日航、注意深く成長路線を進む


2016-08-23(平成28 年) 松尾芳郎

 

先般タブリン(Dublin, Ireland)で行われたIATA年次総会に出席した大西賢日本航空会長が、エビエーション・デイリー(Aviation Daily)誌に語った「日本航空の今後の戦略」の内容が報じられたので、同誌の意見と共に概要を紹介する。

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図1:(Joepriesaviation.net / Aviation Week)日本航空はボーイング787の採用で機材更新に成功した。現在787-8型機は25機を運航中、大型の787-9型機は4機所有しさらに16機を発注済み。

 

日本航空は2010年(平成22年)1月19日に会社更生法の適用を受け、新たに就任した稲盛和夫会長の指導で2011年3月に再建を果たし、2013年9月には東証1部に再上場し、この間毎年営業利益1,000億円以上、同利益率12%以上を確保しながら現在に至っている。

この驚異的な立直りと利益の確保を可能にした要因は、常に輸送力不足(capacity constraint)の状況を続け、拡大路線に向かわなかったためと思われる。従って同社は、航空当局による規模拡大制限条項が来年4月から廃止される後も、現在の保守的な成長戦略を維持し続ける予定だ。

日本の航空2社の戦略は極めて対照的、全日空(ANA)は国際線を中心に成長を目指し、他社への出資にも積極的だ。しかし日航(JAL)は現在の運航の維持と最終利益(bottom line)の改善に焦点を当てる経営をしている。両社ともに利益を上げ、強い経済的基盤を持っている。

 

日航(JAL)の経営方針は「現在の経営指針」を維持する事、すなわち;—

*  成長率の向上は慎重に行う

*  他社への出資はしない

*  投資は製品の品質向上に充てる

*  当面777-200ERの改良を進める

 

日航(JAL)の2015年度の成績は、純利益1,744億円、営業利益率15.7%と言う驚異的成績であった。投資は規模の拡大ではなく、主に製品の質の向上に充てた成果である。

JAL2015連結決算表

図2:(日本航空)日航の連結決算成績。「会社更生法」適用が終ったのは2011年3月、これは2011年度からの数値を取りまとめた表。当期利益は2014年で前年を下回ったが2015年では回復、利益率は15.7%を確保した。この結果2016年3月期の1株当たりの配当金は前年比16円増配の120円となった。

JAL連結財政

図3:(日本航空)自己資本比率は2013年以降、経営目標に掲げる50%を超え改善されている。2014年10月1日付けで株式を2分割した。

JAL Cashflow

図4;(日本航空)連結キャッシュ・フローの推移。健全な数値で推移している。

 

監督官庁である航空局は、日航が2011年3月に会社更生法から脱し再建を果たした後も日航の規模拡大に一連の制約を課してきたが、新会計年度の2017年4月からは制約は撤廃される。しかし日航は規模拡大を目標にしてこなかったから、この制限は同社にとり大きな影響ではなかった。そして来年4月以降も急激な路線拡大に向かうことはないと見られる。

一つの事例は日本国内のLCC「スカイマーク」の救済問題、日航は「スカイマーク」への投資に名乗りを上げなかった。「経営戦略」に沿わないと判断したからだ。

反対に全日空(ANA)はスカイマークに投資を決定し、同社とのコードシェアーを通じて羽田の発着枠を増やすことを目指すが、拡大路線を志向しない日航への影響は少ない。

同様に日航は国外の航空会社への投資にも慎重だ。特にアジア地域の航空業界は目まぐるしく変動していて、誰が勝者になるかの判断が難しいから、としている。

日航が焦点を当てているのは、ビジネス・クラス利用客と割り増しを払う個人客の取り込みである。世界経済の発展に伴い、他のアジア諸国も次第に裕福に向かい5-10年後には富裕層が増え、これが日航のビジネス・高級客重視の戦略に良い影響を及ぼす、と見ている。

このような視点から日航はサービス品質の向上に力を注いでいる。一つは、客室の改良に努めているが、これだけでは十分でないので、空港内の改善にも着目している。

例えば、空港ではあちこちで順番待ちの行列を見掛けるが、これで人々はある種のストレスを感じている。これを最新の情報処理技術で和らげることができないか、検討している。日航は国内で新幹線と競合しているが、新幹線に乗る時は空港の行列待ちのようなことは殆ど起きていない。

規模拡大は目指していないが、機体の近代化は着々と進めている。ボーイング787は、787-8型の最終機/25号機を先日受領したが、大型の787-9型機は4機を運航中で、さらに16機を発注済みである。

ボーイング777型機の後継としてエアバスA350型機を31機発注しているが、広同型機はさらに増やす必要がありそうだ。増加分がエアバスになるかボーイングになるかは未定である。

狭胴型機では、傘下の子会社分を含めボーイング737-800型機を51機(リース29機を含む)運航しており、これらは機齢も若く更新は2020年以降になりそうだ。

全日空はホノルル線用にエアバスA380大型機を3機発注しているが、日航はボーイング747型機を退役させたばかりで、A380の採用は考えていない。現在のボーイング777型の各機種(-200、-300、およびER)の合計50機で対応する。

既存の航空機では、特に国際線用機材の客室内装の改良に力を入れている。機種を問わず、ビジネス・クラス用に「スカイスイート(Sky Suite)」と呼ばれる座席の導入が進んでいる。

中長距離路線用の777-200ER型機11機に「スカイスイート」改修工事が行われていて、2機が完成、残りは2018年3月迄に完成する。改修作業は同社の整備担当系列会社「JAL エンジニアリング」とHAECO Xiamenで行われている。

777-200ER型機の改修では、

*  プレミアム・エコノミーおよびエコノミーの座席を新型に更新、

*  ビジネス・クラス用に新型のフルフラット・シートを導入、

*  テレビ、音楽などを楽しむ「IFE = inflight entertainment system」を新型の仏タレス製「Magic-VI」に換装、

*  インターネット接続サービス「スカイWi-Fi」にパナソニック製「eXConnect」を搭載、

*  ラバトリーにTOTO・ジャムコ・ボーイング共同開発の温水洗浄機能付き便座「ウオッシュレット」を採用、

などが含まれている。

777-300ER型機13機と767-300ER型機9機については「スカイスイート」改修工事は完了済み、しかし767-300ER型機12機の同様改修は未定、そして787型機は「スカイスイート」改修状態で受け取っている。

777スカイシートIII

図5:(Tadashi Yoshikawa/Aviation Wire)日航777-200ERの改修初号機JA701Jは2016年6月18日から就航。2017年3月までに11機の改修が完了する。ビジネス・クラスには、中央席で足元が立体交差するゾデイアックUK (Zodiac Seats UK) 製フルフラット・シート「スカイスイートIII」を世界で最初に採用した。ベッド長さは198 cm、幅は74 cm。モニターは従来型が9または10.4 inchに対し17 inchに大型化。中央2席ではお互い会話が楽しめる構造となっている。

 

(注)HAECO Xiamenは中国南部福建省厦門(あもい)にあり、香港HAECOのグループ会社(59%)で、ボーイング(9.1%)、キャセイパシフィック(9.1%)、日本航空(9.1%)などが出資、1993年に設立された。エアバス、ボーイングなどの大型機の改修、重整備などを行っている。従業員は約3,000名。

厦門全景

図6:(HAECO Xiamen)HAECO厦門航空機整備工場の全景。

HAECO厦門で完成した777

図7:(HAECO Xiamen)、HAECO厦門で2016-08-01に日航777-200ER 機番JA 711Jの「スカイシートIII」取付けを含む一連の客室改修と重整備作業が完了し、引渡し式典が行われた。これはHEACOで行われるJAL 777改修工事の初号機。

 

(注)ゾデイアック・シートUK (Zodiac Seats UK)は英国南部ブリストル近郊にあり、ファースト・クラス、ビジネス・クラス、プレミアム・エコノミー・クラスの座席を専門に開発、製造する会社。客室内装全般の設計も行っている。

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図8:(日本航空)777-200ERのビジネス・クラスは「1-2-1」の横4席配列。全席から通路アクセスが可能である。 777-200ERの客室改装後の座席配置数は、ビジネス・クラス42席、プレミアム・エコノミー・クラス40席、エコノミー・クラス154席になる。図示はないが、新しいプレミアム・エコノミー座席、エコノミー座席、いずれも在来の席に比べ快適性が向上している。

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図9:(日本航空)「スカイスイートIあるいはII」と呼ぶフルフラット・シートは、これまでに777-300ER型機に2013年1月から、767-300ER型機に2013年1月から、787-8型機には2014年12月から、それぞれ導入されている。さらに2015年7月から受領が始まった787-9型機には最初から採用されている。

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図10:(日本航空)777-300ERビジネス・クラスの「スカイスイーツ」座席の配置図。

 

最後に、先日羽田〜ホノルルを往復した知人から聞いた話;—

「往路は日航777型機のビジネス・クラス、フルルラット・シートでとても快適だった。帰路は他社便を利用し、こちらもビジネス・クラス、しかし座席はリクライニング角度が浅く昔からのビジネス・クラスのまま、往路とは比較にならなかった。」

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

 

Aviation Week Aug. 16, 2016 “Japan Airlines Sticks withCautious Growth Model” by Adrian Schofield

JAL平成28年3月位決算短信

JAL 2016年3月期決算説明会 2016年4月28日 植木義治社長、斎藤典和専務執行役員

HAECO Xiamen Home page

Airline Economics Aug. 19, 2016 “HAECO Xamen redelivered first 777 to JAL”

Aviation Wire 2016-06-12 “個室感と隣席との会話両立、写真特集・JALスカイスイート777(ビジネス編)」by Tadashi Yoshikawa

JAL “JAL国際線777-200ER型機の客室仕様を全クラス一新“