2015-06-08 (平成27年) 松尾芳郎
これで機体はバランスを失い、”PFD”上の”side-slip indicator(横滑り指示計)”がゆっくりと左に動いた。同時に機体はゆっくりと左に数度傾き左方向に機首を変えた。少し右側のラダーペダルを踏みサイドステイックを右に倒すと機体は本来の方向(heading)に戻った。右ペダルに加わる荷重を抜くためラダー(方向舵)トリムを修正した。チャンドラー氏は、「今の方法でもいいが推奨できない、離陸中にエンジンが故障した場合は両足をペダルから離す、(これで”推力不均衡防止機能“が作動する)これが事故のリスクを無くす方法だ」と説明してくれた。
この後、手動操縦での最後のデモを行った。高揚力装置を“Config 2”のままにして、ランデイング・ギアを引き込めプライマリー・フライト・コンピュータのスイッチを””断”にした。私は手動で機体を左右に傾ける操作をしてみたが、”ヨー(yow)”と”ピッチ(pitch)”のダンピング機能が効いているため、機体の姿勢は十分に安定していた。パワーレバーを数回素早く動かして機体の迎え角(pitch angle)がどう変化するかをチェックしたが、大推力のエンジンを翼下面に取り付けてあるにも拘わらず、反応は驚くほど穏やかであった。”ピッチ角”の修正にはステイックを僅かいじるだけで良い。我々はピッチ・モーメントの変化をチェックするのに、高揚力装置やスピード・ブレーキ(スポイラー)の設定をそのままにしたが、A350は全体として手動でも容易に操作できることが解った。
この後、”フライトコントロール・システム”を通常の位置に戻し、着陸のためツールース空港に戻る。着陸重量は415,000 lbs (約187トン)、着陸のため高揚力装置は “コンフィギュレーション・フル(Cnfig Full)” 、すなわちDND25°/スラット27°/フラップ37.5°にセットする。FMSは、許容最低着陸速度(VLS) 135 KIASに5ノット加算した140 KIASを最終進入速度(Vapp)として表示した。最大着陸重量456,340 lbs(約205トン)の場合でも高揚力装置のおかげでVapp速度は145 ノット程度である。
着陸に備えチャンドラー氏は次のように解説してくれた;—
「オートブレーキには3つのモードがある。“ランウエイ・オーバーラン警告(ROW)”、”ランウエイ・オーバーラン防止(ROP)、それにA380で初めて導入された”brake-to vacate (BTV)”(「滑走路離脱のためのブレーキング」モード)」、がそれである。”ROW”と”ROP”モードでは、FMS上の空港データと航空機の位置と飛行経路(flightpath)から、着陸するランウエイを見付けだす。そして機体の重量、フラップなど高揚力装置の設定値、対地速度、それにパイロットが入力したランウエイ状況、風速などを使い、着陸するランウエイ長さが安全停止に十分か、を判定する。”ROW” (警告)は着陸前に警告するモード、”ROP” (防止)は接地後ランウエイ上で停止するよう最大ブレーキを加えるモードである。」
そしてチャンドラー氏は、”ナビゲーション・デイスプレイ(ND)”上に空港地図を表示させ、”ランウエイ14L”とそこから出る予定の“タキシイウエイM2”を示しながら“BTV”モードの説明をしてくれた。”BTV”を作動させると、接地点から”タキシイウエイM2”までの距離は7,600 ft (2,300 m)、と画面に表示された。これは、ランウエイが乾いた状態/濡れた状態に関わらず最大ブレーキで停止するまでの十分余裕のある値である。これで我々は”タキシイウエイM2”までにゆっくりブレーキをかけ減速すれば良いことが判った。
私は手動で着陸するので “オートスロットル”を解除した。着陸に備え高揚力装置をセットし、ランデイング・ギアを降ろし、推力と速度を僅かに調整した。フライトコントロールのFBWは機首の“ピッチ”に関してほぼ中立状態だったので、進入経路(flightpass)を維持するのに僅か操作をした。
ランウエイ14Lの”ILS=instrument landing system/計器着陸装置“からの”グライドスロープ(glideslope)”電波を捕まえると、私はすぐに機体の姿勢と速度を調整して、”PFD”上に示される”飛行経路マーカー (flightpass marker)” (進入角度3°を示す)に、自機の位置を示す”十字マーク”を合わせながら進入を続けた。機体は極めて安定して進入し、スロットルもよく反応していた。僅かな降下率の変化でスピードがはっきり変わるので、推力には特に注意しながら降下した。
ランウエイ端で私は高度30 ft(10 m)で機首を引き起こし始め、推力をアイドルにした。しかし引き起こしが早すぎたため15 ft( 5 m)からドスンと接地した。接地後少しリバース推力を掛け、機体はオートブレーキが作動しゆっくりと減速していった。そしてタキシイウエイM2に近くなるころにスピードは目標の10ノットに下がり、我々はランウエイから出た。
A350は私が操縦したエアバス機の中では最も新しい技術が搭載された機体で、訓練を受ければA330と共通のパイロット資格で乗務可とされているが、A330よりもはるかに進歩した機体と感じた。
エアバス技術の最高峰とされてきたA380を、A350は間違いなく凌駕している。すなわち、複合材の大量使用、最新の翼型を採用した高揚抗比(lift-to-drag ratio)の主翼、燃費の優れたRR製の”Trent XWB”エンジン、高電圧・軽量の交流式電気系統、そして統合化が進んだアビオニクス、でA350の技術水準は従来の水準を更新している。
A350は各システム設計で、これまでのエアバス製双発機(A320やA330を指す)よりもずっと優れた冗長性を備え、仮にパイロットのエラーが起きても機体と乗客乗員の安全を保つように考えられている。全体としてこのA350-900は、乗客の快適性、機体の安全性、運行の効率性、をバランス良く統合した機体と言って良い。
補足;—
・主翼操縦系統のあらまし
A350の主翼は翼面積443 m2、翼幅64.8 mでほぼ長距離型777と同じ。翼端には4.4 m長さの”sabre-like”型ウイングレットが付く。後退角31.9°で巡航速度マッハ0.85、最大マッハ0.89で飛行できる。
主翼後縁には、A380と同じ“アドバンスド・ドロップド・ヒンジ・フラップ(ADHF =advanced dropped-hinge flap)”が取り付けられ、主翼後縁とフラップの間に生じる隙間をスポイラーで塞ぎ、空力性能を向上させている。
図6:(Airbus/Flightglobal)A350主翼の高揚力装置。後縁には内側フラップ、外側フラップ、高速用エルロン、エルロン、があり、内外フラップのすぐ前には7枚のスポイラーがある。前縁には、内側にはDND(drooped nose devise)、外側には6枚のスラットがある。フラップは内外共空気流に沿って展張する。
図7:(Airbus)主翼後縁の”アドバンスド・ドロップド・ヒンジ・フラップ(ADHF =advanced dropped hinge flap)”の仕組み、とその効果を示す図。ADHFではスポイラーをソフトで制御して、ADHFが下がると隙間を塞ぐように動かす。普通のファーラー・フラップに比べ、同じ迎え角(α)で揚力係数(CL)が高くなり、また、最大セット可能なフラップ角を大きくできる。
図8:(Airbus)内翼前縁のDND(左)、と外翼前縁のスラット(右)の違いを示す図。DNDは前縁がそのまま下がるのに対し、スラットは前方にせりでて下がる装置。DNDは揚力係数最大値がスラットに比べ低く失速迎え角も少ない。すなわち、DND(内翼)側で外翼(スラット)より早く失速が起きるので、飛行特性上好ましい。
・その他のシステム
電気系統は民間機としては最初となる230 volt ACシステムを採用しているが、電気を動力源に多用しているボーイング787に比べ、使用電力は60%程度である。発電装置としては、両翼のロールスロイス Trent XWBエンジンにはそれぞれ2基の100 KVA可変周波数ジェネレータがあり、また尾部にあるハニウエル製HGT 1700型APU(補助動力装置)は、地上では150 KVA、飛行中には100 KVAを供給できる。万一飛行中に4基のジェネレータとAPUジェネレータが停止する場合に備えて、機速が140 ktになると空気流で作動するラム・エアタービンが胴体下に出て115 Volt ACを発電するようになっている。
油圧系統は、A380やA400M輸送機と同じく5000 psi型の2系統となっていて、フライトコントロール関係のアクチュエーターには冗長性を高めるためそれぞれ2系統の電気駆動のバックアップが付いている。これで二つの油圧系統が機能喪失してもフライトコントロール・システムは維持される。
-以上-
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Aviation Week May 25-June 7, 2015 “Balanced Performer” および”Laws and Limits” by Fred George
Airliners. Net forum: A350
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