この100年間のエンジン発達史(その4)


2016-01-13(平成28年) 松尾芳郎

 

11)材料と設計(Materials and Design)

 

高バイパス比のターボファンや軍用の先進型2軸エンジンの実現のため、開発の焦点は、より高い運転温度で熱効率を向上させることと、吸入空気流を増やし一層高い圧縮比を得ること、に移ってきた。1950年代の初め頃まではタービンブレードには鋳造したニッケル・クローム合金(nickel-chrome alloys)が使われていた。しかし1980年代になるとニッケル基超合金を改良し、新しい鋳造法で作る単結晶構造のブレードが登場する。

タービンブレード

図14:(Pratt & Whitney)ニッケル基超合金タービンブレードの製法の違い。左は従来の“鋳造”ブレードで細かい結晶粒が見える。中は“柱状結晶”ブレードで鋳造法を改め結晶を柱状に成長させた構造。右は“単結晶”ブレードで鋳造法をさらにコントロールし、全体を一つの結晶で作ったもの。“単結晶”ブレードは腐食し易い結晶粒間が無いので最も耐熱性に優れる。

 

より高温に耐えるタービンブレードにするために、冷却方式や耐熱コーテイングの改良が進んだ。今ではさらなる性能改善を目指す次世代材料として、シリコン・カーバイド・セラミック繊維とセラミック樹脂を使う「セラミック・マトリックス複合材(CMC=ceramic matrix composites)」の研究が進んでいる。

GEセラミック試験

図14:(GE) GEでは、F414エンジンのタービンブレードに、新開発のセラミック・マトリックス複合材(CMC=ceramic matrix composites)」を使い試験している。写真の黄色ブレードは試験的に耐熱コーテイングをしたもの。このSiC CMCは2,400°F(1316℃)以上の高温に耐え、ブレードはニッケル基超合金の1/3の重さで作ることができる。素材のSiC(シリコン・カーバイド)は、日本カーボン社が設立した「NGSアドバンスド・ファイバーズ」社が供給する“ニカロン(Nicalon)” 20μ径の長尺繊維である。

 

チタン・アルミ合金(titanium-alminide alloy)は同じ強度のニッケル基超合金より軽いので、低圧タービンブレード用として有望である。この合金は靭性(じんせい/ductility)が低く加工性が悪く実用化が遅れていたが、進歩の著しいアデイテイブ加工法 (additive manufacturing process=3Dプリンテイング法)のお陰で製造が容易になる見込みだ。

アデイテイブ加工法を使えば、粉末状合金から直接ローター・デイスクを製作でき、さらに部品にコーテイング加工が可能になる。将来は、炭素繊維強化型プラステイック複合材(carbon-fiber reinforced plastic composite)、アルミ・リチウム(aluminum-lithium)、およびカーボン・チタニウム(carbon-titanium)などの軽い材料を使って大型の軽量ファンブレードが作れるだろう。

コンピューター流体力学(CFD=computational fluid dynamics)の進歩で粘性流体の動きや非定常流れの3次元解析が容易になり、エンジン設計でのロスが減り、ブレード荷重の解析ができ、ローター各段の整合が採れ、流れを制御できるようになり、全体効率が向上するようになった。

 

12)先進型サイクルとその概念(Advanced Cycles and Concepts)

 

推進効率の向上のため1990年代にはオープン・ローター方式が検討されたが、騒音が大きくなるため開発はほぼ中断状態になっている。

革新的な新技術の代表はプラット&ホイットニーが開発したギヤード・ターボファン(GTF=geared turbofan)だ。PW1000G系列のGTFは、低圧タービン(LPT)を高速で回し効率を上げ、途中に減速ギア(3:1)を入れて、大型ファンを低速回転にして推進効率を上げる方式。これはハニウエル製の小型エンジンTEF731とLF502で実用化されたが、本格的にはPW1000Gシリーズで、広範囲での適用が始まった。

現在5機種の狭胴型機で実用化が進行中で、カバーする推力範囲は三菱MRJ用のPW1200G/15,000 lbsからエアバスA320neo用PW1100G-JMの33,000 lbsまで広い。ロールスロイスでは将来の大型エンジン開発計画「ウルトラファン(UltraFan)」でGTF方式採用を決めている。

pw1100Gカット

図15:(Pratt & Whitney) PW1000Gシリーズの断面図。ファンと低圧コンプレッサー(3段)の間に減速ギアを入れ、それぞれを最も効率の良いスピードで回すのが特徴。すなわちファンは低速で、低圧コンプレッサーと低圧タービン(3段)は高速で回転する。これで燃費、騒音、エミッションが著しく改善され、さらに段数が少なくて済み、軽くなり部品数も少なくなる。

 

軍用エンジンでは、米国が進めているアダプテイブ・エンジンの研究が先端を走る。アダプテイブ・エンジンとは”適応能力を持つエンジン“と云う意味で、いわゆる”可変サイクル・エンジン(variable cycle engine)”である。ADVENT (ADaptive Versatile ENgine Technology)とも呼ばれている。飛行状況に応じて、燃費節減のためファンエンジンとしたり、高速飛行が必要な場合にはジェットエンジンとして運用できるエンジンである。

すなわち、一般的なファンエンジンのバイパス・ダクトとコアの排気ダクト(いわゆるノズル)の他に、コアの外側とファンダクト内側の隙間にファン排気を流す第3のダクトを設け、これらダクトを開け閉めしてバイパス比を変える。3つ目のダクトの空気流は、推進効率を上げ燃費節減飛行をしたい場合には開いて流量を増やし、ファンエンジンとする。推力を最大にする時には、ファン・バイパスダクトと3つ目のダクトを閉じてコアの空気流を増やしジェットエンジンとして使う。

GEアドベント

図16:(GE)アダプテイブ・エンジンの開発はGEが先行していて、すでに地上試運転が始まっている。GEでは配備が開始されたばかりのF-35戦闘機の次期エンジンを目指す。詳しくは「民間用エンジンの開発が目白押し、軍用エンジンを抜く(その3)@2015-02-02」を参照。

 

一層のエミッション低減と更なる効率改善を求めて、ヨーロッパ、日本、米国では、現在の化石燃料を使うブレイトン・サイクル(Brayton-cycle)・ガスタービンのハイブリッド化の研究を進めている。これは「ハイブリッド・電気推進システム(hybrid-electric propulsion system)」と呼ばれる構想で、GEの”hFan”がその例である。”hFan”では、ファンはジェット燃料を使うタービンで直接回すことも出来るが、タービンが充電するバッテリーの電力で駆動モーターを通してファンを回したり、あるいは同時にその両方で動かす。

NASAは50席クラスの機体で必要なメガワット級のモーターは10年以内に実用化可能、100席級用のモーターは20年以内に実現すると予想している。NASAは、これに必要な通常型モーターと超電導モーターの開発を計画している。

NASAハイブリッド

図17:(NASA felder, Kim, Brown) NASAが2030〜2035年頃の就航を目指して研究中の“N3−X”型ターボ電動式分散型推進システム(Turbo-electric Distributed Propulsion)。翼端にファンの無いコアだけのターボ・エレクトリック・エンジンを装備、これで超電動ジェネレーターを回し発電し、その電力で胴体後縁に配置した多数の超電導モーター・ファンを駆動、推力を得る。超電導モーター・ファンは胴体上面の空気流の境界層を吸収するので、抵抗を減らし、燃費節減に有効である。

 

同様の研究がエアバスで「”IW”ターボ・エレクトリック分散型推進構想(“IW” turboelectric propulsion concept)」として進められている。これは大型のタービンエンジン1台で電力を生み出し、そのエネルギーで6台のダクテッド・ファンを回そうという試みだ。すなわち、タービンエンジンは、燃料を最高の軸馬力に(熱効率)変換出来るように作り、ダクテッド・ファンは推進効率が高くなるようバイパス比を設定する。ここではタービンエンジンで駆動するモーターなど、超電導システムの性能向上が鍵となりそうだ。

エアバス2050構想

図18:(Airbus/EADS)「“IW”ターボ・エレクトリック分散型推進構想(“IW” turboelectric propulsion concept)」は、エアバスとロールスロイス/クレンフィールド大学が、2050頃の実現を目指して研究中の構想。英国の技術戦略委員会(TSB=Technology Strategy Board)が資金の一部を分担し「分散型電気推進(DEAP=Diatributed Electrical Propulsion)とも呼んでいる。

胴体後部に大きなエンジン吸入口があり、その後ろに大型タービン1基を装備する。これで胴体上面に生じる境界層を吸入、空気抵抗を減殺すると共に、超電導ジェネレーターで発電し、先進型リチウム空気(Li-Air)バッテリーに蓄電する。この電力で翼上面に配置する6台の大型電動ファンを回し、推力を得る。離陸、上昇時にはタービンの推力と電動ファンの推力を使う。巡航時は、タービン出力は一部が推力に充てられ電動ファンを補完するが、大半はバッテリー充電に使われる。巡航中にタービンエンジンが停止しても、バッテリー電力でファンを回すので支障はない。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Aviation Week Network Dec 4, 2015 “A Guide to Propulsion throughout the Century” by Guy Norris

Aviation Week Dec 21, 2015-Jan 3,2016 “Feedback Power Point”

Boldmethod “Turbocharger vs. Supercharger – What’s the Difference, and Which is Better?” @02/03/2015 by Colin Cutter

Airsoc “The First American Jet Engine was born Inside a Power Plant: A GE Store Story”

GE Aircraft Engine “Eight Decades of Progress”

“Herman the German” by Gerhard Neumann with Enemy Alien / US Army Master Sergeant @ 1984 New York

GE Aviation Home TF39 Turbofan enginees

「超合金に替わる“セラミック・マトリックス複合材(CMC)」2014-04-09

Pratt & Whitney Home “PurePower PW1000G Engine”

NASA “Subsonic Fixed Wing Project N+3(2030-2035) Generation Aircraft Concepts-Setting the Course for the Future” by Fay Collier, Ph.D. @Feb 11, 2009

Europe-Japan Symposium 26-27 March 2015 “Hybid Electric Propulsion” by Jl Delhaye

Rolls-Royce, Airbus Group “E-THRUST”