本格化する米空軍の第6世代エンジン開発[ GE 対 P&W ]


2016-07-04(平成28年)   松尾芳郎

 

米空軍はGE及びP&Wの両社と「アダプテイブ・サイクル技術(adaptive cycle technology) 」を使う次世代型エンジンの開発契約を結んだ。これは第6世代エンジンの発注を考慮した契約で、現在のF-35戦闘機のエンジンP&W F135の将来の更新に選ばれる可能性を含んでいる。

契約は、空軍研究所(AFRL=Air Force Research Laboratory)の「アダプテイブ・エンジン移行計画(AETP=Adaptive Engine Transition Program)」に基づくもので、契約金額はそれぞれ10億ドル(1,000億円)。これは、かつてF-15及びF-16戦闘機エンジンで繰り広げられたGE とP&W両社の「エンジン大戦争(great engine war)」の21世紀版になるかも知れない。

米空軍、海軍の他に日、英、伊、イスラエルなど各国が採用するF-35戦闘攻撃機とノースロップ・グラマンが作るB-21長距離爆撃用には、いずれもP&W社製のF135エンジンが採用されていて、軍用エンジンはP&Wの独占状態が続いている。将来これらのエンジンを更新する場合には、「アダプテイブ・エンジン移行計画(AETP)」で開発されたものが使われそうだ。

ここでF-35とB-21について簡単におさらいをして見よう。

・  F-35;—

ロッキード・マーチンが作るF-35ライトニングIIは、いわゆる第5世代の戦闘機で、ステルス性、高速度、運動性を備え、高度なセンサー情報を駆使し、味方とのネットワーク運用ができ、生残性に優れた対地対空用戦闘機である。空軍用/F-35A、VTOL型海兵隊用/F-35B、空母艦載型海軍用/F-35Cの3機種がある。米3軍及び我国を含め世界10ヶ国で採用され、米軍だけで2,457機を2037年までに導入する。その他の諸国分を含めると総生産機数は3,000機をはるかに超えることになる。F-35のエンジンはP&W製F135で、アフトバーナ時推力43,000 lbs (191 kN)を1基装備している。

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図1:(USAF)F-35A ライトニングII、量産型機は2006年以降すでに170機以上が生産され、米空軍、海兵隊を含み、英国、イスラエルなど各国へ輸出が始まっている。エンジンを除く単価は、最も安いF-35A型で8,500万ドル(85億円)。

 

・  B-21;—

B-21は以前「LRS-B (Long Range Strike Bomber)」と呼ばれていた長距離戦略爆撃機。空軍は2015年10月にノースロップ・グラマン社を選定し、1機当たり5億5000万ドル(550億円)で生産する契約を結んだ。2016年3月には、開発製造に協力する企業としてプラット&ホイットニー(P&W)、スピリット・エアロシステムズ、BAEシステムズ、などを選んだ。従ってエンジンはP&W F135系列となる。生産機数は最低で100機、200機になる可能性もある。

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図2:(USAF)米空軍の“戦略空軍”改め「世界攻撃軍(Global Strike Command)」は、ロックウエル可変後退翼爆撃機B-1 (60機)、ノースロップ・グラマン無尾翼爆撃機B-2 (20機)、そして就役以来54年にもなるボーイングB-52戦略爆撃機、の合計150機ほどで構成されている。この後継として登場したのが図2のB-21。空軍は2040年までに12機編成の中隊10個と訓練、予備を含め175-200機の購入を計画している。

 

「AETP」は、米海軍の将来戦闘攻撃機F/A-XXと空軍の第6世代戦闘機F-Xのエンジンとして、高速飛行ができ、長距離を飛行できる高性能を持つ「3層空気流型エンジン(three-stream engine technology)」である。「3層空気流型エンジン」は拡張性が高く、広範囲の推力に適応できる。ただし、「AETP」は、当初は推力45,000 lbs級エンジンとし、F-35A戦闘攻撃機のエンジン・ベイにそのまま収まる大きさとすることが求められている。この要件は2025年ごろに予想されるエンジン更新に合わせて設定された。

GE設計

図3:(GE Aviation) GEが「AETD」として開発している「アダプテイブ・エンジン」の外観。GEでは、ファン部分の試験を数カ月以内に、またコア部分の試験をその後に、オハイオ州ライト・パターソン空軍基地(Wright-Patterson AFB)の施設を使って試験する予定である。

 

GE、P&W両社が個別に2017年中に作る「AETP」エンジンは、2019年末まで試験を続ける。その後は「アダプテイブ・エンジン・技術開発(AETD=Adaptive Engine Technology Development)」プログラムに引き継がれ、これでアダプテイブ・サイクルが基本的に正しいことを立証する。

空軍研究所(AFRL)は、2007年から「可変サイクル技術、3層空気流、アダプテイブ・ファン(variable cycle architectures, 3-stream flowpaths, and adaptive fans)」の研究を進めてきている。「AETD」とは、この研究を基にして作る「適応型多目的技術エンジン (Advent=Adaptive Versatile Engine Technology)」を云う。

ここで「3層目の空気流」とは、民間エンジンの「ファン空気流」に相当する。これはミッションに応じて「3層目の空気流」を調整して、推進効率を上げ燃費を向上したり(巡航時)、コアの空気流を増やして高推力を出し同時に冷却空気流を増やしたり(離陸や加速時)、に対応する。「3層目の空気流」は、また、エア・インレット(空気取り入れ口)周辺に溜まる余分な空気を吸い込み、流れを改善するとともに抵抗(spillage drag)を減らす役目もする。

「アダプテイブ・エンジン」の心臓部は、ファン圧力比とバイパス比を適宜変える「流路面積可変装置/バリアブル・ジオメトリー装置(variable-geometry devices)」である。ファン圧力比とバイパス比を変えることで、燃費と推力は大きく影響を受ける。ファン後流の流路面積を絞ればファン圧力比が高まり、離陸や加速で必要な高推力が得られる、また巡航時で、流路面積を広げればバイパス比が大きくなり燃費が節約できる。

空軍研究所(AFRL)のアダプテイブ・エンジン計画担当課長(Matt Meininger)氏は次のように話している。;—

『「AETD」エンジンを2020年代中頃に完成するためには、解決しなくてはならない問題が多々あるが、今回の契約を通じて何とか解決したい。アダプテイブ・エンジン技術は大きな可能性を秘めており、費用の点でも将来の国防費の節減に大きく貢献できそうだ。』

GEでは「AETD」のファン部分とコア部分を今年後半にライト・パターソン空軍基地内の施設で試験するが、この結果を踏まえて設計を改良して「AETD」を取り纏めたい、としている。

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図4:(GE Aviation)アダプテイブ・サイクル・エンジンの概念図。ファン空気流は、最も内側の層がコアに流れ、外側の層は二つに分かれてバイパス・ダクトを通る。離陸や攻撃回避など高推力が必要な時はバイパス・ダクトを絞ってターボジェットとして運転する。長距離巡航では燃費を節約するため2層のバイパス・ダクトを開けてファンエンジンにする。3層目(外側)のバイパス空気流はバイパス効果だけでなく、排気ガスを包み、冷却して、赤外線エミッションを減らしてステルス性を高める。可変サイクルのためのダクト開閉は、センサーを含むデジタル燃料管制装置で行う。

 

GEが進める「AETD」には複数の難しい試験が待ち受けている。すなわち、燃焼室開発に関わる2種の試験、NASAグレン(Glenn)研究所で行う第3層空気流(ファン空気流)に関わる試験、先進型軽量ファン静翼の試験、それに現在F414の低圧タービンに組み込み試験中の新材料セラミック・マトリックス・コンポジット(CMC= ceramic matrix composite)の成果確認、などである。

 

もう一方のP&Wでは、AETD担当部長Jimmy Kenyon氏は“来年はAETDにとり非常に重要な年になる”と次のように話している;—

『P&Wでは、2013年に3層空気流ファン部分の試験を実施済みで、2017年初めには、次の段階としてファンとエンジン本体との相互関係の実証試験に取り組む予定だ。このために、現在のF135エンジンのファンを取り外し、代わりに「3層空気流ファン」を取り付け、試験を予定している。また並行して開発中の「極めて高効率のコア」を、2017年初めには実証試験を行う』。

P&W設計

図5:(Pratt & Whitney)P&WはF-35用のエンジン「F135」に3層空気流用ファンを搭載してアダプテイブ・エンジンとし、試験をする。F135エンジンは、ファン3段+高圧コンプレッサ−6段+燃焼室+高圧タービン1段+低圧タービン1段、の構成。全体の圧力比は 28 。ファンバイパス比は 0.57。アフトバーナ付で長さ220 inch (559 cm)、直径46 inch (117 cm)、重さ1.7 ton。最大推力43,000 lbs、ドライ推力28,000 lbsである。

 

以上述べてきた「AETD」計画とは別に、P&Wでは米海軍の委嘱でF135の改良を計画している。目標は2025年までに推力を7-10%上げ、燃費を5-7%低減しようと云うもの。

これについてP&Wの担当副社長ジミー・ケニヨン(Jimmy Kenyon)氏は次のように語っている;—

『改修内容はコンプレッサーの改良が主で、初期テストの段階で非常に有望だ、さらに、燃費節減と共にエンジン寿命の延長も提案したいとしている。

燃費節減プログラムは、2013年にF135の試験エンジン「XTE68/LF」に組み込んで行い、5%の節減効果を確認済みで、これにコンプレッサーとタービンの改良を追加することで7%の節減は可能になりそうだ。現在は海軍と共同で「XTE68/LF」にタービン・ブレードの冷却方式の改善を組み込み、試験中で、これで運転温度を上げずに寿命を延ばす目処が付いた。

高圧コンプレッサーは6段でブレード・デイスク一体構造のモジュールだが、この部分の空力設計を最新の技術で改良しているところである。改良型モジュールは、2015年にドイツのウイルドー(Wildau)にあるアネコム・エアロテスト(AneCom AeroTest)の試験設備で試験を行い、その効果を確認している。2017年初めには、このコンプレッサー・モジュールをF135に組込み、エンジン全体の試験をする予定だ。

海軍は、これら改修は現在のエンジンに簡単に組み込め、寸法なども変更しないよう求めている。この改修で推力増強か燃費節減のいずれかを得ることができる。例えば、もし海兵隊がF-35B STVL(短距離離陸垂直着陸型)に使うF135-600型エンジンの推力増強を望めばそれに応えられる。

何れにしても改修は、2020年代の初めから可能で、F-35の定期整備の時にエンジンを取卸して簡単に行えるようにしたい。

もう一つの改修は、F135の3段ファンの1段目の改修で、数年以内に始まる。これは1段ファンフレードを、現在のホーロー(中空)型からソリッド型に変え、新しい線形摩擦溶接法(linear friction-weld manufacturing process)で製造する。これで空力性能の優れた薄いブレードを作ることができる。

この摩擦溶接装置は、この型としては世界最大で現在ミドルタウン工場(Middletown Connecticut)の「コンプレッサー・システム・モジュール・センター」で試験中であり、2017年には供用を開始する。』

 

(注) 線形摩擦溶接法(linear friction-weld manufacturing process)は、エンジン製作で近年著しく進歩を遂げた製法で、主にブレード・デイスク一体構造(blisk)の製造に使われる。ブレードの根本をデイスク周辺に切った溝に合わせ、ブレードに線形振動を与えながら両者を押し付けると摩擦熱が生じ、両方の金属素材が溶融点に達して混ざり合い溶着する。この際、接合部にビードが生じるが、ミーリングで取り除く。接合部の強度は鍛造母材と同じレベルになる。一般に線形振動の幅は1-1.8 mm程度、振動数は200 Hzである。MTI社によると、P&Wが導入した線形摩擦溶接装置はMTI (Manufacturing Technology Inc.)社製。MTI社は、ミシガン州南西部とインデアナ州北部にまたがりミシガン湖に面した小都市Michianaにある。

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図6:(Pratt & Whitney)F135エンジンはコネチカット州ミドルタウン工場とフロリダ州ウエスト・パームビーチ工場で製造されている。現在は少量初期生産(LRIP)の8番目のロットが生産中で、間もなく10番目の生産契約が結ばれる段階にある。最初の納入エンジンに比べ価格は半分以下に低減している。図6は同エンジンの後端にある推力偏向ノズルの大写し写真。

 

AETPは、設計が進み一連の試験を経て完成度が高まり、世界の標準的な次世代エンジンになるだろう。

空軍研究所によると、GEとP&Wは異なる方法、と材料で次世代エンジンの完成を目指している。すなわち「GEは高温部の材料に軽量、耐熱性のあるCMCを採用すべく研究を進めている、これに対しP&Wはこれまでの実用での経験を基にその成果をAETDに反映させる方法を採っている。空軍研究所としては、

コアと新素材(CMC)、それに特色のあるファン、の二つの違った方法でAETD実現を進める両社に期待を寄せている」。

—以上—

 

本稿作成に参考にした主な記事は次の通り。

Aviation Week network Jun 22, 2016 “Three-stream Engine moves to New Phase” by Guy Norris

Aviation Week Network June22, 2016 “F-35 Engine Upgrade Gather Pace” by Guy Norris

Flightglobal 06 May 2016 “DOD awaits Northrop B-21 to fill “long-range strike deficit” by James Drew

AINonline Defense June 14, 2016 “Pratt Says Pentagon Lot 10 Deal for F135 will Reflect Lower Costs” by Charles Alock

TokyoExpress 2016-03-26 「米空軍の次世代戦略爆撃機[B-21]の主要サプライヤーが決定」

TokyoExpress 2015-02-02 「民間用エンジンの開発が目白押し、軍用エンジンを抜く(その3)」/軍用エンジンの展望」

TokyoExpress 2014-04-09 「超合金に替わる“セラミック・マトリックス複合材(CMC)」