近くの星を飲み込むブラックホール「V404 Cygni」、26年ぶりに爆発


2015-07-06(平成27年) 松尾芳郎

 白鳥座V404Cygni

図1:(StarDate/Univ. of Texas McDonald Observatory)北半球の夏の夜空、天頂付近に見える白鳥座。デネブ(α星)は白鳥座で最も明るく白鳥の尾の位置にある1等星、太陽の20倍の質量を持ち光度は65,000倍の白色超巨星で、地球から1400光年にある。アルビレオ(β星)は地球から450光年、白鳥の首の位置。この十字の交点よりやや下に主題の「V404 Cygni」がピンク色で示してある。これは地球から7800光年の距離にある。このように星座の星々は、同じ視野にあるが距離はまちまちである。

「V404 Cygni」想像図

図2:(ESA / NASA / ATG medialab)白鳥座にある連星「 V404 Cygni」の様子を描いた想像図。左の卵型をした伴星は太陽とほぼ同じ質量の普通の恒星。ブラックホール周辺にある降着円盤に伴星のガスが吸い込まれている。この連星系では20-30年ごとに円盤に溜まったガスが中心のブラックホールに流れ込み大爆発を起こす。円盤の上下に描かれている直線は、ブラックホールに落ち込み損ねたガスが光速に近い超高速ジェットとなって噴出する様子を示している。

 

白鳥座(Cygnus)に「V404 Cygni」と云う連星があるが、これが世界の天文学者の注目を集めている。「V404 Cygni」は「ブラックホール」と普通の恒星(伴星)との連星で、普段は弱い発光を繰り返しているので”変光星(Variable Star)”と呼ばれている。”V”はその頭文字。

「ブラックホール」とは、太陽の20倍を超える重い星が超新星爆発を起こした後に残った中心核が、自らの重力に耐えられず潰れた非常に密度の高い天体、「星」である。これは非常に重力が強いので光さえも吸収する。このため「黒い穴」と名付けられたが穴ではない。

米国のNASAとヨーロッパ宇宙局(ESA=European Space Agency)の研究で、「V404 Cygni」の一方の星から大量のガスが「ブラックホール」の周囲を回る降着円盤(accretion disk)に流入していることが分かった。このガスは定常流ではなく変動しながら流入し、高温のプラズマとなりX線、可視光線、紫外線などを発光している、このため明滅して見えると云う。

2015年6月15日午後02:32 (米国東部時間)に、NASAの「スイフト」衛星*はこの「V404 Cygni」のブラックホールから大量の高エネルギーX線**が出ているのを発見した。それから10分後、国際宇宙ステーション上の日本の全天X線観測装置「MAXI」がX線爆発のフレアを検出した。同月17日には通知を受けたESAのガンマ線望遠鏡が、1時間弱の間隔で大規模な発光を繰り返す「V404 Cygni」を観測した。

 

(注)*「スイフト(Swift)」衛星は、NASAが11年前(2004-11-20)に打上げたガンマ線爆発警報衛星である。ガンマ線爆発を検知すると20-75秒後に「スイフト」搭載のX線望遠鏡が作動し始める。ガンマ線爆発の情報は、直ちに国際宇宙ステーション(ISS)上のJAXA実験棟「きぼう」に送られ「全天X線観測装置MAXI (Monitor of All –sky X-ray Image investing)」が観測を始める、と云う仕組みになっている。

電磁波ウシオ電機

図3:(ウシオ電機)電磁波の内訳、左ガンマ(γ)線は波長が短く周波数が高い、右端の電波は波長が長く低周波数。真ん中あたりに可視光線の波長帯がある。

 

(注)**X線は我々が普段見ている光/可視光線の仲間で、電波、赤外線、紫外線と同じ電磁波の一つ(図3)。X線は可視光と比べてずっと波長が短く(周波数が高く)、その分高いエネルギーを持っている。宇宙の様々な天体、ブラックホール、中性子星、はその内部や周囲に高温、高エネルギー現象に伴っており可視光だけでなくX線で明るく輝いて見える。X線は大気に吸収されるので、宇宙からのX線を捉えるには衛星に搭載したX線望遠鏡を使う。

 

この二つのX線モニターの情報は、全世界にある「V404 Cygni」観測網に伝わり、広い範囲の電磁波帯を使って観測された。

「V404 Cygni」のブラックホールは20-30年間隔で爆発を繰り返し、高エネルギーのX線を含む電磁波を大量に放射して輝く。この連星では1938年と1956年に爆発があったが、当時は観測機器が未発達だったので可視光線での視認が主だった。その後起きた前回1989年の爆発では、日本のX線宇宙望遠鏡「ぎんが」***とロシアの宇宙ステーション「ミュール」の望遠鏡が、それぞれX線を使い観測に成功した。

 

(注)***日本のJAXAが打上げたX線宇宙望遠鏡は、1979年の「はくちょう」を皮切りに「てんま」(1983-02-20)など5台、多くの成果を挙げている。「ぎんが」に続いて「あすか」(1993-02-20)、「すざく」(2005-07-10)が打上げられ、2015年度にはさらに高性能の「アストロ−H」の打上げを予定している。

 

このX線爆発(X-ray nova)は短時間しか続かず、数日後にピークに達し、そのあと急速に光を失い数週間から数カ月で見えなくなってしまう。

「V404 Cygni」は質量の比較的小さい連星システムで、「ブラックホール」は太陽の10倍程度の質量だが高密度のため極めて小さく直径は100 kmに満たない。その伴星は太陽よりもやや小振りでブラックホールの周囲を僅か6.5日で回っている。伴星の軌道が接近しているため、ブラックホールの強い重力で伴星のガスが吸い取られている。降着円盤に流入したガスは、高温のプラズマ状態となり百万度以上にも達する。

流入するガスはしばらく円盤に滞留し続けて、ちょうどダムの上流の水が淀むような状態になるが、ダム上流の水と同じように、やがて満杯になるとその一部、円盤の内側部分が一気にブラックホールに流れ込み、爆発する。この仕組みは爆発前後のX線の放射パターンを詳しく調べてわかった、と云う。

連星系のブラックホールの爆発を広範囲の周波数で観測できるのは、極めて稀にしかなく、今回は各国の研究者たちにとって絶好の機会だった。

マドリッドの欧州宇宙局(ESA)「インテグラル」衛星担当の専門家Erik Kuulkers氏は次のように話ししている。

「「V404 Cygni」は、今回のX線爆発が始まってから数分から数時間にわたる眩い発光を繰り返した。宇宙が静かな時は「かに星雲(Crab Nebula)****」が全天で最も明るいX線光源だが、「V404 Cygni」の爆発はこの50倍もの明るさになった。これは我々専門家にとって一生に一度あるかないかの得難い観測チャンスだった。」

「V404 Cygni」は、この一週間の間に「フェルミ」ガンマ線宇宙望遠鏡の「ガンマ線爆発モニター(GBM=Gamma-ray Burst Monitor)」を70回以上も起動させた。これは通常の観測の一週間で生じる5倍以上の頻度に相当する。

 

(注)****JAXA宇宙情報センターによると「かに星雲(Crab Nebula)」とは;

牡牛座にある超新星の残骸で、地球から7200光年にあり現在も爆発のガスが広がっていて、その範囲は10光年ほどになっている。古文書によると「1054年に爆発し2年間は昼間でも見えるほど輝き、その後次第に暗くなった」とある。中心部には「蟹パルサー」がある。このパルサーは2つの星からなり明滅するのと同じ周期で強い電磁波を出している。これは爆発で生まれた星が中性子星となって強い磁場を作り高速で回転しているためと考えられている。

かに星雲

図4:かに星雲の写真。960年前に太陽の数倍(8倍?)の質量の恒星が爆発した残骸で、非常に強いX線を放出している。

 

X線及びガンマ線探査には、NASAの衛星「スイフト」の他にも多くの観測衛星が活躍している。これらには「チャンドラ(Chandra)」X線望遠鏡、「フェルミ(Fermi)」ガンマ線宇宙望遠鏡、日本の実験棟「きぼう」に搭載している「MAXI」宇宙望遠鏡、ヨーロッパの「インテグラル(INTEGRAL)」衛星、イタリア宇宙局の「エイジル(AGILE)」ガンマ線探査機、などがある。地上設置望遠鏡で今回の観測に貢献したのは、大西洋カナリー諸島にあるスペインの口径10.4 mの「Gran Telescopio Canarias」望遠鏡、英国のOadbyにあるLeicester大学の0.5 m望遠鏡、そして日本の早稲田大学の那須望遠鏡(塩原市)などがある。

 

-以上-

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Aviation week Jun 25, 2015 “Starving Milky Way Black Hole Gorges on Companion Star” by Mark Carreau

NAS News June 30, 2015 “NASA Missions Monitor a Wakinig Black Hole”

ESA integral 25 June 2015 “Monster Blackhole wakes up after 26 years”

StarDate “Black Hole Encyclopedia-V404 Cygni”

JAXA [nihonnno X線天文衛星の歴史]

「JAXA astro-h時期X線望遠鏡を打ち上げる理由