トランプ大統領、国防費増額を議会に提案


2017-03-04(平成29年) 松尾芳郎

 

ドナルド・トランプ大統領が国防費を前オバマ政権の提示額対比で540億ドル、すなわち3%、増額するよう議会に提案した。これに対し、議会から非軍事費枠の削減に繋がるとして大きな反対がでているが、一方国防費増額を求める議員からは増額幅が少なすぎる、との非難の声が上がっている。

2018年度予算としてホワイトハウスが提案した国防費総額は6,030億ドル。国家予算を取り仕切る管理予算局(OMB=Office of Management and Budget) は、全体の予算要求案を3月16日に決定し、議会には5月初旬に提出する予定にしている。

管理予算局 (OMB) のミック・マルバニー(Mick Mulvaney) 長官は、国防費の増額について、「これは軍事費増額を抑える“予算制限法(Budget Control Act)”の事実上の緩和であり、歴史上最も高い伸び率の一つになる」と述べている。一方、上下両院の軍事委員会のリーダー達は”2018年度の国防費としては、提案の6,030億ドルでは不十分“と反論している。

アリゾナ州選出共和党上院軍事委員会(Senate Armed Services Committee)の議長ジョン・マケイン(John McCain)氏は「これではオバマ前大統領時代の国防費に比べ僅かしか増えていない」、「このままでは我軍の予算不足は解消しない、規模は不足、安全保障のための即応体制も不備のままだ」と不満を示している。

上院のマケイン氏と、テキサス州選出の共和党下院軍事委員会(House Armed Services Committee)議長マック・ソーンベリー(Mac Thornberry)氏は、連名で独自の2018年会計年度の国防費案を作成、その規模を6,400億ドルに増やし、これを軍備拡張の出発点にするよう提案している。

両氏は「この程度の増額はわが国の経済状況から可能だし、やるべきだ」、「政府は、国防総省/国防軍が直面する問題を明らかにし、それを速やかに解決する必要がある」と述べている。

しかし民主党からは、軍事費の増額は国内向け非軍事予算の削減をもたらす、として反対の意見が出ている。

バーモント州選出で、環境保護主義者で知られるパトリック・リーヒー(Patrick Leahy)氏は、上院歳出委員会(Senate Appropriation Committee)の民主党代表である。同氏はホワイトハウスが提案する環境保護予算の20%削減に対し「軽率な恐ろしく不均衡で、近視眼的な、政治的な予算案」と決めつけ、中級及び下層階級の労働者の生活に深刻な影響を与えるもの」と非難し、対案を作成中としている。

予算アナリストのスタン・コレンダー(Stan Collender)氏は「管理予算局(OMB)の提案は、軍事費増額を抑える“予算制限法(Budget Control Act)”に違反する」と指摘している。

ここで米国の軍事費について述べてみよう。

米国軍事費2015

図1:(IISS /Laris Larklis/The Washington Post) 2015年度の米国と他国の軍事費を面積で比較した図。米国/5,980億ドル、中国/1,460億ドル、サウジ/820億ドル、ロシア/660億ドル、英国/560億ドル、フランス/470億ドル、に続いて8位は日本/410億ドルとなっている。

 

ロンドンの国際戦略研究所(IISS=International Institute for Strategic Studies)が発表した2015年度軍事費一覧によると、当時オバマ政権下の米国は、世界最大で5,980億ドルであった。これは米国に次ぐ主要14カ国の軍事費合計額6,640億ドルより僅か少ない額であった。台頭著しい中国は、米国に続く2位の1,460億ドルで、毎年10%程度ずつ増加し2017年度は1,600億ドルを超えると見られている。これは我が国防衛費の4倍に相当する!

我が国の国防費は世界第8位で410億ドル、GDP(国民総生産)比で1%、ちなみに10位までの諸国の国防費の対GDP比率では最低であった。

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図2:(US Department of Defense)米国政府年次予算に占める国防費の割合。1960年代の朝鮮戦争当時では57%、1970年のベトナム戦争では43%、レーガン大統領の冷戦時代では27%だった。2016年では総額5,980億ドル、予算対比で14%、GDP対比では3%になった。2018年度予算では6,030億ドルに増額、是正を目指している。

 

注目すべき点は、これまで米国及び西側諸国が優位を保持してきた軍事技術が、ロシア及び中国の新技術の進歩で、崩れ去ろうとしている点である。例えば、ロシアでは新型戦闘車両や新型戦闘機、中国では新しい弾道ミサイル、特に空母を攻撃できる車載式・固体燃料のDF-21D型地対艦弾道ミサイルや通信システムに侵入するサイバー技術、などである。

IISS所長のジョン・チップマン(John Chipman)氏は「この20年間で西側の軍事技術の優位性は崩れつつある」と云っている。

トランプ大統領による国防費増額案は3月1日に行われた上下両院合同会議の施政方針演説で「軍備を再建する」ため6,030億ドルを支出、と述べられた。この演説では、経済面で道路、橋梁、上下水道、ダムなどのインフラ整備に1兆ドルを投入、米企業の競争力を高め、雇用を増やす各種減税、入国審査を強化し不法移民の流入を防ぐ、などが併せて発表された。国産品の競争力を高めるため輸入品には関税を課すとも述べ、全体に「米国第一主義」が貫かれている。

演説後、CNNテレビが行った世論調査では、米国民のほぼ80%が「好感を抱いた」、70%が「国を良い方向に導く」と圧倒的に好評価であった。トランプ政権が誕生してわずか4週間だが、すでに雇用の増進、株価の高騰(ダウ平均2万ドル台へ上昇)など、その成果が出ている。

しかし、これを報ずる過日の日経の紙面には呆れた。2日の社説は演説に対する罵詈雑言で満ち溢れ、「また同じ話だ、具体的な数字がない、国境に壁を作れば済むのか、政権の陣容が固まっていない、云々」、これがわが国を代表する経済紙の同盟国大統領に対する言葉だろうか。同紙の反トランプ傾向は判っていいたが、これほどまで感情的とは知らなかった。米国内では、大統領から「偽ニュース」と批判されたCNNでさえその演説内容を評価しているし、ニューヨークタイムス紙も「まずまずの出来栄え」と書いている。

さらに3月3日の社説では「米政権のWTO軽視は貿易戦争に道開く」と題して、米通商代表部(USTR)の1日公表の報告を非難した。USTR報告は、世界貿易機関(WTO)が海外に甘く、このため米国が不利益を被ってきたと述べ、特に中国を名指しして、国内法に基づく対抗措置を採ると述べている。日経は、「これは安全保障上の秩序に影響を及ぼしかねない」と“中国ではなく”米国に非難の矛先を向けている。

実態はどうなのか?中国のWTO加盟についてカリフォルニア大学教授ピーター・ナヴァロ(Peter Navarro)氏はその著書/赤根洋子訳「米中もし戦わば(Crouching Tiger)」の278ページで次のように述べている。:—

「民主党のビル・クリントン政権は2000年に中国のWTO加盟を求め、議会の承認を得た。理由は「中国を受け入れれば、我々はより大きな影響力を中国に及ぼせるようになる」。2001年に加盟が実現すると米国の産業界は次々に生産拠点を中国に移し始め、この結果これまでに7万もの工場が閉鎖され、2,500万人もの人々が職を失った。そして米国の対中貿易赤字は年間1,000億ドル(1997年以前)の水準から現在の5,000億ドル(約60兆円)規模に膨れ上がり、米国経済に深刻なダメージを与えるようになった。これで、クリントン政権が期待したように中国が平和的な経済大国になればまだしも、現実には、WTO経済で得た利益を軍備拡大に回し、アジア太平洋地域の平和と安全を脅かすようになった。」

これで明らかなように、トランプ政権のWTOに対する国内優先の考え方には理由があり、一概に非難するいわれはない。幸い我が国は近年経済運営が順調で、株価は高値安定、失業率は最低に近く、貿易収支も黒字基調、難民問題にも距離を置ける立場にある。しかし状況が一変し米国と同じ状況になったら、同じように[自国第一の政策]が強く求められるようになるだろう。誰が考えても直ぐ判る話だ。

結論は、米国の国防費増額に合わせて、我が国も領土や国民の生命財産を守るため防衛力の強化を真剣に進めることが重要である。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Aviation Week Network Feb 27, 2017 “Traump’s Defense Budget Plan Faces Multi-front Battle” by Jen DiMascio

The Washington Post Feb 9, 2016 “This remarkable chart shows how US defense spending dwarfs the rest of the world” by Adam Taylor and Laris Karklis

US Department of Defense “FY 2016 Budget Proposal”