エアバス最新技術の結晶、A350のパイロット報告(その2)


2015-06-08 (平成27年) 松尾芳郎

 

離陸決心速度V1は表示速度で132 kt、機首上げ(rotateon)速度は133 kt、そして片発停止での安全離陸速度は139 ktと表示された。エアバス機では、”V”速度は”PFD”上に自動的にはセットされない。パイロットは手動で数値を入力することでコンピュータ制御の輪のなかに入るようにしてある。しかし、ハニウエル製フライト・マネジメント・システム(FMS)には僅かのバグがあって、フラップを戻しコンフィギュレーション1 (Config. 1)にする際の最低速度を137 KIAS、スラット収納の最低速度を175 kt、単発時での最適上昇速度を“緑色点灯”付きで196 KIAS、と自動表示された。

(1 KIAS=knot indicated air speed=速度計指示対気速度1ノット[時速1,852m]表示を云う)

我々は機体をプッシュバックさせる前に「慣性航法装置(inertial reference units =IRU)」のデータ、FMSの作動状況に誤りがないことを確かめた。

ゲートを離れてからパーキングブレーキをセットし、両操縦席の間にあるコンソール上のエンジン始動ノブを2時の“スタート”位置に回した。これで左エンジン管制装置“FADEC=full authority digital engine control”が目を覚まし、前面中央の”ECAM”パネル上にエンジン始動を示す値が表示された。エンジン始動は”FADEC”が自動的に行い、アイドルスピードになると点火装置とAPUからの始動用空気が遮断され、左ジェネレータからの送電が始まる。

同じ操作を右エンジンついても行い、この時は始動ノブを12時の位置に回した。チャンドラー氏はここで用済みとなったAPUが停止したのを確かめた。これでブリードエア(抽気)、燃料、それから電源系統が自動的に(APUからエンジンに)システムが切り替わった。同氏がコンフィグレーション2(Cnfig. 2)にスラットとフラップをセットしてから、二人で操縦系統のチェックを行い、”ECAM”上のエンジン計器その他に以上のないことを確かめ、これでタキシイの準備が整った。

A350はかなり大きな機体で、翼幅は212.4 ft (約64.8 m)あるが、ほとんどの空港での運用に支障はない。しかし地上運転のため超大型機A380で開発した二つのシステムが搭載されている。

一つは”Etacs”と呼ばれるタキシイ援助用カメラ(external & taxing aid camera system)で、機首の車輪収納室と垂直尾翼に取り付けられ、タキシイウエイとランウエイ走行時にセンターラインを保持するモニターとして使われる。また”Etas”は、対地速度を示すので直線走行や急角度で曲がる時などに役に立つ。

もう一つは、”空港内ナビゲーション・システム (OANS=onboard navigation system)”で、ナビゲーション・デイスプレイ(ND)上に空港内のゲート名、ランウエイ番号、タキシイウエイ名称、それに自機の位置を示めしてくれる。

ランウエイ近くまでタキシイしていくと、使用中のランウエイは、黄色の点滅で表示され不用意に進入するのを防いでくれる。タキシイを始めるには推力を10%に上げるが、一旦動き出せばアイドル戻してランウエイ14Lまで進む。タキシイ中の方向変更はラダーペダルを踏んで機首車輪のステアリングで行うようになっているが、普通はチラーの操作で十分である。

A350では、主輪の間隔は95 ft (29 m)、主輪はコクピット後方42.2 ft(約13 m)にあるので、急角度でステアリングする場合は”Etacs”が役に立つ。

Etacsの表示を見ながらアイドルパワーでランウエイ14に並行するタキシイウエイを進む。

14Lからの離陸許可が出たのでランウエイに入り、正対して推力を25%に上げる。エンジンが安定し推力レバーを”flex/max continuous” (連続最大推力)位置まで推し進める。そして推力を微調整して70,728 lbsにセットし、機体が加速し始めた。

二人で機速”V1”(離陸決心速度)100 KIAS (100ノット)を通過したことを確認、133 KIASになったところで機首上げ操作をする。A350は他のエアバス機と同様フライバイワイヤ方式で、操縦桿は“ハンドル”ではなくサイドステイックで、機体はこれに心地良く反応してくれる。両パイロットの左と右にあるサイドステイックはお互い独立していて電気的にも機械的にも連結されていない、従ってお互いの操作を確かめることはできない。

機体が浮揚してから高度2,000 ft (610 m)を通過する辺りで、”PFD”の指示に従い推力レバーを“”climb”(上昇)位置に戻した。これで”autothrottle”(オートスロットル=自動推力調整)モードに入ったが、この後レバーは自動的に推力変化に対応して動くのではなく、”climb”位置のままである。つまり2本の推力レバーは、”autothrottle”の作動中その位置は変わらない。上昇加速中に、”PFD”スクリーン上にフラップを”Config 1”に戻す表示がでる。これで、スラット展張/内側フラップ6°/外側フラップ12°の状態になる。

手動操縦にしてみると操作がとても容易なことが判る。機体の進路方向、速度を維持するのに全く苦労はなく、時折ステイックに触れて高度や傾きを修正してやるだけで良い。

高度22,000 ft (約6,700 m、flight level=FL 220)で水平飛行に移り速度330 KIASになったところで”autothrottle”(自動推力調整)を解除した。主席パイロットのチャンドラー氏は「オートスロットルの解除の前に、あらかじめ推力レバーを予定の推力位置にセットしてから、ボタンを操作し解除するのが良い。これで不愉快な推力変動が防げる」と助言してくれた。推力レバーとオートスロットルが連動していればこのような注意は不要のはずだ。

A350コクピット

図5(Airbus)飛行中のコクピット液晶パネル表示。15 inch型パネル6枚で構成。両サイドは”OIS”(onboard information system)、その内側両パイロット正面は”PFD & ND”(primary flight display & navigation display)、中央はエンジンやシステムの状況を示す”ECAM” (electronic centralized aircraft display)、そして中央下には航路設定などに使うタッチパネル式の“多機能型display”がある。両席外側には”操縦ステイック”、その側に”チラー”がある。写真の”PFD & ND”には、外側に飛行計器(高度計、水平儀、速度計、旋回計)が、右には航路上の気象状況が表示されている。

 

翼を45°傾けて旋回飛行を行って見たが、高度維持のため旋回中サイドステイックに特別なバックプレッシャーを加える必要はなかった。これは操縦ソフトに“飛行経路安定化機能(flightpath stability function)”が組み込まれているためである。しかし”フライバイワイヤ(FBW)”操縦システムにはあらかじめ”旋回時安定化ソフト(spiral stability feature)”が入っていて、急旋回の場合でも傾斜角を33°に戻すよう働く。このため45°傾斜を維持するにはサイドステイックに適度な力を加える必要があった。また、旋回中300KIASの速度を維持するため僅かに推力を加えた。

次に、翼を水平に戻し、機首を5°下げ、推力を”climb(上昇)“位置にセットし、機速を”最大速度(VMO = max operating speed redline)”以上にしてみた。制限速度を超えるとオートスロットルが自動的に接続され、推力を減らし速度を落とすように働く。制限速度以下に減速されるとオートスロットルが自動で外れ、エンジン推力は設定値に戻り、機速は再び300 KIASになった。この機能はA350で初めて採用されたシステムである。

”フライバイワイヤ(FBW)”操縦システムには、もう一つの機能“低速防止モード(low-speed protection modes)があり、パイロットが誤って低速領域に入るのを防いでくれる。” 最低許容速度(VLS =lowest that can be selected)”は、離着陸や巡航時などフライトフェイズで異なるが、失速迎え角で18〜23%の余裕を保たせて設定してある。パイロットはサイドステイックを操作して”VLS”以下でも飛行できる。しかしステイックを離せば、機体は”Vaprot (alpha floor)”迎え角制限速度”機能が働き失速を防いでくれる。若し、パイロットが故意に速度を落とすと、オートスロットルが自動的に” (alpha floor)”迎え角制限速度”機能に接続し、失速を防いでくれる。それでもパイロットがサイドステイックを引き続けて迎え角を大きくしようとすると”フライバイワイヤ(FBW)”操縦システムが作動し機首を抑え、”Vamax” (max allowable angle-of-attack =最大許容迎え角速度)”を維持してくれる。この”Vamax”は空力的な機体の失速迎え角に対し5°の余裕のある速度である。

この”Vamax (max allowable angle-of-attack =最大許容迎え角速度)”機能は、何らかの理由で機体を“飛行包絡線”の制限を超える飛行が必要となった時に、非常に有効な安全装置となる。通常の手動操縦での(衝突などを回避するための)飛行では、ロールで方向を変え、必要なら加速する、と云った操作が必要になる。

”フライバイワイヤ(FBW)”は、”Vamax (max allowable angle-of-attack =最大許容迎え角速度)”の作動で生じる最大G(重力加速度)にも反応して、失速を避け得るギリギリの飛行をしてくれる。このように安全性維持のため、完璧なコンピュータ飛行包絡線システムを組み込んであるが、それでも万一のシステム故障に備え、エアバスはパイロットに対する手動操縦訓練は不可欠だとしている。

着陸に際してチャンドラー氏は、次のように説明してくれた。すなわち;-

「低高度ウインドシェアが生じも安全な迎え角を維持できるように、最終進入速度”Vapp”は、”VLS” (許容最低着陸速度)に対し、少なくとも5ノットの余裕(迎え風15ノットまでは3分の1の速度)を持たせ、FMS (flight management system=飛行管制システム)が計算して表示する。自動着陸進入では、自動操縦システムとオートスロットルが連動してランウエイ端(threshold)に機体を誘導してくれる。」続けて;—

「手動操縦では、これらの安全機能は働かないが、”PFD”(主飛行表示パネル)の速度計には普通使われる失速速度表示があり、失速速度に近ずくと失速警報音が鳴り響く。」

次に我々は”フライバイワイヤ(FBW)”システムの“推力不均衡防止機能(thrust–asymmetry protection)”を試してみた。私は高度を13,000 ft (約4,000 m)に下げ、ランデイング・ギアを出し、高揚力装置を“Config 2”にし、オートスロットルを切り手動飛行に入った。ここでチャンドラー氏は”PFD”上の速度指示の”VLS+5”の所にバグをセットして、我々は着陸進入を模して、標準的な降下角3°で高度を下げ始めた。私は高度12,500 ft (約3,800 m)になった所で、推力レバーを進め仮想ゴー・アラウンドを開始、上昇飛行に移った。機首上げに入ったところで、チャンドラー氏の指示で私はラダーペダルから足を離し、チャンドラー氏は左エンジン・レバーをアイドルにした。

以下(その3)に続く;—