NASA、「有人月面探査車/LTV」開発で3社競合、JAXA・トヨタ開発の「ルナ・クルーザー」も月面へ


NASA、「有人月面探査車/LTV」開発で3社競合、JAXA・トヨタ開発の「ルナ・クルーザー」も月面へ

2024-4-20(令和6年)松尾芳郎

図1:(JAXA/トヨタ)トヨタが開発する有人与圧室装備の月面探査車両「ルナ・クルーザー」。2032年3月予定のアルテミス7ミッションで月面に輸送され、日本人を含む宇宙飛行士が搭乗、月面探査活動をする。

NASAは4月3日、「月面探査車/LTV=Lunar Terrain Vehicle」の開発企業候補として「インテユイテイブ・マシンズ」、「ルナ・アウトポスト」および「ベンチュリー・アストロラブ」の3社を選び契約したと発表した。内容は、2029年の「アルテミス・ミッション(Artemis Mission) 5」で宇宙飛行士が乗る月面車/ローバーを作ることで、最終的な契約を締結するのは1社になる。(NASA announced April 3 it picked teams led by Intuitive Machines, Lunar Outpost and Venturi Astrolab for its Lunar Terrain Vehicle (LTV) services contract. Which covers work to design and develop rovers for astronauts on Artemis mission 5 at 2029. Only one company will be awarded final contract to build the LTV and send to the Moon.

「月面探査車/LTV」の目的は宇宙飛行士を載せて月面を移動すること、また無人走行で月面探査ができること、さらに10年以上使用できる耐久性、などが要件とされている。これはNASAの月面探査計画「アルテミス計画/Artemis Campaign」の一環で、将来の火星有人飛行に備えるものである。

月面は、重力が地球の6分の1、温度は昼間は+170度C、夜は-120度C、真空、強い放射線、表面は月の砂レゴリス(表面が鋭利に尖っている砂)で覆われている。この厳しい環境に耐え得る技術が月面探査に求められる。

NASAのLTVサービス提案には9社が参加し、今回の審査で3社が選ばれた。NASA提案に参加あるいは採用されたLTVは、NASA以外の民需にも対応が可能で、将来は民間企業の月開発でも活躍することになる(NASAのExtra vehicular Activity and Human Surface Mobility Program課長ララ・カーネイ[Lara Kearney]氏の談)。言い換えれば「NASAは固定客(anchor Tenant)、その上で民需の拡大を期待する」と言うことになる。

今回NASAは民間企業と、LTV事業での引渡し数・品質内容を決めずに、固定価格で契約した。その総額は将来は46億ドルに達する。

LTVサービス・ミッション計画は2段に分かれ、フェイズ1では、3社が提案するLTVの試作評価を行い、その中から1社を選ぶ。フェイズ2では、この1社がLTVを製作、アルテミス5で始まる有人月探査の前に遠隔操作による月面走行試験をする。このLTVは非与圧式でさらに改良が加えられ、2039年まで10年間に渡り月の南極地域で、動力管理、自動運転、通信連絡、ナビゲーションを行い、飛行士はこれを使い有人歩行、科学探索、試料採取、などを実施する。

アルテミス・ミッションは、2022年11月に行われた無人ミッション「アルテミス 1」を最初にして13回が予定されている。各ミッションの間、月面が無人となる期間では、NASAの要件に応じてLTVは遠隔操作で月面を行動する。NASAの仕事が無い期間は他の民間組織からの求めに応じて月面探査を行う。

3社の提案する「LTV」の概要は次の通り。

「インテユイテイブ・マシンズ/Intuitive Machines」

開発チームは「レーサー/RACER」と呼ばれ、これは「Reusable Autonomous Crewed Exploration Rover/再利用可能な有人探査ローバー」の略称である。参加しているのは、モビリテイ・テクノロジーの世界的企業「ATL」、タイヤ大手の「ミシェラン/Michelin」、航空機メーカーの「ボーイング/Boeing」および「ノースロップ・グラマン/Northrop Grumman」の各社。今回契約で3,000万ドル(45億円)の支援を受け「アルテミス5」ミッション用「LTV」候補機を開発する。

図2:(INTUITIVE MACHINES) 「インテユイテイブ・マシンズ」社のLTV案。2人乗り、4つの車輪をバッテリー電力で駆動・不整地を走行する。これは、IM-1ミッションで使った「Nova-C」ランダーより一回り大型の「Nova-D]ランダーで月面に搬入する予定。

インテユイテイブ・マシンズ」社は宇宙開発の専門企業で、2013年に資産家(23億ドル所有)の起業家カム・ガファリアン(Kam Ghaffarian)、 前NASAジョンソン宇宙センターの部門長ステーブ・アルテマス(Steve Altemus)、前NASA月着陸機担当テイム・クレイン(Tim Crain)の3氏が、ヒューストン(Houston, Texas)に設立した会社。代表者CEOはステーブ・アルテマス氏。同社が開発した月着陸機ミッションの初号機「IM-1」はNASA委託の観測機器6個を搭載、2024年2月22日に月面着陸に成功(但し横倒し状態)、同29日までデータ送受信を実施した。同社はこれを「ノバ/Nova-C」級無人月着陸機「オデッセウス(Odysseus)と呼んでいる。

「ルナ・アウトポスト/Lunar Outpost」

「ルナ・アウトポスト」社は4種類の小型無人ローバーを製作・民需用に提案しているスタートアップ企業。「ルナ・ダウン(Lunar Dawn/月の夜明けの意)」と名付けるチーム企業を統括している。「ルナ・ダウン」チームに参加しているのは航空機メーカーの「ロッキード・マーチン(Lockheed Martin)」、カナダの大手宇宙技術企業「MDAスペース( MDA Space)」、自動車の「ゼネラル・モーターズ(General Motors)」、「グッドイヤー(Goodyear)」の各社。「ロッキード・マーチン」と「MDAスペース」がLTV本体とロボット技術を担当、「GM」はバッテリーと操縦装置を担当、「グッドイヤー」がタイヤを担当する。

図3:(lunar Outpost)月面を走行する「ルナ・アウトポスト」社製「ルナ・ダウンLTV」の想像図。有人・無人に関わらず自動航法、自動操縦、が可能。後部の貨物用ベッドはロボット・アームの取付けが可能。月の夜間2週間(-280 F)でも操作可能なシステム。

「ベンチュリー・アストロラブ/Venturi Astrolab」

「ベンチュリー・アストロラブ」は「FLEXローバー」を製作、2026年にスペースX社の「スターシップ(Starship)」ミッションで月面に輸送、走行を開始する。「アキシオン・スペース(Axion Space)」と「オデッセイ・スペース・リサーチ(Odyssey Space Research)」が協力して開発を進めている。「FLEX」ローバー/Flexible Logistics and Exploration(戦略・探査に柔軟に対応可能な車の意)の試作車は2022年3月に公開済みで、野外や研究室内で数千時間の試験を繰り返し、改良を続けている。

「ベンチュリー・アストロラブ」とNASAとの契約は、最終の1社に選定されれば13年間で総額19億ドル(2,850億円)になる。これでFLEXローバーを製作、月面での有人活動を支える。

創立者 兼CEOはジャレット・マシュース(Jaret Mathews)氏、本社はホーソン(Hawthorne, California)にある。

図4:(Venturi Astrolab) ベンチュリー・アストロラブのFLEXローバー、着陸したスターシップの側を走行する想像図。

図5:(Venturi Astrolab) 月面を走行するベンチュリー・アストロラブのFLEXローバー。側面はソーラーパネル、前部はサンプルや装置の収納部、その上に折り畳み式ロボット・アームが描かれている。本体と搭載貨物の合計は2トンを超える。

NASA有人月面着陸に日本の宇宙飛行士2名が参加、トヨタ開発のルナ・クルーザーLTVが月面活動へ

JAXAとトヨタは、2019年から有人月面探査用に与圧室を備えるLTV車両「ルナ・クルーザー(Lunar Cruiser)」の開発を行っている。名前の由来はトヨタがキャンパー向けに開発・成功している「ランド・クルーザー」から採った。公式には「有人与圧ローバ」と呼んでいる。

「有人与圧ローバ」は、トヨタ開発の車両用燃料電池(fuel cell)技術を動力源とし、移動する与圧室、移動する実験室、で宇宙飛行士はここで生活しながら仕事ができる、また無人で遠隔操作で探査できるという、言わば“月面を走る宇宙船”である。

「有人与圧ローバ」は、全長6 m、幅5.2 m、高さ3.8 m、マイクロバス2台分の大きさでキャビンは4畳半、2名の宇宙飛行士が最大30日間車内で生活しながら月面探査ができる。

地球から月への輸送はNASAが担当し、2031年予定のアルテミス7で月に搬入、有人探査を開始し、10年間の活動を予定している。

NASA長官ビル・ネルソン(Bill Nelson)氏は「日本が準備する(大型)ローバー(Lunar Cruiser)は米国の3社が開発中の小型・非与圧式・近距離走行ローバーの性能を補完するものとなる」と語っている。

図6:(JAXA/トヨタ)JAXA/トヨタの有人与圧ローバーは2019年に共同開発の開始が発表され2022年に完了。2022年秋からJAXAから概念検討委託を受け、検討を進めている段階。2022年末から三菱重工とシステムレベルの開発協力が始まっている。現在は2024年の本格開発開始に向けた準備段階にある。

図7:(JAXA/トヨタ)有人与圧ローバがソーラーパネルを開いて月面を走行する想像図。

三菱重工防衛宇宙セグメント宇宙事業部プロジェクト・マネージャー中嶋淳氏は次のように語っている。

三菱重工は、これまで国際宇宙ステーション(ISS)プログラムで日本の実験棟「きぼう」、ISSへ物資を輸送する「こうのとり」補給機の開発に携わってきた。現在は月周回の有人ステーション「ゲートウエイ(Gateway)」の「I-Hab」と呼ぶ居住棟向けの装置開発と月面の水資源探索用の「LUPEXローバ」の開発に取り組んでいる。これらで培った技術を基にトヨタの「有人与圧ローバ」開発に参加する。

NASAアルテミス(Artemis)計画

NASAが進める「アルテミス計画」は月の探査を通じて別の世界で人類が生活し働くのに必要な、科学的な発見、技術の推進、を図り次の目標である火星旅行への道を開くプロジェクトである。NASAは月面での人類の長期滞在の実現に向けて、広く民間企業および関係する国際機関からの協力を求めている。最初の目標として、女性と有色人種を宇宙飛行士に採用、この2名が最初に月面着陸をする。

アルテミス1:―

2022年11月16日にSLS(Space Launch System)Block 1・推力880万lbsで打上げ、飛行士を載せない無人ミッションで、オライオン(Orion)宇宙機を月まで45万kmを飛行させ、高度130 kmまで接近、月より以遠64,400 kmまで飛び地球に帰還した。大気圏再突入時は速度マッハ32に達した。そして打上げ後25日12時間の2022年12月11日にカリフォルニア州沖合の太平洋上に着水、回収された。機内には、アルテミス 2および3で宇宙飛行士が着用する宇宙服をマネキンに着せて試験した。

図8:(NASA)アルテミス1の飛行経路。無人飛行で2022年11月16日出発、同年12月11日に帰還した航跡。

図9:(NASA)カリフォルニア州太平洋沿岸に着水・回収された無人のオライオン(Orion)宇宙機。大気圏再突入時、マッハ32 (時速40,000 km/hr)に達したが、底面を保護する耐熱シールドの焼損状況がコンピューター予測と違っていたため、再検証をしている。

図10:(Lockheed Martin) オライオン宇宙機の底面を覆う耐熱シールド「アブコート (Avcoat)」。アブコート・ブロックは200枚で、オライオン底面の耐熱炭素繊維複合材面に貼り付けてある。

アルテミス 2:―

2025年9月SLS Block 1で打上げ予定。宇宙飛行士4名が搭乗する有人飛行で、月を超えて人類として最も遠距離に飛ぶミッションとなる。オライオン宇宙機で月から8,889 km遠方まで飛行して帰還する。飛行期間は8~10日間を予定。ここでは宇宙飛行士が着用する生命維持装置(life support system)の試験をする。搭乗するのはレイド・ウイズマン (Reid Wiseman/米国)、ビクター・グローバー(Victor Glover/米国)、クリスチーナ・コッホ(Christina Koch/米国)、ジェレミー・ハンセン(Jeremy Hansen/カナダ)、の4名の宇宙飛行士。

図11:(NASA)アルテミス 2の予定飛行経路。2025年9月打上げ、最初の有人月周回飛行となる。

図12:(NASA)アルテミス 2に搭乗する宇宙飛行士。左から、ジェレミー・ハンセン(Jeremy Hansen/カナダ)、ビクター・グローバー(Victor Glover/米国)、レイド・ワイズマン (Reid Wiseman/米国)、クリスチーナ・コッホ(Christina Koch/米国)の各氏。レイド・ワイズマン氏は元海軍のパイロットでミッション主席を務める。

アルテミス 3:―

2026年9月SLS Block 1で打上げ予定。1972年アポロ17の有人着陸以来初めての有人月面着陸をする。乗員氏名は未発表だが「アルテミス2」の乗員が再搭乗すると思われる。4名が乗り込むオライオン宇宙機が月周回宇宙基地「ゲートウエイ(Gateway)」に到着、ここで2名がスペースXが用意する「スターシップ(Starship)」着陸機(HLS=Human Landing System)に移乗、月の南極に着陸する。2名は「スターシップ」に1週間滞在し月面の探査を実施、氷塊を含むサンプルを採取して「宇宙基地ゲートウエイ」に帰還、月周回を続ける2名と再会、打上げ30日後に地球に帰還する。このミッションで「スターシップ」は別のスターシップ給油機と接続、宇宙空間での給油試験を3回行う。

図13:(NASA)アルテミス 3の予定飛行経路。2026年9月打上げ、1972年のアポロ17の有人月面着陸以来初めてとなる2名の有人月面着陸をする。アルテミス3実施前に建設が進められてきた月周回の中継宇宙基地「ゲートウエイ(Gateway)」は、常に地球に正対し通信連絡に便利な「NRHO」軌道と呼ぶ超楕円軌道を周回する。

アルテミス 4:―

2027年9月に大型化したSLS Block 1Bで打上げる予定。このミッションでは、月周回の宇宙基地「ゲートウエイ(Gateway)」に、次回以降の月面着陸で使用する「国際居住モジュール (I-Hab= International Habitation module)」を輸送し「ゲートウエイ」に結合する。「I-Hab」は、日本のJAXA/三菱重工、欧州ESAが協力・開発している。有人探査はアルテミス 3と同じく2名が「スターシップ」着陸機で着陸、1週間滞在して月面歩行、ローバーに乗り移動、探査手法などを研究する。そして探査資料をオライオンで地球に持ち帰る。

図14:(NASA)2027年9月打上げ予定の「アルテミス4」ミッションの飛行経路。月周回の中継基地「ゲートウエイ」を利用するのは「アルテミス3」と同じ。

図15:(NASA/JAXA) ゲートウエイはISSの1/6程度の大きさで、4名の宇宙飛行士が年間で30日程度滞在可能な小規模な中継基地、将来の火星有人探査でも拠点として使う。居住区間は「I-Hab=International Habitat/国際居住モジュール」と「HALO= habitation and Logistics Outpost/居住・ロジステイクス拠点」の2箇所。月周回軌道は、「NRHO軌道=Near Rectilinear Halo Orbit」で近月点が高度4,000 km、最も遠い遠月点が高度75,000 kmの非常に細長い軌道である。この軌道は、常に地球を向いていて、通信がしやすいこと、輸送コストが少ないこと、南極の可視時間が長いこと、で南極探査に利点が多い。

アルテミス5:―

アルテミス5は2030年3月に実施するミッションで、SLS Block 1Bで打上げる。月着陸機には、「ブルーオリジン(Blue Origin)」製「ブルームーン(Blue Moon)」を初めて使う。ESA/欧州宇宙機構 (European Space Agency)が開発する燃料補給用のモジュール「ESPRIT=European System Providing Refueling Infrastructure and Telecommunication」を宇宙基地「ゲートウエイ」に輸送、取付ける。そして2名の宇宙飛行士を月面に派遣、サンプルを採取、地球に持ち帰る。「ESPRIT」取付位置は前図(図15)の中央下側になる。ミッション期間は30日を予定している。

図16:(NASA) アルテミス5ミッションの飛行予定航跡。

アルテミス6, 7, 8,以降13まで:―

NASAはアルテミス6以後のミッションについても検討中で、アルテミス13までの打上げロケットは全てSLS Block 1、Block 1B、Block 2で契約を済み。

アルテミス6(2031年3月)では、中継基地「ゲートウエイ」に「オライオンMPCV (Multi-purpose Crew Vehicle)」と「クルー・アンド・サイエンス・エアロック(Crew and Science Airlock)」モジュールを運搬、取付ける。

アルテミス7(2032年3月)では、トヨタ製「ルナ・クルーザー」を輸送、日本人宇宙飛行士を含む4人が着陸し、30日間に渡り広範囲な活動をする。

アルテミス8(2033年)では、月面に居住可能な施設を展開、60日間活動をする。

アルテミス9(2034年)では、月面施設に必要な物資を搬入、60日間活動する。

アルテミス10 (2035年)では、月面施設を拡充、180日間活動する。

アルテミス11(2036年)では、月面施設を整備、365日間生活する。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • NASA News “NASA selects companies to advance Moon Mobility for Artemis Missions”
  • Space.com April 4, 2024 “NASA picks 3 companies to design lunar rover for Artemis astronauts to drive on the moon” by Mike Wall
  • Space News April 3. 2024 “NASA selects three companies to advance Artemis lunar rover designs” by Jeff Foust
  • Lunar Outpost April 3, 2024”Lunar Awn Team Awared NASA Lunar Terrain Vehicle contract”
  • Astrolab April 3, 2024 “The Astrolab contact is one of three contracts awarded by NASA as part of the LTV project. Collectively, the three contracts have a total potential value of $4.6 billion over next 13 years. The contracts allow for two additional years for the completion of Services.”
  • Venturi Astrolab 3 April 2024 “Venturi Astrolab Awarded by NASA”
  • JAXA 2024-2-7 “月周回有人拠点Gateway利用概要説明資料“