の先端部は濃い塵とガスの塊になっている。そこからガスは下方に伸びて柱状を形成している。柱と柱の間にあったガスや塵は、星々の集団NGC 6611からの放射線でイオン化され、ずっと昔に蒸発してしまったらしい。

左の柱の先端部は星の誕生を伴う活発な場所だが、ここではガスが加熱され蒸発している。「ここはきわめて活発なガスの領域だが、ガスは熱せられてゆっくり宇宙空間に拡散するのではない。近くのNGC 6611星団からの放射線でガスの原子は、電子が引き離されてイオン化し高温になる。そして星々からの強い風(恒星風*)と荷電粒子の大量放射を受け、ガスは引き剥がされ消えて行っているようだ」(Paul Scowen氏談)。

 

(注)恒星風とは;— 太陽を含む恒星は超高温(100万K)のコロナと呼ばれる薄い大気で覆われている。ここでは、気体原子(水素)は高温のため電子と陽子に分離しプラズマとなって高速で放出される。太陽の場合、毎秒100万㌧の質量を秒速400kmの超高速で放出していて、その影響は海王星を超え太陽系全体に及んでいる。地球では磁気嵐やオーロラの原因となっている。これを太陽の場合は太陽風、銀河系に1,000億個ある一般の恒星でも同様な現象があり、ここからの風を恒星風と呼んでいる。

 

1995年に初めて鷲星雲を観測した時はガスの柱は安定した構造で、星が生まれるごく普通の場所と思われていた。この写真で柱から放出されるガスが見えるが、これは近くの大質量の星々が生まれたばかりの星の周辺のガスに影響しているため、と考えられていた。

2014年の写真の検討結果、近くにある大質量の星々からの放射紫外線はガス雲をイオン化し青白く輝かせるのに十分なエネルギーを持っていることが新たに判明した。つまり、今回の観測で、近くの星々から出る放射線と恒星風の影響でガスの柱が消えて行く過程が明らかにされたのである。

我々の太陽も多分同じように活発に変動する星の誕生領域で生まれたらしい。太陽系の生成過程では、近くの超新星からの強い放射線を浴びた時期あったことを示す証拠があると云う。太陽は、ガス雲が近くの大質量の星々からの強力なイオン化放射線を浴びて生まれるのと同じ過程をたどったが、大質量の星々ではなく、超新星爆発に晒されてかなり短時間で生まれたようだ。超新星とは大質量星が数千万年と言われる短い一生を終え、最後に爆発して光り輝く現象である。

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図3:(星座入門へび座)夏の「天の川」の西側に大蛇を体に巻いた巨人「へびつかい座」が見える。へび座はこれを挟んで東西に分かれている。西側へび座の西部分にM-16鷲星雲(わし座)があり、この中に「創造の柱」がある。へび座、わし座共に明るい星がないので観測には望遠鏡が必要である。

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図4:(National Optical Astronomy Observatory T.A. Rector and B.A. Wolpa)キット-ピーク天文台で撮影したM-16鷲星雲(わし座)。地球からの距離は約6,500光年である。ガスや塵に囲まれた多数の星々の集まる空間の中央に「創造の柱」が見える。

 

-以上-

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

NASA Jan. 6, 2015 “Hubble Goes High-Definition to Revisit Iconic “Pillar fo Creation” by Felicia Chou, Ray Villard and edited by Rod Garner @ May 2. 2015

Hubble Site Newscenter Nov. 2 1995 “Embryonic Stars Emerge from Interstellar Eggs”