「山の日」によせて 人はなぜ、山に登るのだろうか


2016-07-04(平成28年)   ジャーナリスト 木村良一

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図1:6月2日夜都内で開かれた山の日を記念するシンポジウム

 

今年の8月11日は第1回目の「山の日」である。7月の第3月曜日の「海の日」と同様、自然に親しむための祝日にしたい。8月の祝日は初めてで、これで祝日のない月は6月だけとなる。年間の祝日は16日に増えた。

ところで日本の登山人口は1000万人を超すといわれる。中高年だけではなく、登山は若い女性の間でも大きなブームとなり、数年前には山ガールという言葉まで生まれた。人はなぜ、山に登るのだろうか。来月の山の日を前に考えてみた。

実は仕事で山の日を記念するイベントを企画し、6月2日の夜、約200人を集めて東京都千代田区内のホールで「登山の安全と健康」のためのシンポジウム(産経新聞社主催、日本山岳協会後援)を開催した=写真。後半のパネルディスカッションでは進行役も務めた。

パネリストには、ツアー会社を運営する山岳ガイドの太田昭彦さん、80歳でエベレストに登った三浦雄一郎さんの主治医で国際山岳医の大城和恵さん、雄一郎さんの次男でプロスキーヤーの三浦豪太さんの3人に登壇してもらい、中高年が安全に登山を楽しむ方法やその医学的見解について意見を交換し合った。3人ともヒマラヤなどを何回も経験している登山のベテランである。

パネルディスカッションの最後。私は「なぜ、山に登るのか」と少々意地の悪い質問を3人にぶつけた。

太田さんは「山に行くと元気なる。緑や紅葉、真っ白な雪を見ているだけで幸せな気分になれる」と話し、大城さんは「私はアンコが好きですが、なぜ、好きかといわれても好きなものは好きとしかいいようがない。それと同じ」と語っていた。三浦さんは「父親に連れられて気が付いたら山が好きになっていた。山は自分より大きな存在で、そこにひかれる」という答えだった。

3人の答えはそれぞれ違うが、共通点もある。それでは登山歴7年という私にとっての山とは何なのか。奥多摩や丹沢の低山でも登って夕方、自宅に帰ってくると、体が楽になるし、登りながらいろんなことをじっくり考えることもできる。鳥のさえずりや沢のせせらぎを聞きながら、草や土の匂いをかぎながら、一歩一歩登るのは肉体的には苦しい面もあるが、精神的にかなり楽になる。登らなくとも都会を離れて山々を眺めているだけでもわくわくしてくる。

そういえば、今年3月に封切られた映画「エヴェレスト 神々の山嶺(いただき)」の原作『神々の山嶺』(夢枕獏著)=写真=の底流に流れるテーマも「なぜ山に登るか」だった。

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図2:今年3月に封切られた映画「エヴェレスト 神々の山嶺(いただき)」の原作『神々の山嶺』(夢枕獏著)の表紙。

 

この山岳小説の小道具に使われているのが、マロリーのコダックのカメラである。イギリス人のジョージ・マロリーは「そこに山(エベレスト)があるから」という有名な言葉を残し、1924年にエベレストの頂上付近で滑落して亡くなった。

彼が8848メートルという世界最高峰の頂上を踏んだかどうかが山岳史上、最大の謎になっている。もし彼のカメラが発見され、フィルムにエベレストの頂上が写っていれば、世界の山岳史が塗り変わる。世界で最初にエベレストの頂きに立ったのは、ニュージーランド出身のエドモンド・ヒラリーではなく、マロリーということになるからだ。ヒラリーはマロリーが死んでから29年後の1953年、人類初のエベレスト登頂を果たことで知られている。

映画も小説もマロリーのカメラがネパールの首都カトマンズで発見されるところから始まる。小説『神々の山嶺』が書かれた後の1999年、マロリーの遺体は発見されるが、問題のカメラは見つからなかった。

『神々の山嶺』では主人公の山岳カメラマンが傾倒する天才クライマーの「そこに山があるからじゃない。ここにおれがいるから、山に登るんだ」という言葉が重みを持っていく。

主人公がエベレストを登りながら「あの頂に立ったって、答えなんかない。なぜ山に登るかの答えを捜して山に行くんじゃないことくらいは、だれでも分かっている」「転げ落ちた岩を、また(ギリシャ神話の)シーシュポスは山の頂上まで運んでゆく。するとまた、岩が転げ落ちる。この無限の繰り返しだ」と禅問答のように自問自答する場面も圧巻だ。

「足が動かなければ手で歩け。手が動かなければ指で行け。指が動かなければ、歯で雪を噛みながら歩け」。酸素が地上の3分の1、気温マイナス50度というデスゾーンのエベレストの氷の南西壁を単独で登り切って頂上に立った後、下山途中に亡くなる天才クライマーが残すこのメモは、登山家の魂の鼓動だ。

人はなぜ、山に登るのか。この答えは哲学的で難しい。そのまま人はなぜ生きるのかにつながるからである。

 

—以上—

 

※慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」7月号から転載しました。

http://www.message-at-pen.com/

http://www.tsunamachimitakai.com/pen/2016_07_003.html