2016-09-23(平成28年) 松尾芳郎
2016-09-24改訂(図3の追加と誤字の訂正)
先日来の北朝鮮による相次ぐ弾道ミサイル発射実験、核弾頭爆発実験で脅威はかってないほどの高まりを見せ、国民の関心が集っている。しかし脅威は北朝鮮だけではない。中国は北朝鮮とは比較にならないほど大量の核弾頭付き弾道ミサイルの配備を進め、その気になれば何時でも我国や米国を攻撃できる体制を整えている。
中国はこれまで度々「太平洋の西半分は中国の領土、あるいは勢力圏」と発言し、日本全土とグアム、ハワイは自国の領域と公言している。我国に根強い「中国は経済のパートナー」、「中国を刺激しないように」という配慮だけでは、難を免れることはできない。
2015年9月3日、北京天安門広場で行われた「抗日戦争勝利70周年」記念軍事パレードで、中国政府は新型弾道ミサイルを含む多数の兵器を公開し、日本を含む西側諸国に威圧を加えた。
中国が保有する主な弾道ミサイルについてはこれまで度々各方面で述べられてきたが、ここでもう一度振り返って整理してみよう。
中国のミサイルはすべて「東風(Dongfeng)」系列とされ、NATOなどでは「DF」と呼んでいるのでこれに従う。
中国軍は、陸海空3軍とロケット軍(昨年までは第二砲兵と呼ばれていた)で構成されている。ロケット軍は核戦力と通常戦力の双方を担当している。そして今では、弾道ミサイルの固体燃料化、サイロ発射方式から移動式発射機への転換、複数弾頭(MIRV = multiple independent reentry vehicle)の搭載を進めている。特に短距離及び中距離弾道ミサイルの精密打撃力(半数必中界 / CEP)の向上に力を注いでいる。
(注):半数必中界(CEP = Circular Error Probability)とは、ミサイルや爆弾の命中精度を表す単位である。発射した弾数の半数の着弾が見込める範囲を円で表し、その半径をメートルで表示した値を云う。
ロケット軍は中央軍事委員会の直接指揮を受け、北京郊外の清河に中央司令部、主要なミサイル発射基地は第51から第56基地までの6カ所がある。現在保有している核弾頭は260発と推定され、ロシアの7,500発、米国の7,260発と比べかなり少ない。多くがが第22基地に保管され、必要な時に他基地に搬入、弾道ミサイルに装着する仕組みになっている。
図1:(防衛研究所/Jane’s Weapons :Strategic 2015-2016)中国ロケット軍の主要なミサイル発射基地とそこから発射可能な弾道ミサイルの射程を示す図。DF-15B①は射程600 kmなので台湾と沖縄の一部を射程に収めるのみだが、DF-16②、DF-21D③、DF-26④はいずれもほぼ日本全土を射程に収める。図中の「第22基地」は陜西省太白県秦嶺山にあり、核弾頭の集中管理をしている。弾頭はこの基地と6つのミサイル基地間を往復していて、通常は各ミサイル基地に多くの核弾頭が保管されることはないようだ。原子力潜水艦の場合は例外で、装備するJL-1及びJL-2 SLBMには常時核弾頭が装填されている。
図2:(防衛省平成28年度版防衛白書)北京を中心に、中国が保有する弾道ミサイルの射程圏を表した図。2006年以降配備が始まった新しいDF-31及びDF-31Aは射程が11,000 kmになり米本土の大半を攻撃できる。また中距離弾道ミサイルのDF-21/21A及びDF-26は日本全土とグアムを射程に収め空母攻撃も可能である。
核弾頭を搭載する中長距離弾道ミサイル
ここで中長距離弾道ミサイルの主なものを列挙してみよう。
図3:(防衛研究所/Jane’s Weapons :Strategic 2015-2016)核弾頭を搭載する主な中長距離弾道ミサイルの概要。DF-5BとDF-31は米本土を射程に収める大型ミサイル、DF-21AとDF-26は我国全域を射程圏内にし、命中精度が高いので移動目標を攻撃でき、空母キラーと呼ばれている。
DF-5/5A/5B
最新のDF-5Bは300 k ton程度の小型核弾頭3個を搭載する、全長36 m、直径3.4 mの2段式、射程13,000 kmなので米国の首都ワシントンDCやロスアンゼルスなどを攻撃できる。
図4:(防衛研究所/Jane’s Weapons :Strategic 2015-2016)写真はDF-5Bの2段目で、この後ろの車両に搭載された1段目・ブースターと結合し、全長36 mに達するので、専用の地下サイロから発射される。
DF-26
2015-09-03の抗日戦勝利70周年記念軍事パレードで初公開された。1.2-1.8 tonの核弾頭または通常弾頭を搭載し射程距離は4,000 km。したがって我国全域は勿論、グアム基地も射程に収める。2015年から配備が始まった最新型中距離弾道ミサイルである。固体燃料3段式で、12 x 12輪の大型の「起立式発射機輸送車(TEL = Transporter Erector Launcher Vehicle)」に搭載され、任意の地点から発射できる。誘導装置は最新で着弾精度は極めて高い。DF-26がパレードに登場した時、説明アナウンスが「対艦弾道ミサイルで中型、大型の艦艇を攻撃できる」と紹介し西側専門家を驚かした。このことから、DF-21D対艦弾道ミサイル「空母キラー」の後継と位置付けられている。すでに数十基が配備されている模様。
図5:天安門の前を進む DF-26中距離弾道ミサイル部隊。この日に撮影された別の写真には少なくとも8基が行進に参加していた。
DF-31/31A
DF-31は潜水艦発射弾道ミサイルJL-2 (巨浪-2)と基本部分は共通、固体燃料3段式で8軸式の大型移動発射機に搭載、2006年から配備開始中。重量42 ton、全長13 m、直径は2,25 m。改良型のDF-31Aは射程11,000 kmに達し米本土の大半を射程圏内に収める。弾頭は1 Mega tonの核弾頭1個、または100 K ton程度の核弾頭3個を搭載できる。
図6:DF-31Aは、単弾頭、射程11,000 km級で米本土の北部を攻撃できる。発射機兼用の車両で移動できる長距離弾道ミサイルなので発射の兆候を掴み難い。
潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM) JL-1 / JL-2
JL-1 (巨浪-1)は射程2,500 kmで夏級原子力潜水艦、排水量8,000 tonに搭載されている。 JL−1は、先日の北朝鮮潜水艦から発射されたSLBM KN-11と似ているところから、中国が北朝鮮に技術供与した疑いがある。
新しいJL-2(巨浪-2)は、射程8,000 kmで「晋」級原子力潜水艦(049型) (SSBN = Ballistic Missile Submarine Nuclear-Powered) 排水量12,000 tonに12基搭載される。「晋」級原潜が太平洋でパトロールを始めれば、中国の戦略核戦力は大きく向上する。JL-2は2013年に初期作戦能力(IOC)を獲得した模様。夏級原潜は1隻のみだが、「晋」級原潜は4隻が就役済みでもう1隻が建造中であある。
図7:2012年に渤海湾で行ったとみられるJL-2(巨浪-2)の発射試験の様子。全長13 m、直径2,25 m、重量42 ton、3段式固体燃料ロケットで、弾頭の重さ1-2.8 ton、核弾頭を1個1,000 k ton、または数個各90 k tonを搭載する。射程は約8,000 km、渤海湾から発射すればアラスカ州が攻撃圏内に、また戦略原潜の母港の海南省三亜からだとグアムが射程に入る。
通常弾頭を搭載する中短距離弾道ミサイルおよび巡航ミサイル
通常弾頭を装備する弾道ミサイル、巡航ミサイルでは、精密な打撃力、すなわち命中精度が非常に重要である。DF-15BやDF-16は半数必中界が10 m以下で高い命中率をもっている。これらは台湾正面の第52基地に配備されており、我国の沖縄県南西諸島をその射程に含む。米国防総省の報告では、2015年現在で短距離弾道ミサイルの発射機は200-300基、ミサイル数は1,200発以上あるという。
図8:(防衛研究所/Jane’s Weapons :Strategic 2015-2016)通常弾頭を搭載する主な中距離・短距離弾道ミサイルの一覧。
DF-15 / 15A / 15B
DF-15は1995-96の台湾海峡危機の際に、中国軍が行った演習で10発が台湾海峡の公海上に打ち込まれ、世間の注目を集めた。今でも台湾攻撃用に大量配備されている。DF-15とDF-15Aは半数必中界(CEP)が大きく精度が悪いが、沖縄先島諸島を射程内に収める。新型のDF-15BはCEPが10 m以内と精度が向上しているので脅威は高まる。
図9:2006年から配備が始まったDF-15B短距離弾道ミサイル。全長10 m、直径1 m、発射重量7 ton(?)、弾頭重量500 kg、2段式固体燃料で誘導システムの改良で、命中精度が著しく向上している。米国防総省の推定では年産30発で増加中と云う。
DF-16
射程距離1,000 kmなので、第52基地と第51基地からだと主目標の台湾は勿論、我国の沖縄全域と九州、本州の日本海沿岸域、北海道がその射程に収まる。2段式固体燃料ロケットで通常弾頭を装備するが核弾頭も装着可能。命中精度が高いので、台湾軍ではPAC-3迎撃ミサイルの性能向上を急いでいる。DF-15Bより大きいので、10 x 10輪式車両、「起立式発射機輸送車(TEL)」に搭載され発射される。
図10:「起立式発射機輸送車(TEL)」に搭載されたDF-16短距離弾道ミサイル、昨年9月のパレードで10両以上が公開されたのでかなり配備が進んでいると見て良い。
DF-21 / 21A / 21C / 21D
前述のSLBM JL-1 (巨浪−1)を地上配備型に改良した中距離ミサイルで、我国全域がその射程内になる。全長10.7 m、直径1.4 m、重量14.7 ton。中でもDF-21Dは、弾頭が「再突入後進路変更可能型(MaRV = maneuverable reentry vehicle)」になっている、迎撃を著しく難しくした対艦弾道ミサイル。このMaRV弾頭は米国が欧州に配備中の中距離弾道ミサイルMGM-31パーシングIIで使っているRADICシステムと同じものを採用しているらしい。米空母打撃群の攻撃を目標にしているため「空母キラー」と呼ばれている。2015-09-03の抗日戦勝記念軍事パレードで初公開された。
図11:写真はDF-21C IRBM。DF-21シリーズは発射重量14.7 ton、全長10.7 m、直径1.4 m、弾頭(MaRVs)は1−6個の300 k ton前後の核弾頭を搭載、射程は1,700 km、再突入時の弾頭の速度はマッハ10。
DF-10A長距離巡航ミサイル
DF-10は、米国のBMG-109Gトマホークと同じ大きさで、射程1,900 km、8輪トラックに3基搭載する移動式ランチャーから発射する。弾頭は500 kg程度、ブースターで加速後、ターボファン・エンジンで低空を飛行する。慣性航法(INS)、地形照合、TV照合、GPS、で誘導し精密着弾ができる。空中発射型は、ブースターなしで空軍の新型戦略爆撃機H-6Kの翼下面に6基搭載できる。
図12:(Chinese Internet) DF-10A地上発射型巡航ミサイルは3連装の移動発射機(TEL)に搭載される。
図13:(Air Power Australia) DF-10A巡航ミサイルの飛行時の想像図。射程距離は1,500 kmをはるかに超え、中国本土から発射しても我国の全域を射程に収める。超低空を高速で飛来するので効果的な迎撃が難しい。
以上、中国が展開する弾道ミサイルを中心に現状を述べてきた。北朝鮮からの脅威をはるかに凌駕するその質と規模に背筋が寒くなる思いがする。
たまたま、ワシントン在の外交軍事専門家古森義久氏による「中国との戦争・予測の波紋」と題する記事(2016-09-17)が公表された。その概要を次に示す;—
『米国有数の安全保障研究機関「ランド研究所」が米陸軍に提出した「中国との戦争」と題する報告書で、2025までの間に米中戦争が起きる危険がある、と結論付けている。これが米国の外交戦略関係者の間で重い波紋を広げている。
同報告書では戦争に至る契機として5項目を挙げている:
① 尖閣諸島での日中衝突
② 南シナ海での中国の他国威圧
③ 北朝鮮崩壊で米中の軍事介入
④ 中国の台湾攻撃
⑤ 排他的経済水域(EEZ)での衝突
すなわち、尖閣諸島への中国侵攻が戦争の発端に最もなり易い、としており、尖閣有事が起きる要因として次の二つを挙げている:
① 中国の威圧攻勢に対し日本が防衛行動を採り戦闘が始まり、拡大する
② 中国が尖閣問題に米国が介入することないと誤算して、日本に攻撃をかける
米中戦争になれば、日本には決定的に重要な役割が求められる、すなわち:
① 米国にとり大規模な戦闘になれば、中国は在日米軍基地を攻撃することになり、日本は自動的に米中戦争に加わることになる
② 北朝鮮が中国の同盟国として日本をミサイル攻撃する可能性が高い
これらの想定で、日本の役割は米国を勝利に導く上で、決定的に重要だ、としている。』
平和を享受している我国にとっては物騒な想定だが、同盟国米国ではそんな事態が真剣に考えられている現実を我々は知るべきであろう。
海上保安庁によると、今年8月には中国公船述べ147隻が尖閣諸島接続水域に入り、そのうち28回は領海侵犯を行っている。この傾向は回数は減ったものの9月以降も続いている。海警局の船でなく海軍艦艇が侵犯するようになると我国も対応の段階を上げざるをえなくなり、事態は上述の「ランド報告書」が描く事態に進む可能性が高まる。我国としては1日も早く万全の対応を進めるべき、と考える。
—以上—
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
防衛省防衛研究所 平成28年3月「中国安全保障レポート2016」
防衛省 「平成28年度版防衛白書」
Air Power Australia 2014-01-27 “PLA Ballistic Missiles”、”PLA Cruise Missiles”
Livedoor 海国防衛ジャーナル 2013-11-15 “中国の潜水艦発射型弾道ミサイル (SLBM) 「巨浪−2」が初期作戦能力(IOC)獲得“
日本周辺国の軍事兵器“JL−2潜水艦発射型弾道ミサイル(巨浪-2/CSS-N-5)
産経2016-09-17 「中国との戦争・予測の波紋」by古森義久
産経2016-09-23 「新事態へ防衛力再構築が緊要だ」 by森本敏
TokyoExpress 2016-09-12 “脅威が迫るー北朝鮮、イラン、中国の弾道ミサイルへの備えは“