2016-09-12(平成28年) 松尾芳郎
図1:(KCNA / Reuters)2016年4月に北朝鮮海軍の「シンポ級(Sinpo-class)」潜水艦から発射された固体燃料KN-11(北極星1号)SLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)。その後8月24日にも発射した。発射した「シンポ級」潜水艦は、1993年にロシアから10隻輸入されたゴルフ級 (629型)潜水艦 (水中排水量3,500 ton)の国産化型で、艦橋後部にSLBMを納める発射筒を備えている。KN-11 SLBMは、全長9.5 m、弾体直径1.5 m、重量約14 ton、射程1,000 km。一部の専門家は、中国が開発したSLBM「巨浪1型(JL-1)」と同サイズである事から、KN-11型はその技術を輸入・転用したもの、と見ている。
米国、日本、それに韓国は北朝鮮のミサイル技術の進歩に危機感を募らせている。北鮮とイランの弾道ミサイルを含む軍事技術の向上に対し、西側諸国は弾道ミサイル防衛(BMD)に一層の努力を強いられるようになった。
米韓合同演習への反応として北朝鮮は8月24日に潜水艦から固体燃料ロケットKN-11を発射した。これは約500km飛翔して日本の防空識別圏(ADZ)内に着弾した。これは2014年12月に続く北朝鮮による2回目の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の実験であった。これで北朝鮮は陸上発射型弾道ミサイルに次ぐ2つ目の核攻撃手段を持った訳で、米国と同盟諸国は新たなミサイル防衛手段の構築を迫られている。
米ミサイル防衛局(Missile Defense Agency)の長官ジェームス・シリング(James Syring)海軍中将は次のように語っている;—「北朝鮮は新しい弾道ミサイル発射システムを開発し、加えて頻繁に発射試験を繰り返している。これで我々のミサイル防衛は立て直しを迫られている。彼らは、この1月に4回目の地下核実験を行ってから(9月9日には5回目の核弾頭爆発実験を実施)、地球監視衛星を打ち上げ、新しい固体燃料ロケットの試験を行い、さらに移動式発射車両からBM-25ムスダン(Hwasong-10)打ち上げている」。「状況は急速に緊迫の度を増している。これらミサイル発射試験と核爆発試験を合わせ考慮した結果、米国は韓国南部にTHAAD (Terminal High-Altitude Area Defense)「高高度地域防空」ミサイル中隊の配備を決定した」。
ムスダンが最初に公開されたのは2010年4月の軍事パレードであった。当時数人の専門家は”模造品(Fake)らしい”と見ていた。ところが2016年6月21日の発射試験では、高度1,400 km (870 mile)まで上昇し400 km (250 mile)の海域に落下した、つまり射程を短くするため高度を高くする「ロフテッド軌道(lofted trajectory)」で打ち上げた訳である。このことからムスダンの射程は3,200 km(2,000 mile)に達すると見られている。
すなわちムスダンは、日本全土は勿論のこと、台湾(1,100 mile)、フィリピン(1,900 mile)、グアム(2,060 mile)を射程に収める。米国防総省は、北朝鮮がテポドン-2 (射程6,000 km)及び射程10,000 kmの衛星打ち上げ用ウンハ(Unha)をICBMとして使えば米本土を攻撃することも可能、と見ている。
図2:(2015-10 平壌、共同)北朝鮮は1990年代後半にロシアの技術者を招き、SLBM R-27を基本にして中距離弾道ミサイルの開発を進めてきた。2010年に陸上移動発射型ムスダン「火星10号」として公開された。弾頭やロケット部分はイランに輸出されシャハブ−3に採用されている。全長12-19 m、直径1.5-2 m、重量19-26 ton、ペイロード約1 ton、射程2,500-4,000 kmとされる。移動式発射車両は中国が供与していると関係筋は見ている。
前述のシリング・ミサイル防衛局長官は「今年2月のテポドン-2の打ち上げ成功で彼らは長距離弾道ミサイルICBM開発の技術を完成させたと見てよい」と言っている。
続いて9月5日には、移動式発射車両からノドン中距離弾道ミサイル(射程約1,300 km)を3発続けて発射した。いずれも約1,000 km飛翔して北海道・奥尻島沖の我が国の排他的経済水域(EEZ)内に落下した。
図3:(労働新聞)9月5日に3発のノドン中距離弾道ミサイルが移動式発射車両から続けて発射された。ノドンは短段式液体燃料ロケットで全長約16 m、直径1.35 m、ペイロードは1 tonn程度、全体の重量は約16 ton。1990年台半ばにスカッドミサイルをもとに開発し、現在50基ほどが配備されている模様。その射程は日本全域をカバーする。
米国のArms Control Associationに属する軍事専門家は次のように話している。「北朝鮮が実戦配備可能なICBMを完成させたか、また搭載可能なサイズの小型核弾頭を完成したか、という点については疑問が残る。しかし命中精度不十分なままの核弾頭搭載ICBMならば数年以内に配備できるだろう。」
米国北部方面軍(US Northern Command)副司令官ロナルド・バックレイ(Ronald Buckley)空軍中将は「北朝鮮は、移動式発射の技術を完成し、事前探知の時間を著しく短縮した。そして、数々の失敗を乗り越え短期間でミサイルを改良して今や十分な信頼性を持つに至り、注目を集め得るようになった」と話している。
一方イランではミサイルと衛星打ち上げ能力の向上に資金を投入し続けている。1990年代にイスラエルのミサイル防衛組織を指導してきたウジ・ルービン(Uzi Rubin)氏によると「イランは核開発計画の凍結後も長距離弾道ミサイルの開発を進めており、北朝鮮との間でミサイル技術の交流を続けている。イランはすでに18基のムスダン・ミサイルを北朝鮮から輸入、保有しており、これでヨーロッパのほぼ全域を射程に収めている」と語っている。
またイランは、自身のシャハブ(Shahab)系列ロケットの精度向上を行っている。新しいシャハブ-3は、Emad液体燃料ロケットを使う長距離弾道ミサイルで、誘導システムが改良されている。
イランには少なくとも2つのミサイル製造都市があり、ここでシャハブ-3が集中的に作られている。イランのテレビ報道によると、移動式ランチャー(発射機)に装着されたミサイルが、防護された地下工場から出てくる場面が公開されている。
ルービン氏は「これらは巨大な地下ミサイル製造都市で、この中に全てのミサイルと発射機を収納していて、燃料注入、整備、修理、さらには発射自体も地下から行える」と話している。
図4:(Isreal Times.com)シャハブ3は、北朝鮮のノドン1をベースに開発した中距離弾道ミサイル(MRBM)で、2003年から配備開始。射程は2,000 km、ペイロードは750 kg-1 ton、イスラエル、サウジアラビア、トルコ、それにヨーロッパの一部が射程内に入る。
この増大する脅威に対して米ミサイル防衛局(MDA)は、迎撃ミサイルの性能向上、多弾頭を迎撃できる新型の弾頭の開発、それから敵ミサイルをブースト段階(上昇時)で捕捉・撃墜できる成層圏飛行の無人攻撃機(UAV)の開発も視野に入れている。
一刻も早く発射を検知するため、北部方面軍は24時間体制で脅威を検知、追跡できる偵察衛星網の整備を要求している。すでにMDAでは、北朝鮮のミサイル発射に備えて海上配置型Xバンド(SBX)レーダーを配備しているが、北部方面軍は偵察衛星網の完備を望んでいる。
MDAでは、“地上配置型迎撃システム”(GBI = Ground-Based Interceptor)あるいは (GMD = Ground-Based Midcourse Defense)と呼ぶ新しい迎撃ミサイルシステム(以下ここではGMD)の配備と改良を進めている。現在アラスカ州フォート・グリーリー(Fort Greely, Alaska)に26基とバンデンバーグ空軍基地(Vandenberg AFB, Calif.)に4基配備済みだが、これを2017年までに合計44基に増やす予定。GMD本体は3段固体燃料ロケットと1個のEKV弾頭(Exo-atomospheric Kill Vehicle)で構成される。EKV弾頭の信頼性向上とブースターの改良中で、長期的には“形態3”(configuration-3)ブースターと新しい多弾頭対応のEKV弾頭になり、完成後には宇宙空間での効率的な迎撃体制が整うことになる。
図5:(MDA)米ミサイル防衛局(MDA)の「弾道ミサイル防衛構想」。右側の“敵弾道ミサイル”に書かれているのは射程1,000 km程度のSRBM(短距離)から、MRBM(中距離)、IRBM (中間距離)、そして射程10,000 kmに達するICBM(長距離)までが示されている。それぞれの下に発射後から着弾するまでの時間が書いてある。左側は迎撃する“防衛システム”で、左から“GMD”、“イージス”、“THAAD”、”PAC-3”、の4段階を示す。”イージス“にはイージス艦搭載と陸上配置型を含み、現在我が海自イージス艦搭載のSM-3ブロック1Aから2018年実用化予定のSM-3ブロック2Aまで示している。米国が展開中のGMD・EKV弾頭は、イージス・システムよりも高高度の大気圏外で敵ICBMを迎撃するシステムである。本文記述のように、米国ではこの4層からなるミサイル防衛体制の整備を進めている。一方、中国、北朝鮮などのミサル攻撃の標的になっている我国は、イージス艦こそ6隻体制になっているが、PAC-3の配備は数が全く少ない。THAADについては配備検討すら公式に行われていない。
図6;(Boeing)2013年1月26日バンデンバーグ空軍基地(Vandenberg AFB, Calif.)で行われたMDAによるGMD発射試験の写真。GMDは固体燃料3段式ロケットで2004年に配備を開始、2016年までに目標に向けての試射を9回実施、3回成功したばかりの未完成なシステム。開発、製造の主契約はボーイング防衛・宇宙・保安部門、それにコンピュータ・サイエンス、オービタル・サイエンセス、レイセオンなどが協力している。開発配備のコストは2017年までに400億ドル。
図7:(平成28年度版防衛白書)北朝鮮が保有または開発中の弾道ミサイルとその射程距離を示す。
MDA(ミサイル防衛局)ではさほど遠くない将来に、弾道ミサイル防衛用に高高度飛行をする無人機(UAV = unmanned Aerial vehicle)を整備する計画である。このUAVは、精密なセンサーと高エネルギー・レーザー発射装置を備え、敵弾道ミサイルが発射されるとすぐに検知、弾頭が分離・飛翔を始める前に探知・撃破しようというもの。飛行試験は2021年に予定しており、成功すれば直ちに本格的開発に踏み切る。
ミサイル防衛で最も技術的に難しいのは、発射後分離した弾頭部分が極超音速で大気圏内を飛翔・着弾するミサイルへの対応で、撃破する有効な手段がないのが実情だ。(TokyoExpress 2016-08-29 “不安定な世界情勢に対処、新ミサイル防衛手段の数々“10-14ページを参照されたい)
ミサイル情報に詳しい専門家は次のように話している;—「弾道ミサイルとは弾道飛行をするだけではない。先般ロシア国防省高官は“我々はミサル防衛網を突破する極超音速飛翔体を開発中で、今年(2016) 4月にはSS-19 長距離弾道ミサイル(ICBM) に搭載、分離飛行に成功した”と言っている」。
前述の北部方面軍副司令官バックレイ中将の話;—「現在の米国の政策では、近隣諸国(ロシアや中国)とはバランスを保ちながら、そこからの脅威を(事前に攻撃して)打破あるいは排除することは考えていない。地上配備型迎撃システム(GMD)は、主にイランや北朝鮮などの凶暴な国(rogue nations)が開発する長距離弾道ミサイルの攻撃から国を守るシステムである」。
最近の北朝鮮やイランのミサイル開発や核弾頭実験は、西側諸国に深刻な脅威を与えている。これに対する答えは単に“ミサイル防衛 (BMD) 技術“の進歩に頼るだけでなく、それ以上の行動が求められている。これは事前に発射の動きを探知し、航空機による精密誘導爆弾や艦艇に搭載する長距離巡航ミサイル・トマホークで発射地点を攻撃・破壊することを指している。
しかし異なる意見もある、米国の軍事専門家(Daryl Kimball氏Arms Control Association)の意見;—「米国は弾道ミサイルの脅威に対し、防衛の階層を厚くするだけでなく、外交的手段を通じて接触、経済封鎖などで対処する必要がある。戦略ミサイル防衛の手段には限界があり、防衛のための完璧な傘とはなり得ない。弾道ミサイル防衛手段は複雑で、壊れやすい。長期的に北朝鮮が弾道ミサイルの開発を続け、核弾頭を作るとすれば、彼らは常に我々の精緻なミサイル防衛体制の数歩先を行くことになろう」。
この見解は、現在の日米間の政府首脳がしばしば発する公的意見と軌を同じくしている。これに対し“迎撃体制の強化を加速すべし”とする意見が増え、既述のように米国ではミサイル防衛局(MDA)の主導で、着々とBMD整備が進めている。我国防衛省はどうか;—
1) イージス艦搭載の迎撃ミサイルSM-3を射程高度1,000 kmにするSM-3 Block 2Aに2018年度から換装する。イージス艦を6隻から2021年までに8隻体制に増強する
2) 低層域迎撃用の地上配備ミサイルPAC-3を改良型のPAC-3 MSE (Missile Segment Enhancement)に改め、射程高度と防衛範囲を拡大する。米陸軍では2016年8月から実戦配備を始めている。
3) 偵察衛星(政府は情報収集衛星と呼ぶ)を現在の4基から10基の増やす計画を進める。
ここに中層域迎撃用のTHAADミサイルの整備やPAC-3の増強、さらに敵基地攻撃用の巡航ミサイル・トマホークの配備などは含んでいない。防衛省高官は「必要なことは省内で検討する」と述べるに止めている。「基本は米国に守って貰うしかない」と云うことだ。トマホークについてはこれまで数回導入決定の寸前まで行ったが、いずれも連立与党からの「中国を刺激する」との反対で断念した経緯がある。何とも情けない話ではないか。
ミサイル防衛の任に当たってくれる米軍の配備状況は;—
a) 横須賀を母港とする第7艦隊は、原子力空母「ロナルド・レーガン」と艦載の第5空母航空団、それに付随する艦艇約50隻と海兵隊を含み米海軍随一の規模を持つ。
b) 第5空母打撃群直属のイージス艦は3隻で、空母防空の任に就く。この他に第15駆逐艦部隊のイージス艦8隻が、艦隊防空と弾道ミサイル防衛を担当、さらに装備する長距離巡航ミサイル・トマホークで敵基地攻撃を行う。
c) ハワイ、グアムに配備する中層域防空のTHAADシステム用センサーである地上レーダー(GBR)・ AN/TPY-2が青森県車力分屯地(2007年6月)、京都府経ヶ崎米軍通信所(2014年12月)に展開済み。探知情報は、前述のフォート・グリーリーなどに配備中の地上配置型迎撃システム「GMD」にも使われる。
[ THAAD ] についてはTokyoExpress 2016-08-18 “防衛省、ミサイル防衛体制(BMD)強化を急ぐ“ を参照する。
巡航ミサイル・トマホークとは[BGM-109 Tomahawk]で、潜水艦の魚雷発射管からと水上艦から発射可能なミサイルして 1983年から任務に就いた。以来改良が重ねられ、現在では「タクテイカル・トマホーク(Tactical Tomahawk)として使われている。本体は全長5.6 m、翼幅2.7 m、速度880 km/hr、500 kg程度の通常弾頭または5 k-tonの熱核爆弾を搭載、全体の重量は約1.3 ton、3,000 kmを飛行する。発射時には長さ0.7 m、重さ270 kgのブースターが使われる。
中国の弾道ミサイルについては稿を改めて紹介したい。
—以上—
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Aviation Week Aug 29-Sept 11, 2016 “Menacing Moves” by James Drew
So-net “KN-11”
Harbor Business online @ 2016-08-31 “北朝鮮、潜水艦発射弾道ミサイルの発射に成功。大きな脅威となりうる技術習得の可能性も“
Missile defense Agency Aug. 9, 2016 “Ground-based Midcourse Defense (GMD)”
GlobalSecurity.org July 21, 2016 “ Ground Based Interceptor (GBI)”
平成28年版防衛白書
防衛省防衛研究所2016年8月“中国安全保障レポート2016”
TokyoExpress 2016-08-29 “不安定な世界情勢に対処、新ミサイル防衛手段の数々“
TokyoExpress 2016-08-18 “防衛省、ミサイル防衛体制(BMD)強化を急ぐ“